侯爵様はうたた寝を反省する リカルドside
またしても俺は、観劇で爆睡してしまったらしい。
暗くなると、どうもダメだ。・・・開幕まで、微妙に時間が開くのも良くなかった。一瞬のつもりで眼を閉じたのに、次に目を開けたら、全て終わっていた・・・。
見ようとはしていたんだ、本当に。寝ようとして寝た訳ではないんだ。
そうして、目を覚ました俺を待っていたのは居た堪れない空気だった。
不機嫌なユリウス様に、ロイド様。父上とエミリアはなんだかオドオドしていた。
うわぁ・・・俺のせい・・・だよな。・・・コレ。
俺が寝てしまったから、みんな不機嫌なのか・・・。
俺は大変に深く反省し、帰路に着いた。
無論、帰りの馬車が、全員無言の私語禁止モードだったのは言うまでもない。押し黙る四人をチラチラと眺めながら、俺は胃が痛くなるほど、うたた寝を反省した。
次こそは・・・絶対に寝ないっ!!!
◇◇◇
その観劇から、数日。
俺は、いつも通りに出勤し、ユリウス様へ朝の挨拶をする為に、執務室のドアを開けた。
ユリウス様は、この時間には大抵もう仕事を始められている。
・・・は?
俺は、開きかけたドアをそっと閉じた。
・・・えーっと。
待て、俺。待つんだ、俺。まずは・・・冷静になろう。
ここは・・・何処だ?
そうだ・・・ここは、俺の執務室。
あの扉の向こうに居るのは?
・・・魔王。あ、いや、ユリウス様だ。あのドアは、俺の執務室とユリウス様の執務室を繋いでいる。
つまり・・・あれは・・・。え・・・でも???
俺が扉の前でオタオタと狼狽ていると、そのドアがガバッと開き、女の子みたいに可愛らしい顔をした、背の高い青年が、俺を睨んで言った。
「リカルド、わざとやっているなら、良い度胸だ。」
・・・その声は、ユリウス様だ。
「あ・・・。・・・ユ、ユリウス様でした・・・か。」
「ほう。私以外の誰に見えると?」
「あ、あまりにイメージが変わりましたので・・・。」
俺は、おそるおそる答える。
・・・これはヤバい。ここには地雷しか埋まってない。
エミリアに次いで、俺まで踏み抜く予感しかない・・・。
どうやら、ユリウス様は仮装イベントの為に・・・髪型とイメージを変えてきたらしい。
・・・マジマジと目に捉えた、ユリウス様のその姿は・・・。うっかりすると、女の子にも見えてしまいそうな可愛さだ・・・俺は目眩を覚えた。
これは・・・確実に・・・ヤバい!!!
俺は今、地雷原に・・・いる。
◇◇◇
ユリウス様は昔から、ユリア様似の可愛らしいお顔を嫌がっていた。子供の頃に散々女の子に間違えられたのも、嫌だったのだろう。
性格的に、とても男らしくプライドが高いユリウス様は『可愛い』と言われるのが、馬鹿にされている様に感じるらしい。・・・分かる。俺も中性的な顔立ちなので、子供の頃は言われまくった。・・・あれは、子供とはいえ、男のプライドをへし折ってくる言葉だ。
だから・・・その気持ちは良く分かるのだが・・・。
一方で、可愛いものに可愛いと言ってしまうのは仕方ないのでは無いかとも思う。
可愛い赤ちゃんや、子猫に子犬・・・ふっと何気なく「可愛い」を口にしてしまう・・・。そんな事は誰しもあるのではないだろうか。
・・・本人には決して言えないが、ここではハッキリ言おう。
ユリウス様は、残念な事に・・・相当に可愛い顔をしている。
普段はそれを、必死に髪型や服装で誤魔化しているし、身長が高い事と怜悧な雰囲気から、あまりバレてはいない様だが・・・『童顔』で『女顔』なのは・・・事実なのだ。
昔からユリウス様は、妹のエミリアが可哀想に思えるくらい、男のくせに無駄に可愛い顔立ちだと言われてきた。
一方で、エミリアはというと、エリオス様に似ており、男なら、キリッとした顔立ちのイケメンだっただろうが・・・残念ながら女の子だし、表情がいつも緩い為、キリッと感もあまり無く、いたって普通だと言われている。
・・・だが、俺はエミリアは普通ではなく、かなり可愛いと思っている。
なぜなら、エミリアは全体的に茶色っぽくて、雀に似ているのだ。・・・雀はとても可愛らしい。しかもだ、どこにでもいるし、食べられるとも聞く。なんて素晴らしい鳥なのだろう!
