102.名探偵ステラちゃん、助手と出会う
お城の子ども部屋に預けられた私は、探検に出たお庭で出会った狐さんがまた迷子になっちゃわないように、しっかりとその体を掴んで持っていた。
小さな狐さん、さっきお名前を聞いた時はお名前を教えたくなさそうだったから、何て呼ぼうかな。
お体が茶色くて柔らかくてどこか美味しそうだ。
それからこの子は狐さん。
私の頭にピンと来るものがあった。
茶色くって柔らかくって狐さんが好きな美味しいもの。
そうだ、この子は『オアゲ』さんだ!
『ぐ、ぐええ……』
「うふふ、オアゲはお体が柔らかいねぇすごいねぇ」
『は、離すでおじゃ、お、オアゲ? ………ん? お?』
「あれ?」
不意に、オアゲの体がするっと、まるで透き通るみたいに私の掴んでいた手を通り抜けた。
さっきまで触れて掴んでいた感覚が急に消えてなくなる。
『おや?』
「あれれ?」
オアゲと私の目と目が合った。
オアゲも不思議そうにしているから、体が透けちゃったのは勝手になったことみたいだった。
『………』
「………」
不思議な現象にしばらく二人で無言で向き合っていたけれど、しばらくしてオアゲが私に話しかけてきてくれる。
そのお顔は真剣だ。
『お主。先ほど吾を掴んでいた力はそなたのものかの? 言うておくが、吾を前にして偽証は通じんと心得よ』
「?」
その口調は何か探るみたいで、喋る犬の探偵さんのケイニーっぽいなって、私はお話しながら考えていた。
何を聞かれているのか分からなくて私がお首を傾げていると、オアゲもしばらく何かを見定めるみたいにじっくりと私を見た後で『……質問を変える』って言う。
『お主。この世の者ではないな』
「? このよ?」
『………これも分からぬか。しかし吾を掴むようなことができよう者など知れておる。分からぬというのなら、なるほど一層その疑いが強くなるというものじゃ。………そうか、この世へ来ておったのじゃな』
「?」
オアゲは私が答える度にじっと観察し、それからケイニーさんが推理するときみたいに考え込んでは何かに思い当たったみたいだった。
『ふむ……。のう、そなた。では別の世のことも覚えてはおらぬのじゃな?』
「うん。分かんないなぁ」
『僥倖、か』
次に続いた質問の答えも分かんない。
私が素直にオアゲに分かんないって言うと、オアゲは少し考える素振りを見せてから一つ息を吐いて、それから『そうか』と言って首を振った。
吐いた息はため息のようでいて、だけどそれがどこか安心したようにも見えた私はそれが不思議だった。
それから、オアゲは少し悩んでから口を開いた。
『……これは思うままに答えてくれればよいのじゃが』
「うん」
『……そなた、この世の家族とはうまく行っておるのかえ?』
「うん! 大好き! あのね、パパもね、ママもね、大好きでね! お家には家族みたいな使用人さんがいてくれてね、それに白猫のリリーも」
『ああいい! やめいやめい! 仔細まで聞きたいわけではないわ! ………そうか、大切にされておるのだな』
「うん!」
やっとお答えの分かる質問をしてもらえて私が勢い込んで答えたら、オアゲは途中で私の言うことを遮るみたいに小さなお手手を私の口にかざしてきた。
それから、私には聞こえない小さなお声で何かを呟いた気がした。
『主殿には会わせんほうが良さそうだ』
◇ ◇ ◇
オアゲと一緒に、お庭へ出たときに使った窓を開けて子ども部屋の中に戻ることにする。
お部屋に入ると、ローテーブルの上には私の飲みかけだったティーカップがそのままになっていた。
「私の推理によると、このお部屋に“しんにゅーしゃ”はいないみたい」
『……それは何かの真似かえ?』
「名探偵さん」
『……さようか』
メイドのお姉さんもまだ戻って来ていないみたいだねって私が室内を確認していると、オアゲも私の顔の横あたりに浮かんだままでふよふよ付いてきてくれる。
