ニンジン・フェスティバル エミリアside
前回のお話をパスされた方に、前回での必要な部分のあらすじになります。
エリオスからもらった『お小遣い』をリチャードはニンジン畑に投資し、ポニー(アルベルト)用に無農薬で甘いニンジンを栽培してた事がわかりました。
以上です。
「リチャード様、もう少し頑張って下さいよ。」
私はコップに入ったジュースを一気に飲み干して、先ほどから長椅子に臥せっているリチャード様を睨んだ。ロイド様も何も言わずに、同じようにリチャード様を睨む。
「・・・もう・・・無理ぃ・・・。」
「無理じゃありません!ロイド様なんて、このジュースをもう5杯も飲んで下さいました。・・・元凶であるリチャード様が、ジュース1杯でへばるとか・・・片腹痛いです!」
「・・・エミリアちゃん・・・僕・・・もうニンジンは無理・・・。無理なんだよ・・・。」
・・・そう。
ある日、突然・・・・山のようなニンジンが・・・我が家に届いた。リチャード様がお父様から貰っていた『お小遣い』で、アルベルト用に作らせたという、オーガニックで甘いニンジンが、収穫時期を迎えたとかで・・・農家から、大量に送られてきたからだ。いや、正確に言うと・・・送られ続けてきている。
アルベルトがいくら可愛いからといって、甘いニンジンはおやつだ。そんなにニンジンばかりをアルベルトに食べさせることはできないし、だからと言って、ずっとダメにならずに置けるものでもない。腐る前に、私達で食べるしか・・・無いのだ。
腐らせて捨てるなど・・・心を込めて作って下さった農家の方に、申し訳ない。
その為、我が家の食事は・・・今や『ニンジン・フェスティバル』状態なのだ。
先ほどから、お茶の代わりに飲んでいるこのジュース・・・・ニンジンジュースも・・・1本でもニンジンを無駄にしない為にと、シェフが考案してくれた、たいへんお腹に溜まるお飲み物だ・・・。ちなみにリカルドは、水筒に入れたものをシェフから手渡されていた・・・。
もちろん、ニンジンは通いの使用人さん達や、ご近所さんにも配った。使用人さんたちの食事もニンジンまみれになって、消費に協力してくれている・・・。
ロイド様にもご協力いただき、辺境伯や騎士団にも十数箱のニンジンを送ったし、もちろんスチューデント家にも、マーガレットちゃんにまで送った。
・・・さすがに、王族で、食べるものにチェックの入るロバートとアメリアには送れなかったが・・・ダメもとで送ってみても良かったかも知れない。
それでも、相変わらず農家からはニンジンが送り届けられており、その勢いは全く衰えていない・・・このニンジン・・・いつまで届くんだろ・・・。
「ロイド様のご実家や、騎士団にまでご協力いただいているんですよ?リチャード様も、もう1杯くらいジュースを飲んでも良くないですか?カロテンは体に良いですよ?」
私は、ピッチャーに半分以上残るニンジンジュースをリチャード様のコップに注ぎながら、苦々しく言う。
「・・・カロテンねぇ。分かるけどさ・・・僕、もうオレンジ色になってきてる気がするよ。」
ニンジンジュースの入ったコップを横目で睨みがら、リチャード様は弱々しく言った・・・。
「お前ごときの消費量でオレンジ色になるなら、私はすでに馬・・・いや、ニンジンになって居てもおかしくないな。」
うぷっと、変な音を漏らしながら6杯目を飲み下して、ロイド様は口を拭った。
・・・ロイド様は・・・ものすごくニンジンの消費に貢献してくれている。リカルドも追付いすべく頑張って消費してはいるが、やはり騎士様なだけあって、ロイド様が一番量を食べて下さっている。
「ねぇ、リチャード様。このニンジンって・・・いつまで送られてくるの?」
「分からないよ。さすがにそろそろ終わりじゃない?・・・だって僕、お金を出してただけだもん。ニンジンに詳しい訳じゃないし・・・。えー、ニンジンの収穫時期っていつまでなんだろ???分かんないや。・・・まぁ、でもエリオスからの『お小遣い』もさ、リカルドに禁止されちゃったし・・・もうお金は払えないから、届ききったらおしまいだよ。」
そういうと、お父様からの『お小遣い』禁止になった事を思い出したリチャード様は、深い、深いため息を吐いた。
「・・・リチャード・・・いい年をして『お小遣い』など、恥ずべきことだろう?しかもこんなにニンジンを大量に買ったり・・・リカルド殿が怒るのも仕方ない事だ。」
7杯目のジュースを飲み干して、顔を顰めたロイド様はリチャード様に諭すように言う。・・・リチャード様は未だ2杯目が入ったグラスを睨んでいるだけで、口をつけない。
「だけどさー・・・リカルドがケチケチでお小遣いが少なすぎだから悪いんだよ?・・・そんなんじゃ、ご婦人方と気の利いたデートもできないし、カッコいいお洋服も買えないし・・・辛かったんだ・・・。」
・・・リチャード様は、侯爵家を傾けた張本人だ。その上、リカルドの大切な遺産まで食いつぶしたのが判明している・・・。お小遣いが少ないのは・・・自業自得、なのだ。リカルドが悪い訳じゃない。
「でも、リチャード様は、最近デートなんかしてないし、お金なんか必要ないでしょ?」
思わず、冷たく言い放つ。
そう、リチャード様はセキュリティの関係上、デートを禁止されている。ヒョロヒョロ激弱のリチャード様は女性にだって、狙われたら簡単に負けちゃうからだ。
・・・先日、私との練習試合でも簡単に負けている・・・私、にだ。全く鍛えていない、この怠惰な私に負けたのだ。リチャード様の実力の凄さが窺い知れるだろう。
その為、以前からお父様にデートはダメだと言われていたが、私に負けた事で、さらにロイド様からも禁止されたのだ。
「だからだよ!だからつい、ニンジンに全額ぶっ込んだんだよ!アルベルトが喜ぶと思ったし・・・。エリオスへの当てつけもあったんだ・・・。」
私と、ロイド様は首を傾げる。・・・なんでニンジンの大量購入がお父様への当てつけになるのだ???
