陰謀とイチャイチャ? エミリアside
・・・どうしよう。
なんだか大変な事になってる。
お兄様から話を聞いた私は、半ばパニックだ。
今まで、リカルドやお兄様、お父様なんかが矢面に立ってくれていて、私はずいぶん守られていたのだと思ったし、自分の立ち位置を良く分かってなかった事も実感した。
まだ、お兄様の話は可能性の段階だ。
だけれど・・・確かに私が狙いやすいのは本当だろう。
お兄様やリカルドみたいに頭も良くないし、お父様みたいに腕に覚えもない。・・・あ、お兄様は割とそっちも得意だったな。リカルドだって自分の身くらいは守れるだろう。・・・私はそれもダメだ。
でも・・・リカルドのお父さまである、リチャード様が帰って来てくれたとして、あの細身のリチャード様だ。・・・どうなの、それ???
リチャード様は転生者だから、人生経験は豊富そうだけど、チェスの世界チャンピオンだ。絶対に武闘派じゃない。・・・確実にインドア派だったんじゃないかな?
私だってそうだ。
運動とか苦手な方だったし・・・。中学は文学部で中二病な詩を垂れ流してただけだし、高校は帰宅部で大学時代は映画愛好会だ。・・・何も役に立つ経験がない。
あれか、映画愛好会だけに、あの名作「ホームアローン」的な仕掛けをリチャード様とお屋敷に作るとか???
・・・無理だろ。もしお屋敷までに押し入ってくるとしたら、あんなお間抜けドロボウコンビじゃない。確実にゴリゴリの武闘派だろう。
お兄様から忠告を受けた私たちは、夜会の会場に戻る事になった。とりあえず、疑っているのがバレて事を急がれない様に、今夜は何事もない様に過ごそうという事になったのだ。
夜会に戻る廊下を歩きつつ、私はリカルドに聞いた。
「リカルド、リチャード様って武が立つの?」
「父上?・・・無理じゃないか?」
「だよねぇ・・・。」
「まぁ、大人だし、男だし、エミリアだけよりは・・・マシなんじゃないか?・・・不安なら、エミリアはスチューデント家に戻るか?」
「うーん・・・。」
正直、それもありだとは思う。ただ、お兄様は、スチューデント家に戻るように指示しなかった。
もしかすると、リカルドやお兄様の近くにいる方が良いのかも知れない。
「リカルド、私はワイブル家にいるよ。お兄様もそうしろと言っていたわ。それに、スチューデント家に戻っても、お父様が常にいる訳じゃないし、お母さまと私とリチャード様では、やはり同じ事よ。それに、まだ可能性の話でしょ?・・・不安だからこそリカルドと離れたくないわ・・・。」
「エミリア・・・。」
「だって、リカルド、随分・・・夜会でお誘いを受けてたのでしょう?」
・・・ぶっちゃけ、コレ、気になってました。
お誘いってなんですか?お誘いって。気づかないなんて言ってますけど、そんなのある???
「・・・それは・・・。俺は良く・・・分からなかったが・・・?・・・まぁ、俺と話したい奴とか踊りたいって奴は前から多いから・・・。」
「はぁ?モテモテですね!」
軽くイラっときた。なんですとー。やっぱり美形は言うことが違いますねぇ・・・。
「あ、いや、そういう意味でなく!・・・こういった政治色の強い夜会だ。俺に取り入って、ユリウス様に近づきたい奴やウチの陣営を気にしている奴は多いんだ。だから、お話しましょうとか踊りましようとか誘ってくる女性は以前から多かったし、そんなのイチイチかまってられないだろ?・・・疑ってるの?エミリア?」
「イエ、ゼンゼン。」
「その顔、その言い方・・・疑ってるよね?」
リカルドは、そう言って呆れた顔になる。
・・・はぁ?だって面白くないでしょ?愛しの旦那様が夜会で女に迫られてるんだよ?
浮気までは疑ってないけどさー、ちょっとデレデレくらいはしたのかもっては思ってますけどー?!
まぁ、ここで揉めても敵?の思う壺だろうから、やめとくけどさ。
「ウタガッテません・・・チョット・・・ヤキモチ?」
「ヤキモチ・・・。」
リカルドはそう言うと、俯いた。
・・・反省中か。
よし、許してやろう。私はリカルドには甘いのだ!
「ね、もう会場に入るよ?・・・新婚さんらしく、仲良くしとこう?そうしたら、誰も付け込めないよ。」
「・・・そうだな。」
リカルドは、私の手を取ると、いつもみたいに完璧なエスコートで会場に入って行った。
◇◇◇
「エミリア!・・・海老があるぞ。」
会場で軽く社交をしつつ、うろうろと過ごしていると、リカルドが目を輝かせて言った。
・・・海老???リカルドも海老好きだっただろうか???
「・・・リカルド、さすがにこの長い手袋を脱ぐわけにもいかないし、私は海老はいいわ。」
「いや、俺が剥いてやろう。エミリアは海老、食べたいだろ?」
「うん。食べたいけど・・・。」
私は海老が好きだが、正直、今はそんな気分ではない。・・・お兄様に狙われてると忠告されたのだ。
なんだか周りがすべて敵に見えるし、呑気に食事をする気分でもない。
「よし、海老の所に行こう!」
リカルドはそう言うと、嬉々として海老の飾られたテーブルへと向かった。
・・・私は今、海老に悪戦苦闘するリカルドの横で、微妙な気持ちでそれを眺めていた。
リカルドが剥いているのは、ロブスターみたいな大型の海老だ。それを手で毟ったり、ハサミで割っている。
手袋をポケットに突っ込んで、必死に海老に立ち向かうリカルドは、なんだか紳士でもエレガントでもなくて・・・うん、残念。・・・残念な感じだ。
しかも、握りしめた海老からは、汁がボタボタと落ち、あれだけキツく絞られた海老の身は、パッサパサになっているだろう。・・・全く美味しそうじゃない。
そもそも、なぜこの夜会にこんなロブスターみたいな海老を出したのだ???
