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11.ゲームでは冷徹王子のデイヴィス/後(デイヴィス視点)

「ではなにか、ジャレット嬢は言葉を話すより前に歌を歌ったと?」

「さようです」


 彼女は真剣な表情で一度頷くと、視線を落としたまま、澄んだ声でメロディを口ずさんだ。


「それは、あなたの代表作の“花の(うらら)”では?」

「これには元々歌詞があります。私の娘のステラが初めて話した言葉であり、歌です」

「そんな、そんなことが……ありえるのか……?」


 彼女の一般に発表された処女作であり、そして代表作でもある“花の(うらら)”は、美しく咲く花と、流れる小川を表現するとされている美しい曲だ。


「最近、改めてステラにこの曲を歌ってもらった際、歌詞の意味を聞きました。薄紅に染まる花が川辺に沿うように満開に咲き乱れ、それが風に吹かれて吹雪のように舞い散る中を、川を渡る船頭が手に持つ櫂で水を掬い進む。櫂の先でその水滴が散る様もまた、舞い散る花弁のようだと歌っているのだと教えてくれました。四歳になったばかりの子が、ですよ」


 あまりのことに、僕は絶句した。


 美しい。

 なんと美しい情景だろうか。


 かつて見た彼女の曲の譜面を、それを弾いてみた際の音色を思い起こす。

 ああ、だからあのメロディなのか、と熱いものが胸へこみ上げる。


 これは彼女が後から娘可愛さに付けた話ではない、と。

 話を聞いただけであの曲が、歌詞も含めて完成されるのだと思い知ってしまった。


「ではもしや、今日の最後の曲も」

「ええ、“赤とんぼ”も娘のステラの歌を、ピアノ曲に書き起こしたものです」

「歌詞は」

「ございます。娘曰く、今のような実りの季節、赤く染まる夕暮れの中で、それに染まるように飛ぶ赤とんぼを歌っているそうです。そしてその実は、故郷を離れた歌い手が、赤とんぼの姿に、かつて幼い頃に家族に背負われ見た情景を重ねて郷愁の念を抱き、遠い家族や故郷への思いを馳せる歌詞だそうです」

