侯爵様は反省する リカルドside
俺は初日の態度をとても反省した。
せっかくの家族旅行だ。みんなで楽しまなくてはならない。・・・三人に忘れ去られ、朝食までダイニングルームに一人座っている時に、俺はそれを実感した。
・・・みんなで楽しむ。それ、とっても大事。俺は誰の事も忘れない・・・そう心に決めた。
もう、父上を邪険にするのもよす。
だって、自分の行動はいずれ自分に跳ね返ってくるのだ。邪険にしたら邪険にされる・・・世の中はそんな感じで出来ている。その逆もしかり。優しくされたら、優しくしてくれる。きっとそう。
俺は、楽しそうに話しながらダイニングルームに入ってきて、「あ、リカルドの事、忘れてた!」って顔になった三人を見て、しみじみとそう思った。
◇
その後、ロイド様の二日酔いが良くなると、俺たちはロイド様が行きたがっていた刀工房に東方の剣『刀』を見に行ったり、エミリアの欲しがっていた料理本と調味料を買いに行ったりして、のんびりと旅行を楽しんだ。
ロイド様は『刀』にたいへん興味を持ち、『刀』の師範もしているという工房のご主人から手ほどきを受けさせて頂いた。俺も少しやらせてもらったが、騎士団にいたロイド様と『刀』の師範をしているご主人に付いて行くのは大変で、アッと言う間に息が上がってしまった。・・・日頃の運動不足を実感してしまう。
もちろん、エミリアと父上は参加する訳もなく、『木刀』という木でできた刀のレプリカを打ち合って遊んでいた。
『刀』は大変高価で、すべてが、一点ものだそうだ。ロイド様は悩んだあげく、3本も購入していた。・・・さすが、辺境伯のご子息かつ、騎士団長・・・たいへんなお金持ちである。
ついでにロイド様は、エミリアと父上にも木刀も買ってあげていた。木刀はサービスで名前を彫ってくれるらしく、二人は名前も入れてもらい、とても喜んでいたが・・・。正直、俺は要らないと思う。フルネームで名前まで入ってたら捨てられないし・・・。どうすんだろ、アレ。
エミリアは東方の料理本と調味料を大量に買い込んでいた。
エミリアは、料理長のジェフリーに、こちらの料理を作ってもらいたいそうだ。・・・ニンジン・フェスティバルでジェフリーの機嫌を損ねているであろう事を、身をもって知っている俺は、エミリアにかなり出資した。
それに・・・東方の料理は、あっさりしていて食べやすいのか、父上も食が進んでいる様だった。これで父上の虚弱も治れば一石二鳥だ。
◇
宿に戻った俺たちは、夕食を終えて、風呂に入る事になった。
俺とロイド様は露天風呂に入る事にしたが、父上は一緒を嫌がってエミリアの部屋の風呂に入りたいと騒ぎ始め、二人は小競り合いを始めた。
「だーかーらー、僕の後にエミリアちゃんが入っても、バシャーってできるよ?だから、僕が先!」
「いやいやいや、さすがに私の方が体積ありませんよ?私、身長低いですし。」
「あのねー、身長高くてもさ、僕は足が長くて細ーいからね?体も薄いし。エミリアちゃんは身長の割に、手足もしっかりとお肉がついてるし、胴体も長くて横から見るとけっこう厚みがあるよ?なんか僕さ、エミリアちゃんの後に入って、バジャーってできる自信ないよ?!」
「・・・はあっ?た、確かにリチャード様の足は羨ましいくらいにホッソリですけど・・・!それにしても、私・・・そんなに胴が長いですか?!」
エミリアが怒った様に反論すると、父上は笑いながら答える。
「うーん・・・どっちかって言うと、僕の足が長すぎるんだよね?・・・あー・・・ある意味、エミリアちゃんが羨ましいなぁ。」
「え?どうしてです?足が長すぎる方が良いに決まっているじゃないですか。・・・リチャード様は嫌味ですね?」
