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スタイリッシュ土下座

「では、こちらへどうぞ。」


 マウラの案内で、訓練場に来たレオナルトは、マウラから一冊の本を受け取る。

 ここ数日真面目に依頼をこなしていたレオナルトは、懐に少し余裕が出来たので、銀貨2枚を払って魔法の書を借りる事にしたのだ。


 初級の書と中級の書と呼ばれる2冊の羊皮紙でできた本は、魔法について記されたものだ。


「この本には、魔法と使った場合の効果と、詠唱と呼ばれる呪文、起句と呼ばれる魔法の名前、そして魔法を発動するのに必要な魔法陣が書かれています。」


 マウラの説明の通り、複雑な図形の魔法陣と、詠唱や魔法の名前が順に書かれている。


「魔法を覚えるのは簡単で、魔法陣を見ながら詠唱と起句を間違えずに読み上げれば大丈夫です。」

「たったそれだけで?」

「はい、それで頭の中にそれらの情報が記憶されます。あとは、使いたい時に、詠唱と起句を読み上げるだけです。」


 巻物やオーブのようなもので覚える事を想像していたレオナルトは、少し拍子抜けだった。


「では、お手本ですね。単純に水を生成するだけの魔法です。飲み水はもちろん洗い物や料理にも使える便利な魔法ですよ。その本の水の章の3つ目に書いてあります。」


 本をぱらぱらと(めく)り、該当する魔法を探す。

 ピュアウォーターという魔法のようだ。

 どこかのミネラルウォーターのような名前だ。


「使う魔法を頭で思い浮かべながら、詠唱と起句を読み上げます。」


 マウラがキリっとした表情で集中する。


「清廉なる水よ 我が手元に集いて 癒しを与えよ ピュアウォーター」


 マウラが詠唱を進めるに従って、マウラの前に魔法陣が魔力で描かれ、最後に魔法名を読み上げると魔法陣が光って、そこに水の球が浮かんでいる。


「ね、簡単でしょう?」

「そりゃ、使える人には簡単なんでしょうけど。」


 当たり前の話だが、できる人には簡単でも、それが他人にとっても簡単かどうかは別の話だ。


「本を見ながらで大丈夫なので、やってみてください。レオくんは適正がある事が分かっているので、問題なく使えますよ。」


 やってみないことには分からないので、とりあえずやってみよう。


 本を開いて、魔法陣を見ながら、書かれている通りに読み上げていく。


「清廉なる水よ 我が手元に集いて 癒しを与えよ ピュアウォーター」


 レオナルトの前で、マウラの時と同じように、本に描かれた通りの魔法陣が魔力で描かれ、光ると水の球が出来上がっている。

 マウラの時よりも球は大きいようだ。

 魔法陣が光った瞬間に、その魔法陣が自分の中に刻まれた感覚がする。


 確認のため、本を閉じて、もう一度魔法を使おうとすると、自然と詠唱の言葉と起句が浮かんでくる。

 目の前に浮いている水球のとなりに、もう一つ水球が浮かんでいた。


「ええ、なんで1つ維持したまま、もう1つ作れるんです?」

「えーっと、なんかおかしいのかな?」


 なぜマウラから問い詰められるのか、良く分からない。


「それより、この水はどうしたらいいのかな。」


 水球を作ったはいいが、別に必要だからと言う訳ではないのだ。

 意図して2つ作った訳ではなく消し方が分からないから2つになったのだ。


「えーとですね、解除とか散れとか念じれば、その場でバシャっとなるはずですよ。私の場合は維持できないので、すぐ勝手になりますけど。」


 言われた通りに、散れと念じると、周囲に水飛沫(みずしぶき)が飛び散り、2人は濡れ鼠(ぬれねずみ)となる。


「ちょっとレオくん! なんで飛び散らかすのよ! 乾かすの大変じゃない!」


 マウラは怒っているが、言われた通りにやっただけなので、怒られる意味が分からない。


「解せぬ・・・。」

「解せぬ、じゃないですよ。破裂させなくても、地面に落とすだけでいいじゃないですか。ってか、普通はそんな事できないはずなんですけどね・・・。」


 だったら、最初から地面に撒き散らすように言って欲しいのだが、更に逆撫ですることになりそうなので何も言わないでおく。


 乾かすのにいい魔法がないかな、と探すと中級の書に、いい魔法があったので読み上げてみる。


「燃え続ける炎よ 敵を燃やし尽くすべく 我が壁となれ ブレイズウォール」


 2人から3mほど離れた場所に、高さが2m、幅が5mくらいはありそうな燃え盛る炎の壁が出現する。


「うーん、乾かすにはちょっと熱すぎたかな・・・。」

「熱すぎどころじゃないですよ! 火事になる前に消してください!」


 慌てて、そのまま鎮火をイメージすると、すうっと炎が小さくなり消えていく。


