夜会でコスプレはいけません エミリアside
最初にテーマは『チェス』なんて言ってたのに、話がだいぶ外れ・・・いまやコスプレ大会になろうとしていないか?・・・私は「はっ」となった。
いくらなんでも、これはまずい。
王様主催の大々的な夜会だ。その日は、社交界デビューをする人たちも沢山いる訳で、ある意味セレモニー的な側面もあるのだ・・・それは無いだろう。
「お母さま、さすがに夜会でコレはまずいのでは?」
「・・・そ、そうよね。ごめんなさい。ロイド様がその、あまりにもお芝居の俳優さんに似ていたから、つい暴走してしまったわ。・・・夜会は普通に『チェス』をテーマに作製しましょう。それで、この衣装は別の機会に着て頂くわ。」
・・・別の機会???そんなのあるか???
こんな服・・・着る機会なんて、あるぅ???
「お母さま、別の機会って?」
「ええ、このお芝居の最終公演の日に、仮装イベントがありますの。優勝すると、なんとこのお話の脚本を書いた方にお会いできるんですって!・・・だから、エリオス×リチャード組と、ユリウス×ロイド様組で・・・優勝を狙いましょう。きっと良いセンいくと思いますのよ?」
・・・ええぇ・・・。何そのイベント。
まじか。こっちの世界にもコスプレイベントとか、あるんだなぁ・・・。
・・・いやぁでも、さすがに、お兄様達はそんなの出ないだろ・・・。
「うーん。でも、お芝居の仮装イベントなんかに・・・参加しますかね?お兄様もお父様も、お忙しいでしょう?」
「そうよね・・・。この際、リチャード×ロイド様でもいいかしら・・・。でも、リチャードってロイド様と何となく釣り合わないのよねぇ・・・。」
・・・確かに。
絵姿の騎士はロイド様で合ってるとしても、王子様役は優しげで素朴なロバート似だ。リチャード様ではキラキラしすぎで、なんだか違う。
「ちょーっと!何でいきなりロイドと僕になってんだよー!ロイドは嫌だよっ?!」
リチャード様は、不穏な流れに抗議の声を上げた。
その時、興奮したリチャード様の手がパンフレットに当たり、バサリと床に落ちた。
私は慌てて、それを拾う。
私的には『無し』なジャンルだが、お母さまには宝物なパンフレットだ。汚れたり折り目がついたら、お母さまは悲しむだろう。
ふと、拾い上げた時に、パンフレットの奥付が目に入った。
・・・え。
「・・・これって・・・マシュー先生が書いた脚本なの?」
思わず、声を上げる。
マシュー先生は『デジ甘』の作者で、最近では舞台の脚本も手掛けている。
リチャード様も、慌てて私の手元のパンフレットを覗き込む。
「・・・え、じゃあ・・・仮装で優勝したら、マシュー先生にお会いできるって事・・・?」
リチャード様は、ポソリと呟く様に言った。
・・・マシュー先生は、謎の多い作家だ。男性なのか女性なのかも不明で、ペンネームの「マシュー」には、姓すらない。プロフィールも全く公開されていない。
分かっているのは、『デジ甘』がロマンス小説界の大ベストセラーな事。このシリーズが初の作品である事。最近は舞台脚本を始めた事。・・・そのくらいだ。
先日、手に入れたサイン本だって、貴重なものだ。私とリチャード様は、これがマシュー先生の肉筆なのだと、ひたすら感激したものだ。
・・・え・・・本当に・・・マシュー先生に、会えるの???
私は思わず息を飲み、リチャード様を見つめる。リチャード様は、覚悟を決めた顔で頷き返した。
「・・・ユリア。僕・・・やる。・・・マシュー先生にお会いしたい。」
・・・!!!
