87.大天使ステラちゃん、発覚する
「─────ってわけなの」
「ふむふむ、なるほど。ゲームでのスティーブは、思っていた以上にダニー氏のルートの障害として機能しておるのですな」
「ゲームのアリスと揃えば、障害どころの話じゃないわよ。侯爵令嬢と侯爵弟が平民相手に、愛憎混じった執着を向けてくるんだから。……というか、『学ヒロ』のストーリーは基本的に、各キャラとの恋愛メインよりも、各キャラのストーリーに登場する悪役とのすったもんだに力が入ってるの。それを乗り越えて、共に悪役と対峙して、立ち向かって、それでだんだん恋愛感情も育っていくみたいなコンセプトで─────」
「それは面白そうですな。吾輩もこの世界に来ることが分かっていたら、ネタバレなしで『学ヒロ』とやらをプレイしてみたかった─────」
「悪役の個性が─────」
「ヒロインのトラブル体質も─────」
「ダニーは生い立ちからして─────」
「なんとそのような悲しい過去が────」
「……ねえ、ステラ」
「なあに?」
「お二人は、何のお話をしてらっしゃるのかしら。わたくし、ポーギーさんもお眠りになって、使用人も下がったものだから、改めてみんなで寝ましょうってお誘いに来たんでございますけれど……」
「そうなんだ。ありがとうアリス」
「いえ。……なんだか、随分と叔父様と仲良くなられたのね」
レミとスティーブ様、二人が白熱したお話を繰り広げるのを私が見ていたら、アリスがやってきてくれた。
寝ようかってお誘いにきてくれたみたいだけど、アリスはレミとスティーブ様が息の合った会話をしているのを見て、「叔父様があんなに長くお話しをされているところを、わたくし初めて見ましたわ」って、困惑してるみたいなお顔になってる。
「アリス、こっち、座っていいよぅ」
「ありがとう存じますわ」
「うふふ」
私が三人で輪になって座っていたところを少しずれて見せたら、アリスは輪に入って来てくれた。
二人で並んで座り、笑い合う。
「そこでお話が聞こえてしまったんですけれど……、いいえ、わたくし叔父様が夢中になってお話しされている内容が気になってしまって」
「うんうん」
「ダニー様のことをお話ししてらしたのよね」
「うーん、たぶん、そうかなあ」
私は、レミとスティーブ様のお話は難しくて聞いているだけだったから、あんまり自信がない。
今も、お話に熱中していてアリスが来たことにも気が付いていない二人は私には難しいお話をしていて、けれど私と一緒にそんな二人の話を聞いていたアリスはといえば、どんどんお目目がキラキラになっていくみたいだった。
「…………! ……!? ………!! ダニー様、そんなっ、ご両親を亡くされ、生まれ里からも出て行くことを余儀なくされたなんて……っ。さらには、妹のポーギーさんをも失ってしまう運命をお持ちでしたのね……!? けれど! それを! ステラが救った!!」
「? アリス? どうしたの?」
「えっ! アリス!?」
「!!」
どんどんとキラキラになっていったアリスは、最後には我慢できないっていうみたいに両手を広げて大きなお声を出した。
流石のレミとスティーブ様もそんなアリスに気が付いたみたいでお話を止める。
アリスを見て、信じられないものを見たというように固まるレミと、無表情だけど目をわずかに見開き、頭の上に『( ゜Д゜)!!』の顔文字を乗せアリスを凝視するスティーブ様。
「えっ、いつからそこにっ、まさか聞かれ……?」
「アリスた、ん゛ん! アリス、もしや、今の話を聞いておったのか?」
恐る恐るって感じでレミとスティーブ様はアリスに聞いたけれど、アリスはお目目がキラキラのままで、うっとりと両頬を手で包み込んで陶酔したみたいに上空を見たままだ。
私がどうしたのかなと思ってアリスを見ていると、アリスは『ほぅ』と悩ましげにため息を吐いて、それから独り言みたいに話し始める。
「ああ、素敵。そんな、まさか……。では、ダニー様には、色々な生き方の可能性があったの……? ポーギーさんを失ってしまい、絶望しながらも懸命に生きてお医者様になる未来が訪れる生き方。懸命に生きた先で、愛する人と出会い、苦難を乗り越えて結ばれる生き方。高位貴族に執着され、愛した人とは結ばれず再び一人ぼっちになる生き方」
