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●魔王の困惑 ユリウスside●

妹は、アホだと思っていた。

リチャード様も、アホだと思っていた。


ただ、二人には今まで、さしたる接点がなかった。

だから俺は、この二人を一緒にする事で、ここまで間抜けな事を起こす事になるとは思わなかった。


食事を終えた俺たちはサロンに移り、寛ぎ始めた。

しかし、相変わらずに空気は重いままだった。


・・・まぁ、俺のせいだが。

俺が不機嫌に押しだまっているから・・・なのだが。


親父とリカルドから、薔薇園で何があったのかを聞いた俺は、あまりの衝撃で耳を疑った。


・・・全く理解に苦しむ。


なぜ、東屋の床に二人で転がっていたのだ?

どちらも、床に転がる事を、なぜ疑問に思わないのだ?


なぜ、寝ながら菓子を食うなど思いつくのだ?

どちらも、それを平然として行い、なぜ恥と思わない?


・・・二人とも貴族・・・いや、人間だよ、な?


しかも、親父に怒鳴られて、反省していなかったとは・・・。理解に苦しむ。


・・・ある意味、二人が不貞でも起こした方が、まだ理解できた気がしてきて、俺はソファーに沈み込む様に座り、痛む頭を押さえた。


「えーっと、お兄様?あのね、ごめんなさい。もうしないわ。・・・だから、私やリチャード様を切り落とさないで、ね?」


頭を押さえる俺の機嫌を伺う様に、エミリアは媚を売った声ですり寄ってくる。


・・・俺はお前には甘いが、これは甘やかしていいレベルじゃない。


「ユリウス君、ごめんね?・・・エミリアちゃんと僕を切り落とさないで?・・・僕たち、真面目にマナー講習やるから、ね?・・・もうお屋敷からも出ないよ?」


リチャード様もエミリアと同様だ。あざとく小首を傾げて可愛く聞いてくる。


・・・親父はともかく、俺は男なんかに惑わされない。


俺の不機嫌ぶりに、諦めをつけた親父は、リカルドを誘って二人で酒を飲み始めた。

・・・もう俺たちを放置する気なのだろう。

窓辺のテーブルで、二人は楽しげに懐かしい話に花を咲かせている。


「あ、あのね?お兄様。」

俺が絆されない様子を見て、焦ったのかエミリアが俺に縋りついてくる。


「なんだ。」


顔を上げ、軽く睨む様にエミリアを見る。


「私とリチャード様にはね、野望があって、それであそこにいたのよ。お兄様が関係あるのよ???」


エミリアは眉を下げ言い募るが、なんだそれは。

あんなダラシない事に俺が関係あるものか。


「なんだ、それは。不愉快だ。」


俺が言い捨てると、エミリアはしょんぼりした。

リチャード様も、同じ顔をしている。


・・・なんかこいつら、似てるな。


よく見ると、同じように項垂れていて、つい笑ってしまいそうになる。


「あ、あのね、お兄様!・・・私とチェスで勝負しない?・・・その為に、リチャード様と特訓してたのよ・・・!確かにね、ダラダラもしちゃってたけど、どちらかと言うと、そっちが本命なのね・・・。だ、だからチェスで私が勝ったら機嫌をなおして・・・ね?」


・・・なんだ?


