侯爵様の静かな怒り エミリアside
「父上・・・。何故こちらに・・・。」
お兄様はそう言うと、ソファーから立ち上がり、後退りをした。お父様の、あまりの殺気に、私たちは固まって動けない・・・。
「ユリウス、昼に見に行ったらお前が居なくなっていて、どれほど私が心配したと思っている?・・・つい、あの可愛らしい女性・・・マーガレット嬢だったかな?彼女をキツく問い詰めてしまったよ。お前は何処に行ったのだと。まぁ、直ぐに此処に向かったと教えてくれたがね。・・・まさか、ユリウス・・・私から逃げる気ではないよ、な。」
お父様・・・マジで怖いんですけど。完全に目が座ってるし・・・。ダメだよ、この状態の時にお父様から逃げたりしちゃ・・・。ここまで来るのに、馬車で一日はかかるのに・・・昼に気づいて今ここに居るって・・・どういう状態よ。お父様・・・どんだけ強行したんだ・・・。
それにしても、マーガレットちゃんたら、流石に世渡り上手。・・・無理と分かったらサッサと退却。うん、賢い選択ですな。・・・手負いのお父様に逆らうなど、自殺行為ですからね。
「父上・・・私は・・・リカルドに急用があって、こちらを訪ねたのです。な?リカルド?」
だが、リカルドは答えない。
そう、リカルドは自分が不在の時に、マーガレットちゃんを『チョット危ない仕事』とやらに巻き込んだお兄様の事を、怒っているのだ。親友が危ない目に遭うかも知れないのは、確かに嫌だよね。しかも、自分が居ない時を狙ってって・・・まぁ、悪質だし。
「・・・ユリウス様は、俺が居ない方が好都合だったのではありませんか?そんな俺に・・・どの様な御用がお有りで?」
・・・うわぁ。つ、冷たい。
リカルドのあまりに冷たい反応に、お兄様の顔に焦りが見え始めた。・・・たまにあるんだよね、リカルドって。こういう静かな怒りモードのスイッチが入っちゃう事。
「リ、リカルド?!・・・確かに、今回の事は私が悪かった。マーガレットとの事は、三人でよく話し合おう。お前が気になっている点について、彼女と話すのでもいい。ただ、本当に危険な目に遭わせるつもりなど無いし、彼女の安全については十分に留意するつもりでいた。それにもし、彼女が断ってきても、俺は何もする気はない。・・・なぁ、リカルド、本当にすまなかった。お前を邪魔にするつもりなど、毛頭無かったんだ。旅行の間に話を進めたのは・・・たまたまなんだ。本当に他意は無かったんた。だが、嫌な思いをさせたのなら、謝る・・・。なぁ、リカルド・・・許して欲しい。・・・それに今度・・・お前の癒しスポットにも案内してくれるんだろ?な?・・・俺にもお前が餌付けしている、雀ちゃんを見せて欲しいな・・・。」
慌ててリカルドに説明するお兄様は、浮気がバレた旦那様さながらだ。・・・うーん。最後にご機嫌取りを入れるあたり、なんだか年季の入った夫婦感がすごい・・・。
「ユリウス様・・・。ユリウス様がそうおっしゃるなら、今回は許します。今後については、マーガレットと三人でよく話しましょう。・・・あ、あと・・・俺の雀ちゃんもお見せしますね・・・。」
なんだろうね、微妙に痴話喧嘩感があるんだよね・・・。確か、仕事の話ですよね?静かに怒るリカルドの圧倒的な正妻感・・・。
てか、リカルドは雀なんか手懐けてるんだ???・・・ふーん・・・?ずいぶん地味で冴えない鳥が好きなんだね・・・。しかも雀ちゃん(笑)ってさ。私だったら、鳥ならもっと派手なヤツが良いな、カナリアとか、見た目が綺麗な鳥がイイ。
「・・・ユリウス、その・・・なんだ、リカルドとお前は喧嘩してたのか?・・・それで仲直りをするのにここへ?」
お父様は二人を見比べてそう聞いた。
・・・違う。全く違う。
正解は、お父様から逃げてきて、お兄様の悪さが発覚し、リカルドが静かに怒ったのだ。