リチャード様は、ついに覚悟を決めた。
私とリチャード様は、マシュー先生の大ファンだ。ずっとお会いしたいと騒いでいた。
・・・リチャード様は、やると決めたら手段を選ばない、クズい男だ。ゆるゆるなリチャード様には、常識も倫理も恥も外聞もない。・・・マシュー先生にお会いできるなら、手段を選ばないと決意していたのだろう。
まぁ、私もマシュー先生にお会い出来るなら、全く持って同意しかないのだが。
「ロイド・・・僕と、付き合って下さい。」
リチャード様は、余すところなく自分の美貌を生かした、素晴らしい笑顔を浮かべ、ロイド様に近づいていった。
◇◇◇
結果的に、リチャード様は振られた。
まあ、ロイド様はお母さまにポーっとなってたくらいだ、可愛い系の女子がお好みなのだろう。
リチャード様は食い下がったが、頭に来たロイド様によって、「気持ち悪い考えを、反省しろ」とサロンに閉じ込められてしまった。・・・何故か私も一緒にだ。
私は何もしていないのに、ニヤついていたとか、言い掛かりをつけられて、リチャード様と同罪扱いだ。
どう考えても、主犯はお母さまなのに・・・ロイド様、マジでムカつく。
お母さまは、ロイド様に見送られて帰っていった。
もしかしたら、それが狙いで閉じ込められたのかも知れないと思うと、より一層腹立たしい。
「・・・はぁ。ロイド如きに振られるなんて、ムカつくー。あー・・・マジで、マシュー先生にお会いしたいなー・・・。」
私と並んで長椅子に座っているリチャード様はそう言って、がっくりと肩を落とした。
「リチャード様。」
「んー?なーに、エミリアちゃん。」
「・・・仮装って、あのお芝居の俳優さんに似ている人が優勝?それとも、あのお芝居の雰囲気に合えば優勝?見た目の良いカップルが優勝?・・・どうなんだと思います?」
「・・・うーん。確かに、何を持って優勝なんだろうね。・・・でも、やっぱり俳優さんに似せるのがキモじゃないかなぁ。仮装って言うくらいだし。」
リチャード様は、少し考えてそう言った。
・・・だよねぇ。あの俳優さんたちに似てるのが、やっぱり重要・・・なんだよねぇ。
「・・・リチャード様。私ね、リチャード様を尊敬しちゃいました。」
「えっ?」
「だって、マシュー先生に会いたいが為に、あのロイド様に告白までしたんです。・・・手段を選ばないリチャード様に・・・私は感服いたしました。マシュー先生への思い・・・流石です!」
私はリチャード様を見つめる。
リチャード様は、嬉しそうに私の手を握り締めた。
「・・・ありがとう!僕は、やると決めたらやる男だからね!・・・手段なんて選ばないよ。だって僕・・・マシュー先生の本を読む為に転生したとさえ、思っているからね。」
・・・そうだ、そですよ。確かに新作はその位、神がかっていました。分かる、分かります。
「・・・なら、私も手段は選びません!」
「エミリアちゃん?」
私はリチャード様を見て思った。
手段なんて選ぶのは馬鹿だ。もはや、やれる事はやって、使えるものは使ってしまおうではないか!
だって、人生は・・・短いのだから。やる時はやらねば、すぐに終わってしまうのだ・・・!
「・・・呼びましょう。ロバートを!・・・奴にやらせるんです!!!」
「はいっ?」
リチャード様がキョトンとしている。
「だって、あの絵姿はどう見てもロバートとロイド様でした。なら、本人に仮装してもらいましょう。・・・ガチで狙っていきましょう・・・優勝を!」
「いや、まって。ロバート殿下をどーやって?」
「あ、リチャード様はご存知無かったでしたっけ?・・・私、ロバートの親友なんです。きっと協力してくれます!」
そう、ロバートは友達だ。あいつだって、たまには親友である私の役に立ちたいに違いない!!!
よし、何とか協力してもらおう。
私は勢い込んで、リチャード様に言った。でも、リチャード様はなんだか考え込んでしまっている。
あ、あれ?・・・だめ?
「うーん・・・エミリアちゃん。あのさ、ロバート殿下は、お友達だから協力してくれるかも知れない。でもさぁ、それって絶対にリカルドは許さないし・・・めっちゃユリウス君に怒られるやつじゃない?」
・・・た、確かに。あの舞台が変な噂にならないか気にしてるという、お兄様にはぶっ殺されそうだ・・・。
「で、でも。・・・ロバート程、あの俳優さんに似ている人はいませんよ?・・・優勝しなきゃ、マシュー先生には会えないんですよ???」
リチャード様は、握っていた私の手にギュッと力を込めた。
「でもね、伝わってきたよ。エミリアちゃんの覚悟。・・・だから僕、やるよ。・・・僕がロバート殿下になる!」
「はいっ?」
「体型的がヒョロヒョロなのは似てるだろ?・・・まぁ、残念な事に僕の身長は少しばかり足らないけどさ、ロバート殿下に見えれば良いんだろ?・・・幸いにも、親友で殿下をよく知るエミリアちゃんもいる。やるよ、やってやろーじゃねーか!・・・ロバート殿下になりきるよ、僕。」
・・・て、天才がいる。
そうだ、リチャード様がロバート殿下になれば良い。
これならお兄様達にも、怒られないし二人でコッソリやれる・・・なんて、完璧なのだろう!
髪型や色とかを変えて、もっさり気味にして・・・あとは、あの悠然とした雰囲気だよね。
「・・・私、いける気がしてきました。」
「うん。・・・優勝しよう。」
私とリチャード様は、お互いの手を握り合い・・・優勝への誓いを立てた。
「・・・とりあえず、まずはこのお芝居を見に行きたいですね。」
「そうだね、なんか内容はキモチワルイ感じだけど、マシュー先生の作品だし・・・優勝の為には見ておかないと。・・・あと、ロイドの協力は必須だよね。」
「確かに・・・舞台を見てきたお母さまが興奮するくらい似ているんですから、協力してもらわないとですね。嫌がられちゃいますか・・・ね?」
「・・・うーん。ロイドも『デジ甘』にハマってるし、マシュー先生のファンではあると思う。それに、ロイドはこのお芝居のモデルでもあるよね?・・・誰がこんな話を書いているのか突き止めたいって、真剣にお願いしたら、協力してもらえるかも?」
確かにそうだ。
ロイド様にとっても、気になる所ではないだろうか。
「・・・とにかく、お芝居を見に行きましょう。話はそれからな気がします。」
「そうだね、リカルドにお願いしよう!」
私たちが、そう話し合っていると、サロンの鍵がガチャリと開く音が聞こえた。
・・・リカルドが帰ってきたのだ。




