●魔王と奴隷 ユリウスside●
・・・あまりの事態に、脳の処理が追いつかない。
俺の脳はそんなにも回転が悪かったのだろうか。・・・いや、違う。
コイツらが・・・規格外すぎるんだ。
俺はリチャード様から『スライディングどげざ』、エミリアからは『ジャンピングどげざ』なるものをくらい、しばらくの間、呆然と立ちすくむしか出来なかった。『どげざ』とは、どうやら平伏叩頭の事らしい。
・・・リカルドは咄嗟に「首が折れたらどうする!」と突っ込んでいた。ある意味、あの状態でエミリアを心配できるなど・・・あいつはやっぱり、只者じゃない。
「お兄様?」
平伏の状態で顔を上げて、不思議そうにエミリアが俺を見つめくる。エミリアの隣に並ぶリチャード様も平伏して、同じような顔で俺を見ている。・・・いや、なんでお前らが不思議そうな顔になるんだ。こんなの普通に混乱するだろ?
「謝りたい気持ちは分かった。・・・だが、そんな謝り方など私は要らない。」
俺は素っ気なく言って、ソファーに向かうと腰を下ろした。
内心は、さっきのアクロバットな謝罪に動揺しまくっているが、そんなの知られてたまるか。二人の破天荒ぶりに、頭がクラクラする。
「お兄様・・・本当にごめんなさい。」
「ユリウス君・・・ほんとごめんね?」
二人が付き纏って俺に謝るが・・・・変な噂が広がるのは確定だろう。
リチャード様はこの美貌で『身分差の恋人』などと言って、俺を呼び出したんだ・・・。シャレにならない。こんな美形が恋人だと現れたら、噂好きでなくてもつい人に話したくなるだろう。
改めてリチャード様の顔を見つめ、ため息を吐く。・・・確かに、顔だけはとてつもなく良いんだよな・・・この人は・・・。
「・・・私を呼ぶのに、街を見回っていた軍人にはどんな話をしたのです?」
「ええっと・・・聞きたい?僕の考えた壮大な愛のストーリー。・・・ある日、僕たちは酷いご主人様に・・・ある意味これはロイドになるんだけど・・・いじめられて、逃げ出したんだ。だけど、雨で行き場を無くして、呆然と立ちすくんでしまう。・・・そこへ仕事帰りの、ユリウス君が現れ、僕たちを救ってくれたんだ。僕たちは、君に恩返しをしたくて、忙しい君の元で懸命に尽くした。そうして、仕事に疲れた君に心からの安らぎを提供し、いつの間にかユリウス君も僕たちも、お互いに惹かれていったんだ・・・。だけど、僕たちは元奴隷。この思いを叶えたら、君に迷惑をかけてしまう。だって君は将来の宰相様だからね。君の輝かしい未来を僕たちとの事で、傷をつける訳にはいかない。そう思った僕たちは、もう君の元にいてはいけないと、別れを告げて出てきたんだ。だけど、僕たちは雨の日に君と出会った街角にやってきて、気づいたんだ。身分や人の噂、そして思いを通じ合わせる事、それら全てはどうでも良い事だって。本当に大切なことは、君と居る事なんだってね。たとえ何があっても僕たちは・・・君を心から愛しているから!!!」
・・・。
リチャード様はビックリする程、陳腐な作り話を延々と語ってくれた。エミリアはグスグスと泣いている。あの下らないリチャード様の話に・・・まさか感動してるのか?・・・ある意味、凄いな。
またしても、俺の脳は処理が追いつかなくなり、ため息を吐くことしか出来なかった。
俺の隣に座るリカルドが、「どこから突っ込んでいいのか良く分からないけど、父上もエミリアも懸命に尽くすとか、まずありえないよね・・・。」と突っ込みを入れた。
・・・いや、リカルド・・・素晴らしい突っ込みだ。どんな状態でもフリーズしない、お前の脳は本当に素晴らしい。さすがにリチャード様の息子で、エミリアに惚れ抜いて結婚しただけの事はある・・・俺とは全く作りも感性も違うのだろう。
ふいに見渡すと、マーガレットは何かを必死にメモしていた。ヘンテコすぎるこいつらを、小説のネタにでもする気なんだろうか・・・。まぁ、良い。本当に変な奴らだから、ネタにしたくもなるのだろう。・・・一方、親父は俺をやたらと睨んでいる。リチャード様の「君を心から愛しているから」あたりが主な原因だろう・・・。実に馬鹿馬鹿しい。
「・・・なるほど。」
俺は唸るように声を絞り出す事しか出来なかった。
数週間後には、確実に俺は「元奴隷の美しい年上の男の恋人がいる」と噂になっていそうだ。
そこで、ふと俺はある事に気づく。
いや・・・ある意味、これは『良い話』かも知れないな、と。
・・・リチャード様にかけられた迷惑で、俺の婚期は確実に遅れた。だが、それならリチャード様の飼い主の父上は、もはや俺に何も言えないのではないか?母上だって同じだろう。・・・しかもだ、「結婚出来ない恋人がいる」は意外に便利かも知れない。色々と断る手間が省ける。その上「身分差の恋人」だ。「仮そめの婚約者」などとは違い、いつまでも結婚しなくても、誰も何も聞いてはこないし、公の場に連れて行かなくても不信にも思われない。・・・身分に差があるから、だ。
真の平等が実現しない限り、誰も俺が結婚しない事にも、俺が恋人を連れて歩かない事にも・・・口を挟めない。
いい口実になるな。
