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書を捨てて

作者: 0024

「書を捨てて、町に出よう!」


「なあに急に。寺山修司(てらやましゅうじ)の評論本? それとも、更に引用元のアンドレ・ジイドの『地の(かて)』かしら?」


 僕が決め台詞のように図書室で勉強に励む彼女にそう言った所、そんな意味の分からない返答が来た。


「……え、な、何それ」


 僕は予想外の言葉に困惑してしまい、彼女は嘆息する。


「……はぁ。ま、大した考えもなしに言ってみただけなのでしょうけれど、無学なあなたの後学の為に言っておくと、そのタイトルの本来の著者の意図は、恐らく『本を読むより外で活動しよう!』じゃないわよ」


「そ、そうなの?」


 てっきり、言葉通りの意味だとばかり。


「あのね。その言葉を使った人は、しっかりと読書に励んでいたの。その上で、己の生の実感の為に、活動的になろうと一念発起して『外』の世界を求めた、というだけで、『外』に出てからも、別に『読書をやめている』とかじゃないから。読書不要論の擁護(ようご)だと思ったら、大間違いですからね」


 彼女の立て板に水の説明に圧倒されてしまい、僕はすっかり本来言いたかった『一緒に外で遊ぼう』というニュアンスのメッセージを言いにくくなってしまった。


「そ、そうなんだ。文恵(ふみえ)は勉強家だなぁ」


「あなたが不勉強なの、走太朗(そうたろう)くん」


 僕はいたたまれなくなり彼女に(おもね)ってみるが、バッサリ斬り返しを食らった。

 こ、これはカウンターダメージが大きいですよ。


「ま、まぁ言葉の意味はさておいてさ、ずっと図書室に籠り切りって、ちょっと不健康な気がしない? たまにはさ、お外で遊ぶのも大事だと思うんだよね」


 僕はもう取り繕う事をやめ、本来言いたかった誘い文句をかけてみた。

 すると彼女はまた、深く嘆息した。

 そして口調を変えて言う。


走太朗(そうたろう)くん。問1です。私達は、どういう立場なのでしょうか」


 僕はおずおずと答える。


「……じゅ、受験生……です。高校受験を間近に控えた……」


 すると文恵(ふみえ)は、そうです、と言って、立て続けに問2を出した。


「では問2です。今私達がやるべきことは?」


 僕はもはや抗えずに、小声になって答えた。


「…………受験勉強…………ですか?」


 文恵(ふみえ)はコクリ、と頷き、言い放った。


「よろしい。では、速やかに受験勉強に戻って下さい。お外で遊ぶのは、本日のノルマをこなしてからです。良いですね?」


「…………はぁい…………」


 今日も僕はアプローチに失敗したな、と肩を落とした。

 嫌々ながら数学の宿題と、受験に出題されるであろう模試に取り組み始める。


「……うう、難しくて頭に入らないよ」


「もう。普段からきちんとノートを取って予習と復習をしていれば、それ程難しくないでしょうに」


 勉強をそういう風にしっかりこなす、というのは、簡単そうに見えて難しいんだよ。

 僕は自分に言い訳をしつつ、表面上では彼女にお説ごもっとも、仰る通りです、と首肯する。


 もう、高校受験が始まるんだな。


 僕は外の風景を眺めて、思った。


「高校に行っても、僕らは友達でいられるかな」


 僕が文恵(ふみえ)にそう尋ねると、彼女は事も無げに言った。


走太朗(そうたろう)くんが、ちゃんと受験に合格して、私と同じ高校に行けたらね」


 正論過ぎて返す言葉もないです。

 僕は苦手な数学に悪戦苦闘しながら取り組み、勉強を終える頃には下校時刻を過ぎそうになっていた。


 ◆◆◆


「まずいまずい、閉まっちゃう! 走って文恵(ふみえ)!」


「ちょっと、手を引っ張らないで……! 大丈夫よ、用務員さんに話を通してあるから……!」


 僕は彼女の言葉を聞きつつも急ぐ。用務員さん、話聞いてないのか、以前に校門閉めちゃった事あるじゃないか。僕らは、よじのぼって帰ったことがあったのを忘れているのだろうか。


 ああもう、もどかしい!


