第1話 ショタオーク君との出会い
暗い地下ダンジョンの一室。冷たい岩肌が、容赦なく私の体温を奪っていく。
「……見覚えがあると思ったら、ミレーナとかいう騎士じゃん」
「えっ? 私のことを知っているの?」
せっかく、魔王の手下である四天王の一柱、炎の極楽鳥を倒したというのに、激闘に力を出し尽くしてしまった結果、やってきた盗賊達に囚われてしまった。
両手両足をロープで拘束され身動きができない。
「ああ。有名だぜ、あんた。十六歳という若さで騎士様ってね」
よく見ると、彼らは王国製の武器や鎧を装備している。それらの武具は騎士や衛兵にしか配られないはずだ。衛兵くずれか?
男達は私の鎧を剥ぎ取ると、いやらしい目つきで私の全身を嘗め回してきた。
「ほう、上玉じゃないか……」
「上玉ってあんたねー! 私は騎士なのよ。き、し!」
「なあ、ミレーナ。オークの慰みものになるよりマシだろ。俺たちといいことしようぜ」
「何言ってんのよ!」
オークを見たという情報は上がっていたが、奴が悪さをしたという話は聞いていない。それより、こいつらのような盗賊団による被害報告の方が目に付いたくらいだ。
宰相の指示により、魔王討伐が優先されていたため、盗賊が掃討される事は無かったのだけども。
私は、騎士として全てを王国に、そして次期国王となるディーノ王子に捧げた。彼を一目見たときから恋に落ちたのだ。
私より二つ歳上の一八歳。美しい短めの金髪がとてもカッコいい。その言葉は既に威厳に満ちていた。
いずれ、魔王討伐の暁には——。
「ミレーナ! 魔王を討伐いてくれてありがとう! 私と結婚しよう!」
「はい、喜んで!」
と、まだ見ぬ王子の妄想をする——が、現実に引き戻され、目の前でズボンのベルトをカチャカチャさせている男の姿が目に入った。
「何してんのあなた」
「ミレーナこそ、どうして赤い顔をしているんだ? 乙女ってワケじゃ無いだろう? 興奮しているのか?」
こういう時に言うべきセリフといえば……。私は過去に読んだ「らいとのべる」と呼ばれる本を思い出した。
えっと……何だっけ……あ、そうだ!
「くっ。殺せ!」
これ、これ。こう言えば……きっと……。きっとどうなるんだっけ?
男の手が乱暴に私をくみしだき、地面に横たえさせられた。
あれ?
「さすがに命を奪ったりはしない……まあいいじゃん、先っぽだけ。先っぽだけだから……」
「だから、何言ってんのよ!」
がぶがぶがぶがぶ。私は、迫ってきた盗賊の頭に噛みついた。
「な、なんだよこいつおっかねえ」
正直なところ、一体何をされるのかよく分かってない。その分、恐怖なのかよく分からない感情が私を襲ってきていた。
ガルルルルと歯をギシギシさせて唸る私に盗賊達は腰が引けている。
現場は膠着状態になった。
キィン——。
ふと耳を澄ますと、甲高い金属音が聞こえる。
「ぐぁっ。なんだこいつは?」
「オーク!?」
「数は?」
「それが、一匹で……!」
盗賊達が混乱している。
一匹なのに? そんなに手練れなんだ。私が万全の態勢なら、是非お手合わせ願いたいものだったけど。
「ぐぁぁぁぁ!」
「クソッ!」
オークがやってきて、あっという間に部屋の中は戦場に様変わりした。
といっても、オークは盗賊達にトドメを刺すわけでも無く、余力を残された盗賊達は一目散に逃げていく。
結果、最終的に部屋には、私とオークだけが残された。
目の前に現れたオークは、思っていたより随分小柄だ。とはいえ、大人の男性の背丈を優に超えている。
体格は悪くなく、シュッとしていて、よくありがちな太っていて鈍重なオークの印象がない。
「ハァ……ハァ……」
荒い息づかいのオークは身動きできない私に一瞬目をやったが、そのまま通り過ぎていった。
まるで、そこらに落ちている石ころのように無関心だった。
助かった……のかな? よっぽど私が……不味そうに見えたのか、どうでもいい存在だったのか。
それはそれで、ショックだ。何よあのオーク! 無視しやがって!
