侯爵様は保護者の勘が冴える リカルドside
エミリアとマーガレットが二人で会う事を、心配したユリウス様と俺は、早めに仕事を切り上げて屋敷に戻ってきた。
マックによると、まだエミリアとマーガレットは会っているらしい。
・・・ずいぶん長いな。
エミリアは一方的にマーガレットを嫌っていたし、接点もあまり無かったから、積もる話など無い筈だ・・・。そもそも、なぜマーガレットがエミリアと二人きりで会いたいと言ってきたのかも、不可思議だった。
少し気になった俺は、ユリウス様と応接室に急いだ。
応接室の前では、ロイド様が心配気に、ドアの前でウロウロとしている。・・・な、何かあったのだろうか?
「ロイド様、どうされました?」
「リカルド殿!・・・あ、いや。エミリアは大丈夫だ。マーガレット嬢と仲良く話しているだけで、問題ない。・・・ただ、あの・・・リチャードが、乱入してしまって・・・。エミリア達は嫌そうにしていたので、私は退室したのだが・・・リチャードが居座っているんだ。」
・・・。
ち、ち、う、え!!!何やってんの!
そういえば・・・マーガレットと自分も話したいとエミリアにしつこく言っていたな。
ああ!もう!!!
すごく嫌な予感しかしないのだが・・・!
「まぁ、エミリアが問題ないなら、良いだろう。リチャード様が一緒なら、さらに安心だな。」
・・・ええっ?!
ユリウス様の発言に、俺は驚いてユリウス様の顔をマジマジと見つめる。・・・いや、父上がいるから安心出来ないのでは?・・・エミリアが困った事になるのではなく、マーガレットが父上とエミリアに困った事にされるのでは???
・・・ハッキリ言って、俺の保護者の勘は鋭いし、冴えてる。したがって今、とても嫌な予感がしている、俺のこの感覚は正しい・・・!
「リカルド?・・・なぜそんな顔をしている?・・・何か問題があるのか?」
「・・・マーガレットを父上とエミリアで、困らせて無いですかね?」
俺がユリウス様にそう言うと、ロイド様は同意する様に激しく頷いた。・・・ユリウス様は、少し考える。
「まぁ、少しはあるかも知れないが、話しているだけなら、些細な事だろう?・・・問題なさそうなら、私はそろそろ戻ろうかと・・。」
ユリウス様がそう言いかけた時、応接室のドアがバンっと音を立てて開き、中から父上と、父上に手を引かれたマーガレットが飛び出してきた。
応接室からは、父上を引き止めようとするエミリアの声が聞こえてくる。
「父上!何をしているのですか?!」
思わず、冷たい声で父上を阻む。
父上は、俺たちに驚いたのか、マーガレットの手をそっと離し、パッと目を逸らした。
・・・なんか、やましい事があるな、これは。
「どこへマーガレットを連れて行く気です?」
「あの・・・。愛の逃避行的な・・・。」
「・・・。誤魔化さないで下さい。・・・マーガレット、大丈夫か?」
マーガレットは、コクリと頷く。
応接室からは、エミリアが出てきた。
「リチャード様!・・・マーガレットちゃんも驚いてるし、とりあえず落ち着こう?・・・お兄様やリカルドに見つかってしまったし、今日は無理だよ。」
・・・ほら!
なんだか、また不穏な感じになってるでは無いか!
「・・・父上は、マーガレットと駆け落ちする気なの?」
俺は思わず、父上を問い詰める。
マーガレットと父上が駆け落ちなど、ありえないが・・・・父上とエミリアに限っては、想定外な事が当たり前に起きるのだ。確認はしておかないと。
「・・・しない。したいけど。」
父上は目を合わせずに答える。・・・どういう意味だ?