「もー・・・まさか。褒めてるよ?知らないの?胴が長いほど神様に愛されてるんだよ?足なんて骨とお肉だけだろ?・・・手の込んだ内臓がたっぷり詰め込まれてる方が、神様が丹精込めて作ったって感じするじゃん!エミリアちゃんなんて、手も足もたいして長くないし、グラム単価は僕より高いって!」
「なるほど!!!愛されてたのか、私!!!」
二人は、しばらくギャーギャー騒いでいた。
父上とエミリアのノリはイマイチ理解できない。・・・だが、エミリア、それは確実に馬鹿にされてるぞ。
その夜。
俺は父上を邪険にせずに、ちゃんと一緒に寝てあげた。
もちろん、父上がさっさと熟睡してしまったら、エミリアの部屋を訪ねる気ではあった。
・・・だが、またしても俺はあっさりと熟睡してしまう事になったのである。
・・・久々の運動とは・・・こうも眠気を誘うものなのか・・・。いかん。運動不足、おそるべし・・・。
俺はそう思いながら意識を手放した。
◇
翌日、俺たちは氷上ワカサギ釣りにやってきた。
氷上というからには極寒なのを想像していたが、テントの中で釣ったワカサギを『天ぷら』という料理にしてもらいながらやるワカサギ釣りは、快適かつ楽しかった。
魚好きのエミリアはロイド様に負けじと『天ぷら』を食べていたし、父上でさえかなり食べていた。ワカサギの『天ぷら』はかなり美味しかったし、釣りも思った以上にワカサギがかかるので、とても、楽しかった。
俺たちがワカサギ釣りを満喫し、宿へ戻ってくると・・・そこには、見慣れた人影があった。
・・・ユリウス様だ。
俺たちは顔を見合わせる。
こんな所までユリウス様が訪ねてくるなど・・・ロバート殿下に何かあったに違いない。慌ててユリウス様に駆け寄ると・・・ユリウス様は見たこともない程に憔悴しきっており、顔色がものすごく悪い。
俺たちは思わず、息を飲んだ。
「・・・ユリウス様!?ど、どうされました?!」
「すまない・・・リカルド・・・休暇中なのに。・・・ここでは話せない・・・。・・・部屋へ行っても良いか?」
ユリウス様の声には張りがない。
「ええ、もちろん。直ぐに戻られますか?」
「・・・いや。私も・・・泊まれるように手配して欲しい。・・私は・・・逃げてきたんだ・・・。」
・・・え。
俺たちは固まった。
ユリウス様が一人で東方へ逃げ延びて来るなど・・・これは大変な事が起きている。ユリウス様は腕も立つし、全てを放り出し、一人逃げ出すお方ではない。
エミリアは親友である、アメリアやロバートの安否が気になるのだろう。真っ青になって震え始めた。
ロイド様も、ロバートが心配なのだろう、険しい顔で手を握りしめる。
・・・父上は、ボンヤリしている。まぁ、ほぼ無関係だしね。
「とりあえず、部屋へ。俺は手配してから向かいます。・・・エミリア、ユリウス様を少し休ませてあげて?とても顔色がお悪い・・・。」
「うん・・・。お兄様、行きましょう?リカルドが来るまで、部屋で少し休むと、楽になりますよ?」
エミリアは気丈に頷き、ユリウス様を部屋に部屋へと促す。ロイド様と父上も一緒だ。・・・うん。これは有事の可能性が高い。なるべく離れずにいた方が良いだろう。
フロントでユリウス様も泊まれる様に手配する。・・・てか、一人一泊こんなにしたんだ?!まぁ、ケチくさい事を言っている場合ではないが・・・。
しかし・・・一体、何があったのだろう。
戦争?クーデター?・・・分からない。嫌な可能性ばかり、頭に浮かぶ。・・・そう言えば・・・エリオス様は忙しいと言っていた・・・軍部での反乱???
だが、まだ三日だ。
俺たちが王都を離れて、たったの三日しか経っていない。・・・なのに・・・ユリウス様が敗走した?!