「アリス?」
私はアリスにどうしたのって話しかけるけど、アリスは自分の考えに没頭しているみたいで気が付かない。
それはまるで、お昼に私たちに絵を描きながらサーカスでの出来事とそこから考えた物語を語って聞かせてくれている時の雰囲気に似てた。
「でもダニー様は、ステラと出会った。ポーギーさんを失わずに済んだ。そう、そうなのね…………」
「ステラ氏、アリスには、全て聞かれてしまったと思っていいのであるか? この状態は一体……」
「うーん」
「ね、ねえ、アリスはこの世界が乙女ゲームだったなんて知って、混乱しちゃってるんじゃないかしら? 大丈夫なの?」
「うーん」
うっとりと、周りの声も聞こえない様子のアリスに、スティーブ様も、レミも、心配そうにソワソワしてる。
特にスティーブ様はアリスが物語に没入している姿を見たことが無かったのか、状況が掴めないでいるみたいだった。
私もアリスを見てみる。
このアリスは知ってる、お話をめいっぱいに広げて、とってもワクワクしちゃう物語を考えている時の、すごく楽しそうなお顔だ。
「複数あった生き方、未来、そうね、ここでは『世界線』と表現することにいたしましょう。この先の未来が長く続く道のようなものだとしたら、それぞれの世界線は、分かれ道の先にある未来。選択か、出会いか、経験か。ダニー様に訪れた変化によって、それぞれの世界線では違った人生をダニー様は歩まれるのですわ……」
「おうふ……。アリスは、転生者ではなかったのであるよな? メタいこと言い始めておるのだが」
「考察力の化け物ね」
アリスの独り言に、スティーブ様とレミが恐れるみたいに、たじろぐようにしながら、アリスの才能を褒めてくれてるみたい。
私もアリスが褒められて、誇らしいみたいな、嬉しいお気持ちになった。
「そう……、きっと、ポーギーさんを失った世界線では、ダニー様は上手に敬語をお話しになったのではないかしら……? ああ、そうよ、きっとそう。家族を亡くして、小さな頃から大人に混じり、大人顔負けに振る舞わなければいけなかったのだわ。それはまるで、無理に成熟しようとするように、成熟しなければならないとでもいうように……」
「……どうなのだねレミ氏」
「恐ろしい才能。ゲームのダニーは、正に敬語キャラよ」
「おうふ」
四人で輪になっていたのに、スティーブ様とレミが隣り同士手を取り合い、引っ付いて震えてる。
まるで私とスティーブ様とレミで、天に向かって祈るアリスを囲んで見ているみたいな光景になってしまったけど、アリスは、なおもうっとりとしてて、お話を続けてくれている。
「……ああでも違う。実は、本当のダニー様は、甘えん坊なの。ああそうよ、きっとそう。まだ小さかったのにご両親を亡くして、妹のために、生きるために、大人の中で早く一人前にならなきゃいけなかったダニー様。だからこそ、誰かに甘えたいって、本人も気づいていないような、そんな側面がきっとあるはずよ」
「おうふ」
「おうふ」
「今のダニー様はどうかしら。ステラのお家のお医者様が義父様なのだと、ポーギーさんもおっしゃってたわ。ダニー様は、そんな義父様に甘えられているかしら。ああ、初めはポーギーさんを自分が守るという意志が強くて、せっかく家族になれた義父様にもつっけんどんな態度を取ってしまうのではないかしら。頼りたい、甘えたいって思いながらも、でも妹は自分が守らなきゃって、これまでずっと、そう生きてきたんだもの……」
「おうふ」
「おうふ」
「でもそれも、優しいステラと、ステラのお家の雰囲気で気持ちも和らいでいって、そしてきっと義父様にも、周囲の大人にだって、甘えられるようになっていくのではないかしら……。ああ、そう、きっとそう。甘えることを知ったダニー様は、常に気を張っていた世界線とは違うの。だから、自分たちを救ってくれたステラのことは特別一番に信頼していて、だから、ステラの前では、他の世界線の象徴であった敬語だって、崩れてしまうのよ……」
「おうふ」
「おうふ」
「そう、それは、普通の男の子みたいに。まだ、子どもでいいんだって、ダニー様自身がそう感じているからこそ、ポロっと、言葉遣いが乱れてしまうのっ!」
「ぐはっ」
