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そこまで責任を感じなくても

 目が覚めると、目に映るのは見覚えのない天井だった。

 板張りのため、木目が模様のように見える。


 身じろぎすると、体のあちこちが痛むが、骨折などはないようだ。

 寝床も板張りの上に厚い布を敷いただけの簡易なものなので、体が痛いのはそのせいもあるかも知れない。


「やっと気が付いたか。」


 近くには、昨日門を通る時に世話になった兵士がいた。

 となると、ここは門番の詰め所だろうか。


「まずは謝らせてくれ。街中であのような暴挙を許してしまったことを。」


 街を守る兵士でありながら、街中での暴行・窃盗を許してしまったことを詫びているのだろう。


「いえ、僕も警戒しなさすぎでした。ご心配おかけしました。」


 上半身だけ起こして、兵士に頭を下げる。


「もう動いて大丈夫なのか? 一応医者に診てもらってはいるが。」

「はい、打ち身だけのようですね。問題なさそうです。」


 寝床から降りて、体の様子を確かめる。


「そうか、良かった。いや、良くはないんだが。」


 やはり責任を感じているのだろう。

 やや伏し目がちにして、唇を噛んでいる。


「あそこで来てくれたお陰で、この程度で済んだ、と考えれば、やはり助かったのは事実です。」

「そう言ってもらえると、こちらも助かる。飯は食えそうか?」

「あ、そうですね。昨日の夜も食べてませんし。」


 既に翌朝で、外も明るくなってきている時間だ。


「簡単なものだが、よければ食べてくれ。」


 兵士がテーブルに置いてあるサンドイッチを指す。

 近くの屋台か何かで買ってきたのだろうか。

 兵士が立ち上がり、お茶も入れてくれている。


「ありがとうございます。その、あいつらがどうなったかは・・・。」

「すまない。街の外に逃げられたようだ。」


 カップにお茶を淹れながら、兵士が答える。

 カップと言っても、ティーカップではなく木で出来たコップだ。

 お茶は、少し薄めの紅茶のような味だった。


「そう言えば、暴行以外に被害はないか?」

「えーと、袋を取られたくらいでしょうか。腰に下げていた布の袋がなくなっているので。」


 サンドイッチを齧りながら、そう答える。

 腰に結わえていた袋は、確かになくなっている。


「布の袋? なんでそんなものを。」

「冒険者ギルドで、そこから魔物の死体を出したのを見ていたんでしょう。アイテムボックスの類と間違えたのでは。」

「アイテムボックスだと? それなら街中での暴挙も(うなず)けるか。」

「そうなんですか?」


 サンドイッチに挟まれていた肉の味を楽しみながら、そう兵士に確認する。

 そう言えば、こちらの世界に来てから初めての食事だ。

 質素だが、素材の味自体は悪くないようだ。


「アイテムボックスは、(たま)に迷宮で見つかるくらいしか入手する手段がない。小さなものでも、金貨数十枚で取引されるものだ。時間凍結の効果が付いているものだと、100枚を超えるらしい。」


 えーと、日本円に換算すると、数十万から数百万円ってところだろうか。


「そんなに高価なものだったんですね。完全に油断してました。」

「そうか、価値を知らなかったのなら、それも仕方ないのかも知れない。しかし、暴行だけでなく窃盗までしたとなると、確実に奴らには犯罪歴が付いているはずだ。もう街の中には入れないだろう。」

