侯爵様のお誕生日祝い エミリアside
「ねー、エミリアちゃん。リカルドはさ、誕生日にパーティーしないって言ったけど・・・やっぱり何かしたいよね。」
ロイド様から書き取りをさせられていると、リチャード様が不意にそう言った。
「なんだ?リカルド殿は近々誕生日なのか?」
ロイド様が珍しく関心を示して、話に入ってきた。
「うん。そーだよ。・・・でも、パーティーはしないんだって。忙しいから、僕たち四人でちょっとだけ良い夕飯食べるんだってさ。・・・地味すぎだよね。」
「使用人さんには、例年通りに寸志とお菓子を配るらしいです。マックさんが言ってました。今年は楽で助かりますーって。だけどさ、ちょっとくらいはお誕生日らしい事したいですよね。」
「・・・確かに、侯爵の誕生日にしては、地味すぎるな。」
リチャード様は、はぁっと大きなため息を吐いた。
「それはね、僕のせいで我が家は有り得ない貧乏なんだって。だから、リカルドは見えないとこは、超ケチケチなの。・・・ロイドだって、あのまずいお茶とか、質素な食事に感じるところ、あるだろ?」
「・・・ま、まぁ、な。食事は、料理人の腕が良いのか、そんなに質素だと思わないが・・・お茶は酷いな。」
私はギクリとなった。
あのお茶に切り替えた張本人は・・・私なのだ。
リカルドやリチャード様、各方面からまずいと苦情を頂いている。
しかしだ、茶葉は大変に高価なため、徳用の最低ランクのものに切り替えた事で、価格は今までの1/10。しかも、あまりにもまずい為、消費量も半分に減っている。
これは、可愛い奥様の節約としては、快挙なのだ!
「・・・あの。カフェインが身体に悪いとご存知無いのですか?・・・あのお茶は、ほとんど水です。味も香りも無いですが、カフェインもあまり出ません。・・・健康志向なんですよ。」
私は耐えきれずに、抗議の声を上げる。
ロイド様は、ポカンとした顔になった。
「カフェイン?・・・なんだ?それは?」
「えっ?ロイド、知らない?無知だなぁ。・・・カフェインはね、取りすぎると眠れなくなったりするんだよ。たしか、お肌にも悪いらしいよね。・・・エミリアちゃんは、カフェインを控える為にあのお茶にしたの?」
・・・いや、違う。こじつけだ。だが、あのお茶の文句は聞きたく無い。あれは「可愛い奥様の節約術」の成功例の一つなのだから。
よし、・・・そう言う事にしておこう!
「そうです!・・・リチャード様が、眠れないって言ってたから、あのお茶にしたんです。・・・リチャード様もロイド様も、最近どうです?夜、眠れてますよね?それに・・・あら?・・・なんだか、お二人とも肌が綺麗になってますよ?」
とりあえず肌を褒めておこう。
イマイチよく良し悪しが分からないのに、褒められたら嬉しいパーツのひとつだ。
・・・二人とも、特に酷い肌荒れも見受けられない。
「・・・あ!・・・本当だ!僕、かなりよく眠れてるかも!しかも、肌もツヤツヤな気がする!ありがとう、エミリアちゃん。僕、あのお茶・・・好きになるかも!」
「・・・そ、そうだな。私もよく眠れている気がするな?うん、確かに体に良いのかも知れない。肌は分からんが・・・リチャードの肌は・・・確かにツヤがあるな・・・。」
そう言って、ロイド様はリチャード様の頬を撫でた。
・・・いかん。つい、マーガレットちゃんが言ってた、「ロイド様×リチャード様」が頭に浮かんでくる。
慌てて頭を振って、それを振り払う。
・・・ダメだ。考えちゃ・・・。き、キモい・・・。
「エミリアちゃん?・・・どうかした?」
リチャード様は、ロイドに顔を撫でられつつも、平然と私に聞いてくる。
・・・これが、無自覚「受け」なんでしょうか?!
い、いや、気にしてはいけない。そうだ、わたしもこの間、ロイド様には顔を掴まれてる。・・・そう言う事だ。これはよくある事・・・なんだ。
「あ、あの。・・・お、お話がズレたなぁって。リカルドのお誕生日の話をしてたのに・・・。」
「あ、そうだよね!・・・てか、ロイド、僕の顔を触り過ぎ!いつまで触ってんだよ。離せよ。」
ロイド様は、そう言われるとハッとなり、リチャード様の頬から手を離した。
「・・・すまん。なんか・・・良かった。・・・えっと、リカルド殿の誕生日の話か。」
・・・『なんか・・・良かった』じゃねーよ。ロイド様。しっかりしてくれよ、リチャード様だからね、・・・それ。キモいから。
・・・マーガレットちゃんの話が、私を呪いの様に蝕んでく気がしてならない・・・。
「そうだよ。・・・お金はかけられないけどさ、僕たちで何か特別なサプライズプレゼントを準備しない?」
「・・・お金をかけない・・・サプライズプレゼントですか・・・難しいですね。」
サプライズプレゼントかぁ。・・・お金をかけないとなると・・・定番は・・・。
「・・・『肩たたき券』ですかね?」
私の言葉に二人は「はぁ?」という顔になる。
・・・なんだ?お金の無いお子様の定番プレゼントではないか。
「券?なにそれ?・・・もう!違うよ。プレゼントは買うだろ?・・・それとは別に、何か僕たちでリカルドが喜ぶ様な事をするんだよ!」
・・・あ、そっちか。プレゼントまで、ケチケチで行くのかと思った。
「おい、エミリア。『肩たたき券』とは、何だ?」
「・・・えっ?ロイド様は知らない?・・・お金が無いときの、必殺プレゼントだよ。紙にね、あげる人がして欲しそうな事を書くの。肩が凝ってそうなら『肩たたき券』とか、お手伝いが必要そうなら『お手伝い券』とか?・・・まぁ、お金が無いから労働で払う的な?」
「・・・!何それ!楽しそう!」
「あれ?リチャード様もご存知無かったですか!」
・・・うーん。前世ではお子様の定番プレゼントなんだけどな・・・。リチャード様は日本人じゃないから、そういうの知らないのかな?
