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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ステフ様って本当に気持ち悪いですよね

作者: 伊藤@


「リリーディア、好きだ結婚して欲しい」

「え?無理ですよ。私達兄妹じゃないですか」

「それは、後見人の兼ね合いで義理の兄妹なだけで別に血の繋がりは無いじゃないか!」

「というか」

「なんだ?」

「私、ステフ様の事が大嫌いですから。お断りします」


 ガックリとステファンが肩を落とした。


 好かれてると思ったのだろうか。

 この男は本当にないわ。 



◇◇◇◇


 王家にも遠い縁がある血筋の貴族、ハルフ伯爵家の娘として私は生まれた。


 長い間、子供は私だけで両親や屋敷の人間の愛情を独り占めしていたが、あの日を境に全てが変わってしまった。



 あの日、私が10歳になった年に弟が生まれた。

 待望の跡継ぎに屋敷中が沸いていて、それまでは蝶よ花よと溺愛されていたのに、私ひとりだけが取り残され気持ちがついていかなかった。

 だってそうだろう、昨日までは屋敷の皆はあんなに私を見てくれていたのに。弟が生まれて誰も私を見てくれなくなった。

 私はそこにいる。世話してもらうし食事もきちんと出される。でも誰も心に寄り添ってはくれなくなった。


 なんで?


 優先順位は私から弟に変わった。あれだけ優しかった母は弟が生まれてからは、母にまとわりつく私を鬱陶しそうにあしらい、さっさと自分の部屋に行くようにときつく言われるようになった。


 なんで?


 父は仕事が終われば、私を膝に乗せ美しい絵本や記録水晶を見せてくれた。

 ところが弟が生まれてからは父は母と弟のいる部屋に篭もって私を忘れてしまった。


 なんで?


 人の気持ちや優先順位なんて、あっさりと変わってしまうと理解したのは弟が生まれて1ヶ月も過ぎた頃。


 あっという間に、私はひねくれた。


 親だから無償の愛?

 そんな物は幻想、どの子供にも平等なんてあり得ない。

 自分の子供だからこそ反りが合わないなんて事もある。

 私の両親は私しか居なかった為に選択肢がなかっただけなんだ。

 親の愛は全て弟にいってしまった。

 また自分を見て欲しくて勉強をどんなに頑張っても父は冷たく私を見て言う。


「女が賢しくなってどうする?」


 淑女のマナーを披露しても。


「全く子供なのに可愛げのない…」


 母は嫌そうに顔をしかめる。


 相手に期待したら期待した分だけ自分が傷つく。自分の心の柔らかい部分は、けして誰にも明け渡してはいけないのだと身を持って理解した。

 無邪気に笑っていた私が笑わなくなっても誰も気がつかない。所詮その程度。


 弟が生まれて私は透明人間になった。

 皆が私を思い出したのは、貴族の子供が最初に行う3歳の魔力測定の日。


「申し訳ないのですが、説明の前にこれをつけていただけますか?」

「え…これって魅了防止のアミュレットですよね」

「ええ、ご子息は間違いなく魅了魔法を使用しています。まあ幼児ですから無意識でしょうね」

「魅了魔法なんて、禁忌のスキルじゃないですか!」

「ええ、そうですね。とりあえずスキル封じをさせてもらいます」

「なっ!」

「ハルフ伯爵夫妻落ち着いてください」





 弟が生まれてから3年目。両親は夢から覚めたように私を構ってきた。正直ウザい。

 この3年の記憶や感情を忘れる事なく覚えているのは、両親や屋敷の者達にしたら罪悪感を覚えるものらしい。


 弟は魅了使いなんだとか。だからなに?

