逃げないとは言ったけど エミリアside
「もーやだ。」
私はそう言って、持っていた模造刀を地べたに放り投げた。それは、カランと音を立てて、足元に転がる。
私たちはさっきから、ずーっとロイド様に素振りをさせられているのだ。・・・正直、もう腕が上がらない。
「エミリア、やれ。」
ロイド様は私を睨み、剣を拾えとばかりに、顎をしゃくる。・・・だって、本当にもう無理なんだって。模造刀とは言え、なかなか重いんだってば。
私の横で、リチャード様もヘロヘロになって、剣を動かしている。・・・そう、振ってはいない、剣先をヨロヨロ動かしてるだけだ。いわゆるズルっこだ。
私の視線に気づいたロイド様は、リチャード様にも厳しく声をかける。
「リチャード、ちゃんとやれ。」
そう言われたリチャード様は、ムッとして私と同じ様に剣を投げ捨てた。
「・・・二人とも、真面目にやるのではなかったのか?」
私たちを睨みながら、なかば呆れた様にロイド様が言った。
「・・・逃げないって言っただけだもの。真面目にやるなんて言ってない・・・。」
あ、・・・思わず本音が漏れた。
そう、さっきリカルドに、使用人さん達にも警備を回したいから、ロイド様から逃げるなと言われたのだ。
だから、『逃げない』とは言った。『逃げない』とは。
だって、職場の安全、超大事じゃん?危ないのに働かすとか、ブラックだよ。
『ワイブル家はブラック企業』って噂されちゃうよ。・・・企業じゃないけど。
・・・とにかく、使用人さんの安全は大事!
いくら私が元・悪役令嬢とは言え、悪役侯爵夫人になる気はない。
『ワイブル家はホワイト企業』で運営お願いします。・・・企業じゃないけど。
それに、今あるこの快適な生活は、使用人さん達が居てくれてこそなのだ!
・・・使用人さん達、ありがとう。・・・感謝する以外に何があると言うのだ?
私がそうやって考え込んでいると、リチャード様が明るい声で言った。
「エミリアちゃん!流石だよ!そうだよねー、逃げなくても、サボらないとは言ってないよね!!!」
さっきから顔を顰めていたロイド様のお顔は、さらに顰められ・・・もはや凶悪な何かになっている。
「リチャード・・・それを、私の前で言うのか?」
「???・・・むしろ、言った方がいいんじゃない?だって、『逃げなきゃいい』んだもんね?・・・えーっと、ロイド、僕たちサボるから、今からサロンに行って読書会しまーす。」
「何だと!リチャード!」
「・・・そういう事、だよね?エミリアちゃん?」
・・・え。
リチャード様は輝く様な笑顔を私に向けてくる。
そして、その一方でロイド様が凶悪すぎる顔で私を見つめる。
・・・ナニコレ?
まるで私が、『リチャード様、逃げないで、堂々とサボりましょ?』とでも言ったかの様だ。
・・・確かに、真面目にやる気は無かった。
しかし、私はリチャード様ほどの大物じゃないです。『逃げないで、ゆるーくこなしてこー。』くらいには、やる気でしたよ?・・・本当に!・・・事を荒立てない、事なかれ主義の元・日本人ですからね?!
リチャード様は優雅に私に腕を差し出す。
・・・エスコートする気か。・・・これではまるで私が主犯の様ではないか・・・!
「エミリア、お前・・・。」
・・・ひぇぇぇえ。
こ、怖い。
ロイド様が、私に詰め寄ってくる。・・・もはやコレ、頭からバリバリと食ってやるくらいの勢いだ。
恐怖のあまり、思わずリチャード様の腕に縋りつくと、リチャード様は優雅な礼をロイド様にとり、美しく微笑むのだった。
「では、ごきげんよう。ロイド。」
リチャード様がそう言って私をエスコートしたままクルリと向きを変える。目の端には、ロイド様の怒りで震えるお姿が飛び込んできた。・・・こ、こわすぎる。ひ、人って怒りすぎると・・・震えるんだねぇ・・・。
◇◇◇
リチャード様の優雅なエスコートで、私たちはサロンまでやって来た。
もちろん、背後からは怖ろしい圧を感じていて、私は振り返ったりできない。
「さ、エミリアちゃん。本を読みましょう。」
そう言って、リチャード様は昨日の夜に入手した『デジ甘』の新刊『デージーと甘い騎士の約束』を差し出した。
・・・おお!!!これは!!!
そう、朝早くサロンに行って、リチャード様から受け取ろうと思っていたのに、リカルドのせいで寝坊してしまったのだ!・・・慌てて準備し、サロンに行ったときはすでに、お父様とお兄様がいて、とてもじゃないが『デジ甘』にひたれる環境に無かった。
・・・こういうのは、『お父さん』とか『お兄さん』の前で読むもんじゃない。前世の私も、きっとそう言う・・・。
私は、感動のあまり、その本を抱きしめた。
表紙にはマシュー先生のサインがあり、本の間には限定ストーリーのミニブックが挟まっている!!!
「あ・・・ありがとうございます!!!リチャード様!!!」
「僕もさ、エミリアちゃんと一緒に読もうと思って、まだ読んでないんだ!・・・読んだら、感動を共有したいじゃない?!ネタバレとか気にせず、語り尽くしたいじゃない?!」
「・・・尽くしたいです!!!」
私たちは、そう言って頷き合い、本を捲り始めた。
・・・。
・・・ふむ。
・・・おお!
