1.ジャレット家の大天使ステラちゃん
こんにちは! 私の名前はステラ。ステラ・ジャレット。
パパはゲイリー・ジャレット。ママはディジョネッタ・ジャレット。
私のおうちはとっても大きくて、家の中では使用人の人たちが私たち家族のために働いてくれているの。
「お嬢様、もう起きてらっしゃいますか?」
「はーい」
カーテンの隙間から差し込む光で目が覚め、ベッドで微睡んでいると、執事のヘイデンがお部屋の外から声をかけてくれた。
今日はお勉強の先生は来ない日だから、起きるのもいつもよりゆっくりだ。
ヘイデンは、おうちのことを何でも知ってるすごいおじいちゃん執事さん。
パジャマの上からローブを羽織って、モコモコのうさぎさんのスリッパを履いて扉へ向かう。
扉を開くと、ヘイデンの隣にはブラシや水差しなどの乗ったお盆を持ったチャーリーがいた。
「おはようございます。お嬢様」
「おはよう! ヘイデン! チャーリーもおはよう!」
「はい。おはようございます」
チャーリーがニコリと笑いかけてくれる。
挨拶は元気いっぱいでしたほうが気持ちがいいので、私はいつも大きな声でおはようを言うことにしているの。
チャーリーは、パパよりずっと若いけれどとってもしっかり者のフットマンさん。
いつも朝は、チャーリーにお部屋で身支度をしてもらうの。
ヘイデンとはお部屋の前で別れて、お部屋に戻って、顔を洗って、チャーリーが注いでくれたお水を飲む。
チャーリーがカーテンを開けてくれたので、お部屋が明るくなった。
「冷たくておいしいね」
「良うございました。料理場の者が、朝は冷たいほうがすっきりするだろうと、先ほどまで井戸水で冷やしておいたようですよ」
「そうなんだ! うれしい〜」
「伝えておきましょう」
お話ししながらも、チャーリーは椅子に座った私の長い髪を整えて、軽く結ってくれる。
「ステラお嬢様。本日のお洋服はこちらはいかがですか?」
今日はお勉強がないので、私はお出かけしたいと思っていたけど、チャーリーはちゃんと分かってくれているみたい!
チャーリーが出してくれたのは、私のお気に入りのお出かけ用ワンピースだ。
緑のワンピースは可愛くって、白いフリルの付いた靴下とリボンの靴と合わせるのが私のお気に入り!
「それにする! 今日は本屋さんの通りに行きたいんだけど、いいかなあ」
「承知いたしました。ご一緒致しましょう」
「ありがとう!」
お着替えは朝ごはんのあと。
すっかり目の覚めた私は、チャーリーとダイニングに向かった。
「おはよう、僕の天使」
「おはよう、ステラ」
「おはよう! パパ! ママ!」
ダイニングではパパとママがテーブルで隣同士で座ってお喋りしていた。
私はパパとママが見える正面のいつもの席に座る。
私たち家族が揃うと、使用人さん達がテーブルの上に朝ごはんを並べてくれる。
「今日はオムレツがあるのね! 私オムレツだぁいすき!」
「それはよかったな」
私たちがご飯を食べるときは、メイドさんや料理人さんもみんなこのダイニングに集まって食べるの。
前に私が、ご飯はみんなで食べたいって言ったら、パパが「給仕は始めと終わりのみでいい。料理も全て始めに並べるか皿をまとめればいい。家の者全てで朝食は食べること」と決めてくれたの。
パパはすごく優しくって、私はパパが大好き!
我が家で働いている人たちは全部で十二人いて、ヘイデンやチャーリーみたいに家族のお世話をしてくれる人や、庭師さん、料理人さん、門番や警備をしてくれる人、お薬や私達の体調の管理をしてくれるお医者の先生、私とママを手伝ってくれる女性の使用人さんもいるの。
今も料理人さんが「オムレツはお嬢様がお喜びくださると思ってメニューに加えたんです」と教えてくれた。
「いつも美味しいごはんありがとう〜」
こうやってみんなとワイワイお話ししたりして、朝ごはんはいつも楽しい。
パパも、変わったことはないか? って、毎朝みんなに聞いていて、この間なんて、「ステラがみんなで朝ごはんにしたいって言ってくれたおかげで、情報共有がスムーズで助かってるよ」って褒めてくれた。
情報共有っていうのは良く分からなかったけど、褒められて嬉しかったな。
「ステラは今日はお勉強のおやすみの日でしょう? ママとピアノを弾きませんか」
「え! どうしよう」
ママはピアノがとってもお上手で、ママのピアノを聴くのが大好きだから、迷ってしまう。
けれど、今日は緑のワンピースを着ておでかけしたい気分だったので、たっぷり悩んだあと「今日はおでかけにする」と言った。
「あら、そんなに眉を下げて……良いのよ、また今度にしましょうね。ほら、ステラ笑って。これで好きな物を買いなさい」
ママがチャーリーに私のお小遣いを渡してくれた。
ママもとっても優しくて、ピアノもお絵かきもとってもお上手で、それにママはべんごしさんみたいに法律にも詳しいんだって。
あれ? べんごしさんって何だっけ? 誰に聞いたのかも分かんない言葉。
とにかく、ヘイデンも褒めていたくらい、とっても賢くって自慢のママなの!
