懐柔作戦は失敗した エミリアside
あれから、どうもロイド様は『デジ甘』にはまっているらしい。・・・なぜなら、目の下のクマが凄いのだ。
ロイド様は私たちが寝室に戻った後、屋敷を見回ってから就寝する為、もともと睡眠時間は短かめではあった。それに加え『デジ甘』を夢中で読んでいるのだろう、どんどん目の下のクマが酷くなっていっている。
その上、寝不足のせいか、イライラも大きく・・・『デジ甘』で懐柔するどころか、さらに私たちの溝は深くなりつつあった。
『ねぇ・・・エミリアちゃん。ロイドすごいね。あの凶悪な顔に、さらにクマなんか出来ちゃって・・・半端ない凶暴さだよ。』
『・・・ええ。寝不足からくる、ご機嫌の悪さも凄いです。』
私たちは『逃げるな』とアルベルトを馬質に取られているので、コソコソと悪口を言うくらいしか出来ない。
・・・情けないけど、アルベルトは可愛いから、仕方ないのだ。
「二人とも、やれ。」
・・・くうっ。
いつにも増して、冷たく言われ・・・私たちは字の書き取りをさせられている。
・・・そう、もはやロイド様から指導されているのは、護身術だけではないのだ!!!
先日、リカルドに押しつけられたお礼状を、ロイド様の監視下でやらされた私たちは、あまりにも下手なリチャード様の字にダメ出しを食らったのだ。
しかし・・・無事(?)お礼状はリカルドに受理された。内容は60点とか言われたけどさ。
受理されたんだよ・・・?終わりで良くない・・・?
でも、ロイド様はそれが納得できなかったらしく・・・私たちは書き取りの勉強をさせられる事になってしまった。
ロイド様はてっきり脳筋だと思っていたのに、クソ真面目でお勉強大好きなリカルド的な部分があったみたい・・・。
しかも、今回は逃げられない。・・・はぁ、どーしてこうなったかなぁ。
「リチャード、手本通りに書け。」
・・・ちなみに、お手本はロイド様の特製だ。
凶悪なライオン顔の癖に、字は繊細で美しい・・・いわゆるギャップ萌えだ。・・・全く萌えないけど!!!
「書いてるってば!・・・僕の書きたい気持ちにペンが追いつかないから、こーなるの!ゆっくり書いてたら、逃げてっちゃうんだよ!!!」
「・・・何が逃げるんだ?」
ロイド様は、「はぁ?」って感じにリチャード様を見つめるが、私には分かる。・・・分かるよ、リチャード様。逃げるんですよね、色々。
例えば・・・前世で中学時代に書いたポエム。
あの衝動は、書き留めなければ、消えていってしまったろう。・・・まぁ、冷静になれば、消えてってくれたら良かったとも思うが。
例えば・・・前世で受験の時の数学や物理の公式。
あの記憶は、急いで解かなければ、消えていってしまっただろう。・・・まるで儚い鳥のように、あの公式は私の頭からすぐに飛び立ってしまうのだ。
そう!急いで書くには訳があるのだ!!!
「わかります!リチャード様!・・・逃げていきますよね!」
「エミリアちゃん!君なら分かってくれると思ってたよ!・・・あ、でもエミリアちゃんは結構、字が綺麗だね。」
「まぁ、女子なんで『可愛い字書きたーい』って気はありますから。メモとかノートは書き殴ってますけど。・・・あ、あと私、両手利きなんで、左でも書けるんですよ。右よりは下手ですけど。疲れたらチェンジできるんで。」
「・・・え・・・すごい。羨ましい。」
そう、前世が左利きだったせいか、今は右利きなのだが、何となく左が使えるのだ。字も見苦しくない程度には書ける。
「唯一の特技です!」
・・・最近、もしかして神様がくれた転生チート・・・もしくは人生二回目特典は、コレなのではないかと思っている。
コレは、お礼状書きで非常に役に立った。
この特技は、チートとしては、ものすごーーーく地味だが・・・意外に役に立つ。
リチャード様は、チェスが強かったりバイオリンを演奏できたりを、持ち越してきたのだ。
私だって左利きくらい持ち越したって良いよね・・・。
私がふんぞりかえって自慢していると、ロイド様が真剣に聞いてきた。
「エミリア、だからお前、時々剣を持ち替えるのか?」
「そうですね。疲れたら、持ち替えてます。」
「・・・それはいいな。鍛えたら面白いぞ!左利きとの試合はやりにくいが・・・両方使えるとなると、さらにやりにくいだろうな。・・・トリッキーなお前の戦術とも合う。エミリアもっと真面目に鍛錬をしないか?いい線まで行くと私は思うぞ!」
ロイド様は、キラキラした目で私に詰め寄ってくる。
・・・いやまて。侯爵夫人は戦わなくていいだろ???身を守れたら十分じゃない?