そう言えば、二人はダラダラしながらチェスを指していたと聞いたな。・・・だが、アホ二人で特訓して、何故に強くなれると思うのか・・・。


・・・まあ、それがアホたる所以か。


「エ、エミリアちゃん、まだ君じゃユリウス君には勝てないよ。無理だって!あの変な癖をやめても厳しいって!」


リチャード様が焦ってエミリアを止める。

・・・仲間割れか、面白いな。エミリアの変な癖ってのも気になる。


「変な癖とは?」


俺は、不機嫌そうに短く聞く。


「あ、聞いてよ、ユリウス君、エミリアちゃんてばさ、キングをやたらと守って、戦わないんだ!なんか、変なんだよねー?」


「だから、リチャード様!チェスは、キングを取るゲームでしょう?・・・守るのは当たり前ですよね???・・・囲んで守るのは定石じゃないんですか?」


「うーん。一時的にはアリだけどさー・・・それならキャスリングがいいよね?」


「リチャード様、キャスリングって何?」


「えっ?えっ?・・・キングを囲うのにやる事だよ!・・・なんで知らないのに、囲うのが定石って言うんだい???」


・・・なんだろ。アホ同士で揉めだした。

ずいぶん、エミリアは独特な解釈でチェスを指しているみたいだな・・・?・・・まぁ、それがエミリアなのだが。


それにしても・・・一応、こいつらは本気で俺に勝とうとチェスを練習していたのか・・・。

・・・へぇ。それはそれで面白い。


「エミリアとリチャード様は、どっちが上手い。」


俺は、やや前のめりになり、膝の上で手を組んで、揉める二人を鋭く見上げた。


「はーい。」


リチャード様が間抜けな声を出し、手を上げて答える。隣でエミリアは、コクコクと頷いていた。


「なら、勝負しようか?リチャード様?」


「そっ、それはダメよ!」


エミリアが、慌てて俺たちの間に入る。


「何故だエミリア。」


「・・・絶対に勝てないわ。」


・・・俺に絶対に勝てない?

なら、二人で練習したところで、勝てる様には、ならないだろ???

何なんだ・・・何がしたいんだこいつらは・・・全く理解できる気がしない。


「あー、ユリウス君・・・僕はちょっと・・・。」


リチャード様も尻込みしている。


「じゃあ、エミリアがやるか?・・・負けたら・・・そうだな、俺からは二人に史学の講師でも贈ろう。」


俺がニッコリと笑うと、二人は青ざめて顔を見合わせた。


そう、エミリアは勉強嫌いだが、なかでも特に史学を嫌っていた。・・・確かリチャード様も歴史には酷く疎かった。これは・・・ちょうど良いのではないだろうか。


俺の提案に、二人は異様に焦り始めた。


「や、や、やります!僕、やります!ね、エミリアちゃん、僕、いくわ。僕、さくっとユリウス君に勝ってしまいます!・・・史学は無理。無理なんだよ。大っ嫌いなんだよっ!」


「リチャード様っ!・・・やっちゃって下さい!!!・・・私も史学なんて・・・大っ嫌いですっ!さくっと、バッサリと、お兄様を完膚無きまでに叩きのめして下さいっ!!!」


・・・な、なんだ?リチャード様は俺に軽く勝つ気なのか・・・?どうした?その自信は???

さっきまで尻込みしていたのではないか?


まさか・・・リチャード様はチェスが本当は強いのか???・・・いや、その割にチェスを指しているのを見たこともなし、チェスの話をするのも聞いた事が無い。


どういう事だ?


・・・やはり、俺には・・・アホが理解出来ない。

まぁ、理解したくもないが。


「俺は、そう弱くないと思うが。」


俺がそう言うと、何故かエミリアが得意げに答える。


「お兄様。・・・後悔させてあげますわ!」


エミリアは、見てるだけで、俺がイラつく様な顔をした。

その隣でウンウンと頷くリチャード様も・・・やっぱりイラつく顔をしている。


・・・こいつら、本当に最悪の組み合わせだな。

たちの悪い・・・双子?いや・・・親子か???


リチャード様は、エミリアに微笑みかける。エミリアもニコニコと笑顔で頷いている。


「そうだ!・・・僕がチェスでユリウス君を切り落としてあげよう。」


「リチャード様!カッコいい!」


「だろ???良いよね、今の!」


「お兄様の醸し出す悪役の雰囲気に、悠然と立ち向かうそのお姿っ!!!そう、まさにロマンス小説の騎士様みたいでしたわ!!!」


「わぁー。照れるなぁ。デレク様っぽい?」


「ぽいですっ!」


なんなんだ・・・こいつら本当に、俺をイラつかせる天才コンビだな?


・・・誰だよ、デレクって。


「おい、やるぞ。」


俺が二人を促すと、二人はいそいそとチェス盤を準備した。


◇◇◇


試合は呆気なく終わった。


俺が、この俺が、いとも簡単に負けてしまったのだ・・・。

呆然として、俺はもう逃げ場のない、キングを見つめた。


「やったー!やりましたわっ!リチャード様っ!」


「エミリアちゃん・・・僕、つまらないモノを切り落としてしまったよ・・・!」


「そのセリフ!いいですわ!まるでデレク様ですわ!」


二人は、飛び跳ねて喜び、きゃあきゃあと騒いでいる。

俺はもう、そちらを見る気にもなれない。・・・ものすごく、頭が痛い。


だから、誰だ。デレクってのは・・・!


