お義父様、登場! エミリアside
あの夜会の後から、お屋敷の警備には力が入り、その数日後には、リチャード様が久しぶりに戻ってらした。
「やぁ、エミリアちゃん。お久しぶりー。リカルドは、お仕事?」
リチャード様は、リカルドにソックリなハズなのに、なんだかいつ見てもキラキラしい。・・・基本、リカルドが無表情なのに対し、リチャード様は笑顔だからかも知れないし、得体の知れない軽さがあるからかも知れない。
「そうなんです。たぶん今夜はリチャード様も見えたし、早めに帰るとは思うのですが。・・・リチャード様、お部屋って本当に客間で良いんですか?」
私は、リチャード様を客間に案内しながら言った。
以前のリチャード様のお部屋は、私とリカルドの部屋に改築してしまったのだ。・・・とは言え、リチャード様はもとはこの家の侯爵様だ。本当にそれで良いのだろうか?
「まぁ、僕はお嫁に行った身、だからね?」
「はぁ。」
・・・安定のリチャード様だ。
「ねぇ、突っ込まないの?」
「面倒なんで良いです。」
・・・うん。
なんだろう、相手にしてはダメな気がする。
客間に案内すると、リチャード様は薔薇園に行こうと私を誘ってきた。
・・・薔薇園かぁ。
薔薇園はワイブル家の名物ではあるのだが、私はあまり行った事がない。
・・・なぜなら、部屋に引き籠るタイプだからね!庭になんていきませんよ、私。
何となーく渋ってはみたが、リチャード様に促されて、気がつくと私たちは薔薇園に足を向けながら話していた。
「僕さ、昔から・・・あんまり部屋にいるの好きじゃなくてさ、薔薇園にいる事が多かったんだよねぇ。だから、泊まるのは客間で充分だよ。」
「リチャード様は、お花が好きなのですか?」
「うーん。昼寝好き?」
「あんまり、昼間寝ると・・・眠れなくなりません?」
「僕、あまり夜・・・寝ないから。・・・てかね、ベッドが嫌いなんだよねー。・・・ほら、エミリアちゃんには話したろ?僕って前世持ちだからさ・・・前世では、僕は病死してるんだよねー。だからベッドに1人でいるの苦手なの。」
病死・・・しばらくベッドで伏せっていたのだろうか。
それだと抵抗があるのかも知れない。
「寝ないで何してるんですか?」
「ボンヤリ?・・・以前の対局の棋譜を思い出したりとか・・・。情けないけどさ、僕って生まれ変わっても、結局はチェスなんだ。・・・1回目の人生でやり切ったと思ったのに、な。」
「でも、今はお父様としか指さないのでしょ?」
「そう。だってつまらないし・・・。あ、エミリアちゃんになら教えてあげよっか?・・・ユリウス君をコテンパンに負かしてみたくない?」
私はリチャード様の提案に、目を輝かせた。
あの、私を馬鹿にしきっているお兄様にチェスで勝ったら、なんて爽快なのだろう・・・!
