奥様とお義父様の驚きの生活 リカルドside
あの夜会のすぐ後に、我が家に父上が来てくれた。
俺はその直後から、また殆ど家に帰れなくなってしまった。
やはり、アーノルド殿下の周囲で何かが起こっているのは確かな様で・・・それが、ユリウス様の言う様にエミリアを巻き込むのかは、判断が付かなかったが、不審なのは確かであった。
俺が不在ながらも、ワイブル家ではエミリアと父上が、なんとなくうまくやっている様に見えていた。
俺が、ごくたまに早く帰ると、二人はサロンか広間で寛いる事が多かった。・・・何となく他人に関心の薄い二人だ。
付かず離れずうまくやっているのだろう・・・俺はそう思っていた。
そう・・・あの日、までは。
ある日、会議から執務室に戻ると、ユリウス様がひょいっと顔を出した。
「リカルド、父上が会いに来ている。良かったら君も来ないか?」
ユリウス様に言われ、連れたって彼の執務室に入ると、そこにはエリオス様が見えていた。
俺は、嬉しくなって、エリオス様に駆け寄った。
「お久しぶりです。エリオス様!」
お声をかけると、エリオス様は振り返って、ゆったりと笑った。
エリオスさまは、ユリウス様とエミリアの父親で、立派な体躯をお持ちの、少し威圧感のある御仁だ。
だが、俺は幼少の頃より良くして頂いており、ある意味、実の父よりも慕っているし、頼りにしている方なのだ。
エリオス様は嬉しそうに、俺と抱擁を交わした。
「久しぶりだね、リカルド。今日はこちらに用事があってね。元気そうだ。会えて嬉しいよ。」
「俺も、エリオス様とお会いできて、嬉しいです!・・・お時間はおありですか?ご用事がお済みでしたら、ぜひとも我が家に寄りませんか?エミリアも父上も、すごく喜びます!」
「おお!そうだな。では寄らせて貰おうか?」
「はい、ぜひ!」
エリオス様がいらしたら、エミリアも父上も喜ぶだろう!・・・そうだ、ご夕食にもお誘いしようか?・・・しかし、まだ仕事があるな・・・などと、思案していると、ユリウス様が言った。
「リカルド、今日は少し早いが、もう終わりにしないか?あの夜会以来、リカルドは、あまり帰れてはいないのだろう?父上もいるんだ・・・今日くらい、みんなで夕飯でも食べないか?」
そう、ユリウス様に促され、俺は喜んで頷いた。
「そうですね。屋敷に使いをやりましょう。エリオス様、ぜひ我が家で夕飯を!きっとエミリアも父上も喜びます。」
「いいのか?ユリウス、リカルド?忙しいのではないか?」
「いえ、楽しみです、父上。」
ユリウス様も嬉しそうに笑った。
・・・久しぶりに、楽しい夕飯が取れそうだ!!!
あの夜会以来、俺たちは、何かと緊張感のある日々が続いていた。
・・・今夜くらい、リラックスして皆で楽しく食事をするのは、良い気分転換になるだろう。
手早く仕事を片付けてると、俺とエリオス様はユリウス様を置いて、一足先にワイブル家の屋敷へと向った。
ユリウス様は、どうしても終えたい仕事あるそうで、少し遅れるが、夕飯までには屋敷に来られるとの事だった。
・・・屋敷に着いた俺とエリオス様は、早速二人の元へ向かおうとした。だが、・・・エミリアも父上も見当たらない。使用人たちに聞いても「お二人とも、どこかにいらっしゃいますよ。」と、なんだか要領を得ない。
「あれ?・・・いつもはサロンか広間にいるのですが・・・???」
少し心配になった俺とエリオス様は、俺たちの自室や父上が使っている客間も確認しに行ってみたが・・・やはり二人はいない。
まさか・・・何かあったのでは?
俺は思わず、青ざめる。
その様子を見たエリオス様は、俺の肩を優しく叩くと、安心させる様な笑みを向けた。
「まだ何も悪い事が起きたと決まった訳じゃないぞ、リカルド。落ち着こう。・・・二人は薔薇園に居るのではないか?・・・リチャードはあそこが好きで、よく居たはずだ。」
エリオス様にそう言われ、俺たちは薔薇園へと足を運ぶ事にした。
しかし・・・エミリアが薔薇園になど、行くだろうか???
父上に誘われて、薔薇でも見に行ったのだろうか???
そもそも・・・二人は花なんて見るのか???