 私に対して済まなかったと被害者顔をして嘆き悲しむ両親も使用人達も気持ち悪い。

 両親は魔法測定官を抱き込み必死に隠しているようだ。正直、弟のスキルが世間に知られたら、私の嫁ぎ先がなくなってしまうどころか伯爵家も危うい。学園を卒業したら直ぐに嫁いでこの家から居なくなる予定だったのに。弟は私の疫病神そのものだ。



「君がリリーディア嬢?」

「リリーディア・ハルフですが、何方様でしょうか」

「僕はステファン・グノー。王立魔法省の職員さ」


 魔法省と聞いて体が強張る、学園の中庭にいて良かった。ここなら適度に距離があって誰にも声も聞こえないはず。


「あ、そんなに身構えないでよ」

「私に何か?」

「君を魔法省に勧誘かな」

「…貴族の私に働けと?」

「え?問題でもあるの?」


 見上げた男はキョトンとしていた。背の高い男だ。見下されるのは苛つく。貴族の子女が働くとは見栄と名誉で生きている貴族にとって致命的だろう。

 金の為に働くのだ。それも女が。


 まてよ。

 ハルフ伯爵家から何処かに嫁に行っても、弟の事がバレたら即離縁されて終わるだけだ。


「リリーディア嬢って頭がいいんだね。一瞬で色々考えたでしょ?」

「貴方に名前を呼ぶのを許した覚えはありませんが?」

「これは失礼。まるでハリネズミだね、君」


 嘲笑われた。

 彼に対しての印象は地の底まで落ちる。


「ハリネズミ…」

「小さくて臆病でトゲトゲしてて可愛いね」

「そのハリネズミにまだ何か?」

「君の家系は元々魔力が強い、特に君と君の弟は凄い。君はね、魔力耐性が飛び抜けてるんだよ」


 だから弟の魅了にもかからなかったのさ。


 そう言うとステファン・グノーは固まった私に連絡先を握らせ帰ってしまった。すでにもう一部の人間には弟の事がバレている。両親は何をしているんだろう。

 


 結局、ステファン・グノーと出会ってから2年後には世間に弟の事がバレた。

 学園を卒業する時期だったのが、まだ不幸中の幸いなのだろう。

 5歳になった弟は、魅了封じの腕輪を壊して大騒ぎになっていた。王家から弟の引き渡しを要求され、両親は弟可愛さなのか姉である私が居れば大丈夫などと言い矛先が私に向いた。