「!!!それっ、すんごく楽しそうですっ!!!」
食い気味に答えると、リチャード様は笑いながら答えた。
「だろー?・・・とーぶんこの屋敷に監禁されてるみたいな感じになりそーだし、やろーか?」
そうして、私とリチャード様は、薔薇園でチェスを指す様になったのだ。
◇◇◇
その日から、私とリチャード様は、日がな一日、薔薇園の東屋で過ごす様になった。
最初は、二人とも椅子に座っていたのだが、リチャード様が安楽椅子を持ち出し、うたた寝を始めたので、私はそれを撤去し、東屋全体に敷物を敷き詰め、たくさんクッションを置き、床でゴロゴロする様にしようと提案した。
リチャード様も、それに喜んで賛同し、東屋は一気にまったり空間に仕上がった。
私とリチャード様は、寝っ転がってチェスをしたり、お菓子を食べたり、私はロマンス小説をダラダラ読んだり、リチャード様はうたた寝をしたりして、怠惰にのんびりと過ごしていた。
・・・ちなみに、リチャード様もロマンス小説にハマった。リカルドとは違い、転生者のリチャード様は『ときめき』に理解がある・・・『萌え』を理解してるのだろう。
もちろん、このまったり空間をリカルドに見つかったら、お小言を喰らいそうなので、ここは二人の秘密だ。夕方には速やかに撤退し、屋敷に戻っている。
家令のマックさんにはバレてしまったが、リチャード様がお願いしたら、「お屋敷でダラシなく過ごされるよりはマシですね・・・。」と黙認してもらえる事になったし、メイドさんにもそう指示してくれた。
ある日の午後、ゴロゴロしながらチェスを指していると、リチャード様が不思議そうに聞いてきた。
「・・・エミリアちゃんって、チェスの指し方が独特?だよね???」
「え?」
私は思わず、ギクリとした。
・・・実は、この世界に転生するまで、チェスとは無縁の生活をしていた私だが、小学生の頃は家にお爺さんがいた影響で、将棋をよく指していたのだ。
「絶対にキングを使わないよね?」
「・・・キングは守るものですよね?」
そう基本、将棋で王将は戦わない。・・・えっ・・・チェスは違うの???
「でも、強い駒が消えたら、打って出てもいいよね?」
「そ、そうなんですか・・・?」
「・・・エミリアちゃんて、チェスは経験が少ない?」
「あ、はい。」
・・・これは本当だ。子供の頃にお兄様やリカルドと少しは遊んだが、負けてばかりですぐ止めたのだ。
「でもさ、なんか慣れてるよね?ルークが好きだよね?ナイトも上手く使うし、二つを連携させるよね?」
リチャード様は、不思議そうに言う。
「・・・。」
将棋の駒で飛車と桂馬が好きだった私は、ついつい動きの似たルークとナイトを使ってしまうのだ。
「でも、クイーンは使い所が分からないのか・・・強いのに?ふーん・・・。初心者っぽいのにさ、なんか、慣れてる感じもするんだよね・・・なんだろ・・・違和感がすごいんだよなぁ・・・。」
さ、さすがチェスのチャンピオン。よく見てる。
まさかこんな何処から、前世バレしそうになるとは・・・!
「さ、才能なんでしょうか?」
「才能なの?」
「ルークとナイトに愛されている・・・的な???」
そう言うと、リチャード様は爆笑した。
「・・・なにそれ!斬新だね。・・・なら僕はクイーンに愛されてるみたい。」
確かにリチャード様はクイーンの使い所が上手い。
他の駒を警戒していると、いつの間にかクイーンに追い詰められているのだ。そしてその逆もしかり。
リチャード様は、そう言ってクイーンを進めた。
あ、もう何処にも逃げ場がない。
「チェックメイトだね?」
「あー、もう、早いっ!!!」
リチャード様は、手を抜いてはくれているが、私はすぐに負けてしまうのだ。
「エミリアちゃんて、最初に守り過ぎなんだって。」
「えー。最初は守りたいんですよね・・・。」
「だからキングを囲っちゃうの?」
「囲っちゃいたいです。」
確か、将棋で穴熊囲いは定石のはず。チェスでは駒が少ないから、再現はできないけど・・・強い相手なら先手で守りだよね?