やはり、悪い事が起きているのでは無いだろうか。
・・・俺の不安は、少しずつ大きくなっていった。
薔薇園の中を、エリオス様は迷いなく進み、東屋に向かう。
エリオス様によると、どうやら子供の頃、父上とユリア様とよくこの薔薇園でお茶会をしていたという。
だから、「エミリアとお茶でも飲んでいるのだろう。心配する事はない」と、エリオス様は笑って言った。
その笑顔に、釣られて俺も少しだけ、笑顔を取り戻す。
薔薇園をしばらく歩くと、東屋が近づいてきて、二人の話し声が聞こえてきた。
俺とエリオス様は、安堵のため息を漏らした。
「チェックメイトだね?」
父上の声が聞こえる。・・・二人はどうやらチェスを指している様だ。駒を動かす音が聞こえる。
・・・父上とエミリアがチェスをしているなんて、意外だ。エミリアは子供の頃、俺とユリウス様と少し指して、すぐ止めてしまったのではなかったか・・・?父上に至っては、チェスを指している所を見たことすら無かった。
ふと横を見やると、エリオス様も驚いた顔をしている。
『そっと近づいて、どんな様子かみてみないか?』
小声でエリオス様に言われ、俺は頷いた。そして、様子を見るために、足音をひそめ、そっと近づく事にした。
「あー、もう、早いっ!!!」
エミリアが、がっかりした声で叫んでいる。・・・どうやら負けた様だ。
「エミリアちゃんて、最初に守り過ぎなんだって。」
「えー。最初は守りたいんですよね・・・。」
「だからキングを囲っちゃうの?」
「囲っちゃいたいです。」
二人が、ちゃんとチェスについて話していて、俺は驚く。・・・チェスごっこではなく、本当に対局しているんだ???
エミリアの作戦はどうやら、やたらとキングを守る作戦らしいが・・・まぁ、へんてこだな。・・・それがエミリアなのだが。
「だからさ、なんでかなー?それー???」
どうやら、父上もエミリアの手がへんてこだと思っているのだろう。不思議そうな声でエミリアに問いかけている・・・。
会話を聞いている限りだと、どうも俺が思ってたより二人は親しく過ごしている様だ。なんだか会話の雰囲気が柔らかく、とても親しげだ。
・・・俺とエリオス様は、あまりに仲の良い二人の様子に、思わず顔を見合わせた。
二人は、エミリアが生まれた頃から面識があるが、特に可愛がっていたとか、懐いていた様子も無かった。
「取り敢えず振り返ろっか」
父上がまるで、チェスの先生のように話すと、二人は駒を戻し始めたのだろう、カチャカチャとした音が聞こえてくる。
『リカルド、見に行こう。』
エリオス様に小声で言われ、俺たちは東屋に一気に近づいた。
そこで見たのは・・・。
「まず、ここの手でね、エミリアちゃんは・・・。」
そう言いながら、床に腹ばいに寝そべり、チェスの講釈をたれる父上と、チェス盤を挟んで向かい合い、同じ様にペシャリと床に伏せながら、ボリボリとクッキーを齧りつつ、頷いているエミリアだった。
・・・俺の、記憶では。
この薔薇園の東屋には、薔薇をイメージした細工のガーデンテーブルと、それと同じデザインの優雅な四脚の椅子があった。
それらは美しく、この庭にもこの東屋にも似合っていて、風情があった。
・・・二人の寝そべる東屋には、そのテーブルは見る影もなく、カーペットか何かなのだろうか、毛織のふんわりとした敷物が隙間なくひかれ、沢山のクッションが乱雑に散らばっていた。
東屋の少し先の薔薇のしげみの側には、俺が知っているテーブルセットが放り出されている。
改めて、東屋を見る。
ここで二人がどれ程、ダラダラ過ごしていたであろうかという事は、見ただけで分かるほどに・・・東屋は散らかっていた。
エミリアのロマンス小説が、あちこちに散らばり、菓子が入っていたであろう皿や、お茶のセットも転がっている。・・・片方だけの靴下も落ちており、チェス盤の周りは、菓子くずで汚れていた。
あまりの惨状に・・・俺と、エリオス様は顔を見合わせ、声も出せなかった。
エミリアと父上は「しまった!」という顔をして、そのまま固まっている。
エミリアの髪にはお菓子のクズが付いており、父上はさっきまで寝ていたのだろうか、髪がハネている。
父上の足は、片方しか靴下を履いておらず、あの散らばった片方の靴下はやはり父上の物か・・・などと、俺はボンヤリとそこを眺めていた。
・・・とにかく、この状態があまりにも酷すぎて、半ば現実から逃避しかかっていた。
「お前たちは・・・何をしているんだ?」
いち早く我に返ったエリオス様が、唸る様な声で二人を問い詰めると、二人は寄り添うように、震えあがった。・・・その様子はあまりにもソックリで、俺にはまるで二人が双子か・・・本当の親子に見えた。
・・・俺は呆れた目で、二人を見つめる事しか出来なかった。
使用人に東屋を元に戻す様にいいつけると、俺とエリオス様は、エミリアと父上を屋敷に連行した。
二人は、エリオス様からお小言をたくさんもらい、罰としてマナー講師を付けられる事になった。
・・・一見、二人はシュンとして見えたが、きっとそんな事はないのだろう。たぶん、・・・そんなに反省してない。
