真面目な侯爵様の噂 エミリアside
その日、私は自室のソファーでロマンス小説を読みながら、まったりとした時間を過ごしていた。
先日『ダラけるなら自室でやれ』とリカルドに怒られたので、なるべく自室に居る事にしている。・・・どこからがダラけているか、いまいち判断がつかないからね。
窓からは、優しい午後の日差しが差し込み、もうすぐ訪れるであろう、夕暮れを思わせた。
「はぁー。リカルドは今日も帰って来ないんだろうなぁ。」
そう呟いて、手にしていたロマンス小説をテーブルに置き、ため息を漏らした。
・・・新婚なのにな・・・。
そう私こと、エミリア・ワイブルは、数ヶ月前に幼馴染で長年の婚約者であったリカルドと結婚したばかり・・・なのである!
もちろん、コレには愛がある。政略結婚なんかでは無いのだ!
・・・なのに・・・なのに。
なんなのっ!この放置プレイはっ!
そう、リカルドは忙しくて、滅多に家に帰って来ないのだ・・・。
今は、王位継承を含めて微妙な時期らしく、官吏であるお兄様の補佐官として務めるリカルドも、多忙を極めている。
・・・お兄様がこき使ってると言うのも、あるんだろうけど。
お兄様は、昔から用心深くて、あまり人を信用しない。
それもあって、陰謀渦巻く政界では、気心の知れたリカルドを重用し、側に置きたいのだろう。
・・・分かるよ。分かってますから大丈夫。
『仕事と私、どっちが大切?』なーんて言いません。
・・・これは、前世でも言ってはいけないNGワードとされていました!
まぁ、言った事もないし、そんな人もいなかったけど、雑誌にもネットにもそう書いてあったからね!
だから、私はそんな事は言いません。
こーして、ロマンス小説を読んで、大人しくしてます。
決してサボっているのではないんです。待機中なだけですー!
何に待機してるかは・・・不明だけど・・・。
私は、ふとテーブルに置かれたロマンス小説を見やる。
・・・ロマンス小説は、この世界で、最高の娯楽だ。
リカルドは馬鹿にするけど、ラノベも漫画も無いこの世界でこんなに楽しく、こんなにときめけるのは、コレを置いて他にない!
今読んでいるのは、「デイジーと甘い騎士の誘惑」と言う小説で、健気なヒロイン、デイジーが意地悪な魔女に妨害されつつ、お色気騎士デレクと冒険して結ばれる・・・と言うものだ。
・・・これが、捗るんだなー。
なんてったって、ヒーローがカッコいい!
騎士様がヒロインに囁く、デロ甘なセリフがたまんないのー!!!
もうね、読んでいるだけで悶えてしまう!
もし、私がヒロインなら・・・うきゃぁぁぁ・・・!なーんて感じで。
妄想は、最高のご馳走です。ありがとう、デレク様。
・・・これで暫く妄想していこう。
リカルドと会えないのは寂しいが、まぁ、仕方ない。お仕事なんだ。
私は妄想する為に目を閉じた。
・・・ん?・・・???
目を閉じ、お色気騎士のデレク様の妄想を始めると、なんだか玄関ホールが騒がしい。
・・・誰か来た???
一応、私はこの家の女主人だ。出ない訳にいかないだろう。
・・・ちょっと外しますね、デレク様。
心の中でそう呟くと、玄関ホールへと向かった。
◇◇◇
「あ、あれっ?リカルド、お帰り。」
私がホールにやって来ると、そこには家令のマックさんと話し込むリカルドがいた。
「エミリア、ただいま。・・・ちょっといいか、話がある。俺の書斎に来い。マック、済まないが手配を頼む。」
リカルドは、そう言うとスタスタと書斎に行ってしまった。
・・・お帰りの抱擁とかキスはもちろん無しだ。
なんだよ。ちぇーっ。新婚ならお決まりじゃないのー?
前世のテレビ番組「新婚さんいらっしゃいませ」では、そう言ってたよ?・・・なんかさー、もう少しラブラブ甘々な感じとかさー、無いんですかねー、リカルドさん!