腹立たしいが・・・リチャード様は相当の手練れだ。

・・・全く勝てる気がしなかった。

どういう・・・事だ???


・・・あいつは、ただのアホでは無いのか・・・?


リチャード様・・・。俺は横目でエミリアとはしゃぐその顔を見やる。美貌の元侯爵。親父の親友で・・・リカルドの父親。


・・・俺は今まで、リチャード様と関わる事はあまりなかったが・・・妙な違和感を感じる事が何度かあった。


無邪気に見えるが、妙に達観しており・・・実態が掴めない。怠惰で、残念なのに、やけに鋭い。

一見、親父に頼り切っている様に見えるが、その実は違う。リチャード様に依存しているのは、親父の方だ・・・。そしてそれを分かって、精神的に支えているフシがある。


ああ、・・・そうか。

リチャード様は、エミリアと似ている。


エミリアに関してもそうだ。

確実に怠惰でアホなのだが・・・馬鹿とは思えない。

妙に知恵が働いて、俺やリカルドに一泡吹かせる事も多い。

それに、子供の頃から妙に包容力があり・・・リカルドはそれに随分と救われていた。


何故だ?

リチャード様とエミリアは他人だ。

・・・なぜ、こんなに共通点が多い???


俺がチェス盤の前で考え込みながら、頭を押さえていると、父上とリカルドがこちらにやって来た。


「ユリウス、どうかしたか?」


親父はチェス盤を眺め、神妙な顔をしている。


「父上。・・・リチャード様は、チェスがお強いのですね。」


「ああ。・・・俺も滅多に勝てない。」


そうか・・・親父が勝てないなら、相当なものだろう。


しかし・・・やはり疑問が残る。チェスが特技なら、なぜ全く指さない?・・・リチャード様は何故、今まで親父としか対局しなかった?・・・対局せずに、どうやって強くなったんだ?


親父は、はしゃぐ二人を目を細めて見ている。

・・・その顔は、なんだか少し嬉しそうに見えた。


「・・・エミリアが生まれた時・・・リチャードは、エミリアを幸運の天使かも知れないと言ったんだ・・・。」


「・・・?」


親父は突然、懐かしむ様にそう言った。

そして、俺に問うた。


「ユリウス、お前の人生は・・・退屈か?・・・満たされているのか?」


俺は、リカルドと目を合わせ、それから二人で、エミリア達に視線を送る。


リチャード様とエミリアはまだ、はしゃいでいた。


・・・ほんと、アホだな。

エミリアもリチャード様も、全く理解不能だ。


だが人生は、それが面白い。

分からない事、ままならない事・・・それがあってこそ、だ。だから価値がある。


でなければ・・・そんなつまらない世界など、俺は壊したくなってしまっていたかも知れない。


俺はそう考えて、ふと笑みを漏らす。


そんな事をしたら、俺は本当に魔王だな。

でも、・・・そうはならない。


そうして、俺は親父に答えた。


「ええ、私の人生は、なかなか刺激的ですよ。・・・退屈とは無縁ですね。・・・満たされるどころか、溢れてしまいそうですよ。」


・・・と。


親父は満足そうに笑った。





デレク様とは:

エミリアがハマっているロマンス小説「デージーと甘い騎士の誘惑」のヒーローであるお色気騎士。リチャード様もハマっている。二人のデージー&デレクごっこは、事周りを相当イラつかせている。

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リチャード・エミリア・ロイドの
獣人転生IFストーリーの連載をはじめました!
「怠惰な猫獣人にも勤労と納税の義務はある」
よかったら、こちらもよろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに拝読したら相変わらず楽しいです。 エミリア・リチャードコンビ大好きです。二人揃うとトラブルの予感しかしないところが良い! 愛が重すぎるお父様も大好き。なろうのおじ様で一番好きですね…
[一言] どうしよう、混ぜるな危険!!しか思い浮かばない(^_^;) でも読者としては混ぜまくってしまいたい。
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