「・・・プレゼントは、その紙だけなのか?」
「そうですよ、ロイド様。だけど、リカルドがその紙を出してきたら、『肩たたき』なり『お手伝い』を必ずしてあげるんですよ!」
「なる程・・・確かに面白いな。よし、三人でそれを作ろう!リカルド殿も、つまらない物をもらうより、労働で返された方が喜ばれるのでは無いか?」
・・・確かに。
私とリチャード様のたかが知れたお小遣いで買ったプレゼントより、労働の方が喜ばれそうな気がする。
「よーし!一人三枚、何かリカルドにしてあげる事を書きましょう!」
私たちは、『肩たたき券』の作成を始めた。
◇◇◇
「よし、できた!」
私は作成したチケットを掲げて、満足気に笑った。
「エミリアちゃんは、どんなチケットにしたの?・・・って聞いて大丈夫かな???新婚さんだものね・・・?」
リチャード様にそう言われ、何故ここで新婚さんが関係してくるのか、意味が分からずに「???」と言う顔になると、リチャード様は、苦笑した。
・・・なんだよ、それ?
「えっと、私は『計算おてつだい券』と『書き写しお手伝い券』と『アルベルト人形作成券』にしました。」
「・・・うわぁ・・・。やっぱり実用的なの来たねー。あのさ、なんかもっと、可愛い奥様の愛あるプレゼント的なのは、無いの?なんかさ、足らない。圧倒的に新婚感が無いよ。」
・・・圧倒的な新婚感?なんだそれは?
イチャイチャしろってか?・・・イチャイチャは労働じゃないだろ。・・・そもそも、リカルドのイチャイチャは海老を剥く事だしなぁ・・・。
「じゃあ、三枚目は『海老か蟹を剥いてあげる券』にします!・・・リチャード様は?リチャード様こそ何にしたんですか?」
「僕はこれ。『バイオリンで演奏してあげる券』『アルベルトに触らせてあげる券』『チェスの相手をしてあげる券』・・・どう?」
・・・うーん・・・イマイチいらない。
リチャード様は暇さえあれば、バイオリンを弾いてるし、アルベルトは誰にでも懐いている。チェスだって、圧倒的な強さのリチャード様とやったら即終了だよな。
「なんかもっと、使いたいと思う券が良いと思います。・・・やっぱり、リチャード様も一枚は『計算おてつだい券』にして下さい!リチャード様は本当は計算が得意なんだから、決算期は文句言わずに手伝って下さいよ。リカルドもマックさんも、すごく喜びますよ?」
「・・・ええっ・・・。はぁ・・・分かったよ。じゃあ、『アルベルトに触らせてあげる券』はやめて、『計算お手伝い券』にするよ。『バイオリンで演奏してあげる券』と『チェスの相手をしてあげる券』は役に立つから残しても良いよね?・・・ロイドは?ロイドは何にしたの?」
「私か?私はな・・・『騎士団を自由に動かせる券』と『諜報活動お手伝い券』それから『暗殺代行券』にしたぞ。・・・まぁ、やるのは私ではなく、その道のプロにお願いする事になるがな!」
・・・な、なんか。す、すごいの・・・きた。
思わず、リチャード様と見つめ合う。
「・・・あ、あとは、あとは三人で歌でも歌いましょうか!そしたら、お誕生日っぽくありません?」
「あ!良いね!・・・そしたら僕、バイオリンで演奏するよ。」
「では、伴奏は私がやろう。」
「えっ?ロイド様、ピアノ弾けるの?」
「・・・あのな、馬鹿にしてるのか?私はな、こう見えても、伯爵家の令息なんだぞ?・・・そのくらいの教養は備わってる。」
・・・。
ピアノは・・・教養???
「・・・エミリアちゃん・・・ピアノってか・・・全く楽器・・・出来ないよね・・・。アハハ・・・。教養・・・ないの?」
リチャード様が、嘲笑ながら言った。
「・・・うるさいです!・・・私には神が与えた素晴らしい楽器・・・歌声がありますから!そんな教養は不要なんです。」
何となくリチャード様とロイド様が可哀想なモノを見る目になってる気がするが・・・な、なんだよっ!
・・・こう見えても、前世でカラオケには良く行ってた。上手くも無いが、下手ではないはず。こちらの世界のお貴族様にしては、人前で歌うのは、慣れてるんだぞ。
「じゃあさ、僕の知ってる曲でいい?好きな曲があるんだ!・・・ちょっと待っててね?」
リチャード様は、バイオリンを引っ張り出して・・・エルビス・プレスリーの往年の名曲・・・「好きにならずにいられない」を演奏しはじめた。
前世で、私はこのカバー曲を塾の帰りに良く聞いていたっけ・・・。大学生になったら、こんな甘ったるい恋をしてみたいなーなんて思いながら・・・。
・・・久しぶりに聞いたその曲は、ちょっとだけ心に染みた。