 迷惑極まりない。



「リリーディア・ハルフでございます」

「ハンク・ジェームス・バージャーだ。楽にしてくれ」


 15の小娘が、国王陛下の前で楽に出来る訳もない。両親も弟も居ない私ひとりの呼び出しだ。陛下の後ろには側近や護衛騎士がズラリと並び無言の圧力をかけてくる。


「聞き及んでいると思うが、そなたの弟であるクロノスの事だ。そなたが居れば封印となるとハルフ伯爵は言っていたが真か?」

「…3年、私は居ないものと扱われました。何も施さない状態でそれです。それでも封印と言えるならそうなのだと思います。

 でも、私自身に封印と言われる能力は持ち合わせているとは思いません。その後の事は学園に入っておりましたので解りかねます」

「そうか…」


 国王陛下は何か痛ましいものを見る目をされた。


「あい、わかった。正直な返答に感謝する」

「滅相もございません」


 弟は処刑されるのかそれとも幽閉か。庇った両親もどうなるのか。正直心底どうでも良かった。

 私が居れば弟の封印になると言った両親が許せなかった。ただそれだけだ。暗い目をした小娘を憐れに思い同情めいた視線を寄越す国王も、全て何もかもが嫌になった。


「そなたの身元を引き受けてくれる人物がいる。後はその者が良くしてくれる筈だ。そなたの幸せを祈っておる」


 どうやら両親もなんらかの処罰を受けるようだ。魅了は最上禁忌、判明した時点で奏上でもしていたらまた変わっていたのに。


 王家に、国に、黙って隠した事が大罪。大罪を引き起こさせる魅了のなんと恐ろしい事だ。


 ◇◇◇◇


「やあ、ハリネズミちゃん。また会えたね、今日から君はリリーディア・グノー。僕の義妹だ。宜しくね」


 2年前よりも背が高くなり男ぶりも上がっている気がする。いつまで成長するのだ、この男は。


「宜しくお願い致します。お義兄様」


 丁寧に彼に淑女の礼をとる。

 義兄?とんでもない、彼は私を監視する人間だ。反抗する意思が無い事を見せなければ私の身が危うい。


「お義兄様かぁ、それも良いけど。ステフって呼んでよ」

「…畏まりました、ステフ様」

「固いな、まぁ今はそれでいいか」


 今回の急な話で、グノー侯爵家夫妻は外交中で早くても半年後の帰国になるそうだ。彼はその嫡男だという。

 2年前の物を知らない自分が恐ろしい。

 結局、彼の言う魔法省に入省する事になる。寮がある事も嬉しかった。家でも職場でも監視人と四六時中いるのは気が滅入る。


 外見に騙されると手酷い目に遭うと、私は義兄から学んだ。


 初めは他部署への書類運びのお使い。迷路のように入り組んだ通路に迷い、半日潰すと数日ネチネチと嫌味を言われ続けた。

 同じ間違いはしたくなかったから、少し値の張る方向指示魔道具を購入し2度と迷う事が無くなった。

 かなり急ぎで資料を用意しろと言われ、初めての資料室で探す作業で手間取りこれまた嫌味を言われた。

 頭にきたので資料室を勝手に整理させて貰った。年代別と土地別さらに事象別に別けて全てにインディックスをつけた。

 毎日何かしら失敗した、その度に改良や利便性を求め日々残業となり、睡眠時間は3時間を切った。


「ねぇハリネズミちゃん。君って馬鹿なの?」

「いきなり何でしょうか?ステフ様」

「意固地で変にひとりで突っ張って迷惑だっていうの、そういうの」

「…そうですか、申し訳ありません。以後気をつけます」

「あとさ、何でも真に受けるのやめてくんないかな。皆が君に気を使ってしょうがないんだよね」

「…そうですか、申し訳ありません。以後気をつけます」

「君それ本心じゃないよね?馬鹿にしてるの?」

「おい、もうそのくらいにしろ。ステフ。何を絡んでるんだ、お前」


 部署の先輩イアンさんが見かねて割って入った。


「ステフもいい加減その言い方をやめて相手に寄り添え、じゃないと相手に何も伝わらないぞ。

 それとリリーディア、君ももっと周りの人間を頼る事を覚えろ。そのうち体を壊すぞ。今日はもう帰れ。ふらふらしてる」

「申し訳ありま…」

「リリーディアっ!!」


 いきなり立ち上がったせいか、私は意識が遠くなりプツンと途切れた。もうこのまま永遠に起きたくないかも。




 スッキリと目が覚めると簡素な部屋で横になっていた。ここ何処?


「リリーディア、起きたか」

「あ、イアンさん…」

「起きなくていい、とりあえずそのままで俺の話を聞くように」

「はい」

「最近、寮に帰る時間が遅いと聞いたが本当か?」

「はい、頼まれた仕事を終わらせてから、少し作業効率を上げたくて、自分の机の周辺や資料室を整理していました。もうそろそろ終わるので来週からは定時で帰宅できると思います」

「朝は5時には職場に来て、夜は24時に帰るだと?」

「はい」

「食事は、昼に社食で食べるだけと聞いた」

「はい、先日方向指示の魔道具を購入したので、手持ちが少なくしばらくは1日1食です」

「……ステフが怒る気持ちが分かる」

「あぁ、イアンさんもあちら側の方だったんですか」

「あちら側?」

「いえ、何でもないです。私がご不快にさせてしまったようで申し訳ありませんでした」

「リリーディア、君がまだ15歳だったのを忘れていたよ」

「先週、誕生日を迎えたので16になりました」

「はあ!?リリーディア。もういい加減にしろ!16歳と言ったらデビュタントじゃないか!」

「一般的にはそのようですが、私にはドレスや装飾品を購入するあてもありませんし。弟と両親の件で社交界に出ても見世物になるだけなので、デビュタントしない事が一番心穏やかでいられます」

「……君の後見人は君をデビュタントもさせないと嘲笑われるぞ、それでもいいと?」


「…私の気持ちは?」

「何?」

「頼んでもいないのに後見人という枷をされて、望んでもいないのに監視目的でここで飼い殺しにされて、あなたも監視側なのでしょう?