「犯罪歴ってのは、そんなに簡単に確認できるんですか?」


 街に入る時に使った板であれば分かるが、身分証がある人間にはそこまでしていなかったはずだ。


「ギルド証を見れば分かるようになっているんだ。」


 レオナルトは身分証を取り出して確認するが、特に犯罪歴のような項目はない。


「これを見るだけで分かるんですか?」

「ああ、名前の下に黄色か赤の線が入るんだ。殺人や放火、強姦のような重罪だと赤、窃盗などであれば黄色だ。」

「へえ、どんな仕組みなんでしょう?」


 勝手に線が入るような仕組みは想像が付かない。


「称号に犯罪歴を示すものが加わると勝手に入るんだが、その仕組みは良く分かっていないらしい。」


 なるほど、オーパーツのような扱いなのか。

 それとも仕組み自体が秘匿(ひとく)すべきものなのだろうか。


「では、すまないが奴らの情報を教えてもらえるか。」


 兵士からの事情聴取が始まったようなので、分かっていることを伝える。

 しかし、見た目以外にはほとんど分からないので、大した情報にはないらないだろう。


「ありがとう。あとで冒険者ギルドにも確認しておく。依頼のために街の外に出る際は、君も注意してくれ。」

「もし、遭遇した場合はどうすれば。」

「できれば逃げて我々に通報して欲しいが、犯罪歴のある者であれば殺しても罪にはならない。理由は分からないが、称号に犯罪歴が付かないんだ。」

「1人ならまだしも、3人相手にするのはきついので、逃げますよ。」

「ああ、無理はしないでくれ。」


 兵士から聞きたい事はもうないようで、解放された。

 食事代を払おうとしたのだが、お詫びだと言って固辞された。

 仮発行された身分証をついでに返却して、詰所を後にする。

 レオナルトがいたのは、門の近くの詰め所ではなく、街の中心近くの詰め所だった。


 とりあえず報告しておこうと、すぐ近くの冒険者ギルドに行き、今日も受付にいるマウラに声をかけて説明すると、ギルドマスターの元に案内された。


 3階にあるギルドマスターの部屋にあるソファに腰掛けたレオナルトは、落ち着かなかった。

 テーブルを挟んだ対面にギルドマスターが座っているのだが、その胸元や脚元がチラチラと見えるのが気になって仕方ないのだ。

 別にオルタンスの服装は、露出が多い訳ではない。

 しかし、まだまだ若いレオナルトには気になって仕方ないのだ。

 それに気付いているオルタンスは、わざと気になるような仕草でからかっているようだ。


「話を聞く限りでは、「黒き刃」の連中かしらね。」

「あの人たち、態度も悪いし話も聞かないし、しつこく誘ってくるしで、嫌いだったんですよね。」


 マウラもナンパの被害にあっていたのか、憤慨している。


「でも、レオナルトくんはアイテムボックスを盗られたとなると、大損害じゃないの?」


 オルタンスが心配して尋ねてくる。


「実は、あれアイテムボックスじゃなくて、本当にただの布の袋なんですよ。銅貨1枚の価値もないですよ。」

「でも、昨日の納品の時は、あの袋から取り出してましたよね?」


 それを見ていたマウラが、不思議そうに聞いてくる。


「他の方には内緒にして欲しいんですが、実は僕の能力でして。」


 手を前に出すと、ストレージから剣を出して、それを手に取る。


 初めて見る現象に、マウラだけではなく、オルタンスも目を丸くしている。

 からかわれていたと分かっていたレオナルトは、オルタンスに一矢報いたことで笑みを浮かべる。


 再度、剣をストレージにしまうと、剣は手の中から消えたように見える。


「なるほど、袋から出したように見せかけたのも理解できるわ。レオナルトくんの判断は正しいと思うわよ。本人の能力だと最初から分かっていたら、誘拐して奴隷に落とすことで、その力を使おうとしてたでしょうからね。」


 オルタンスから、想像以上のひどい状況を聞いて、身震いをする。

 マウラも、そこまでは考えていなかったのか、沈痛な面持ちだ。


「すみません。他にも人がいたのに、私が無神経にも聞いてしまったせいで。」


 マウラは、自分がアイテムボックスか尋ねたせいで襲われたと、責任を感じているようだ。


「聞かれなくても、見ていれば気付いたでしょうから、気にしなくても大丈夫ですよ。」

「そうね、遅かれ早かれ、気付く者はいたでしょうね。とは言え、ギルドとしても責任がないとも言い切れないわ。」

「そんな、気を遣ってもらわなくても。僕自身、何の実績もない訳ですし。」

「冒険者ギルドで起きた問題を放置しておくと、ギルドの信用にも関わるのよ。」


 何かあった時に、ギルドが守ってくれない、と思われる事自体が問題なのだろう。


「マウラ、あなたにちょっとお遣いを頼んでいいかしら。」

「はい、朝の忙しい時間も終わったので大丈夫ですけど。」

「レオナルトくんを連れて、代わりになる袋を買ってあげてちょうだい。あと、ついでに古着屋で服も見てあげてね。」

「はい!」


 そう言うと、オルタンスが銀貨を数枚取り出し、マウラに渡す。

 マウラは嬉しそうにそれを受け取っている。


「えっと、そこまでして頂かなくても。」

「周りの目を誤魔化すためには必要なものよ。ギルドじゃなくて私のお金だから、気にしないで。」

「もっと気にしますよ、それは。」

「レオナルトくんへの期待を込めた先行投資よ。その分依頼をこなして稼いでくれればいいわ。」


 そう言われてしまうと、何も言い返せない。

 そもそも手持ちが寂しいし、相場も分からないのが実情だ。


「それじゃ、行ってらっしゃい。」

「レオくん、ちょっと下で待っててくださいね!」


 マウラがパタパタと走り去ってしまったので、仕方なく1階の掲示板で依頼を眺めて待つ事にする。

 1級で受けられそうなのは、やはりコボルド討伐や薬草集めといった簡単なもののようだ。

 プレーリーヘアの毛皮10枚という依頼が2級で出ていて、報酬が大銅貨12枚と多いので、これを後で受けてもいいかも知れない。


 そんなことを考えていると、ギルドの制服から私服に着替えたマウラがやってきた。


「お待たせしました。行きましょうか。」

「あ、は、はい。」


 ギルドのピシッとした制服と雰囲気が異なり、可愛らしい服を着たマウラの姿に照れながらも付いていく。

 

「あ、最初は雑貨屋さんなのでこっちですよ。」


 マウラは自然にレオナルトの手を取り、先に歩いていく。

 その後ろを、顔を真っ赤にしたレオナルトが付いていった。



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