「あの、リカルド?・・・私、リチャード様と駆け落ちなんて、しません。・・・エミリアさんに恋愛相談していたら・・・その、リチャード様が力を貸してくれると・・・。」
マーガレットが言いにくそうに、そう話す。
そっか・・・エミリアと二人きりで話したかった事が、恋愛関係って事なら・・・何となく納得だ。
エミリアはロマンス小説を読みまくって、『男心の達人?』だったか?になったと、学園の頃に騒いでいたからな・・・。まぁ、あくまで自称だが。
きっと、マーガレットはどこかでそれを聞き付けて、真に受けてしまったのだろう。マーガレットは真面目だから、辛い恋でもして、藁にでもすがる思いでエミリアにすがったのだろうな・・・。・・・だが、可哀想に、エミリアの理解する男心など・・・藁以下だ。
「なるほど。恋愛相談は分かった。・・・で、父上は、マーガレットに何をしてあげるつもりなの?・・・マーガレットが困ってる様に見えるけど?」
そう、手を強引に引かれて飛び出してきた時のマーガレットは、困った顔をしていた。・・・今も、困惑気味で顔を赤くしている。・・・まぁ、エミリアと二人きりで話していた『恋愛相談』の事を、みんなの前で打ち明けたのだ・・・赤くもなるよな。
俺は父上と無理矢理に目を合わせる。・・・すごく父上の目が泳いでいて・・・コレは絶対に話させなきゃヤバいヤツだぞと、俺の勘が言っている。ジッと目を見つめていると、父上が観念したかの様に話はじめた。
「・・・あの。・・・リカルドも、ユリウス君も・・・怒らないでね?・・・特にユリウス君は怒らないでね?怖いから。・・・あの・・・養女にして貰うの。」
「ようじょ?」
「ようじょ?」
俺とユリウス様は同時に声が出た。
『怒らないで』・・・なんて、なんかヤバそうな事をしでかす寸前だったのは確かな様だ。だが、『ようじょ』とは何だ?幼女???・・・?マーガレットを若返らせる???・・・んん?
俺が首を傾げていると、ユリウス様もやはり首を傾げて考えている。・・・分からないよな、うん。
「どうやって、『ようじょ』にするおつもりですか?」
頭の切れるユリウス様は、どうとでも取れる返しをする。・・・そうだ、俺たちが意味不明で理解していないと知ったら、父上はテキトーに誤魔化すかも知れない。・・・こういう所が、エミリアとそっくりだ。だから双子って言われるんだよな・・・。
「・・・あの。ロジスティック家の・・・ユリアのお姉ちゃんにお願いして、マーガレットを養女にして貰うの!マーガレットは身分差のある恋に苦しんでるから、僕が助けてあげるんだ!・・・ロジスティック家なら、侯爵家だし、宰相の家系だから、王族に嫁げるよね?!僕が、マーガレットをお妃様にしてあげるの!」
・・・はっ?!
俺は固まった。ユリウス様も固まった。
「・・・えっ?・・・マーガレット?・・・王族に嫁ぐ?・・・お妃様???」
な、な、な?何を言ってる?・・・簡単に王家に嫁ぐとか、嫁がせるとか・・・何を企んだ?!
こ、怖い、怖いから・・・!!!父上如きの浅知恵で、王位継承の陰謀渦巻く世界に乱入するなよ!