 ステフ様は仕事が遅ければ苛立ち数日嫌味を言ってきます。誰か止めてくれましたか?

 みな薄笑いを浮かべて見てるだけでした。子供と言われる年齢に甘えて、嫌味や嫌がらせに甘んじていろと?そんなのはまっぴら御免です。

 ステフ様は無理難題を私に押し付けて、音を上げるのを待っているようですけど、絶対に彼の仕打ちは忘れません。

 本当に大嫌いですよ、こんな世界」


 淡々とイアンさんに私の本音を聞かせてやる。彼は酷く衝撃を受けているようだが、イアンさんもステファンと同じ馬鹿なのだろうか。


「君の…望みは?」

「叶うことは無いと思います。言うだけ無駄なので言いたくありません」

「言ってみないとわからないだろう」

「先に私は言いたくないと言ったのを忘れないでください」

「ああ」

「弟が産まれる前に戻りたいです」

「確かに叶わないな…」

「はい。それは絶対に無理なので、私だけの家族が欲しいです」

「…そうか、それは叶うと思うが?」

「私が人と添い遂げたいと願っても、王家が邪魔する筈です」

「…そうなのか?」

「ええ、魅了持ちの血筋ですよ?引き裂かれると分かっていて誰かを慕えるとでも?私には無理です」

「そうか分かった。とりあえず方向指示の魔道具は領収書を出せ。経費で落とす」

「はあ、それはありがとうございます」

「それと残業は1時間、それ以上は許さん。ステフには俺が言う」

「失礼ですけど、ステフ様を諌める事が出来るのですか?

 イアンさんにそんな権限があるのですか?なら、どうしてもっと前に忠告してくれなかったんですか?結局あなたも同じなんですよ、イアンさん。なので、もう二度と私に踏み込まないで貰えますか?

 それでは失礼します。ステフ様盗み聞きは良く無いと思いますよ、ドアから退いてください」


 扉を開ければ、ステファンが床に崩れ落ちている。


「……あぁ、済まない。済まなかったリリーディア嬢」

「名前呼びは許していません」

「あの時から君を怒らせていたんだね、申し訳なかった」

「先程も言った通り、ステフ様の仕打ちは忘れませんから」

「ああ…うん、そうだね」


 

 次の日から気持ち悪いくらいステファンと部署の人達の態度が変わった。

 数少ない女性のアミノ先輩がこっそり教えてくれたのは、概ね私が考えていた通りだった。


「ステファンの初恋」


 初めて会った10歳下の子供に恋をした彼は、2年間、悶々と考えこみ、弟の件を幸いに何とか自分の両親に後見人になってもらった。

 しかし同じ屋根の下はまずいと寮に入れてみたものの接点は職場だけ。

 色々と拗らせてしまい、仕事を大量に任せて自分に頼って貰う予定が、私の全て斜め上の行動で返されて焦っている姿はとても面白かったと言われた。

 しかもステファンは部署の人々に頼み込み、私の手伝いは自分がするからと言って、手出しできないようになり、本当に申し訳なかったと素直に謝られた。

 先輩が悪い訳ではないとにっこり微笑み言う。


「本当にステフ様って気持ち悪いですよね」


 聞き耳を立てている彼に、とても良く聞こえるように大声でバッサリ切ってやる。あぁ愉快だ。

 この部署の人々にも、イアンさんにも貸しが出来て本当にステファン様々である。


 ステファンの事は大嫌いだ。


 大嫌いならば求める事もない。

 求めなければ願う事も無い。

 願わなければ心は凪いだままでいられる。

 幸福も不幸せもない毎日、私が私の心の主でいられるそれが一番。

 そして誰も恨まないでいられる平穏。

 臆病で何が悪いというのだろう、誰にも迷惑はかけていないのに。


 それでも大嫌いという、他の人には思わない感情を彼だけに持っている。ステファンは私の中で、とても特別なのかも知れない。

 

 だからといって絆されはしないけど。

 一生、彼を大嫌いでいたいものだ。



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