「・・・エリオスも、エミリアちゃんと同じような事を言ったんだよ!『お前、最近、デートしてないなら、小遣いをもっと有意義に使ってみたらどうだ?投資などして、利益が得られれば、リカルドもワイブル家も助かるだろ?少しはそういうのを考えてみたらどうだ?』って。だから、ニンジンに投資してみたんだよっ!」
・・・。
お父様のアドバイスは正しい。リチャード様に激甘なお父様にしては、珍しく良い事を言っているではないか・・・。投資について学べるなら、少し損をしたとしても、有意義な経験となるだろう。・・・しかし、ニンジンは・・・何だか違う。
「・・・ニンジンを作らせて、それを売って得た金をバックさせたら投資だと思うが・・・これは、ニンジンの『買付け』ではないか?」
ロイド様は8杯目のニンジンジュースに手を伸ばしながら言った。
「あ、それはね!ニンジン農家さんに言われたんだよ!お金にすると、手数料がかかるので、少し目減りしますって。ニンジンなら収穫した分、全部くれるって言うからさー・・・僕、手数料とかには騙されないタイプだし?なら、全部ニンジンでってお願いしたんだ。」
・・・いや、ニンジンを代わりに売ってもらうのだ、手数料がかかっても仕方ないだろう。・・・問題は手数料がかかる事ではなく、手数料が適正な金額かどうかではないか?
「しかし、食べきれずに腐らせたらムダになるだろ?」
ロイド様は8杯目のニンジンジュースを飲み干せず、チビチビと口をつけている・・・限界、なんだろうな。
分かります。私もです。・・・私は4杯目にさっきから苦戦している。
「・・・うん。そうだよね。ニンジンが腐るって、失念しちゃってたんだ・・・。しかも・・・こんなに送られて来るなんて・・・。」
リチャード様は顔を両手で覆う。
やっぱり・・・リチャード様は残念でウッカリでボンヤリなのだ・・・。まぁ、私と双子だと言われる事はある。いくら前世がハイスペックでも・・・世間知らずの研究バカだったんだろうな・・・。
「リチャード・・・言いにくい事を言っても良いか?」
珍しく、ロイド様が優しげにリチャード様に語りかける。
「なぁに?ロイド?」
「・・・馬鹿だが可愛いって、お前みたいなのを言うんだろうな。」
ロイド様は、そう言って爽やかな笑みを浮かべた。
その顔を驚いて見つめたリチャード様は、真っ赤になって震えはじめた・・・主に、怒りで。
そう、リチャード様は馬鹿と言われて完全にキレた。
「はあっ?!ば、馬鹿っ?!・・・てっ、天才・・・ぶ、物理化学者の僕に向かって・・・はあっ?・・・ば、馬鹿って言うの?!・・・あのさ、この世界ではさ、僕以上に物理にも化学にも熟知してる奴は居ないよ?ここ、すごく遅れてるからね?!・・・君らさ、科学が何たるかを知らないよね?・・・いや、それ以前に、いつも使っている塩がNaとClで出来てる事すら理解してないよねっ!・・・水はOとHが二つだかんなっ!!!・・・ああっ、そんなのも理解しない奴らに、馬鹿とかっ!馬鹿とか言われたくないんだっ!・・・ちなみに、これ、すごく侮辱してるから!分かんないだろうけど、分かれよっ?!」
怒鳴るようにロイド様に言って、睨みつける。
確かに・・・こちらの世界の科学は遅れている。だからこそ、この分野のスペシャリストだったリチャード様は・・・腹が立つのだろう。・・・原始人に馬鹿と言われたような気持ちなんだろーなぁ。
『水がOとH二つ』とか、『塩がNaとCl』とか・・・すげーロイド様を馬鹿にしてる。・・・でもね・・・水は水、塩は塩でも生きていけちゃうんだよねー・・・、この世界はさ。
つまり・・・今のリチャード様は・・・無駄なハイスペックなのだ。
そして、それが全く活用出来ない悔しさは・・・私にも理解できる。
ロイド様はポカンとしている。
多分、アレだ。『可愛い』と言いたかったんだろう。こんなんでも、一応はリチャード様のヒーローだ。何となくくらい惹かれるものがあるのかも知れない。・・・キモいが。すごく気持ち悪いが。
突然、ガチ切れしたリチャード様が、意味不明の事を言って侮辱しているが、それも理解できないのだろうな・・・。
「エミリアちゃん!ロイドなんかに馬鹿にされた!」
そう言って抱きついてきたリチャード様を、ゆっくりと撫でてやる。
・・・リチャード様は繊細なのだ。不用意な発言は傷ついちゃうんだからな。
「リチャード様、大丈夫ですよ・・・。」
何が大丈夫かよく分からないが、とりあえず慰めておこう・・・。
背中を撫でてやりながら、そう言ってやると、リチャード様は私の肩に顔を埋めて・・・私にしか聞こえない大きさの声で呟いた。
「・・・エミリアちゃんも・・・僕と同じでこちらの世界は遅れてるって思うよね・・・?」
「・・・え?」
「問題。NaOHは?」
「水酸化ナトリウム・・・あ。」
リチャード様は私を抱きしめたまま、ゲラゲラと笑った。




