表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

本能寺の変?

作者: 鯵野なめろう

 1582年3月11日、甲州征伐を終えた織田信長は、霊峰富士を眺め、悠々と巨城安土城へと凱旋した。あの武田氏を討ち滅ぼした織田信長に多くの大名は恭順をしめした。配下には明智光秀なるものがいた。土岐源氏の支流であると言われるが出所不明である。幼少の頃より、才覚に優れていた。信長の義理の父、蝮と恐れられた斎藤道三の元に仕えていた。道三亡き後は天下を転々とし、今は信長の元で天下安寧のために尽力していた。

 天下を我が物にしようとする信長は世界中から異能を持つ者を集めていた。それは日本を統一したのちに、朝鮮、中国、果てはローマまでの征圧を考えていたからである。集められた異能者の中には、アイヌの秘法を会得したという者や琉球の特殊な徒手拳法を使う拳法家。西欧から船を乗り継ぎやってきたという宣教師。後漢末期の名軍師、諸葛孔明の生まれ変わりを自称する者。はては、未来の日本からやってきたという若者もいた。玉石混在、素晴らしい才覚を持つ者もいたが、その多くは贋物であった。

 織田信長は甲州征伐からの凱旋後、明智光秀に異能者たちの選別を命じた。題目を決め、1人ずつ語らせるというものであった。その日の題目は「織田信長に迫る危機はないか」であった。いつも異能者たちは勝手気ままな意見を言っている。まともに会話ができぬ者も多い。しかし、その日違った。皆が声を揃えて同じことを言うのだ。「テキが来る」と。テキとは何かと問うと、討ち滅ぼされた武田信玄の怨念だ。ある者はデウスに仇なす火の悪魔だと。天より出ずる光だと言う者もいた。「これは如何に」と明智光秀は頭を捻った。

 光秀は同じ織田信長の配下でありながら、幼き頃から陰陽道を習い、齢14にて朝廷陰陽寮の陰陽頭となった過去を持つ土御門久脩の元へと参った。久脩も陰陽師仲間を集め、テキについて調べた。未来を大きく変える巨大な星が出ているという。もう少し仔細はわからぬかと光秀は聞いた。我々では分からぬと陰陽師たちは答えた。安倍晴明ではどうかと光秀はふざけてみせた。わかるやもしれませぬと久脩もふざけて答えた。呼べますよと1人の異能者が答えた。

 イタコとは死者の霊を呼び寄せて自身の肉体にその者の霊を宿らせるという霊能術の一種である。安倍晴明の魂を呼び寄せることができると言った異能者は自らの名をタマと呼ぶ若く美しい女であった。武田氏討伐の一報を聞き、信長への忠誠を誓った奥州伊達氏が信長の元へ献上した当代きってのイタコである。

 伊達氏が言うタマの出所はこうだ。加賀・越中での一向一揆を主導した石山本願寺が上杉謙信との和睦の際に謙信の元に渡った。謙信が没したあと、家督の後継をめぐる戦い御館の乱が起きた。そのおりに、越後を離れ、奥羽の田舎村で庇護を受けた。御礼とばかりに、奇跡を次々に起こしていたのを聞きた伊達輝宗が、田舎村から城下に連れて来たという女であった。

 伝説の陰陽師である安倍晴明の魂を呼べると言う女の声を聞き、光秀と久脩は笑いを堪えることができなかった。信長の庇護を受けようと奇妙なことを言う者は多いのだ。以前にも、幻術を学び破門されたという僧の異能者が参った。幾度の選別を乗り越え、織田信長に面会し、得意の幻術を披露するも、一笑に付され放逐された。この女もその類いであろうと二人は思ったのだ。光秀は「今すぐにできるか」と問うたところ、支度に数日かかるとタマは答えた。

 光秀は次の命を受けていた。駿河国拝領の礼のため安土に参る盟友、徳川家康の饗応役である。ちょうど良いと、タマの儀式を見て笑っていただこうと期日を合わせた。家康も光秀の出し物に花を添えてやろうと配下の服部半蔵と本多忠勝をともに参上した。服部半蔵は伊賀者である。服部氏では一番出来の良い忍びの者が半蔵の名を継ぐというのだ。当然のごとく忍術を極めている。半蔵にとっては幻術など児戯である。死者の霊を呼び出すなどというイカサマを暴いてやろうという魂胆だ。本多忠勝という男は幼少の頃から家康仕える豪傑である。信長とともに朝倉氏と戦った姉川の戦いでは、身の丈が六尺五寸の巨漢、真柄十郎左衛門を無傷で打ち払い、織田徳川勢の勝利を呼び込んだ三河きっての猛者である。どのような化け物が出てこようが討ち果たしてくれよう。

 家康を迎える日がきた。駿河国拝領の礼を終え、天下安寧を祈り、取り止めもない話で笑ったのち、タマ呼んだ。タマは五芒星のような文様を描くでもなく、宮司のように祝詞をあげるでもなく、仏徒のように経を読むこともない。切支丹のようにエイメンもせず、大きな丸い石を前に置き手を添えた。その瞬間、光秀は目の前が真っ白になった。深い深い霧の中に迷い込んだようだ。大声が聞こえた。家康を探す本多忠勝の声だ。霧の中をコイやタイが泳いでいる。キジが飛びさった。ツルの鳴き声が聞こえると、霧の中に男が座していた。公家衆のような服の上に、線のような目が引かれた青白い頭が乗っている。遥か彼方にいるようにも、鼻先にいるようにも感じた。男の笑い声が頭に響く。男がなにかを言った瞬間、半蔵の声が弾けた。大風が吹いた。霧が吹き飛び、男も消えていった。光秀の前には食器が並んでいた。皿の上に乗っているはずの料理は消えていた。タマもまた消えていた。外で嘲笑うような狐の鳴き声がした。唖然とする光秀の耳に大きな笑い声が届いた。徳川家康のものであった。まんまと狐にだまされたと大笑いをしていた。この報告を、主君織田信長に報告するか光秀は悩んだ。

 徳川家康が安土を離れ堺に向かうと、光秀に次の命が下った。中国地方、毛利征伐の援護をせよとの命であった。同年6月、本拠より出陣した明智光秀は悩んでいた。テキとはなんであろうか。あのタマという娘はなんだったのであろうか。夜が明けきっていない早朝、光秀は打倒毛利へと進軍していた。月が見えた。月が赤く光る。光秀から血の気がサッとひいた。もし、信長の命を狙うならば今しかない。光秀は配下に命を告げた。「テキは本能寺にあり!」

 本能寺では織田信長が少ない手勢を率い休みをとっていた。明智光秀が軍を率いて向かっているとの情報が入る。謀反ではないか。ふざけて申す者もいた。このときは、まだ笑い話である。光秀軍が本能寺に差し迫る。赤い月が本能寺の真上に見える。光秀は月を見上げた。霧の中で男に言われたことを思い出す。赤い月が大きく見える。先ほどと違い、光秀は身体が熱くなるのを感じる。

 京周辺には信長をよく思わぬ者も多くいた。光秀には旧知の者も多い。光秀の頭に良からぬことが思い浮かぶ。月の誘惑か、はたまた狐の妖術か。本能寺に矢の雨が降り掛かる。笑い声のようなキツネの鳴き声が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