「なんと……」


 先程演奏を聴き感じた感動が、再び押し寄せる。

 日毎に冷えていくこの季節に感じる物寂しさを、郷愁の念へ重ね、それを夕暮れと赤とんぼを通して投影する妙。

 それが四歳の子どもができる発想だろうか。


「いつか、ステラの歌を聴かれる機会がございましたら、きっと今感じてらっしゃる以上の感動を感じられると、断言しておきます」


 そういうジャレット夫人の目は、噂されるような親馬鹿で子煩悩からくるそれではなく、音楽家としての才ある彼女としてのものだった。



 + + +



 ややあって、控え室を後にした僕は、両親が待っているであろう観客席へと向かった。

 まだジャレット夫人から得られるものは多いとは感じたが、これ以上多忙な両親を予定外に待たせるわけにはいかない。


 観客席へ向かう通路で、僕は四、五歳くらいの少女と、彼女と手を繋ぐ兄と変わらない十二歳くらいの少年が歩いてくるのに出くわした。

 少女は満面の笑顔でご機嫌に鼻歌を歌いながら、年相応の歩幅で歩いてくる。


 付き従うような少年は、彼女を微笑ましそうに見つめながら歩調を合わせていたが、正面から来る僕の姿を視界に入れると、ぎょっとしたように体をこわばらせた。

 この金髪碧眼の意味が分かるのだろう。


 この国で金髪と碧眼を併せ持つのは、王家とそれに近い血筋をもつ高位貴族のみだ。

 道端へ避け平伏でもするべきかと悩むような慌てようだったので、構わないと手を振って見せ、そのまますれ違うように通り過ぎた。



『ゆうやけ♪ こやけの♪ あかとんぼ♪』



 すれ違いざま聴こえたメロディに、思わず足を止め、そのまま耳を澄ませてしまう。

 幼子らしい舌足らずで決して洗練されてはいない歌声は、曲調とは合わない彼女の機嫌の良さを反映して明るく歌われている。


 しかし、それでも、つい先程聴いたばかりの、先程この身を震わせたばかりの、その曲につけられた歌を歌う彼女の不思議な歌声に、全神経でその音を拾おうと集中してしまう。



『おわれて♪ みたのは♪ いつの日か♪ 〜 』



 聞いたこともない言葉で、もしかしたら言葉ですらないのかもしれないその音で紡がれる歌に、ジャレット夫人の演奏と、先ほど教えてもらったばかりの歌詞の意味とが重なる。


 短い文節、しかしそこに歌詞の意味が凝縮されているであろうことが感じられた。

 幼子の歩調で徐々に遠ざかるその歌を、その背中を引き止めることもできず、控え室に消えていくまでを見守っていた。


 本当は、今すぐこの場で彼女を引き留めたかった。

 歌を聞かせてもらい、音節ひとつひとつの意味を問い、曲の理解を深めたかった。


 僕は初めて本当の意味で、自分に兄のような思い切りが足りないことを口惜しく思った。

 いつか、彼女、ステラ・ジャレット嬢に歌を聞かせてもらえる機会は訪れるだろうか、と夢見るように願い、止めていた足を再び観客席へと向けた。



 + + +



 観客席、そこにいた両親の顔は、まるで憑き物が落ちたかのような晴れやかなものだった。

 気を使った固い表情で、お決まりの賛辞がもらえるのだろうと思っていた僕は少し身構えてしまう。

 そしてこちらに気付いた両親は、自分たちの間に招き入れるように僕を引き寄せると、口々に手放しで褒め始めた。


 なんだこれは。

 どうなっているんだろうか。


 まるで、普通の家族がそうするように、子どもの成長を喜び、演奏の出来がよかったのだと、頑張って偉いのだと褒められる。

 こんなこと、今までになかった。

 直接演奏の場にいたというだけで、こんなに褒めてもらえるものなのだろうか。


「父上、母上。お褒めいただきありがとうございます。しかし、ピアノが弾けたところで、僕に人を率いることができないことには変わりありません」


 褒められて素直に嬉しいのだと言えもしない自分がもどかしかった。

 それほど、期待してから落胆されることが怖かった。


「いいえ、いいえ。間違っていたのは私たちだったのです」


 母上は少し声が震えていた。


「我々はお前の役割を見失っていたようだ。気付かされたよ」


 感じ入るように言った父上は、僕を月に例えて評してくれた。

 僕は、兄の映し鏡なのだ、と。


 人を惹きつけ、圧倒的な熱量と輝きを持つ兄。

 僕は、そんな兄の手の届かない場所へ、兄の輝きを届けることができる人間なのだ、と。

 統率者として腕を奮うことになる兄に代わって、民に寄り添い互いの緩衝となる優しい人間になれるのだと。


 ああ、そうです。そうなのです。

 僕は、そんな人物になりたかった。


 僕が両親に上手く伝えることも、立ち回ることもできずにいた事が両親から認められたことを知った。


「デイヴィス、お前は天文学にも興味を持っていたな。こんな話は聞いたことはあるか?」


 僕はまず、僕が天文学に興味があることを両親が知っていたことに驚いた。

 僕のことなど諦められているのだろうなどと、僕が悲観していただけのようで、両親はちゃんと忙しい合間に僕のことを知ろうとしてくれていたのだと気づいた。


 そうして父がしてくれた、僕らのいるこの場所を空に浮かぶ星に例えた話は、これまでの天文学には無い視点で、夢物語であるようながらも、考えるほどに理にかなって思える浪漫のある話だった。


「とても興味深いです、父上。その話は天文学会の新説ですか? 一体どなたが? ベルニクス先生ですか?」


 話が終わると、矢継ぎ早に問いを重ねてしまう。

 このような革命的な新説だ。


 家庭教師として僕たち兄弟の教鞭も取ってくれている天文学や哲学の傑士、ベルニクス先生が空の星々が形作る構造の仮説を唱えていたことを思い出した。

 彼の発想だろうかと聞いてみるものの、はっきりとした答えは返ってこない。


「いや」


 苦笑いした父は、同じように笑み含め困ったような母と顔を見合わせ、二人で楽しそうに笑い合う。

 僕だけが分からない状況が面白くなくて、「教えてください、父上、母上」と久しぶりに幼子のような声を出してしまった。


 母には「あら、デイヴィスも夢中な分野になると素直な一面があるのね」とからかわれてしまう。

 それがなんだかくすぐったくて、「僕の数少ない得意分野ですからね」とすねてみせると、「何を言っているの、あなたほど優秀な人材は国でも数えるほどですよ」とまた手放しの称賛を返される。


