奥様は悪魔の家系? エミリアside
「・・・つまりスチューデント家は正確には悪魔付きの家系ではなく、悪魔の生まれる家系なんだ。代々、我が家系に生まれてくる悪魔が、我が家に繁栄をもたらしてきたという話の元、邪教・・・いわゆる悪魔を信仰してきたと言われている。・・・まぁ、すべては古文書による伝承にすぎない。・・・そもそもこの古文書は・・・。」
・・・お兄様の解説に、私は眠気が禁じ得ない。
ウトウトしかけていると、隣のリチャード様が爆睡しているのが目に入り、安心して目を閉じようとした。
『おい!エミリア!寝るなよ!』
もう片方の隣に座るリカルドに肩をつつかれ、小声で注意される。
・・・どうして、あのエキサイティングな舞台にはオヤスミ3秒決めるのに、このクソ詰まんないお兄様の解説には起きてられるのか・・・マジで謎だわ。リカルド三大ミステリーの一つ・・・まぁ、後の二つは何だか知らんが。
えー・・・なんで、こんな事になっているかと言いますと、マーガレットちゃんとお兄様がデートする・・・という事になったからだ。
◇◇◇
リカルドがマーガレットちゃんをエスコートした夜会の後、リカルドは異様にウキウキしており、家に帰って来るなり私たちに言った。
「俺、ユリウス様とマーガレット推しでいくから!なんと、来週末デートするらしいんだよ!!!しかも、スチューデント家のあの『呪いの教会』とやらで!ほら、以前エミリアが言ってたろ?・・・『吊り橋効果』ってやつ、発動しそうじゃない?」・・・・と。
もちろん、私とリチャード様は反発した。
だって、マーガレットちゃんは、アーノルド殿下一択だ。・・・あんなに切ない胸の内を直に聞いた私たちは、それは黙っていられない。
「リカルド、いきなりなんでお兄様なの?!」
「そうだよ!なんで急にユリウス君な訳?!」
私とリチャード様が文句を付けると、リカルドはフフンと馬鹿にしたかのように笑って言った。
「そんなの、お似合いだからだろ?・・・だってさ、伯爵家のユリウス様と子爵家のマーガレットに大きな身分差はない。賢い同士で話も合うみたいだし・・・何より、俺はね、俺の大好きなユリウス様が、俺の大好きな親友とくっつく・・・それが良いと思うんだ!」
・・・何このハッピーエンド脳の生き物。
アレですか、例えば恋愛の絡まない、壮大な冒険物語の最後で、特にお相手の居なかった者同士が、最後に突如として無理矢理カップルになって、実は惹かれ合ってましたー・・・的な、え?そうなの?恋愛要素あったんだ?的な、あのハッピーエンドお好きなタイプですか?
いや・・・私も別にそれを否定はしないよ?あー良かったねって受け入れられる事もあるけどさー・・・。
・・・しかし、お兄様は・・・無いんじゃないか?
だってお兄様は・・・整った顔立ちではあるものの、やたらと可愛らしい女顔で、凛々しい系のアーノルド殿下が好きなマーガレットちゃんの好みからは、大きく外れる。・・・それに賢いが、腹黒いしドSだ。腕も立つし、将来も有望ではあるが、性格が悪すぎる。・・・なにより将来の御髪には不安しかない。
いや・・・私はハゲを否定はしていない。ハゲていたって魅力的な人物は数多くいるし、頭髪の問題よりも、性格や人となりが大切だと言う事は100・・・いや1000は承知だ。いや10000かも!