「だからさ、なんでかなー?それー???」
リチャード様は、やっぱり不思議な顔をしつつも、笑いながら、「取り敢えず振り返ろっか」と言って、駒を初期配置に戻し、試合を振り返りつつ、駒を動かし始めた。
「まず、ここの手でね、エミリアちゃんは・・・。」
リチャード様のアドバイスを受けて、それをクッキーを食べつつ聞いていると、私たちのチェス盤に影が落ちてきた。
二人でその影を見上げると、そこには呆れた顔のリカルドとお父様が立っていた。
◇◇◇
「何となく・・・二人は同類だとは思っていたが、ここまでとは。」
あれからすぐに、私とリチャード様はリカルドとお父様に連行され、お屋敷でお小言を頂戴している。
「リチャードだけ、エミリアだけでも充分酷いが、二人が合わさると、ここまでダラシなくできるのだな。床に転がるだと?・・・よく思いついたな。しかもチェスだけでなく・・・寝っ転がって菓子も食べていたとは・・・ラグにも菓子の屑が凄かったぞ。・・・リチャード、君はいい大人だろ?エミリアを叱るとか、侯爵だった誇りとかはないのか?・・・エミリアも、よくそこまでダラダラする事を考えつくな?俺は育て方を間違えたのか?恥ずかしいとか、そう言う気持ちはないのか?」
私とリチャード様は並んで俯いていた。
東屋のまったり空間は、お父様とリカルドの采配によって、使用人たちに、あっという間に撤去されてしまった。
リチャード様と、連日快適にすべく、頑張って作ったというのに・・・!
「エリオス、でもさ・・・!エミリアちゃん割と面白くてさ・・・ルークとナイトがね・・・。」
リチャード様がそう言うと、お父様はリチャード様をギリっと睨んだ。
「チェスの話などしていない。リチャードとエミリアのダラシ無さについて話している!」
リチャード様は怒られて、「ひゃっ。」と変な声を出した。
リカルドも呆れた顔で私たち二人を眺めている。
・・・いたたまれない。
なんだろう、リチャード様といると前世のノリで、ついついダラダラ過ごす学生みたいになっちゃって、床に転がってゴロゴロして、ゲームして、お菓子食べて、うたた寝して・・・という生活に何の疑問を感じなくて・・・いや、それがものすごく快適で、やってしまっていた。
そもそも、こちらに床に転がる文化はないのだ・・・。
それに、私とリチャード様は、曲がりなりにも貴族であり、品良く優雅にしてなくてはいけないと育てられている・・・。
つまり、私たちは、とってもあり得なくて、恥ずかしい事をしていたのだ・・・。
・・・忘れてたけど。
それは多分、リチャード様も同じで、隣をチラリと見ると、リチャード様と目が合った。・・・お互いに苦笑し合う。
「リチャード!エミリア!聞いているのか!」
お父様の怒号が響く。・・・いやぁ、軍で働いてるだけあって、よく通る声で怒るな、お父様って。
ふと、リカルドを見ると、信じられないものを見る目でこっちを・・・見てる・・・!
あは、は、は、・・・ヤバい。ドン引きされてる?
「とにかく!危険が去った訳でもないんだ。二人は庭にも行くな!だからって、屋敷にいても、床には転がるなよ!・・・ずっと家にいるんだ、退屈しない様に二人にはマナー講師を付けてやる。・・・リチャード、40代になってマナーを教わる気分はどうだ?なかなか愉快だよな!エミリアも、結婚してまで私がこんな事で怒るハメになるとは思わなかったよ!いいか・・・二人とも、逃げるなよ。」
そう言って、お父様に凄まれた私たちは、大人しく頷くしかないのだった。
◇◇◇
・・・そして、次の日からは、マナー講師によって、日々どやらされる事になる。
「エミリアちゃん、マジで辛いねー。あの講師キッついね。」
「リチャード様!・・・あのイジワル講師にあだ名付けません?」
「あ、いーね!」
・・・こうして、リチャード様は講師に下品なあだ名を付けたのだが、あまりに酷いのでここでは割愛する。
しかし、そのあだ名はすぐに講師にバレ、その上リチャード様と私がテキストに落書きしていたのも見つかってしまう・・・。
講師からそれを聞いて、怒り心頭になったリカルドは、お父様を呼び出し・・・またしても二人で怒鳴られる事になるのだが・・・。
それはまた別のお話。