ここの料理長って何考えてんだろ?・・・出すなら剥き身の小海老だろう。
ドレスアップして、海老を剥く奴なんて、まずいない。・・・リカルドを除いては。
「おい、エミリア、剥いたぞ。」
リカルドが差し出した皿には、ボロボロでパサパサな海老の身が置かれていた。
「あ、ありがとう。リカルド。」
私は仕方なしに、パサパサの海老を口に運んだ。
リカルドは、なんだか満足気に微笑んで、その様子を見つめている。
・・・なんだろう???
「リカルドは、食べないの?」
「俺はいい。」
・・・どうしたの?海老、食べたかったんじゃないの?
「・・・なぁ、エミリア。」
「ん?」
せっかく剥いてくれた海老だ。パサパサであまり美味しくはないが、私は頑張って食べていた。
「俺たち・・・イチャイチャしてるよな?」
私は口に入った海老を吹き出しそうになった。
は???・・・え???
リカルドのイチャイチャって・・・はぁ???
「海老、剥いてやった。な、新婚っぽいよな?」
えっ???
・・・やっぱり、これをイチャイチャと言ってるのか。
ど、どうしよう。・・・まったくイチャイチャ感を感じない。
「リカルド・・・これは、その・・・。」
「どうした?エミリア?」
「あまり・・・イチャイチャだとは・・・思えないわ。」
ごめんっ!リカルド!
だけど、これはどう足掻いてもイチャイチャではない。
ロマンス小説好きからしたら、絶対にイチャイチャと認める訳にはいかない!
リカルドは、呆然とした顔で、私を見つめている。
いや、本当にごめん。
でも、そんな顔をされても困る!
私も困った顔で見つめかえすと、リカルドはため息をついて「手を洗いに行きたいから、ユリウス様を探そう。・・・俺の手、海老臭いだろ・・・。」そう言った。
手洗いで席を外す為に、私をお兄様に預けたリカルドは、トボトボと会場を後にした。
「リカルドはどうしたんだ?」
「ちょっと、ダメ出しを・・・。」
興味深げに聞かれたので、思わず海老の話をお兄様にすると、お兄様は珍しく肩を震わせて笑いに耐えている様だった。
・・・これ、またからかわれちゃうのかも。
ごめんね!リカルド!!!
◇◇◇
手洗いから戻ってきたリカルドと私は、またお兄様とは別れ、社交に勤しんだ。・・・まぁ、社交してるのはリカルドで、私は隣でニコニコしてるだけ。お話もあまり良く分からないしね。
「エミリア、退屈ではないか?」
「うーん。楽しくはないね。」
「踊る?」
「ええっ?・・・もっとイヤ・・・。」
私はこのダンスが何よりも嫌いだった。・・・ステップも難しいし、密着するのもなんだか気恥ずかしい。しかも、見た目より疲れる。
リカルドはダンスが好きらしく、子供の頃からよく付き合わされていたが、この体力馬鹿は何度も何度もステップを確認する為に踊るのだ。
解放される頃には、私はヘロヘロで、満足しているのはリカルドだけ・・・。それもあって、私はどんどんダンスが苦手になっていった。
「あ、エミリア、この曲!ほら、子供の頃によく練習してたやつだ!な、踊るぞ!」
リカルドは、そう言って半ば強引に私の手を引くと、ホールの中央まで躍り出た。
・・・条件反射とは、怖いもの。始まると、それなりには踊れてしまう。
まぁ、つまりはそれ程練習させられたって事なんだけどね。
「エミリア、楽しい?・・・踊るのはイチャイチャか?」
「うーん。まぁ、海老よりはアリかも。」
私たちは、顔を見合わせてクスクスと笑った。
「俺さ、この曲は女性パートも踊れるんだ。」
「えっ?そうなの?」
「エミリア・・・忘れたの???この曲ってさ、社交界デビューの時も踊るだろ?・・・ユリウス様の練習相手って、誰だったか覚えてる?・・・お前、昔から小さかったし、五つも下だったから、お前は踊ってないだろ?」
「あ、そう言えば・・・!」
「そうだよ。俺だよ。俺は身長伸びるの早かったし。・・・暫く付き合わされたんだぞ。ユリウス様はさ、完璧主義だから、何度も何度もやらされて・・・自分で男性パートを踊る事になったら大混乱だったんだ。しばらくは、エミリアと同じ動きになってしまって・・・格好悪いなーって・・・あれ?・・・分かって無かった?」
「・・・うん。そうだったんだ?・・・私も必死だったからなぁ。でも、何度も何度も練習に付き合わされたのは・・・覚えてるよ。」
「今じゃ、俺はかなりダンスが得意だ。」
「私は、苦手のまんまよ。」
「・・・大丈夫だ。俺がリードするから。エミリアは、苦手でも。」
リカルドはそう言って、私の腰に回した手に力を入れると、力強くリードしていった。
・・・それはちょっとロマンス小説のヒーローみたいで、ときめいてしまったのだけど、それを口に出すのは、やっぱり恥ずかしくて、だけどちょっと嬉しくて・・・リカルドのリードで私は何度も何度も踊りまくったのだった。
踊り終わる頃には、夜会も終わりに近づき、ヘトヘトになった私達は、少し早めに家路に着いた。
・・・その後・・・。
家で本物の新婚のイチャイチャを私たちがしたのかどうかは・・・。
・・・まぁ、それは秘密。