「新婚さんらしいイチャイチャがない・・・。」
私が思わず呟くと、リカルドは片眉を上げたが、華麗にスルーを決め込んだ。
比べちゃ悪いが、デレク様とは雲泥の差!もちろん、泥はリカルドだっ!!!
・・・まぁ、リカルドがそんな甘々だったら、もはやリカルドじゃない気もするし、確実に笑っちゃうんだけどさー。でも、私たち新婚なんだよなぁ・・・。
「おい!エミリア来いよ!」
考え事をしていると、リカルドが苛立った声で急かす。
「はーい。」
私は間の抜けた返事をして、書斎へ急いだ。
「失礼しまーす。」
書斎に入ると、リカルドは溜まっている侯爵としての仕事に取り掛かっている様だった。机に噛り付き、ガリガリと書類にサインを入れている。
「エミリア、俺はこれから1時間程度コレを片付けて、それから夜会に行く。・・・エミリアも来い。」
「え?は?はぁー?・・・夜会?!今日???」
夜会?夜会だと・・・?
たしか、普通だと夜会と言うのは、遅くとも1ヶ月前くらいには出欠が決まるモノでは無かったか???
「そうだ。・・・突然なのは分かっている。ドレスなんかの手配はマックに頼んだ。既製品になるが、仕方ない。お前は風呂にでも入って準備を始めろ。メイドにもマックから準備を手伝う様に説明してある。」
リカルドは一方的にそう言うと、また仕事を始めてしまった。
「・・・突然、どうしたの?もちろん準備するけど・・・何かあったの?ねぇ、・・・ちょっとリカルド、ちゃんと説明してよ。」
「・・・言いたくない。」
「はぁ?」
私とは目も合わさずそう言うと、リカルドは書類をガンガン捌き始めた。
・・・な、なんだろう。
リカルドは、たしかに甘々ではないけど、こんな一方的では無かったはず。・・・今まで私たちは、何かあったら、ちゃんと話し合ってきた!・・・忙しいのは分かるけど、これはあまりにもあんまりだ!
頭にきた私は、仕事をするリカルドに近づき、リカルドからペンを取り上げた。
「なっ、何だよエミリア!」
「説明してくれないなら行かない。」
「・・・っ。」
「どうしちゃったのよ、リカルド!」
私がそう言うと、リカルドは諦めたかの様に、椅子に深く座り、天を仰いでため息をついた。
「・・・すまない。エミリア。・・・言いにくくて。」
そう言って、リカルドは私にちゃんと視線を合わせてくれた。・・・あ、良かった。いつものリカルドだ。
「ねぇ、リカルド。忙しいのは分かるけど、話し合えなくなってしまうのは、悲しいよ。私はお利口じゃないけど、リカルドが困ってたり、辛かったりしたら力になりたいし、私に出来る事なら何でもするよ?・・・私は貴方の可愛い奥様だよ?一番の味方なんだよ?」
「エミリア・・・。」
リカルドは私の名前を呟くと、手を伸ばしてきたので、握ってあげた。
椅子に座ったリカルドの前に私が立ち、向い合って両手を繋いでいる、ちょっとシュールな姿になってしまった。・・・何か違う気もするが、まぁいいだろう。
リカルドを見つめると、微妙な顔をしてから笑い出した。
な、何だ?この手を握って欲しかったのではないのか???