「ぐはぁっ」
語るアリスの言葉に、二人お揃いみたいに胸を押さえて呻いたスティーブ様とレミは、アリスの最後の言葉に、ついにノックアウトされたみたいに後ろへと上体を倒した。
「か、神考察だわ……」
「解釈が“良”すぎる……。その解釈でぜひ同人誌を出して欲しいのである。新刊全部買うのである。ああ、どこかにこの素晴らしいストーリーの作画を頼める神絵師はおらぬか……」
「……朗報よ、アリスは絵も描けるわ」
「な、なんですと……っ!」
お布団の上、ぐったりと、お腹を丸めるような体勢で横になった二人が、向き合ったままボソボソ何かを話し合ってる。
二人はきっと、アリスのお話に感動しちゃったんだねぇ。
アリスは、お話を考えるのも聞かせてくれるのもとってもお上手だもんねって、私はなんだか自分が褒められたみたいに嬉しくなった。
その後もアリスがダニーの物語を考えてお話してくれる度に、スティーブ様とレミは「ぐっ」とか「うっ」とか小さく呻いていて、そうしてそんな風にお話しているうちに、私も含めてみんな、いつの間にか眠っちゃってたみたいだった。
夢の中で、私は羊で、お家のお庭にお茶を飲みに来てくれたスティーブ様とアリスが、二人でテーブルを囲んで楽しそうにお喋りしているのを、ウトウト、メェーメェーしながら草をはみはみ、眺めてた。
隣では、同じく羊になったレミが、庭師のおじいちゃんが作ってくれるかんなくずをせっせと集めて、寝心地の良さそうな大きなベッドを作ってくれる。
ダニーもポーギーも呼んで、スティーブ様もアリスも、みんなおっきなかんなくずのベッドで並んで寝るんだ。
もこもこで、ふわふわで、あったかくって、羊の私はとっても嬉しいなって思ったよ。
◇ ◇ ◇
「アリスは同人誌、ゴホン、えー、本の作家などは目指さないのかね?」
朝起きると、みんな一緒のお部屋で寝ていたからって、侍女さんたちはアリスのお部屋で、私たちもスティーブ様もみんな一緒で朝ごはんを食べられるようにご準備をしてくれた。
みんなで美味しいねって朝ごはんを食べて、ある程度食べ進めた頃、スティーブ様がソワソワしながらアリスに向かって発した第一声に、私はどこかで聞いたお言葉だなあと思う。
『絵本の作家さんとかになんねえのか?』
思い返せば昨日のお昼、アリスに絵を描きながらお話を聞かせてもらった時に、ダニーも同じことをアリスに聞いていたなって。
その時は、アリスは大人びたお姫様みたいな笑顔を浮かべて、「侯爵令嬢ですもの」って、自分は侯爵家のお嬢様だから絵本の作家さんになることはないんだよって言うみたいに、しっかり者のお返事をしていた。
私はそれがとっても偉いなあって思って、アリスはすごいって思って思わず抱き着いちゃったんだけど、今スティーブ様に同じ質問をされたアリスは、昨日とも違う表情で、その質問を受け止めているみたい。
困惑したような、どうしてそんなことを言うのって、ショックを受けたみたいな動揺したお顔。
「わ、わたくしは、侯爵令嬢ですし……」
「! もしや、兄上にこういった相談をしたことがないのかね?」
「はい……。だってわたくしは、大好きなお父様のためにも、侯爵家に相応しい立派な令嬢にならなくてはいけなくて、お父様を困らせたくなくて……」
「ああ! なんてことだ」
おずおずと答えたアリスに、スティーブ様の顔色は表情の無いままにみるみる青くなった。
頭の上に浮かんでいる顔文字が、『遺憾の意!』『貴重な才能の損失だ!』って、抗議するみたいにワーワー言ってる。
あれ? 顔文字が何かお話しているみたいなのも、分かるようになってきたみたいだ。
だけど、スティーブ様の表情からその感情を読み取れないらしいアリスは、まだ仲良くなれていないと思っているスティーブ様の様子が変わったのを、良くないことを言ったのかなって思ったみたいで、あわわって慌ててる。
「スティーブ叔父様? わたくし、何か悪いことを言いましたかしら」
「悪いとも! いや、悪くはないのだが、意識のすれ違いが起きているようであるからな。アリスは気負わず相談してしまえばよかったのだよ。あの兄上が、駄目だと言うはずがあるまい」
「はい、お父様は優しいですもの。けれど、そんな、私の我儘で……」