「うーん、乾くのに丁度いいかなって思ったんだけど。」

「全然丁度じゃないですよ。っていうか、なんでいきなり中級使えるんですか?」


 そう言えば、まだ初級の火の魔法も覚えていなかった。

 すぐに消火したので大丈夫だと思うが、火傷でもあるといけないので、マウラに光の回復魔法をかけてみる。


「輝く光よ その輝きを持って 我らを癒せ クイックキュア」


 マウラの体が、少しパァっと白く光り輝く。


「ありがとうございます。最近肩凝りがひどかったので助かります。じゃないですよ! なんで治癒士でも神官でもないのに回復が使えるんですか!」

「使えたらまずかったのかな・・・。」


 すると、ピコンという電子音が耳に届き、メニューと一緒に出ていたウィンドウに、【治癒士】の称号を得た。と表示された。


「あ、いま治癒士にもなったみたいだから、問題ないですよね。」


 嬉しそうににっこり笑うレオナルトに、マウラは頭を抱えるしかなかった。


「だいぶ魔法を使ってますが、魔力はまだ大丈夫なんですか?」


 マウラに聞かれるが、特に疲れとかはない。

 メニューから魔力を確認しても、数値に変動がない、というか治癒士を得た影響か逆に増えている。

 恐らく、最大MPが分かるだけで、現在のMPは自分で管理しなければならないのだろう。


「特に何も。魔力が減るとどうなるんです?」

「次第に疲労が溜まるような感じになって、気怠(けだる)くなってきます。魔力が切れると、動けなくなったり気絶したりすることもあります。」

「魔物と戦ってる時になっちゃうと、死んじゃいそうですね。」

「ええ、なので魔力が減ってきた時の感覚は、早く覚えてくださいね。」


 うーん、なってないのに覚えるのは難しいのだけれど。

 となると、魔法をバンバン使ってみるしかない、との結論に至った。


「それじゃ、魔法をどんどん覚えて、魔力を減らしてみますね。」


 マウラに対して、いつもの笑顔を浮かべると、初級の魔法を次々と使っていく。

 一通り終えて、中級になってもまだ引き続き覚えていく。

 その様子を、マウラは呆然と見守るしかなかった。


 中級も一通り終わったので、中級の魔法の復習、とばかりに魔法の書なしで魔法を連発していく。


 少し息が荒くなってきたかな、と思ったら、いきなりレオナルトは魔力切れとなってぶっ倒れた。


 慌ててマウラが駆け寄るが、その顔は疲労は感じるもののすごく幸せそうだった。

 マウラは、そっと膝枕したまま、レオナルトが起きるのを待っていた。



 ◇ ◇ ◇



 レオナルトが目を覚ますと、目の前には冒険者ギルドの女性用制服に包まれた膨らみがあった。

 後頭部にも柔らかさを感じる。


 状況が分からず、そのまま(ほう)けていると、膨らみの向こうからマウラの顔が覗き込んできた。


「気が付きました? 魔力が多いせいか気が付くのも早いですね。」


 魔力を使いすぎて倒れたのだ、と自分の直前の状況を思い出すが、未だに今の状況が分からない。

 思考が回らないまま、レオナルトは何気なく目の前の膨らみに手を伸ばす。


 その手が膨らみに触れる前に、唐突に突き飛ばされて地面を転がる。


「な、な、なにをしようとしてますか!」


 顔を真っ赤にして胸を抑えたマウラが怒っている。

 実際には、照れているだけだが、当のレオナルトには、怒っているようにしか見えない。


 そして、レオナルトも、自分がどんな状況に置かれていたのか、自分が触れようとしたものが何なのかを、瞬時に理解する。


 その後は速かった。

 レオナルトがとった行動は、日本に伝わる誠意を現す態度。

 ジャパニーズ・DO GE ZA。

 そう土下座である。


「ご、ごめんなさい。状況が分からなくて、頭がぼうっとしてて、自分でも何をしたのかよく分からなくて。」


 マウラも、下心があっての行動ではなかったと理解したのか、少し落ち着く。


「混乱していたのは分かりました。事故も未然に止められたので、もう謝らなくてもいいです。でも、その恰好(かっこう)はなんなんですか?」


 どうやら、魔族に土下座の風習はないようだ。


「その、申し訳ないという誠意を示すための形です。」

「なんというか、こう、必死なのは伝わってきましたから、それはもうやめてください。」


 レオナルトは立ち上がって、衣服の汚れを軽く払うと、改めてマウラに頭を下げた。


「本当にごめんなさい。お詫びに、今度何か奢りますので。」

「は、はい。」


 レオナルトは、純粋に謝罪のために言ったのだが、結果としてデートのお誘いになったので、マウラはまた顔を赤らめて返事するしかなかった。


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