エントロピーは増大する エミリアside
私とロバートは、リカルドとお兄様の執務室に向かう、長い王宮の回廊を歩いていた。
「エミリア、ごめんね。エミリアが狙われてるのって、それも僕のせいだよね・・・。」
突然、ロバートが気弱にそう言った。
・・・ロバートは強気なタイプではないが、弱音を吐くタイプでもない。いつも飄々としていて、ゆったりと構えているタイプだ。どうしてしまったのだろう・・・?
「どうしたの?ロバート。・・・そんなの、ロバートのせいじゃないって。私が隙だらけで、狙いやすいからだよ?」
「・・・そうかな。僕が王位を望まなければ。」
「ねえっ!違うってば!」
私は、ロバートの手を掴み、無理矢理こちらに直らせた。
「ロバート、どうしたの?お兄様は、王様に相応しいのは、ロバートだって思っているわ。・・・私もそう思う!・・・お兄様はね、この国をずーっと皆んなが平和に過ごせる国にしたいんですって。それには、ロバートが王様になるのが一番って思ってるのよ?・・・私も平和に大賛成。だって一生、呑気にのーんびり暮らしたいもの!だから、ロバートは頑張ってよ!」
そう、平和大事!戦争の悲惨さとか知らないけど、お家でまったりできるのは、平和あってこそだ。
私は、この人生はリカルド達に全力で寄っかかって、楽して一生を終えたいと思っている!
2回目だからこそ、絶対に苦労なんかしたくない!・・・そのためにも、平和は大事。超大事。
つまりは、ロバートやお兄様、リカルドには頑張って貰わないと困る。奴らは所詮、人生1回目・・・思う存分生きたらいいよ・・・。うん。・・・私?・・・2回目だし、癒し担当だから、ね。
「エミリア・・・そうだよね。ごめん。なんか僕、最近少し疲れててさ。執務の疲れもあるんだけど、なんだかアメリアが、ずっと元気が無いんだ。失敗をひどく落ち込んでたり、泣いてる時もあるみたいなんだ。今日は久々に楽しそうにしてたけど・・・。僕が王子だったばっかりに、アメリアには負担ばかりかけてるよね。リカルドやユリウスも僕のせいで忙殺されてるし・・・その上、君まで狙われているなんて・・・。なんか、僕って大切な人達を苦しめてばかりだなって。」
「ロバート・・・アメリアはそんなに辛そうなの?」
ロバートは、苦しそうな顔になる。
「あんなに何事にも前向きで、精力的に取り組んできたアメリアが、ここ最近はボンヤリ気怠げなんだ。眠いって言って集中できない日も多いみたい。・・・心が疲れてしまったのかも。」
確かに、私と違ってアメリアはいつもイキイキしてる子だ。
怠いとか、眠いとかってサボるタイプでもない。ロバートが言う様に、心が疲れてしまったのだろうか・・・?
私は今日のアメリアの様子を思い出した。
確かに、アメリアはあまり顔色が良くなかった・・・。それに、甘いもの好きのアメリアがタルトを一つも食べなかった・・・。『受け付けない』と言って・・・。
・・・ん?
・・・あれ???
眠くて、怠くて、精神的に不安定で、食べ物を受け付けない???
ええっと、あっ!そうだ!
・・・前世でアルバイト先の先輩が同じ様な事を言ってたな。確か・・・私よりかなり年上で、新婚さんだった。・・・それで・・・その後・・・バイトを・・・辞めたんだ。
妊娠して!!!
私は、ロバートをじいっと見つめる。ロバートは疲れた顔をして、眉を下げていた。・・・ロバートはアメリアが大好きだ。それで余計に心労が強いのだろう。
・・・こんな事を言ったら、ぬか喜びさせちゃうだろうか???・・・だけど、もし妊娠してたら?・・・アメリアは負けん気が強い。確実に無理するタイプだ。体調が悪くても、頑張ってしまうのてはないか?