・・・だが、この誤解は・・・使えるよね・・。
だって、すべて丸く収まりそう・・・。ふと、お兄様と目が合う。・・・了解デス。
「そ、そうなんですよ、お父様!リカルドとお兄様ったらケンカしてて・・・でも、数日離れて・・・お互いに冷静になれたんでしょうね。あー・・・なんか私、感動で涙が出そうです。・・・仲直りできて、良かったですわね、お兄様。」
「ありがとう、エミリア。・・・そうだね、数日離れてたら、冷静になれて、私が悪かったなと反省したんだよ。そしたら、どうしても謝りたくなってしまってね。だから、別に父上から逃げる気など、ありませんでしたよ。その、リカルドに謝りたい一心で、つい・・・父上に相談するのを失念していたのです。・・・あ!父上!リチャード様がいますよ!!!・・・久しぶりに学園生活を懐かしんで、一緒に露天風呂などどうです?・・・エミリア、この部屋には露天風呂が在るのだろう?」
「ええ!すごく広くて、気持ち良いんですよ?まぁ、学園生活を思い出すなんて、素敵な提案ですわね、お兄様!・・・お父様も本日はこちらにお泊まりに?・・・良かったら、リチャード様とご一緒のお部屋にお泊りになれば?リチャード様ったら眠れなくってリカルドと寝てますのよ!リカルドって寝相が悪いから、お父様とご一緒の方がよろしいのではなくて?」
私とお兄様は、以心伝心で、お父様を全力でリチャード様に押し付ける事にした。
うん、それが一番いい。こんなに気が立っているお父様には、リチャード様かお母様を差し出すしかない。お母様はここには居ないし・・・。そもそも、お父様が旅行に行けなくなった原因を作ったのは、リチャード様でもあるんだ。将棋したさに無闇にお父様を呼び出したりするから悪いんだ・・・!!!
・・・そうと決まれば、私とお兄様は、息がピッタリだ。リチャード様は私とお兄様を代わる代わる涙目で見つめて、哀れを誘う顔をしているが、知るか。
・・・尊き犠牲になって下さいっ!!!
「・・・リチャード、会いたかった。息災か。」
「や、やぁ、エリオス。離れて、たった三日だよ。そんなの良くある事だろ?・・・僕は元気です。」
お父様はリチャード様に近づく。私は席をお父様に譲ろうと立ち上がった。
・・・だって、気が利く娘ですからね。
「エミリア・・・。私はリカルドとも仲直り出来たし、今日は、やはり帰る事にするよ・・・。父上、良かったら私の代わりに、こちらにご宿泊下さい。リカルドが手配してくれてますので・・・。」
お兄様は、そう言うと慌ただしく帰る準備を始めた。
「ああ・・・すまない、そうさせて貰おう。」
お父様はチラリとお兄様をみてそう答えると、リチャード様に向き直り、蕩けるような笑顔を見せている。・・・もはや、お兄様に未練などないのだろう。帰ろうとするお兄様を、引き留める様子も無い。
「エミリア、リカルドすまないが、見送ってもらえるか?ロイド様にも、申し訳ないが、宿の出口まで護衛いただきたい。・・・それでは父上、リチャード様、失礼いたします。」
私が気が利く娘なら、お兄様は気が利く息子だ。
お兄様は、お父様とリチャード様を二人っきりにしてあげる気なのだろう・・・。
私もリカルドもロイド様も、さっきまでのお父様の殺気を思い出し、お兄様に大人しく従った。リチャード様は助けを求めるかの様に、口をパクパクさせていたが・・・私たち四人は見て見ぬ振りをして、部屋を後にした。
◇◇◇
一日近くかけて、こちらに来たのに、とんぼ返りとか大変そうだが、帰路に着くお兄様の顔は晴れやかだった。お兄様を見送ると、私たちは離れに戻った。
リビングスペースでは、手前のテーブルで満足げに寛ぎながら、仕事の資料だろうか、書類に目を通すお父様と、奥のソファーで、ふて腐れて沈み込んだ様に座るリチャード様がいた。
・・・うわぁ。なんかあった感がすごいんですけど。