・・・!!!
・・・はぁ・・・。
・・・。
・・・あ、そう言えば、ロイド様の事、忘れてた。
ふと、本から目を上げると、私たちが本を読む窓辺のテーブルから少し離れた所に立って、こちらを睨みつつ、リチャード様が買って来た三冊のうちの、残る一冊をペラペラと捲っていた。
・・・なにそれ、ロイド様・・・。似合わな過ぎて、ちょっと可愛いんですけど。
そう思ったけど、私はまた小説の世界に戻っていった。
◇◇◇
最新作は・・・良かった。・・・神だった。
私は感謝を込めて、本を抱きしめた。・・・ありがとう、マシュー先生。
私・・・もしかして、この本を読むために転生したのかも知れない!!!
ただ、限定ストーリーは、少しガッカリだった。
・・・いや、面白かったよ?!面白かったんですけどね?
何と言いますかねー・・・。散々本屋さんに煽りの広告があったらしいではないですか。・・・甘々だって噂でしたし!なのでね、デイジーとデレク様のキスシーンなんか出てきちゃうのかなーって期待してたんですよ。
しかーし!!!
・・・デイジーとデレク様は、恋人岬でデートするんですよね。高まる期待。めっちゃ甘々なシーン連発っすよ!興奮のあまり、何度床で転がりそうになった事か!!!・・・で、ラスト。二人がもう少しで・・・という所にですよ。そこに、カモメがやってきて、デイジーの帽子を取ってしまうんです!!!それで、デレク様は帽子を取り返しに追って行く・・・そこでEND。ENDです。
・・・はぁ?
帽子なんか、どーでも良くない?
『なんで、ブチューっといっちゃわない訳?』
『・・・帽子なんて無視しろよ!!!』
『こんな男いるぅ?』
私はあまりのじらし具合に、思わず叫びそうになった。
・・・あ。
思わず、お父様化しそうでした。
ダメ、あんな愛の重い男になってはいけないわ。・・・男じゃないけど。落ち着こう、私。
私が本を読み終え、余韻に浸っていると、リチャード様も読み終わったらしく、本から顔を上げた。
「・・・エミリアちゃん・・・新作・・・神がかってるね・・・。」
「ええ。これは・・・もはや、私の棺桶に入れて欲しい程の名作でした。」
「はぁぁぁ。わかるよーーー。素敵すぎてため息しか出ないよ・・・!はぁぁぁ。・・・僕、この本、これから何度読み返すだろう・・・はぁぁぁ。素晴らしすぎて、こっちに戻ってこれないよーーー!」
「ですよね・・・デレク様・・・。ああ、デレク様と結婚したい・・・。」
「デイジーも可愛すぎたよ・・・。僕も、デイジーと結婚したい・・・。」
「あ、でも・・・限定ストーリーはちょっとガッカリでした!」
「まぁね。・・・でもさ、限定ストーリーだもん。そんなモンだよ。本編より二人の関係が進んじゃったらマズイもん。」
「それは、そうですけど・・・!」
私たちが、熱く新作について語っていると、ロイド様が真剣に本に目を落としている。
・・・え、・・・ロマンス小説・・・読んでる?
どうも、ラストの辺りの感動的なシーンを読んでいるらしく、眉を下げ悲し気な顔で真剣に目で文字を追っている。
リチャード様も私の視線の先に気が付いた様だ。
私の服の袖をクイクイと引っ張り、顔を寄せる。
『・・・ね、泣いてない?ロイド。』
『あのシーンは・・・涙無しでは読めませんよ。』
『でもさ・・・ロイドだよ?』
『・・・リチャード様・・・この尊さは・・・もはや神。神の前では誰でも平等ですよ。』
『・・・た、確かに・・・。も、もしかして、ロイドもこれにハマったり、するのかな?』
『・・・怖ろしいですが、あり得ます。ここはひとつ・・・信者を増やしましょう。リチャード様、これはチャンスです。・・・私たちは『デジ甘』を全巻持ってますからね。さ、これを持って・・・布教活動、イッテミヨ!』
私は、『デジ甘』シリーズ、全5作品をポンポンと積み上げ、リチャード様に手渡した。
『は?・・・え?・・・僕?』
『同性からお勧めされた方が、素直に聞けると思いません?』
『えーーー?!・・・うん。そうかもね。行ってくるわ。』
『ご武運を!』
私がそう言うと、リチャード様はロイド様にそおっと近づいて行った。
「・・・えーっと、ロイド、その本、気に入った?」
ロイド様は、慌てて本を置き、真っ赤な顔でリチャード様を睨んだ。
「いや、特には。」
「・・・その本って、シリーズなんだよね。」
「そうですか。」
「・・・全巻持ってるんだ、僕たち。その本にハマってるんだよね・・・。」
「なるほど。」
「・・・ロイドは、そういう本なんて、興味ないと思うんだけど・・・。でも、ほら僕たち上手くいってないじゃない?・・・お互いの理解を深める為にさ・・・申し訳ないんだけど、コレを読んでくれないなぁ?きっと仲良くなれる気がするんだよね。」
・・・う、うまい。リチャード様!流石、あざとさの申し子!!!
リチャード様がそう言って、輝く様な笑顔を向け、『デジ甘』シリーズ全5作品をロイド様に手渡した。
ロイド様は真っ赤なお顔のまま、それを無言で・・・しっかりと受け取ったのだった。