両手両足を縄で結ばれているため、身動きができなかった。解こうとしても、きつく縛られビクともしない。
なんとか芋虫のようにして移動しようとするが、すぐに息が上がり虚しい努力となってしまった。
「ハァ……ハァ……」
オークの気配がする。奴は再びやってきた。
私が倒した炎の極楽鳥から剥ぎ取ったであろう宝珠を抱えている。
オークは私を見ると、今度は近づいてきた。嘘でしょ!?
先ほどの盗賊とは会話ができた。しかしこいつとは、意思の疎通すら難しいだろう。
私は、とてつもない恐怖を感じた。オークは人間を食料にするともいうけど……生きたまま食べられるのは痛いだろうな……。
「くっ。殺せ!」
はい、出ました。本日二回目のこのセリフ。
あー。もういい加減にして欲しい。どんだけ不幸なの私?
「あ、あの綺麗なお姉ちゃん……今、縄を解きます」
「え? お姉ちゃん?」
オークは何かよく分からないことを言って、持っていた大鉈で私の足のロープを切り、解いた。
次に私の上半身に近づく。
私は、せめてもの抵抗として、思いっきり彼の足を蹴るのだけど、まったくビクともしない。
むしろ蹴った私の足が痛いくらいだ。
「いつつつ……」
痛みに喘いでいると、オークが私の手の拘束を解いた。
「へっ?」
驚いて彼の目を見ると、なんともつぶらな瞳をしている。少し可愛い——って、こいつはオークだった。
危うく気を許すところだった。
さっと身を引き、警戒態勢をとる。
「大丈夫ですか? お姉ちゃん」
「あ、うん……あんた言葉が……?」
「よかった! これお姉ちゃんのでしょ? どうぞ」
オークはサッと剣と鎧を渡してきた。私が身につけていたものだ。
素直に受け取り装備をする。ああ、やっぱり鎧って重いな……。
「貴方、オークでしょ? なぜ私を助けるの?」
「困っていそうだったから」
「オークって言ったら……『ぐへへ……お前の体を楽しませてもらうぞ』とか言うんじゃ無いの? 人を食べるんじゃないの?」
「それ、すごい偏見だと思うんだけど……」
どうやら、彼も炎の極楽鳥を倒しに来たようだ。
「お姉ちゃん……すごく強そうだね。さっきの男達より」
オークとはいえ、褒められると嬉しい。
「そういうあんたも、あいつらを全員やっつけるなんて、たいしたものだと思う」
「ううん、あいつらは全然。ねえ、四天王の一人を倒したのはお姉ちゃんでしょ?」
「うん、そうだけど」
「じゃあ、この先僕と一緒に戦ってもらえると嬉しいけど、どうかな?」
なんと、四天王のうち残りの三柱とラスボスである魔王を、一緒に倒さないかという提案だった。
私は国王に「魔王討伐の命」を受けて旅をしていた。倒せたら、褒美として王子と婚姻も考えると。
部下を付けることを提案されたが、女の騎士に嫌々ついて来る者などいらぬと断った。
その結果が……これだよ!
せっかく敵を倒しても、帰還する前に盗賊とかに襲われるのはごめんだ。王都まで無事に帰るまでが討伐の旅です。
彼の精神年齢は私よりかなり低そう。むしろ、オーク君の方が心配なので付き添い役になろうと思う。力もありそうだし、多少は私の役に立ってくれるかもしれない。
「どうしてもっていうのならいいわよ?」
「お姉ちゃんありがとう! 一緒に魔王を倒そうね!」
「うん、よろしくね!」
手を差し伸べると、彼は私の手のひらを握りしめた。
それは決して乱暴なものではなく、とても優しく包んでくれた。大きく温かい手のひらだった。
これが、私と彼との出会いであった。