私が名探偵ケイニーさんの真似をして指差したりする動作をしていたのを横で不思議そうに見ていたオアゲは、私がケイニーさんの真似だよと言うと興味を無くしたみたいだった。
オアゲはケイニーさんを知らないみたい。
室内の確認が終わった私は、迷子のオアゲのパパとママを探しに行くべく廊下へと続くドアへと駆けていった。
ドアノブは私には高い位置にあるけれど、背伸びをして手を伸ばし引いてみる。
ガッ。
ドアは引っかかったみたいになって開かなかった。
メイドのお姉さんも言っていたけれど、子どもを預けるためのこのお部屋には鍵が外側にしか付いていなくって、外側からしか開かない作りになっているみたい。
「うーん」
ガッ
ガッ
ガッ
ガッ
ガッ
『こらこら、やめんか』
「うん」
ドアノブの角度なんかを変えて何度かドアを引いてみたけれど、鍵のかかったドアは開きそうになかった。
こんな時、名探偵さんのケイニーだったらどうするかなって、私はケイニーになったおつもりで推理をしてみることにする。
腕を組んで片手で問題のドアノブを指差すと、片目を瞑ったケイニーの推理ポーズになりきってうーんと考えてみた。
────これはきっと、“みっしつトリック”っていうやつだ。
『脱出への手がかりはこの頭の中にあるよ、ヴァッカスくん』
私の脳内の名探偵ケイニーが格好良く言う。
こういう時は、ドアの下の隙間からメッセージを使って外部の協力者に連絡を────。
けれど外部に私の脱出を手伝ってくれそうな協力者に心当たりがなかった。
こういう時は、細いひも状のもので仕掛けを作って外の鍵を内側から開けて────。
けれどお城のドアがそんなことができる作りになっているはずはなくって、何より子ども部屋に長いひも状の物は置いていないみたいだった。
こういう時は、一見脱出不可能な窓から繋ぎ合わせたシーツをロープのように使って脱出を────。
そういえばここは一階で、窓の外は壁で覆われたお庭なんだった。
「う、うーん、これは難問だゼ………」
『何じゃその喋り方は。それもその探偵とかいう者の真似事かえ?』
「うん、名探偵のケイニーさん。ご本に出てくるとっても賢い犬さんなの」
『毛井弐井? 珍妙な名でおじゃるな。ああ、この世ではよくある名なのじゃったか? それよりもほれ、そこの扉をもう一度引いてみよ』
「? でもねえ、さっきガッってなっていたでしょう」
『よいから』
考えていた私だったけど、オアゲがもう一度鍵のかかったドアを開けてみてって言うからドアのところに行きノブに手をかけ引いてみる。
「あれ?」
『開いたであろう。ほれ、行くぞ』
ガチャリと、さっきは確かに鍵がかかっていたはずのドアが今度は簡単に開いた。
私はオアゲを見るけれど、オアゲはさっさと廊下に出ていくと周囲を見渡して誰もいないから今出て来てって私を急かしてくるだけだ。
「オアゲが開けたの?」
『オアゲぇ?』
聞いた私に呼ばれ方のほうが気になったみたいで怪訝な顔をしたオアゲ。
私がオアゲのことをオアゲって呼ぶことに決めたよって言うと、オアゲは心底げんなりしたようなお顔をした。
嫌だったかなって思って、何て呼んだらいいかなって聞くとオアゲは何か言いかけて、それからもうオアゲでいいって何か諦めたみたいにひらひら手を振って先をふわふわ進んで行っちゃった。
そういえばドアの鍵のこと、聞きそびれちゃったなあ。
そうして廊下に出て、一つ二つと広く間隔の取られて並ぶ部屋の前を駆け足で通り過ぎていたところまでは良かった。
オアゲの言うとおり今は人目がなくって、それにこの一角は特に人が出払う時間帯だったのか静かなものだった。
でも、三つ目の部屋の前を通ろうかという時、遠い前方に人影が見えた。