「我儘などではないとも。その素晴らしい才能を眠らせておくほうが罪だ。実際、侯爵家の次男であった吾輩ゴホン、私も、本名とは別の名義で、兄上公認の文筆業……と言っても分からないだろうか、そうだな、絵本の作家などをしているのだよ」
「!? 叔父様が!? え、絵本の作家様!?」
スティーブ様の言葉に、驚き目を丸くしたのはアリスだけじゃなかった。
アリスとスティーブ様が仲良くなれますようにって、朝ごはんを食べながら二人の会話を見守っていた私たちもみんな、スティーブ様の言葉に驚く。
「そうとも。作家というのは、貴族が片手間にやる副業としてはなかなか理に適った職でね。ペンネームといって、本名ではない名義で活動ができるのだよ。上流階級向けのコラムや依頼されての寄稿をする者も多いが、私のように物語を書いたりする者も中にはいるとも」
「そ、そうだったんですのね……。わたくし、てっきり、貴族令嬢が作家になるのを許されるなど、正しく夢物語だとばかり……」
「ふむ、てっきり知っているとばかり思ったのだがね。アリスの部屋には、私の著書もあっただろう」
「え!?」
「……ふむ。そうだな、たとえば……」
スティーブ様はそう言うと、一足早く食べ終えていた朝食の席から立ち上がって、アリスのお部屋に並ぶ本棚に真っ直ぐ向かっていった。
向かったのは、絵本がたくさん並べてある棚のうちの一つだ。
そこから、一冊の絵本を抜き出したスティーブ様は、私たちにも見えるよう、その表紙をこちらに向けてくれる。
「ほら、これなどそうである。『十二騎士と八十八賢者』というのだが────」
スティーブ様が手に取り、こちらへと向けたのは、『虎さんのご本』の、第六巻の表紙だった。
私が愛してやまない、虎さんのご本の、最新巻。
私がアリスにおすすめして、アリスも気に入って全巻揃えてくれた、私の、大好きなご本。
それを今、スティーブ様は、自分の書いたご本だと、紹介してくれていて─────────。
「この作者のステイブル・メイトというのが私であるでな(`・ω・´) 他にも小説なども何冊か出しておるゆえな(`・ω・´)」
「まあ、叔父様! 叔父様が作家のステイブル・メイト様ご本人でらっしゃいますの!? うそっ、わたくし何冊もご本を持っておりますわっ」
「へえ~、すごいじゃない。ねえステラ、あれ、あんたの好きな絵本じゃなかった……って、ステラ!?」
「え? きゃっ、ステラ、どうしたの!? お兄ちゃんステラが!」
「おいステラ、しっかりしろ! 聞こえたら反応するんだ! 呼吸と瞳孔反射は問題無し……ってどこ見てんだ、おい、虚空を見ている時の猫そっくりの顔になってるぞ!?」
にわかに騒がしくなった周囲にも、私の思考は停止してしまっていて、何も反応ができなかった。
虎さんのご本の作者さまが、スティーブ様…………?
作者さま本人が、今、私の目の前に…………?
まとまらない思考のままに、だけどよぼよぼと、私はゆっくりとした動作で椅子から降りる。
「ステラ?」
「ステラどうした?」
「なんだね、もしやステラ氏も私の本のファンだったのかね? 私で良ければ、握手でもサインでも応じようとも、って、な!?」
震える足が、床についたと思った次の瞬間、私は、全力で地を蹴り、一息に反転すると全速力で駆け出した。
「ええ!?」
「ステラ!?」
みんなの声を置き去りに、給仕をしてくれていた侍女さんたちのスカートの間をくぐり、ただひたすら無我夢中で、駆け、飛び、かわして走った。
開いていた扉から、そのまま廊下までを駆け抜け、廊下の中央へと踊り出る。
勢いによって宙へと浮き上がった体を空中で翻すと、広い広い廊下のど真ん中へ着地し、それからはただ前も見ずに夢中で走り抜けた。
豪華な調度品も、ふかふかのカーペットも、今の私の視界には入らない。
「わあわあ、わああ、わああああああああああああっ」
「ステラ氏!? 一体どこへ行くうぅぅ!?」
言葉にならないお声を出しながらひたすらに走る私の後ろ、スティーブ様の、出会ってから一番の大きなお声が聞こえた気がした。
誘拐(?)された時よりテンパるステラちゃん
※メタ・・・物語の登場人物では知り得ない、鑑賞者視点の見方
の意味合いで使っております。