・・・しかも、結婚したくなったら「あれはただの噂だ。誰も信じてくれなかった。」と被害者ぶって否定すれば良い。・・・本当に身分差の恋人など居ないのだから、俺の潔白は簡単に証明できるだろう。
相手が「男」というのが・・・不名誉極まりないが・・・。・・・まぁ、この噂の代償は・・・払ってもらおうじゃないか?・・・俺の『奴隷』達に。
「つまり・・・リチャード様とエミリアは・・・ロイド様から逃げてきて、自ら私の奴隷になったと・・・そんな感じかな?」
思わず、意地の悪い笑みがこぼれる。
俺は『愛玩用』なんて欲しくない。・・・どちらかと言えば、欲しいのは『労働用』だ。
「・・・お、お兄様・・・?」
「え・・・笑顔がこわいよ。」
二人は身を寄せて震えているが・・・そんなに俺が怖いなら、お優しいロイド様の『愛玩用』でいたら良かったのに・・・。今やロイド様は、完全に二人に絆されきっているのだから。
「・・・生憎、私は『愛玩用』は要らないのだが、ちょうど『労働用』なら欲しいと考えていた。・・・リカルドもマーガレットも連日に渡る長時間労働で疲れ切っているからな。・・・私たちの仕事には、ただ書くだけ、ただ計算するだけの単純労働が山のようにある。これに優秀な二人の時間を割くのは惜しいと私は常々思っていた。だが、機密が多すぎて、簡単に人を雇う事など出来ないんだ。信用できる人間にしか、手の内を見せたくないんでね。・・・そこで、これは私の『奴隷』の出番ではないかなと思うんだ・・・。確かエミリアは両手利きで長時間の書き仕事に向いているし、リチャード様は算術がお得意でしたよね・・・。」
二人は目を見開き。俺を見つめる。
「それは・・・まさか・・・?」
「ぼ、僕たちに・・・働けと?」
「聞くところによると・・・ご主人様の言う事を聞かない奴隷は売られてしまうらしいね。奴隷や奉公人には・・・人権など無いに等しいらしいからね。・・・本当に腹立たしい事だよ。私はこういった悪習はできるだけ無くしていきたいと思うのだが・・・二人は体験してみるかい?奴隷とか奉公人の生活っていうのを?・・・私は『生の声』っていうのを聞くってのも、為になると考えているんだ・・・。」
俺が微笑みながらそう言うと、二人は「「お仕事させていただきます。」」と全力で言って頷いた。
・・・なかなか良い、『筆記用』と『計算用』の奴隷が手に入った。
◇◇◇
「でも、本当に心配したんですよ?・・・お二人とも、今後は絶対にロイド様から離れてはいけませんよ?」
マーガレットも心配だったのだろう、二人に諭すように言い聞かせる。二人が居なくなったとロイド様から連絡が来て、俺の『迷子の恋人』から連絡が来るまでの間、マーガレットはずっと青ざめていたし、リカルドはそれはそれは不安げに顔を曇らせていた。
「・・・ああ、本当にそうだ。ロイド様の言う事が聞けないなら、二人はスチューデント家に連れ帰って閉じ込めておくしかない。」
親父も、二人を見つめ苦々しげに言うが・・・。いや、親父に限っては、むしろ監禁したくてたまらないのだろう。本当に、どうして俺の親父はこうなんだか・・・。
俺は以前に監禁された事を思い出し、ため息を吐いた。
・・・ん。
バケツ?
「おい、リカルド・・・何であそこにバケツがあるんだ?」
監禁と聞いて、思わず部屋の片隅にあるバケツが目に入り、リカルドに聞いた。・・・マーガレットと親父は、まだ二人にお説教中だ。
「あ、ロイド様にはお休みいただいたので、セキュリティの関係上、二人をこの部屋に鍵をかけて閉じ込めていたんです。・・・俺も、エリオス様と同じですね。また二人が何か変な事をしたら大変だと思って、閉じ込めちゃいました。・・・まぁ、閉じ込めても二人は『どげざ』とか変な事しちゃいましたけど・・・。バケツはその・・・緊急時の対応用です。短い時間だから必要ないと思ったのですけど・・・。エリオス様を見習って・・・一応・・・。」
リカルドが言いにくそうにそう答える。
親父と同じね・・・。
リカルドと親父は同じく監禁するにしてもベクトルが違う気がする。リカルドのは、悪戯に困って閉じ込めた『お母さん』みたいな感じだが、親父のはそんなんじゃない、もっとネットリした『執着心』だ。結果的に同じ事をしているが、親父の方が格段にヤバい・・・。
「あ、バケツ邪魔ですよね。片付けてきます。」
リカルドはそう言って立ち上がり、バケツに近づくと、サッと青ざめる。・・・どうやらバケツには液体が並々と入れられている様だ。
「え・・・。」
リカルドが、バケツを見つめたまま固まる。
「「イェーイ!ドッキリ大成功!それはお水ですー!!!」」
お説教を受けていたはずの、リチャード様とエミリアはハイタッチして喜び合うと、キャッキャと笑った。
・・・親父の気持ちは全く理解できないが、リカルドが二人を閉じ込めた気持ちなら良くわかった。万が一、俺がこいつらを預かる事になったら・・・何もない部屋に動けないようにして拘束して監禁しておこう。俺は面倒はごめんだ。
・・・その後、俺とリカルドもお説教に加わる事になる。そしてそれは、明け方まで続いた。
ユリウスは、転んでもただでは起きない男。そして監禁するとなったら一番容赦がないタイプ。