私は一瞬だけ見えたその人の姿形に見覚えがある気がして、『あれ』と思って足を止めちゃう。
今見えたのって────────。
私がそう思う間に、オアゲが『これっ、止まると……!』って焦って声を上げていた。
慌てたオアゲは私に向かって手を伸ばしたみたいだったけど、その手はするりと私の肩のあたりをすり抜けていく。
私がそれに気が付いて再び駆け出し始めるよりも早く、立ち止まっている私のちょうど真横に来ていた三つ目のお部屋のドアが開き始めてしまったのが分かった。
開いたドアの隙間から、中にいた人とバッチリ目が合う。
そこに立っていたのは一人の男の子だった。
ギンギラギンの派手なお洋服を着ていて、背丈は私と変わらないか少し高いくらい。
「わ!」
「っうわ!?」
男の子と目が合ってびっくりしてお声を上げたら、相手の男の子もびっくりしてお部屋の中に飛び退っていった。
それから数秒お互いに固まっていたけれど、お部屋の中にいた使用人さんが私に気が付いてお顔を青くし、慌てて何か男の子へ言おうとする。
でもそれよりもほんの少しだけ早く、男の子は復活したみたいだった。
まだ開きかけのままのドアの隙間から、男の子のお顔がカッと怒りに染まるのが見える。
「っ何なんだぞ! お前!」
「わわ」
装飾をジャラつかせ、ぐんと勢いよく前のめってきた男の子は、ドアの開いた隙間から腕だけを突き出すと私をドンと押した。
押されたので私が後ろに一歩下がると、お部屋の中で男の子の大きなお声が再び響いて、それから何か使用人さんと男の子とのやり取りのお声が聞こえてくる。
それからほとんど間を置かず、今度はドアがこちらに向けて大きく開かれた。
開いたドアから出てきた男の子は背後で何か言っている使用人さんたちのお言葉なんて聞こえていないみたい。
ずんずんずんと大股で私に距離を詰めてくると、大声を出しては私の肩を突き始めた。
「何だお前、無礼なんだぞ!」
「えっと……」
「お前その身なり、平民だろう!?」
「平民?」
「よくも! 僕が部屋を出るのを邪魔したな!」
「そんなに何度も押したら危ないよぅ」
それから、今度は突かれるままに微動だにせず受け答えをする私が何故か気に入らなかったみたいで、男の子はどんどんとお顔を真っ赤にさせていく。
そうして最後には何度も繰り返し私の肩のあたりを両手で無言で突き始めた男の子だったけれど、そうしても私が身じろぎ一つしないのが分かるとしばらくして諦めたみたいでフゥフゥ息をして膝に手をつき大人しくなってくれた。
「何なんだお前、変だぞ………」
「えっとね、あ、私ねステラだよ! こんにちは!」
そうか、ご挨拶しないとだ。
よくよく思い返してみると、男の子は私に『何だお前』ってお名前を何度も聞いていてくれたんだっていうことに気が付いた。
男の子は怒っているんだと思ったんだけど、私がぼうっとしていてお返事ができていなかったから、ご心配して肩を叩いてくれていたのかな。
こんな風に出会い頭に肩を突かれたのは初めてだったからどうしていいか分かんなくて困らせちゃったよなあってちょっと私は反省した。
「あなたはだあれ?」
「えっ、僕。ぼ、ボク様の名前はボンボン。そうだ! エートコノ家の嫡男ボンボン・エートコノであるぞ!」
ご挨拶をやり直そうと私からもお声をかけると、男の子はお名前がボンボンでご名字がエートコノさんで、さらにはご長男なんだよっていうことまで教えてくれた。
情報がぎゅって詰まってて、ボンボンはご挨拶がお上手だ。
「私はお家の名前がジャレットで、一人娘なんだよぅ」
「き、聞いてないんだぞ………っ!」
◇ ◇ ◇
それからしばらく廊下でお話をして、私はボンボンと仲良くなった。
ボンボンは私のことをずっと変な子どもって言っていて、けどそれが気に入ったみたいだった。
面白い女なんだって。