本当に・・・一体・・・何があっんだ・・・。
◇◇◇
部屋に戻ると、張り詰めた空気が漂っていた。
「リカルド、おかえり。」
「ただいま、エミリア。・・・ユリウス様は?」
「だいぶ疲れていたみたいで、部屋に着くなり倒れる様に眠ってしまったの。ロイド様が私の部屋に運んでくれて、今は休んでいるわ。・・・何があったのかしら・・・。お兄様があんなになるなんて・・・。リカルド、怖いよ。」
エミリアを抱き寄せる。エミリアは不安からか微かに震えていた。
「とにかく、ユリウス様は少し休ませてあげよう?・・・父上もロイド様も少しお休みになっていて下さい。釣りで疲れましたよね?」
「そうだな。すぐ動けるように、休める時は休むべきだな。」
押し黙っていたロイド様もそう言って、頷く。
俺もエミリアも、同じ様に頷いた。
・・・すると突然、空気を読まない感じで父上が明るく笑った。
俺たちは思わず父上を見つめる。父上はヘラリと笑い言った。
「もー、ロイドもリカルドもエミリアちゃんも、暗い!暗すぎる!ユリウス君が突然来ただけで、悪い事って決めつけすぎだよ?・・・いーい?ユリウス君、何も言ってないからね?・・・疲れてはいるみたいだけど、それだけだよ?こんなピリピリした空気じゃ休まるものも休まらないって!・・・みんなで露天風呂で足湯でもしよう?僕たち釣りで冷えてるし!さ、行こう?」
父上はそう言い終えると、俺たちを無理やり露天風呂に連れて行き、岩場に腰かけて、足をお湯に浸けさせた。確かに、釣りで足先は冷え切っていたのだろう、ジンジンと痺れるように温まる。
それと同時に、固くなっていた心も、少しほどけてくる様な気がした。
・・・そうだ、ユリウス様は何も悪い事が起きたとは言っていない。
俺たちは四人で風呂の石に座り、足をお湯に浸けてボンヤリと過ごす。
「・・・確かに、お兄様は何が起きたか言っていないわ。でも『逃げて来た』と言ったのよ?何か悪い事が・・・起きてるのよ。」
エミリアは自分の足元を見つめながら、冷静に言った。
「んー・・・でもさ、逃げる事って色々あるだろ?例えば、ちょーっといいなって思って数回遊んだだけのご婦人に付きまとわれちゃたり・・・。良く分からないで美人だしイイかなって保証人になっちゃって、借金取りが来ちゃったり・・・。知らない国の王様に結婚しようって迫られたり・・・。・・・とにかく、僕は逃げた事なんて何度もあるよ?」
・・・。
父上・・・なんかリアルで実体験ぽいな・・・。
「お兄様は違います!」
エミリアは父上を睨む。
「エミリアちゃん・・・そういうの、ブラコンって言うの。エミリアちゃんのお兄様は、ああ見えて遊びまくってます。・・・僕の勘だけど。・・・それはともかくとして、あのユリウス君が、この国の一大事にあっさりと逃げたりしないって。リカルドだってそう思うでしょ?・・・ユリウス君はさ、合理的だし諦めも早いけど・・・合理的じゃなくって、諦めも悪いから、面倒くさいこの国の宰相になんかなろうとしている訳で・・・。ユリウス君はさ、自分が逃げるなら・・・捨て駒になって、逆転できる可能性がある者を逃がすタイプだよ。ロバート殿下とかね。・・・だから断言してもいいよ、悪い事なんか起きてないって。大丈夫なんだよ。」
父上の言葉に、俺たちはなんとなくそんな気がしてくる。
やっぱり父上は不思議な男だ・・・。こういう時に、変に肝が据わっていて、妙な包容力を発揮する。
「リチャード様・・・。」
エミリアは、安心したように父上に笑顔を見せた。
「・・・だから信じて、僕の勘を。・・・エミリアちゃん、君のお兄様は、相当遊んでる。ついでに言うと、ロイドはムッツリで、リカルドはヘタレだ。・・・どう、合ってるでしょ?」
俺たち三人は、ついさっきまで父上を感心したように見つめていたのに・・・もう、目から光を消して見つめる事しかできなかった。
・・・多分、それ正解。