だが、お兄様に関しては性格的な面で、すでに問題がある。・・・その上・・・可愛い顔のハゲってどーなの?童顔のハゲってどーなの?・・・と、思うのだ。私は思う、ハゲはセクシーでなければならないと・・・!セクシーなハゲに関しては、むしろウェルカムだよ・・・私は・・・。
「・・・リチャード様・・・このデート・・・阻止しましょう!」
「うん・・・僕もマーガレットをユリウス君には渡したくない!」
・・・と、そんな訳でお兄様とマーガレットちゃんのデートに乱入する事を決めた・・・の、だが・・・。
お兄様に、私とリチャード様も久しぶりにスチューデント家の領地に行きたい!『呪いの教会』をロイド様にも見せてあげたい!・・・と騒いだら、あっさりと許可されてしまい・・・・こうして、ただいま教会に行く前にお兄様の講義が始まってしまったのだ。
・・・あれ?デートじゃなくね?・・・これ、マーガレットちゃんの取材じゃね?って気づいた時は後の祭り・・・。マーガレットちゃんは、お兄様の講義を逐一メモしながら、真剣に聞いており、デートを思わせる甘い雰囲気など・・・微塵も無かった。ついでに、ロイド様も面白いのか真面目なのか・・・とにかくちゃんとお話を聞いている。優等生なリカルドもしかり。ダラケてるのは私とリチャード様だけだ。
「悪魔って、災いをもたらす者って訳じゃないのですね?」
「ああ・・・この伝承では富と繁栄をもたらすとされている。そのために信仰されるようになっていたのだろう。・・・まぁ、本当に我が家に悪魔が生まれたとは思えないが・・・。」
「何をもって、悪魔とみなしていたんだ?富と繁栄をもたらす当主が、必ずしも悪魔とは限らないだろう?」
ロイド様とマーガレットちゃんは興味深々だ。お兄様に次々に質問している。
「・・・なんでも、悪魔には特徴的な痣があるそうです。いかにも・・・という感じですよね。どのように特徴的かというのは古文書に記載がなく、詳細は不明です。ちなみに私や父上、エミリアにも特徴的だと思われる痣はありません。私には、こんなものはありますが・・・。」
お兄様はそう言って腕をまくると、すごく小さな薄い茶色い痣を見せた。
「・・・痣だが・・・痣にすぎんな・・・。」
「特徴的・・・って感じじゃないですね・・・?」
「まぁ、体のどこかしらに小さな痣がある人はいますから・・・特徴的というからには大きな濃い痣を指すのだろうと思います。」
「・・・他にも悪魔と呼ばれる者には特徴があるのですか?」
マーガレットちゃんは、メモを片手に興奮気味にお兄様に尋ねる。
・・・うん、わかる・・・悪魔の家系とか、ちょっとオカルトちっくで作家的にはそそりますよねー。まぁ、言い伝えがあるだけで、フツーの家だけどね、うちは。
隣のリチャード様が、ふわぁぁと欠伸をして目を覚ました。
「そうだな・・・我が家に生まれる悪魔は、武と知能に優れ、世俗に飽くとされている。そして興味の対象があれば執着し、その反面で家を繁栄させるが、それが無い場合は、早く世を去ると言われている。」
・・・ナニソレ。まんまお父様じゃん。てか、そんな設定あったんだ?初めて聞いたよ。
「えー・・・それ、エリオスじゃん・・・。」
寝起きのリチャード様も同様の感想を持ったのか、そう呟いた。
「リチャード様。・・・父上は悪魔ではありません。特徴的な痣もありませんし・・・悪魔は、年を取らないそうです。父上は年をとってますんで、あくまで人間です。」
「ふーん・・・でもさ、年を取らないって、どうやって育つの???」
・・・おっと、的確な質問が来た。
「・・・さぁ。ある程度育って、年を取らなくなるのかも知れませんね。」
「じゃあさ、エリオスはまだ育ってるんじゃない?」
「・・・ですが、特徴的な痣はありません。」
「見えるところにあるとは限らないんじゃない?・・・たとえば体の内側とか髪の中とかさ・・・そんな所に本当に痣ができるか、なんて知らないけど、悪魔なら、何でもアリなんじゃない?」
お兄様は、リチャード様ごときに言い負かされて悔しいのか、リチャード様を睨む。
・・・まぁね、こう見えて、お兄様はお父様を尊敬してるから、悪魔とか言われて面白くないのかもな。でも、お父様って執念深いけど、どー考えても普通の人だと思うよ?一度もオカルト的な何かを感じた事ないし・・・そもそも悪魔は加齢臭しないんじゃない?