エミリアと父上は、確実に同類だ。
そうこうしているうちに、夕飯の準備がととのい、ユリウス様も少し遅れてやって来た。
◇◇◇
「どうしたんです?なんだか雰囲気が悪いような気がするのですが・・・?」
ユリウス様が、少し遅れてテーブルに着くと、不思議そうに俺たちを見回した。
怒られた二人は、一見しょんぼりとしていたし、エリオス様の怒りはおさまってなかったし、俺だって呆れた気持ちを抑えてきれてない。
・・・つまり、夕食会の雰囲気は良くなかった。
「お父様!お兄様には言わないでっ!」
エミリアが、悲痛な声を上げる。隣に座っている父上も、エミリアを庇う様に、手を握り・・・二人は何故か悲劇のヒーローとヒロイン風だ。
・・・いや、悪いの二人だろ。
俺が白けた目で、二人を見つめると、気まずそうに目を伏せる。・・・こいつらは、本当に・・・。
「・・・?エミリアとリチャード様に、何かあったのですか?」
ユリウス様が、訝しげにエリオス様に尋ねる。
エリオス様は少し唸って、苦々しげに答えた。
「リチャードとエミリアは、たいへん気が合うらしい。・・・薔薇園の東屋で、二人は怖ろしい事をしていたんだよ。」
・・・なんだか、誤解を招く言い方だな。
ユリウス様は、驚いて二人を鋭く見つめる。
二人は身を寄せ合って、震え出した。
・・・なんだか、エミリアと親父が、不貞でも働いていたみたいだな。
・・・だか、あの惨状だ。貴族として・・・いや、人間としてだって、ありえないダラダラっぷりを見てしまっては、もはや不貞の方がマシだったのでは無いか・・・とさえ思えてくる。
「父上、それはどの様な。」
ユリウス様は、二人を睨んだまま、エリオス様に問う。
「私はね・・・今日ほど、エミリアともリチャードとも、縁を切りたいと思った日は無かったよ。・・・リカルドはあまりの事に、声も出なかった。・・・可哀想な事をしたよ。」
そう言って、エリオス様は、悲しげに目を伏せた。
・・・ん?
・・・あ、あれだ!
エリオス様は、ユリウス様をわざと怒らせようとしている???
そうして、わざとエミリアと父上の仲を誤解させようとしてる???
ガンっと言う音がして、そちらを見ると・・・ユリウス様のフォークがテーブルに突き刺さっていた。
な、な、な、なにぃ?
ステッキに続き、ユリウス様のフォークは、そんなにも鋭いの???
俺は自分の手元にあるフォークを確認した。
先端は口の中を傷つけない程度に丸められている・・・俺のフォークは大丈夫。セーフティだ。
「ユリウス、二人には反省が必要だよな?」
エリオス様は、真剣な顔でユリウス様に言う。
「はい。・・・如何様にでも。」
エリオス様は、温度の無い声でそう言った。
エミリアと父上を見ると、二人は恐怖で目を滲ませている。
・・・余計にユリウス様を煽るとも知らず、二人は手を固く握りあっている。
「エ、エリオス、僕が悪いんだ!エミリアちゃんは僕に付き合って・・・僕が最初に誘ったんだ!」
父上は、男らしくエミリアを庇う。
「お、お父様、お兄様、リチャード様だけが悪いわけではありませんわ!私も誘ったのです!」
エミリアも震えながらも、父上を必死で庇う。
・・・さらに誤解が酷くなりそうな言い方だ。
俺は、ボンヤリと二人の様子と、テーブルに刺さっているフォークを見つめていた。
・・・なんか俺、疲れたな。
「違うよ!僕が寝椅子で誘ったから・・・!」
「だけど、私がその後、床でって誘いましたよ・・・!」
「エミリアちゃん・・・こんな時まで僕を庇ってくれるのかい?なんて優しいんだ・・・。」
「リチャード様!リチャード様こそ、お優しいですわ・・・!」
二人手を取りあって、お互いを褒めあっている。
どうやら、怠け者コンビには確かな信頼関係が芽生えていた様だ。・・・やってた事があまりに残念すぎて、それで芽生えたものも、残念にしか見えないが。
ユリウス様は怖ろしい程の殺気を込めて、二人を見つめていたが、俺の虚な表情に気がつくと、ハッと我に返り、痛ましそうに俺に話しかけてきた。
「リカルド・・・大丈夫か。・・・君のしたいように私がしてやる。・・・君の父上と君の妻だ。リカルドが決めたらいい。・・・どうしたい?・・・さすがに殺すのはマズいが、好きな所を切り落としてやっても良い。・・・二人の話は聞くに耐えない。」
そう言って、魔王は苦しげに俺に囁いた。
「!!!」
「!!!」
とうとう、父上とエミリアはガクガクと震え、ハラハラと涙を溢しはじめた。
・・・怖いよな。うん、俺も怖い。
切り落とすってなんだよ・・・怖すぎるだろ。
「ははははは!もう、反省したか、二人とも!」
突然、エリオス様が弾けた様に豪快に笑った。
ユリウス様はポカンとしてエリオス様を見つめる。
「ユリウス、怒りを沈めなさい。二人は何も無いよ。・・・ただね、信じられないほど怠けていただけだ。しかしね、それを全く反省しないんだよ・・・。いくら私でも、さすがに頭にきてね。・・・さあ、詳しく話すから、楽しい夕飯をしようじゃないか!」
エリオス様は、愉快そうにそう言うと、ワインの入ったグラスを掲げた。