私が困惑しているとリカルドは、握った手をグイッと自分の方に引き寄せた。その勢いで、私はリカルドの膝に乗り掛かり、倒れ込む様な感じになってしまった。リカルドは繋いでいた手を離し、私を抱き込む様に背中に手を回してきた・・・。
こ、これは・・・甘い。・・・デレク様より、やっぱりリカルドだわ・・・。
それに久しぶりに、リカルドの体温を感じて、なんだか嬉しい。
リカルドの少し甘い香りが、私を包んでいる。
私がリカルド臭を満喫していると、リカルドは私の髪に頭を埋めて、語り始めた。
「エミリア聞いて欲しい。・・・最近、俺が噂で大変な事になってしまっているんだ。・・・俺、あまりエミリアを夜会に伴わなかったろ?」
「・・・うん。まぁね。でもそれは、私が夜会は好きじゃないし、社交も苦手だし、ワイブル家の財政もイマイチだから、ドレス代も惜しいし、夫婦参加のモノ以外は、リカルドだけ出る事にしようって二人で決めたからだよね?」
「ああ、そうだな。」
そう、政界に入ったリカルドには、夜会のお誘いが多かった。
すべてに私と参加してたら、ドレスは何枚あっても足らないし、買うと財政的にも厳しい。
リカルドは頑張って、このワイブル家を立て直し中なのだ。・・・私だって、そんな無駄使いは嫌なのだ。
それに、そういった政治的な側面の強い夜会や、密談の為に訪れる夜会には、一人で参加する者も多い。
だから、それで構わなかったハズだ。お兄様も一人で参加してた・・・。
なのに何で噂をされてしまうんだろう???何がまずかったの???
リカルドは苦々しげに続けた。
「・・・しかし、そのせいで、俺とエミリアの結婚は、別の愛を貫く為の『隠れ蓑』だと言われる様になってしまったんだ・・・。」
「え・・・?」
はぁ?なんで?・・・一緒に行かなくても・・・問題ない会だよね?
どうして、そうなるの???
「いつも一緒にいるから、本当に愛し合っているのは俺たちで、エミリアでは無いと・・・。俺は必死に否定しているんだか、面白がってて、全然否定してくれないんだ・・・。」
「な・・・何それ・・・。」
え・・・。リカルドには夜会で親しくしてる人がいるって事?!
それで、噂されてて・・・。でもその方は、否定もしてくれないって事????
え・・・。それって、それって・・・その方は、リカルドを好きなのでは・・・?
「・・・一部のご婦人方からは何故かウケが良すぎて、俺たちを見かけると、キャーキャー言われてるし・・・なんだか、俺も疲れてしまって。・・・だから、今日の夜会にはエミリアを連れて行って、本当に仲が良い夫婦なんだって見せつけたかったんだ。」
リカルドはそう言うと、私を抱きしめる腕に力を入れた。
「すまない・・・エミリア。」
えっ?えっ?えっ?
私は混乱しつつも、話を頭の中でまとめる。
・・・つまりは、私の旦那様であるリカルドにちょっかいをかけ、噂になって喜んでいる、最低最悪の女がいるって事・・、だよね?
私はお飾りの妻で、一部からは応援まで受けていると・・・そーいう事なんだよね?
・・・何それ・・・その女、絶対に許せないんですけど!!!
「許せない・・・何、それ!」
「だけど、俺も強く出れなくてさ・・・。」
リカルドは紳士だ。女性には強く出れないだろうし、あまりにも否定しすぎるのも、相手を傷つけてしまいそうで出来ないのだろう。
・・・そして、その女は確実にそれを狙ってやっている!!!なんてしたたかなっ!!!
・・・リカルドは見慣れてしまっているが、相当にハンサムだ。
性格だって悪くない。真面目で融通が効かないとこはあるけど、頼りになるし、意外に優しい。
ちょっと駄目な所もあるけど、それだってすんごく可愛いのだ!
紳士だし、頭も良くて将来有望だし・・・つまりは、私には勿体ない素敵な旦那様って事だ!
きっとその女は、冴えない私なんかなら、簡単に奪えるとでも思っているのかも知れない・・・!
ぐぬぬぬぬ。
はっ!!!そうだ!
・・・これって、噂のお相手は、かなり頭の良い女なのではないだろうか・・・?
・・・確か、リカルドの好みのタイプはマーガレットちゃんみたいな賢い女性だった。
今は良い・・・けど、美人で頭が良い人だったら、そのうちに絆されて、噂が本当になってしまうかも知れない・・・!!!
・・・ど、どうしよう。
これは・・・かなり・・・マズイのでは・・・?
「・・・リカルドは、その方を・・・どう思っているの?」
私は、その可能性に気づき、おそるおそる確認する。
「尊敬はしているんだ・・・。」
リカルドは、私の頭に顔を埋めたまま答えた。
・・・尊敬してる、だと?