仲良くなれたのは嬉しかったけれど、ボンボンは私のことをステラじゃなくって『庶民』とか『平民』とか言って呼ぶんだ。
ステラだよって何度も言うけれど、ボンボンはその変なあだ名で呼ぶの。
それから、お部屋で一人退屈していたらしいボンボンは私と出かけてくるって言ってボンボンの家の使用人さんらしい人たちを困らせてるみたいだった。
けれど、使用人さんたちはボンボンに強く言えないのか、いいとも駄目とも言わずに最後にはお部屋から出るボンボンが私と行くのを止められないでいるみたい。
「ついてくるなよ! 全員その部屋にいろ! 絶対なんだぞ!」
「…………」
後ろを振り返りまた大きなお声を出したボンボンに何も返さず、部屋で頭を下げていた使用人さんたちはボンボンをご心配してたんじゃないのかな、いいのかなあ。
私がそんな風に心配して行っちゃっていいのかなって後ろを振り返り振り返り歩いていると、私の肩のあたりに浮いているオアゲが振り返りもせずに何か知っているみたいにして教えてくれた。
『心配いらぬわ。あやつらこっそり付いてきよる気満々じゃて』
「そうなんだ」
「? 何だぞ? 何かあったのか?」
私がほっとして声を零すと、私の声に反応したボンボンが不思議そうにキョロキョロって周りを見回してる。
何故だかは分からないけど、ボンボンにはオアゲの姿は見えていなくって、お声も聞こえていないみたいだった。
そういえばと、私はボンボンと出会う直前に人影を見たことを思い出してさっきの通路を改めて見てみた。
さっきは通路の先、遠くを一瞬何人かの人が通り過ぎて行っただけだったんだけど、私はその中に知っている人の姿を見た気がしたんだ。
あのふわふわのピンクの髪は────────。
「おい庶民! ぼうっとするんじゃないんだぞ! さあ今からどこへ行こうというんだぞ!?」
さっき見た姿を思い出そうとしていた私の思考に割り込むみたいにボンボンの声が被さってきた。
「え? うんそうだねえ。うーん、えーっとねぇ、まずはオアゲのパパとママを探さないとでしょう」
「オアゲ? パパ? は? 庶民のごっこ遊びなんだぞ?」
視線を向けた通路の先にはもうとっくに人影は無くなっていたし、私は考えても分かんないねって思ってボンボンに聞かれたことに応えることにする。
私がオアゲのパパとママを探すんだよって説明すると、オアゲのことが見えていないらしいボンボンはピンと来ないみたいだった。
どうお伝えするのがいいのかなって考えていたら『グウ』と音が聞こえた。
私はボンボンを見る。
オアゲもボンボンを見る。
『この小童、腹が減っているようじゃ。何か食わせてやったらいいのではないか?』
「うん、お腹空くよねぇ! どこかでおやつがもらえないか、聞いてみようかねぇ」
「!? な、な、な、な!? 僕のお腹と会話をするんじゃないんだぞ!!」
私は顔を真っ赤にさせて怒るボンボンを連れて、またオアゲの先導に従って人目を避けながらまずはご飯のもらえそうな場所を目指すことにしたんだ。
ステラちゃんはフィジカルおばけ。
突かれたくらいじゃびくともしない。
<<ボンボン・エートコノ>>
王国南部に広大な穀倉地帯を有する名家エートコノ家の嫡男(現当主から見れば孫)。今年十歳だが幼児期に虚弱だったため、健康体になった今でも同世代に比べて身長が伸び悩んでいる。小柄。他の兄弟とは歳が離れて生まれた末っ子であり、生まれつき体の弱かったボンボンは家族や使用人一同から大切に育てられすぎた。そのせいか自己中心的で傍若無人。当主家族が彼を甘やかすため、使用人は彼のことを止めることができない。療養のため不自由な幼児期を過ごしたためか、今ではその反動であれもしたいこれもしたいと勝手気ままな言動をしては使用人たちを困らせている。
なお、彼は超脇役であるためこれらの情報は一切頭に入れる必要がない。笑