妻を鳥に例えるなど、なんてロマンチックな夫だと、俺は自分でも思う・・・。ほんと、自分で言うのも何だが、俺ってエミリアが大好きなんだよな。
まだ言ってやった事はないが、きっとロマンス小説好きのエミリアだ、感激してしまうだろう。
それはさて置き、・・・ユリウス様だ。
ユリウス様はロバートを意識し、ベージュに髪色を変えていた。いつもキッチリと撫でつけている髪をふわりとさせているし、前髪をも下ろしたままだ。そのため、柔らかな雰囲気を醸し出している。
服もいつもの隙のないビシッとした三揃いのスーツではなく、ややカジュアルなジャケットに、シャツを合わせており、幼く・・・いや、若々しく見える。
「どうだ?リカルド、若く見えるだろうか?」
・・・正直、とても若く見える。俺より年下だと言っても通じそうだ。
・・・だが、俺は地雷を踏まないっ!
いくら可愛く幼く見えても、中身は魔王なのだから。
「いつもよりは、お若く見えます。・・・今日からその格好で執務を?」
「いや、まさか。・・・今日は母上が衣装を持ってくると言っていたではないか。だからこの格好にしてみたのだが。」
「え、こちらで衣装合わせを?」
「いや、まさか。夕刻から、ワイブル家でロイド様と行う手筈だったろ・・・?え、まかさリカルド、知らなかったのか???・・・エミリアに連絡したと、母上が言っていたのだが・・・???」
・・・エミリア・・・何やってんだよ!
俺が知らないという事は・・・マックも知らないだろう。これは・・・まずい!!!
夕刻からという事は、夕食も必要だろうし、来客の準備もいるだろう・・・お泊まりになるかも知れないのだ。急いで連絡せねば・・・!
「・・・聞いていませんでした。急いで、使いを出します。家令には伝えないと。・・・失礼します!」
俺は慌てて自分の執務室へと戻り、家へ使いを出した。
本来なら、エミリアにイラつく所だが、今回はグッジョブだ。・・・これ以上、ユリウス様と話して、うっかりと地雷を踏みたくはない!
俺は使いの者に要件を伝えながら、今日はなるべくユリウス様には近づかない事、容姿に関する話題は避ける事を心に決めた。
◇◇◇
「・・・リカルド様、今日のユリウス様、すごい可愛いですけど、どうしたんです?俺、驚いてしまいました。もちろん口には出しませんでしたけど。」
ユリウス様に書類を持ってきたマイルズが、去り際に俺にコソッと言った。・・・本当にマイルズは頭の良い男だ。何も言わずとも、ユリウス様の地雷を見事に避けてみせた。
「・・・ロバート殿下に似せてるそうだ。」
「へえ・・・護衛目的とかですか?・・・でも、殿下にしては、ユリウス様は、なんだか可愛すぎますよね?」
「身長は同じ位だし、体型も似てるだろ?」
「そーですね。・・・でも、ああ見えてユリウス様ってかなり鍛えてますよね。殿下はなー・・・鈍いし本当にヒョロいだけなんですよねー。・・・あ、リカルド様は何か鍛えてますか?」
マイルズは観察眼もある様だ。確かに一見、ユリウス様はロバート殿下と似た体型に見えるが、かなり鍛えており、武が立つ。
「俺か?・・・忙しくて、最近は全然。たまに、ロイド様に剣術は手合わせいただいているが、そのくらいだな。」
「そっか!今はリカルド様のお屋敷に、ロイド団長が滞在されてるんでしたね!・・・お元気ですか?!」
「ああ、元気だよ。マイルズは、ロイド様と知り合いなの?」
「・・・まぁ、ロイド団長は有名人ですからね!北の辺境の出身者なら、みんな知ってるんですよ。・・・あ、俺、もう行かないと!ではまた。」
マイルズはそう言って、バタバタと行ってしまった。
そうか・・・そうだったよな。
父上やエミリアとやり合っているロイド様に慣れて来てしまってたが、ロイド様は・・・英雄と言われる有名な方だったんだよな。
何を思ったのか、エミリアを諜報員にスカウトしたり、病み上がりの、お色気な父上をガン見したりで、英雄とか・・・すっかり忘れてた。
そうだ・・・そういえば、ロイド様はいつまで我が家で護衛をして下さるのだろう???
そう長期間は護衛をお願い出来ないだろう。
『当面』という話であったが、きちんと時期を確認しておかねばなるまい。・・・春の夜会まではこちらに滞在されると決まってはいるが、ロイド様が居なくなったら、また新たに護衛を探さねばだし・・・。
父上とエミリアの護衛は・・・申し訳ないが、先が見えていない。あれからも、微妙に嫌がらせなどがあったり、屋敷の前を彷徨く不審者に警備の者が気づいたりしている。・・・常に隙を伺われているのだろう。
ロバート殿下が即位されるか、王太子と決まれば、脅威は去るだろうが、それはまだ数年先になりそうだ。
・・・近々、アメリア妃の懐妊の発表もある。そうなると、アーノルド殿下やフリード殿下に新たな動きがあるかも知れない。
・・・はぁ。
なんだか、頭が痛いな。
・・・とりあえず、仕事しよう。家の事は帰ってから考えよう。ユリウス様が見えるのだ、夕刻までにはこれらを終わらせ、俺も帰らせねばならない・・・。
俺は、手元の仕事に意識を戻した。