やっぱりコレは・・・・ヤバいのではないだろうか???
・・・もはやその女と私の間で心が揺れていたり・・・しない・・・よ、ね?
私は、リカルドの表情を確認しようとしたが、抱擁がきつくて動けない。
・・・まさか・・・表情を見せない・・・為・・・???
・・・嫌だ。
私は、ずーっと今までリカルドと一緒に過ごしてきたんだ。
そして、私はリカルドが大好きなのだ!!!
言わば、リカルドのプロ。いやリカルド好きの専門家だ!!!
・・・負けない。
確かに、私は怠け者だし、残念でウッカリのボンヤリって言われる。
けど・・・こう見えて、人生2回目だ。人生経験豊富なのだ。
・・・この私からリカルドを奪えるなんて、思うなよ!
今日の夜会で、お前なんかやっつけてやるっ!
そんな女に絶対に負けないんだからーーー!
私は意気込み、リカルドに言った。
「リカルド、行きましょう、夜会!!!!そんな女に、私は絶対に負けないわっ!リカルドは私の旦那様だもの!!!思い知らせてやりましょう!!!」
そうすると、リカルドは抱擁の腕を緩め、私を驚いた顔で見つめて言った。
「・・・え?」
「?え???」
「エミリア・・・ち、違う・・・。」
「はぁ?・・・違う???」
「・・・噂になっているのは・・・男・・・ユリウス様なんだ・・・。」
・・・。
・・・。
・・・。
あんのぉー、くそ兄ぃ・・・っ!!!
またリカルドで遊びやがってぇ!!!
「なるほど・・・お兄様・・・。」
「そ、そうなんだ。噂が広がってから、夜会の時に、わざと人前で耳打ちしたり、腰に手を回したりするんだ!・・・噂の真相を聞かれても、困った顔で儚く笑って否定しないんだ・・・。」
「ほう。」
「ほら、うちは父上とエリオス様も・・・あんなだから、余計に・・・。」
・・・ああ。
確かに言われてみると、生まれた時からだから、見慣れていて疑問に思わなかったが、お父様とリチャード様のイチャつきっぷりは酷い。まぁ噂が無いとは言えないか、な?
・・・とは言え、お父様はお母さまを溺愛してて、おしどり夫婦でも有名だしなぁ。
リカルドは情けない顔で続けた。
「親子揃って、スチューデント家の男に夢中だと・・・。」
「な、何ですって?・・・それは、酷いっ!」
私はそれを聞いて、ムカムカしてしまった。なんて事っ!
「違うわよね!それ!!!・・・リチャード様にご執心なのはお父様だし、リカルドにしつこくしてるのは、お兄様よっ!!!逆よ!逆だわ!全然、本質をとらえてないのね!噂ってっ!!!」
「え?・・・あ?そこ?そこなの?・・・エミリア、そこはね、俺的にはどーでも良いって言うかさ・・・。」
なんだ?リカルドは、そこに拘らないのか???
被害者を加害者だと言っているようなものなのでしょ・・・?
絶対に許せないポイントだと思うんだけど!?
「そうなの?」
「うーん・・・なんだろ。そういう事より前にさ、こんな噂をされてる方が、ダメージでかいって言うかね・・・。」
ふーん。そうなの???
・・・まぁ、良い。
良く分からないけど、分かった。
「リカルド、分かったわ!行きましょう、夜会に!!!そして、あの性悪お兄様から毟り取ってやろうじゃないの、あの薄毛をねっ!!!」
「え?ええぇ・・・!!!」
リカルドは、なんだかドン引きして、怯えている様にも見えたが、私は『大丈夫だよ。』の意味を込めて、ニッコリ笑った。
「それじゃあ、夜会の準備をしてくるわ!!!」
私はそう言ってリカルドの膝の上から飛び降りると、準備をする為に自室に向かったのだ。
書斎のドアが閉まる直前に「はぁぁ・・・余計に面倒な事になってしまった・・・」と呟くリカルドの声が聞こえてきたが、そんな心配はいらない。
・・・リカルド、私が守ってあげるからね。あの魔王から。
任せておいてっ!!!