・・・妊娠初期は無理したらいけないと聞いた事がある。
私はゴクリと唾を飲み、決心してロバートに伝えた。
「ねぇ、ロバート。まだ私の推測の段階なのだけど、アメリアは・・・妊娠してるのでは・・・ないかしら?」
ロバートは、目を見開く。
「え・・・?本当に・・・?」
「わ、分からないけど、知ってる人にそんな感じで妊娠していた人がいたのよ・・・。月のものはある?ストレスで遅れてる・・・なんて言ってない?」
私の話を聞いたロバートは、盛大に破顔すると、私を抱き上げ、アメリアにしたように、クルクル回りだした。
「うわっ、ちょっと、ロバート?!な、何っ!!?や、やめてよ!」
「エミリア!!!本当なら、僕はすんごく嬉しいよ!!!僕達に赤ちゃんがいるかも知れないなんて、夢みたいだ!!!ああ、どうしよう!早く、医者に、医者に見せなければ!」
「まだ、まだ可能性だからね!喜びすぎだよっ!」
ロバートは、嬉しくて仕方ないのか、幸せいっぱいの顔で、私をアメリアの代わりに抱き上げて回っている。
私も、そんな様子のロバートを見ているうちに、なんだかどうでも良くなってきて、ああ、本当にアメリアが妊娠していたら、なんて幸せな事だろうって思えてきて・・・。私たちは、笑い合いながら、クルクルと回っていた。
カツーン。
その時、横の階段から何かが落ちた音が聞こえた。
ふと、ロバートの足元を見るとペンが転がっている。
私とロバートは、回るのをやめ、ペンが落ちて来た先を見つめた。
・・・そこには、怒りの形相のお兄様と、真っ青になったリカルドが立ち竦んでいた。
◇◇◇
「どう言う事だ?エミリア!」
多分、ものすごく誤解されている・・・。
私とロバートが喜びに浸っていた所に、偶然通りかかったお兄様とリカルドによって、私とロバートはお兄様の執務室に手荒く連れて来られた。
リカルドは、何も言わず、お兄様の後ろに立ち、青ざめている。
「ユリウス!聞いてくれ!僕達に赤ちゃんが出来たかも知れないんだ!ねぇ!早く、早く医者を呼んで下さい!」
私は目を見開く。
・・・ちょ、ちょっとロバート、落ち着こう!・・・嬉しくて、この状況が良く分かっていないらしい。
まずい・・・誤解を解かないとっ!
お兄様は、ロバートを睨み、私に向き合う。
「エミリア、どう言う事だ。」
「あのね、妊娠したのはーーー。」
私は、お兄様の圧に負けず、きちんと説明をしようとした。
「ユリウス!何でエミリアにそんな態度を取るんだ?!エミリアは妊娠を教えてくれたんだぞ!」
珍しく、ロバートがお兄様に食ってかかった。多分、嬉しすぎて、それを否定された様で面白くないのだろう。
お兄様は、ロバートを殺気を込めて睨む。
・・・そ、そうじゃなくって、ちょっとロバート、余計な事を言うのやめてっ!今、ちゃんと説明しようと思ってたのにっ!!!
お兄様が、ロバートににじり寄る。
ダメ、キチンと話すから・・・!そう思った私は、慌ててお兄様の腕を掴んだが、無下にも振り払われてしまった。・・・その勢いで、わたしはペタリと座り込む。
お兄様が・・・かなり興奮してる。
「殿下には聞いていない。・・・あの時、切り落としておけば良かった。」
お兄様は、冷淡に言い捨てた。
浮かれていたはずのロバートも、受けて立つ気なのか、お兄様を不愉快そうに見つめ、お兄様に近づく。
ひえええ。・・・出ました。安定の『切り落とす』だよ!!!
やめてよ、お兄様、そんな物騒な事を言わないで!!!王子様の『前頭葉』を切り落として傀儡にしたら、マジもんの魔王だよっ!!!そんなんダメ。ロバートと仲良くしてよ。平和な国、作るんでしょ???
私は、誤解を解きたくて、二人を止める為に立ち上がろうとすると・・・突然、リカルドに後ろから抱きとめられた。
リカルドは私をしっかりと抱きしめると、泣きながら言った。
「エミリア・・・それは、俺の子だ。・・・エミリアが産んだら・・・全部、俺の子供なんだ!!!だから・・・ユリウス様!やめて下さい!!!エミリアのお腹の子に、何かあったらどうするんですかっ!!!」
リカルドはお兄様をギッと睨むと、いきなり突き飛ばし、私を抱きしめたまま、後ろに下がる。
お兄様は、驚いた顔でリカルドを見つめ、固まった・・・。
・・・え、・・・超カオスなんすけど。
・・・エントロピーが増大しまくって、もはや宇宙が終わるかも知れない・・・。
唖然とするお兄様、泣きながら私を抱きしめるリカルド、ポカンとしているロバート・・・。
・・・だからさ、私に説明させろっちゅーーーのにっ!!!・・・こいつら馬鹿なのか?いや、馬鹿だっ!人の話を聞けよ!!!何もかも誤解だからーーー!!!