俺が青ざめてユリウス様を見つめると、ユリウス様も驚愕の表情で父上を見つめている・・・。
「ち、違います!違うんです!嫁ぐとか、そういうんじゃ無いんです!本当に、恐れ多い事です!!!・・・わ、私がアーノルド殿下に勝手に片思いしてるだけなんです!!!・・・その、本当に・・・違います・・・。そんな気ありませんし、考えてません・・・!や、やめて下さい・・・。養子とかも・・・ほんと・・・違うんです・・・!」
マーガレットが大慌てで否定する。
・・・だよね。大それた事を言ってるよね・・・父上。
・・・そっか、マーガレットはアーノルド殿下を慕っていたのか・・・。仲良かったものな。それもあって騎士団の脚本書いてあげたのかな・・・。確かに、いくら好きでも、身分差の恋だよな・・・。だから、誰かに聞いてほしかったのか・・・。それで『男心の達人?』のエミリアと話したかったのかな・・・。まぁ、叶わない恋は苦しいものな・・・エミリア如きにでも、聞いて貰えたらスッキリするのかもな・・・。藁と違って相槌打てるからな。
俺は、あまりにもぶっ飛んだ父上の計画に目を背け、マーガレットの恋に意識を逸らす。現実逃避だ・・・。
しかし、現実は甘くない。
俺の逸らした気を引き戻す様に、父上がすごい剣幕でマーガレットを叱咤した。
「マーガレット!そういう事じゃないでしょ!マーガレットがお嫁さんになって、アーノルド殿下が悪い事しない様に見守ってあげたいんでしょ!フリード殿下に悪い事に誘われそうって思ってんだよね?簡単に諦めちゃダメだよ!愛だよ、愛こそが殿下を救えるんだ!・・・ロジスティック家に行って養女にしてもらったら、アーノルド殿下に逆プロポーズしに行こう!・・・僕は深い愛で、君をサポートするよ!そうしたら君はお妃様だ!愛の勝利だよ!!!」
・・・!!!
「父上っ!お覚悟下さいっ!」
俺は動揺して、父上の足を払う。よろめいて倒れた父上を後ろ手にして捻り上げて、押さえつけた。
父上はジタバタしているが、俺に力で叶う訳などない。もがくのみだ・・・。
こわい・・・父上こわいよ!この謎の理論と謎の自信っ!!!こういうの、こういうので、さんざん侯爵家を傾けていったんだよな、父上はっ!!!
「痛いよ!痛いっ!リ、リカルド、離してっ!・・・僕の素晴らしいアイデアで、愛するマーガレットを幸せにしてあげるんだ!痛いよ!何で?悪いことしてないだろっ?!」
「絶対に無理です!離しません!・・・こうやって、謎の理論と謎の自信で父上は、ワイブル家を傾けてきたんです!やっと持ち直しかけてるんですから!絶対にダメですっ!!!・・・エミリアの魚がっ!!!父上だって危ないですっ!!!」
俺は父上を押さえながら、叫んだ。
魑魅魍魎渦巻く政界の王位継承レースにノリで介入したら、父上なんてあっという間に餌食にされる。・・・ワイブル家ごとだ。エミリアに週に三日食わせてやるといった、魚の件も、もう望めなくなるし、それどころか、父上自体が消されてもおかしくは無いのだ。
あっけらかんとやろうとしているが、これは王位継承レースのパワーバランスを大きく狂わせるだろう。
有力なロジスティック家から妃を迎えたら、アーノルド殿下の勢力は、決して無視でき無くなる。しかも女性初の外交官で、優秀と名高いマーガレットは有名人でもある・・・どう転ぶか想像できない。
それを父上が仕掛けるとしたら、各方面から睨まれるのは必至だ。ロジスティック家を巻き込み、マーガレットを使って、父上がアーノルド殿下の勢力を取り込み、政界に打って出ると思われてもおかしく無い・・・。
・・・思いつきでやるには、大それた事なのだ。
ふと、俺の肩に手が置かれる。その手は俺を落ち着かせる様に、ポンポンと軽く叩く。
・・・ユリウス様?
ユリウス様は俺から父上を引き離すと、父上をロイド様に渡す。父上はいきなり俺に拘束されたのに驚いたのか、大人しくロイド様に腕を掴まれて、項垂れている。
ユリウス様は、俺たちに向かって言った。
「エミリア、お前が詳しく話せ。・・・リチャード様とマーガレット嬢は冷静ではない。何があって、何をする気だった?・・・エミリア、正直に話すんだ。・・・ロイド様はリチャード様を確保していただき、少し部屋にでも閉じ込めておいて下さい。リカルドが取り乱す。・・・マーガレット嬢は、少し私たちにお付き合い頂けますか。」
ユリウス様はそう言うと、俺たちを応接室へと促した。