「・・・リチャード様は、どうしても、父上を悪魔にしたい様ですね?」
お兄様は苦々し気にリチャード様に言う。
「え?幼馴染が悪魔って、面白くない?・・・ねぇ、マーガレット、そそるよね?・・・幼馴染だったのに、実は悪魔で僕たちは違う時間を生きる事になるんだ!永遠を生きるエリオスと、儚く人生を終える僕とユリア・・・時間という贖えない運命に引き裂かれる友情と愛・・・どう?創作意欲、湧かない???」
「・・・湧きます・・・!!!」
マーガレットちゃんがキラキラしている。
「とにかく!父上は人間です!」
若干キレ気味でお兄様はテーブルをバンと叩いた。
「えー・・・そんなの当たり前だろ???・・・ここ現実の世界だし。悪魔なんている訳が無いって。どーせさ、そういうのって元は下らなかったりするんじゃない?・・・最初はさ、オカルト好きの変わってるけど有能な当主が、悪魔とか邪教を信仰して、でも家は繁栄したから・・・うーんゲン担ぎで、その後もやっとく?みたいなのが始まりだったりするんじゃない?特に、その後の当主がエミリアちゃんみたいな、流されやすいタイプなら、全然意味わかんなくても、とりあえずノリでやっとく?ってなりそうだし。・・・文武両道は家系的なモンだろ?エリオスもだけど、ユリウス君もそうじゃん・・・なーんか、エミリアちゃんは残念だけど・・・スチューデント家てさぁ、そういうのが交互に出て来る家系なんじゃない?賢いやつが意味を持ってやってみる→残念なのが意味もわからず改悪する→賢い奴が無理矢理意味を見出してやる→残念なのが意味不明で改悪・・・で、どんどん意味不明になって、それが余計に不気味になってるんだと、僕は思う。・・・エリオスが何で執念深いは知らない。でも、悪魔じゃなくてもそういう人っているだろー?」
・・・成る程。・・・何となく納得だ。やたら残念と言われまくっているが・・・よしとしよう。
『稀代の天才』お兄様に比べたら、大概は残念なのだ。うん、問題ない。
お兄様はポカンとした後に、笑い出した。
「・・・た、確かに・・・。私が何か信仰して意味を持ってやったことが、エミリアの代にはまるで伝わらず、雰囲気で真似してやって・・・その後、私みたいなタイプが深読みして何か意味を見つけ・・・その繰り返しで、どんどん意味不明で不気味になっていくのは・・・ありそうですね・・・。」
「だろ?・・・昔から僕はそう思ってたんだよね?・・・現に、ユリウス君は『悪魔の家系』ってのを、わりと意味深に捉えて考えてる節があるけどさ、エミリアちゃんを見てみなよ・・・『悪魔とかいねーし。てか、悪魔って(笑)』くらいしか考えてないから。」
お兄様が驚いて、私を見る。
・・・え、そうですけど???
「え???お兄様は・・・違うの?賢いのに、現実的で合理的なのに、悪魔とか本当に信じてるの?・・・悪魔なんて居ないよね?」
「いや・・・私もいるとは思ってないが・・・。少しは気になるだろ???『悪魔の家系』とか『悪魔付き』って、言われるんだぞ???」
「・・・でもさ、それ、言われないですよ?お兄様みたいに性格悪いと、当て付けで言われるんだろーけど、私は言われた事、一度もないですよ???」
「は?え・・・?」
お兄様・・・マジか。言われまくってんだ、ソレ。どんだけ疎まれてんだよ・・・。まぁ、私とリカルドも影で魔王って言ってるけどさー・・・。
「・・・てかさー、悪魔なら、なんでテストにドキドキしたり、ニキビに悩んだり、筋肉痛で苦しんだり・・・そういう詰まらない事に四苦八苦するんですか???私なんて昨日から微妙にお腹こわしてますからね・・・。悪魔が地味な腹痛に苦しむって・・・あります???」
「な、・・・成る程・・・。」
お兄様はそう言って、リチャード様を見つめる。
「ほらね、気にしてないだろ?」
あー・・・そっか・・・お兄様は実は『悪魔の家系』ってのを密かに気に病んでた系?まぁ、言われまくってるみたいだし、気にもするか・・・。
・・・よーし、励ましてやるか!私って、兄思いの妹ですからね!
「えーと・・・お兄様だって、薄毛という全く持って世俗的な悩みやら、女顔コンプレックスに無駄に時間を割いているではありませんか。・・・その時点で、悪魔とは無縁です・・・。ただの・・・つまらない人間にすぎないのです・・・。」
私は、まるで聖母のように優しくお兄様に語り掛けた。
すると・・・お兄様はとても良い、笑顔っぽい表情を私にくれた。
・・・あ、訂正。
やっぱりお兄様は悪魔かも知れない。