私が馬鹿どもに説明してやろうと、口を開きかけたその時・・・。
「え?エミリアも妊娠してるの???うわぁ。さらにおめでたいよね。楽しみだねー!」
ロバートの間抜けな程に幸せそうな声が、このカオスな空間に落ちて来た。
◇◇◇
冷静になったお兄様とリカルドに、事の顛末を話すと、二人はグッタリとソファーに座り込んだ。
お兄様は頭を押さえて、ロバートに謝罪すると、医者を手配すると言って、席を離れた。
よく分かってなかったロバートも、浮かれた表情のまま自分の執務に戻っていった。
お兄様の執務室には、私とリカルドだけが残った。
「・・・リカルド、なんかごめんね。誤解させてしまったみたいで。」
「あ、いや・・・俺も、ショックを受けて、ちゃんとエミリアの話を聞かなかったから・・・。」
そう言うと、リカルドは私の隣に移動して来て、手をギュッと握りしめた。
「エミリアを失うかと思った。・・・君を信じないなんて、俺は情けないな。」
「リカルド?・・・私は浮気はしないタイプよ?だって、面倒くさいからね!」
私はそう言って軽く笑う。リカルドも笑って「ああ、そうだったな。」と言った。
しばらく笑い合っていると、リカルドは私を抱き寄せて目を細めた。
「・・・ねぇ、エミリア俺たちも・・・子供を・・・。」
そう言って、私の頬に手をかけ、そのまま顔を近づけて・・・。
ガチャリ!と音がして、私とリカルドはパッと離れた。
・・・ドアが開くと、早足でお兄様が入って来る。
や、やっべー!・・・しかし、今回はセーフ!!!
お兄様は何も気付かず、大股で机に歩いていく。
「リカルド。芝居の件、エミリアにも伝えておいてくれ。」
そう言って、チケットを取り出し、リカルドに渡した。
・・・芝居???
「これから医師が来る。ご懐妊だとすると、忙しくなるだろう。エミリア、悪いが今日は護衛に送らせる。」
お兄様は、せわしなく書類にサインを入れながら、リカルドに話す。
「は、はい。」
リカルドは、頷きお兄様の机に慌てて駆け寄って行った。
・・・くそっ。いい雰囲気だったのにっ、魔王め!
しかも、この感じ・・・またしばらくリカルド帰って来なくなる系のやつじゃーん!!!
・・・はぁぁ。
私はヘラリとした笑顔を顔に貼り付けたまま、内心はガックリと、うなだれた。
くぅ・・・久しぶりの甘々、ラブラブがっ!!!
・・・だってさー、さっきのリカルドは、だいぶ素敵だったもの。私の為に、あの魔王を突き飛ばすなんて、・・・やっぱりリカルドは私の騎士様だわ!!!ロマンス小説もイイけど、やっぱりリアルのリカルドが最高だよー。
私の妄想をよそに、二人は話を進めている。
「・・・リカルド、ご懐妊だとすると、これはかなりの吉報になる。お世継ぎ持ちとなれば、安定思考の者を一気に取り込める。女児だとしても、妊娠可能なお妃持ちだ。アメリア妃は人気も高いし、これはさらに他を引き離せるぞ・・・!・・・もし、今回は妊娠してなくても、二人は仲が良い。近いうちにそうなる可能性は高い。公務の調整と発表時期も検討せねば。・・・エミリアに芝居の件を説明をして、護衛に渡したら東棟の会議室に来てくれ。対策会議をしよう。召集するのは・・・。」
お兄様はそう言って、メモにガリガリと描き付けると、それをリカルドに渡して、バタバタと嵐の様に去って行った。
・・・お兄様、行っちゃったわ。
静かになった執務室で、リカルドはメモを確認して、少し唸ると、私に言った。
「ごめん、エミリア、とりあえず俺は召集かけに行かないといけないみたいだから、ここにいて?・・・それから、お芝居の件を話して護衛を呼ぶからね、じゃ、行ってくるよ!」
リカルドは忙しそうに、ドアに手をかけた。
・・・だけど、クルリと向きを変えて私の方へやって来ると、かがんで軽く私に口付けを落とし、「愛してるから!」と私の顔も見ずに言って、飛び出して行ってしまった。
・・・それは、ロマンス小説のヒーローみたいに、甘々なんかじゃなかったけど、あまりにも、あんまりにもリカルドらしくて、私はその場で赤くなって悶えた。