朝ごはんが終わったら、これからお店にお仕事に行くパパを見送って、私はお部屋でお着替えだ。
パパはお店の店長さんなの。
パパのお店は、私はひとつしか場所を知らないけど、色んなところにたくさんあってパパはその全部の店長さんなんだってヘイデンが教えてくれた。
だからこんなに大きなおうちに暮らせるんだって。
私はもうひとりでお着替えできるようになった。
いつも女の子のメイドさんが一人はお部屋に来てくれるけど、「ひとりで着れるんだよ!」って、ちゃんと着れるところを見ていてもらう。
一緒に今日つける髪飾りを選んで髪をセットしてもらうけど、今日はパパに買ってもらった白い帽子をかぶっていくことにした。
「飛ばないように髪にお留めしましょう」
そう言って、メイドさんはお花がついたヘアピンで帽子を髪にきゅって留めてくれた。
そうだ、風なんかが吹いて飛んでいってしまったらとっても悲しくなっちゃうに決まってる。
「そうだね、留めたほうがいいね、ナイスアイデアだ、すごい」
私が感心してしまって彼女を見ると、「良うございました」とニコニコ笑ってくれた。
おうちにいる使用人さんたちは、みんな優しくて、いつも笑顔で、いい人たちばかりなのだ。
+ + +
「お嬢様、本日の目的地は本屋でよろしいですか?」
「そうなの、虎さんの本のつづきがないか見に行きたいの」
「承知いたしました。馬車で行かれますか?」
「んん。歩いていく。チャーリーは馬車のほうがいい?」
「いいえ、私もお嬢様と歩きたい気分でしたので」
「本当!? 嬉しいなぁ」
チャーリーと手をつないで、見送りに出てきてくれたヘイデンや使用人さんたちに手を振って外へ出かける。
チャーリーは背が高いので、私と手を繋いでいると辛いのではないかと思い、一度お小遣いでハーネスというベルトをプレゼントしたんだけど、「これをお嬢様に付けるのですか? もう手が繋げない? まだ数年は大丈夫だと思っていたのにそんな馬鹿な……。しかしお嬢様からのご好意、プレゼント……」と見たことのない取り乱し様だったので、やっぱりいいや、と取り消した。
チャーリーは悩んでいたので、「腰とか痛いかと思ったから」と言ったら大喜びで、「鍛えてますから! ご心配いただきありがとうございます!」と元気になって良かった。
ハーネスも大喜びでもらってくれた。使わないのに変なの。
門のところでも門番さんに「お気をつけて」と笑いかけられ、彼らにも手を振っていってきますをして私達は本屋さんのある通りに向かって歩き始める。
「本屋さんでねぇ、もしも楽譜が売っていたらママのために楽譜を買いたいなぁ」
「それはよろしゅうございますね。きっと奥方様もお喜びになりますよ」
「そうだといいなぁ。でも、これぞ! っていうのがあったらね!」
せっかくママにもらったお小遣いなので、厳選して買いたいのだ。
もらったお小遣いでお土産を買うと、ママもパパも「自分のために使って良いんだよ」といつも言ってくれるけど、私が欲しいものは言わなくたってパパ達がプレゼントしてくれるから、私もプレゼントでお返ししたいの。
そういえばもうすぐ誕生日だから、何が欲しいかってパパもママも気にしてくれていたなぁ、と思い出す。
最近は毎日朝・昼・晩と三回は必ず聞かれる。
でも何も思いつかないから、去年と同じで、私と同い年くらいの子達に何かあげてもらおうかな。
私は次のお誕生日で四歳になるけれど、まだ年の近いお友達は全然いない。
だけど、きっとそのうちお友達もできるだろうし、十二歳になったら学園に通うことになる。
だから、その時にお友達になる子が私のことを好きになってくれるように、去年はパパ達にお願いしたの。
パパもママもなんだかポカンとしていたけど、そのあと「さすが私の天使!」って大号泣し始めちゃって、私が困ってたらヘイデンが「お誕生日に成長されたお嬢様を知れて、旦那様は喜んでらっしゃるんですよ」と彼もなぜか涙目で教えてくれた。
今年もそうしてもらおう。
私は「うん」と小さく頷いた。パパ達も喜んでくれるし、未来のお友達もプレゼントがもらえたら嬉しいだろう。
我ながら、去年の私は良いことを思いついたなぁとウキウキした。