「・・・えーっと・・・護身術くらいで十分です。」
私がそう言うと、ロイド様はガックリと肩を落とし、ぼそりと呟いた。
「お前たちにやる気を出させるには・・・どうしたら良いんだろうな。」
その横で、リチャード様は書き取りをやめ、凶悪な顔のライオンが棒人間に槍で刺されている漫画を描いていた・・・。
◇◇◇
夜。
少し早めに帰って来たリカルドによって、サロンに集められた私たちは、一通の招待状を受け取った。
・・・これは、春にある国王主催の夜会の招待状。
ああ、早いな、もうその時期か。
毎年、春の訪れを祝って開かれる夜会は、この国の貴族にとって、一大イベントだ。
もちろん、準備に時間がかかるので、夜会の開催はまだまだ先だが・・・招待状が届くという事は、準備をはじめなきゃならないという事だ。
去年までは、結婚していなかったから、スチューデント家として参加していた。
うちはね、仲良し家族なんで毎回、お母様がお揃いでコーディネートしてたっけ。・・・ここ数年はお兄様の抵抗が激しく、なかなか難しいんだけどね。でも、お母さまの工夫でなんとか達成してたんだよね。
・・・確か去年は『茶色のサテン』をお揃いで纏ったんだよね。お母様がベルトにして、お父様はタイとチーフ、私はチョーカーにしたんだっけ。・・・で、お兄様は気づいてなかったみたいだけど、中に着てたベストが茶色のサテン地の包みボタンになってたんだよね・・・。
今年はもう、家族でお揃いは無しかぁ・・・大好きなリカルドと結婚したから仕方ないけど、ちょっと寂しいなぁ。
私が招待状を見つめ、ぼんやりと思い出にふけっていると、リカルドが言った。
「俺たちの衣装の相談には、ユリア様に乗ってもらう手はずだ。近いうちに我が家に来てくれる事になっている。・・・ロイド様もご準備があって、忙しいでしょうが、ユリア様がいらしたり、二人も準備の為に外出する事が増えると思います。すみませんが、よろしくお願いします。」
「・・・私は騎士服が正装となるので、準備は必要ない。リカルド殿、二人の警護はお任せ下さい。」
ロイド様は自信たっぷりという感じで答えた。
「えー!ユリアが来るの?楽しみだねー!」
リチャード様が嬉しそうに声を上げる。
そう、リチャード様は、お父様だけでなく、お母さまとも仲が良いのだ。私も、お母さまに会えるのは嬉しい!何てったって、お母さまは私のロマンス小説の師匠でもあるのだから!!!
「はい!私もお母さまと『デジ甘』最新刊を語り尽くしたいです!」
「・・・エミリア、違うよ。ちゃんとユリア様と衣装の打ち合わせして?」
リカルドに睨まれ、うっと詰まる。
・・・衣装の打ち合わせ・・・実に楽しくない。
そう、前世の記憶がある私にはこの世界のお洋服の良さが全然分からないのだ。
前世では、Tシャツやら、ジーンズ、パーカーなど、動きやすくてシンプルな格好を好んでいた。
だから、この世界のやたらと生地の多い、動きにくいお洋服が苦手なのだ。女物は特にレースやフリル、リボンなどで飾られているものばっかりだし、一部は男物もそんな感じなんで、さらに意味が不明なんだよね。『これいいかな?』って言うと、『男物だよ?』って言われたり・・・実に難しい。
なので、情けないけど、お母様にお洋服を選んでもらっている。お母様の選ぶお洋服は、上品でシンプルなものが多くて、まぁまぁ好きだ。リカルドによると、私は青系が似合うらしいので、いつも青系で願いしている。
そんな私だ・・・ドレスとなると、全くどう選んだら良いか分からない。
今年も、お母さまにお任せでいこう・・・。
「ねぇ、エミリアちゃん。今年はさ、スチューデント家恒例のお揃いコーデじゃないんだよね?・・・良かったら、ワイブル家でお揃いコーデしよっか!僕が選ぶよ!!!」
「えー・・・。お母様にお任せします。リチャード様のだらしないコーディネートはちょっと無理です・・・。」
リチャード様は自分のファッションに自信があるらしいが、毎回おもいっきり着崩した格好をしている。
・・・はっきり言ってだらしないのだ。それをリカルドと三人でやるって、おかしいでしょ、どう考えても。
「えー・・・リラックス・スタイルって言ってくれる?」
「夜会でリラックスする意味が分かりません。」
「じゃあさ、お揃いで『アルベルト』のブローチを付けない?すっごく可愛いと思う!」
・・・アルベルトのブローチ・・・それは可愛いかも知れない。
向かいにいるロイド様がピクリと反応した。
・・・ロイド様はひそかにアルベルトを可愛がっているのだ。騎士団で団長までされてた方だ、馬がお好きなんだろう。お父様も馬好きだもんな。
しかし、夜会に馬のブローチはありなのだろうか???うーん・・・私には分からない。
「父上!・・・夜会の衣装はユリア様にお任せ下さい。・・・ブローチは普段に付けたら良いのではないですか?・・・あ、夜会の準備でお金がかかりますんで、無駄遣いはダメですよ。欲しかったら、ご自分で作って下さいね。」
リカルドが面倒になったのか、リチャード様を突き放すように言った。
「・・・ケチ。」
「ケチで結構です。父上のせいで、我が家はお金がないのですよ・・・文句を言うなら、あのポニーは売ります。」
・・・最近のリカルドは鬼だと思う。私たちがどれほどアルベルトを愛しているか知っていて、アルベルトを馬質にしてくる・・・。リチャード様はうつむいてしまった。・・・可哀想ではないか!
「リチャード様、一緒にアルベルトのブローチを作りましょう!」
前世で小さなマスコットを作製した事がある私は、リチャード様にそう言った。
リチャード様は、目を輝かせて頷いたが・・・向かいのロイド様も頷いている様に見えたんだけど・・・これは気のせい、だよね?