「・・・リチャード様、大丈夫?」
私が、リチャード様に声をかけると、何故かお父様が答えた。
「リチャードと一緒に露天風呂とやらに入ったら、怒ってしまったんだ。放っておけ。少し拗ねてるだけだ。」
お父様がそう言って書類に目を戻すと、リチャード様はソファーから起き上がり、お父様を睨みながら怒鳴った。
「エリオス、ふざけんなよ!嫌がる僕を無理やり風呂に連れ込んどいて、何が『一緒に風呂に入った』だよ!あれは、強制連行だろ!!!しかも、嫌だって言うのに僕の体を勝手に洗ったり・・・君は、頭がおかしいんだろ?!」
「・・・リチャード。・・・お前の肋骨の間の窪んだ所は垢が溜まりやすい。よく洗わないと不潔だろう?なんだか黒ずんで見えたから、洗ってやったのに・・・何だ、その態度は。」
お父様は、書類から顔を上げて呆れた様に言う。
「黒ずんでなんかないよ!影になってるだけだって!・・・毎日、お風呂で良く洗っているし!僕が不潔みたいな言い方、ヤメてよ!」
「・・・だが、俺が擦ったら垢が出たろ?」
「垢っていうか・・・馬鹿力で擦るから、皮が剥けて取れてるんだよ!・・・エリオスが洗ったとこ、真っ赤になったんだぞ?そんなになるまで擦るとか、痛いんだって!その上、背中とかもゴシゴシ擦りやがって!優しさのカケラも無いよ!」
「・・・痛いぐらい洗った方が背中はサッパリするだろ?擦ったくらいで取れる皮を垢と言うんだ・・・いちいち大騒ぎする事ないだろ・・・。乙女でもあるまいし、そんな事でむくれるな。」
お父様は、ため息を吐いた。
・・・いや、勝手に風呂に連行されて、赤くなる程ゴシゴシ洗われたら、乙女でなくても、怒るって・・・。
しかも、今日のお父様は、いつもより重い愛が暴走気味だった・・・。いくらお父様のご機嫌を取るためだったとは言え、私たちは、生贄にしたリチャード様がちょっと不憫になってくる・・・。
リチャード様は、相変わらずお父様を睨んでいたが、ふいにボソリと呟いた。
「違うよ・・・。エリオスが・・・優しく無いのが・・・嫌だったんだ・・・。」
・・・は、い?
リチャード様っ?!
「!!!・・・リ、リチャードは優しくて欲しかったのか?・・・すまなかったな、リチャード。次からは・・・乙女より優しく洗ってやる・・・。」
お父様はそう言って、うっとりと微笑むと、リチャード様の座るソファーの前までやって来て、跪いて座る。
「どれ・・・赤くなってるのか?・・・見せてみろ、ちょうど薬を持ってる。」
「エリオス・・・ヒリヒリしてるんだ。・・・僕って、とってもデリケートなんだよ・・・。ねぇ、そのお薬って、しみない?」
「ああ、しみないし、・・・すごく優しく塗る。」
・・・知ってます?
これで付き合ってないらしいですよ?・・・そしたら、付き合ってるって、何ですかね?
どうしていいのか分からず、半目で呆然と立ち尽くす私達三人をよそに、イチャイチャは続いていく・・・。
お父様はリチャード様のシャツをめくると、いつの間にか持っていた薬を塗ってあげ始めた様だ。くすぐったそうなリチャード様の声と、お父様の動かないよう嗜める声が聞こえてくる。
・・・まぁ、うん・・・正直、いたたまれない。
「あ、あの・・・リカルド、ロイド様・・・ダイニングルームに行きません?まだ、お取込み中みたいですし・・・。」
「あ・・・ああ。そうだな。」
「そ、そうですね、父上も嫌がってないみたいですし・・・。お、俺たちは・・・ダイニングルームで夕食を待ちますか・・・。」
私たちは、そっと部屋を退出した。
リビングルームのドアを閉じる瞬間、そういえば、お父様が何故ちょうど薬を持ってたのか気になったが・・・私はドアと一緒に思考も閉じた。
◇
今夜は家族旅行最後の夜だ。
夕飯は何が出るだろう・・・。それを考えるほうが、私には価値がある気がした。