 僕は彼女にごめんね、と言い、ひょいと背中に手を回し、それから一気に彼女を抱きかかえた。お姫様抱っこ、って奴である。


「ちょっ……!」


「急ぐよ!」


 ダッと走り出す僕。


 校門はまだ開いている。


 あと1メートル。


 そして。


「間に合ったー!」


 僕が校門を通り抜けたあと、案の定校門は自動で閉まり始めた。


「あ……もう、またあの用務員さん、ボケて閉めちゃったのね」


 僕の腕の中で文恵(ふみえ)が呆れたように言う。


「だから言ったじゃん。もう、これだから早めに帰ろう、って言ったのにいつまでも残っているから」


 文恵(ふみえ)が家に帰りたくない理由は僕も知っているけど、遅くまで残りすぎだ。


「ごめんなさい……あ、でも、だからっていきなり抱きかかえるのは今後、禁止」


「はいはい」


 僕は受け流す。


「……走太朗(そうたろう)くんは、力持ちになったわね」


 自分を抱えてダッシュで走り抜けた事を言っているのだろう。


「まあ、文恵(ふみえ)を支えられる男になりたいからね」


 僕がそう言うと、彼女はカアッと真っ赤になり、言った。


「……そういう不意打ちも、禁止」


「ちぇー。禁止事項が多すぎるね、文恵(ふみえ)は」


 僕は苦笑いして、そして歩き出す。


 ◆◆◆


「……高校に行ったら、私は家を出ようと思うの」


「……そっか。決心したんだね」


 文恵(ふみえ)の言葉に、相槌を返す僕。


「色々大変だけどね。その為にも、走太朗(そうたろう)くんにはキッチリ合格して欲しいのよ」


「善処する……いや、必ず受かるよ」


 僕は言った。


「よろしい」


 文恵(ふみえ)は満足そうに頷いた。


「あ……雪」


「ホワイト・クリスマスには早いわよ。もう」


 僕らは見上げる。



 冬の空を。



 それはまるで、これからの僕らの過去のように灰色で、そこから降り積もる雪は、僕らの未来のように真っ白だった。



「……文恵(ふみえ)、高校に受かったらさ」



 僕の言葉を遮る文恵(ふみえ)



「あ、あー。そういうの、死亡フラグ、って言うのよ? 知らないの?」



 不吉な事を。

 僕は構わず続けた。



「……ちゃんと、付き合ってよ。僕と」



 文恵(ふみえ)は本日何度目になるか分からない嘆息をする。

 そして、やおら言った。笑って。



「……もう、とっくに付き合ってると思ってたわ」



 僕も、笑った。


 どうやら僕は、女心についても、まだまだ勉強不足らしい。


 『書』を捨てる日は、ずっと先になりそうだね。


(おわり)

ども0024っス。


なんか久々に普通の男女恋愛モノ書いたような……そうでもないかな。

連載じゃずーっと男女恋愛しか書いてないし。

学園モノの体で書いたのが、それなりに久しぶりの印象。


ええと、白状すると最初の数行だけが書きたかった部分です。

主人公のオリジンもヒロインのオリジンも、深く考えてねーっす。


『書を捨てて(←これは表記ゆれで、本来は『捨てよ』)、町へ出よう』という言葉、調べてみると割と皮肉な意味だったんですよね。

詳しくは以下に、元記事引用などのツイートが。↓

https://twitter.com/koala0024/status/1308733118388420608


なんつうか、読書家に対する僕の劣等感(コンプレックス)を強烈に刺激される言葉でした。

小説を曲がりなりにも書いているのだから、もう少し『書』に親しめ、と言われているようですよ。ふふふ(自嘲)


まあそんな、蘊蓄(うんちく)を初っ端にぶっ放して興味を引いてみようみてーな浅い試みの小説でしたが、どうでした?

最初に蘊蓄に興味をそそられない人は、瞬間ブラウザバックかな。

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