「これを言ってもお前は信じられんかもしれんが、この話はたった四歳の子に教えてもらったことなのだ」

「え?」


 父と母はうそぶいた様子ではなく、本当のことを言っている様子だ。

 しかし、本人たちも半信半疑なのか、苦笑いしたままだが。


「実は、お前を“月”と評したのも彼女なのだ」


 そう言って父は、「我々はお前を太陽にしようとばかりしてしまった。太陽はふたつは必要ないというのに。お前がすでに未来を思い描き邁進していたというのにな。そのことがよく分かったよ。優しく、よく出来たお前を、これまで褒めてやれなくてすまなかった」と、あろうことか謝罪の言葉を口にした。


「父上! おやめください!」


 慌てて父を止める。

 王である彼が、臣下の前で、息子とはいえ僕へ謝罪などしてはいけない。


「許してね」


 母は僕をぎゅっと抱きしめた。

 久しぶりに感じるぬくもりの中、僕の心に熱が灯り、こみ上げてくる。

 普段ほとんど動かしていない表情の筋肉は、今日一日で忙しく働かさせられたためか、少しの痛みを感じた。


「うえ……、うええ……」


 くしゃりと口も目も歪ませた僕は、目からこぼれる涙も、のどから上がってくる嗚咽も止められない。

 僕は、ただ母の胸に顔をうずめて泣きじゃくった。


 泣きながら、“四歳”、“彼女”と聞いたばかりの単語がリフレインされる。

 先ほどすれ違った幼い少女の姿が思い起こされる。


 まさか。


 先ほど、自分の価値観を変えるほどの衝撃の演奏を聴いたばかりだ。

 ディジョネッタ・ジャレット夫人は、四歳の少女がその演奏の源になったのだと語った。


 たった今、両親が僕の生き方を認めてくれた。

 両親は、四歳の少女が教え気づかせてくれたのだと言う。


 ああ、ステラ・ジャレット。


 彼女を知りたい。

 彼女に、お礼を言いたい。

 たった一日で僕のことを変えてしまった彼女。


 気付けば僕は、泣き疲れ眠っていた。

 自室へ戻ったあとも、自らに訪れた怒涛の変化についていけずに知恵熱を出した僕を、いつも以上に過保護な兄が見舞ってくれた。


 珍しく熱を出した僕に、看病の仕方が分からず普段の猛々しさは鳴りを潜めオロオロと右往左往する兄の姿を見た僕は、数年ぶりに出すような大きな声を出して笑った。

 そんな僕を見た兄も笑う。


「ジョン兄さん、あなたが太陽のように輝くなら、僕はそれを映す月になる。あなたを、民を、守る手伝いがしたいんだ」

「知ってるよ」


 当たり前みたいにあっけらかんと言った兄に、やはり敵わないなと僕はまた笑った。


 兄には「そうやって笑うお前も分かりやすくていいな」と笑って言われたけれど、僕はそれから数日、顔の筋肉痛に悩むことになるのだった。




【デイヴィス】

(ゲーム「学園のヒロイン」登場人物紹介より)

主人公の二つ上の先輩で十七歳。

国王の息子で第二王子。

ほとんど表情を動かさない冷静な人物で、様々な学問に精通している知性派。

四歳年上の第一王子とは正反対の性格で、仲が悪い。

第一王子で誰よりも優秀な兄に対してコンプレックスを抱いていたが、主人公に自分の良い面を認めてもらえたことで、少しずつ自尊心を取り戻し、周囲への態度を軟化させる。

主人公の前だけでは、無表情な彼も微笑みを見せる。


◆追記◆2024.3.20


ここまでお読みいただきありがとうございます。

デイヴィス&国王夫妻とステラちゃんの初遭遇エピソードについて、書籍版では他のエピソードより多めに改稿させていただいていたりします。

特に掲載当時も賛否無かった気はするのですが、作者自身がここのお話の雰囲気をちょっと変えたいな〜と思っていまして。

書籍版では、ステラちゃんのドヤり具合が味変程度にまろやかになる予定です……笑


書籍版の情報は、ページ下部にリンクがございます。

書籍版『大商家の愛娘』も、ぜひよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 一気に読んだあと、2周してしまいました⸜( ´ ꒳ ` )⸝♡︎ 読んでて心がホワッとしました~*♬೨
[良い点] ランキングから知って読み始めたのですがとても良い…。 カテゴリ的には知識チートなんだけれど、元気はつらつな幼女が愛され愛を振りまき幸せを広げていくお話で素敵です。 良い作品に出会えて満足…
[良い点] ステラちゃんが可愛い。ただただ可愛い。流石お星さま。 [気になる点] ステラちゃんの語尾が伸びているの、狂おしい程好き。 可愛い、おしゃまさん。 成長してリトル・レディになったらこの可愛い…
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