表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

童話 

柳の下の小さな影

作者: くろたえ

有楽町の深夜の都会の喧騒から逃れた一人の男性。

皇居の暗闇を帰路へと選んだ。皇居に沿って歩き、お茶の水から上がれば小石川の彼の部屋に辿り着く。

少し長い距離ではあるが、酔い覚ましに丁度いいと夜の澄んだ空気の中に歩き出しす。

彼の行く先には、暗やみの中になお黒い、小さな影が二つ。

もう、深夜に近かった。


会社の親睦会から何軒か梯子をして、まだ引き留める上司の罵声が聞こえない

ふりをして、有楽町の人込みを避けた。

皇居に向かう。皇居沿いに歩けばお茶の水まで出て、部屋のある小石川まで行ける。

そんなことを考えながら、暗い皇居の脇を歩いていた。


少し前の柳の下に子供らしき人影が二つある。


なんだろう?

やばいもんかな?


時折、幽霊とかそんなものを見ることがある。

この時間に子供なんかは普通じゃないよな。

歩幅を変えず、とりあえず歩く。だんだん近づいてくる。

ぼんやり明るい、いや暗い柳の木にしがみつく様に、子供が二人。

5歳くらいと3歳くらい。着物のようなものを着ている。

俺を見ているが、体は木に隠そうとしている。もう一人の子供は、少し小柄だ。

大きな子供の背に隠れながらも、俺を見ようと顔を出している。


さて、これは何だろう。

無視して通り過ぎるべきだろう。

一歩、柳の木を背に踏み出したとき、


「もし」


子供の声が俺を呼んだ。

内心ゲッとしながら、振り返るか迷った。

でも、足を止めてしまっている。


「もし、そこなお方」


仕方なしに振り替える。薄明るい柳の木の下に子供の影が二つ。

大きい方が、一人でおずおずとこちらに近づく。

ずいぶん目の大きな子供である。


「お目にとめていただいたのも何かの縁とし、お願いがございます」


子供の影の大きなほうが言った。


「お願いがございまする」


小さな影が拙い言葉で、柳の木に隠れるようにして大きな子供に続いて言う。


「森から出なければならないのですが、眩しくて何も見えません」

「見えませぬ」

「大変に申し訳ありませんが、小さくても結構ですので、鎮守の森のような

場所はありませんでしょうか」

「ありませぬか」

「ここは大層眩しく、弟を連れては危険故、難儀をしておりました」

「私のため兄上は、進むことがかないませんでした」


さて、これは何者なのだろう?

しかし、この皇居横の道路と街灯で眩しいと言っているなんて、皇居を外れたら

御苑とか行かないといけないんじゃないかな。


「森のような場所は、この辺りにはないよ。

どこの神社も近所は鎮守の森がなくなっている」


しゃがみこんで、子供の顔を見ながら言ったが、相変わらず、目ばかりの

印象の中、小さな口がちょぼちょぼ動いて甲高い声を発している。


「母上が、ここの堀沿いの社に木々があると言っておりました」

「確かに言っておりました」


皇居沿いに?考えをめぐらし、ああ、と思い出したのが、千鳥ヶ淵と

靖国神社である。 確かに皇居の反対側にあるなぁ。


「千鳥ヶ淵の公園と、靖国神社があるけれど、ここの反対側くらい。

すこし歩くぞ」


「連れて行ってくださるのですか」


少し遠回りにはなるが、困っているなら仕方ないだろう。


「大丈夫だ。さあ、行こうか」


手を指し伸べると、ふわりと二つの子供の影揺らぎ、手に取りついた。

左の親指と小指を、何かが握っている。

見ても黒い影が左手を覆っているが、やはり何かはわからない。


「重くはありませぬか」


「我らは小さきもの。重いはずはありません」


兄弟同士で何やら言い合っている。


「いや、大丈夫だよ」


左手をあまり動かさないように歩く。

時折、横を通る車があるときは、体の影になるようにして、ヘッドライトが

当たらないようにした。


「なんで、ここから出なきゃいけないんだ」


左手の暗闇に聞いてみる。


「我らの母はフクロウに喰われたのでございます」

「だから、巣を捨てて出なければならないのでございます」

「母は、以前に言っていたのです。独り立ちするときは、

向こう側のお社に行きなさいと」

「我らは早くに巣立たねばならなくなったのでございます」


どうやら、夜行性のなんかのようだ。縄張りもあるのかな?

お茶の水を過ぎて、いつも行く道を横目に靖国神社を目指す。


「こちらに曲がる予定でありましたか」


小さな生き物は、少しの反応にも気づくのか。


「大丈夫だよ。ちゃんと送り届けるよ」

「かたじけない」

「かたじけない」


小さな声が二つ答えた。

しばらく進むと、靖国神社が見えてきた。

木々があるほうがいいかと思って、皇居側でないほうの鳥居に着いた。

鳥居の左側は道路だが、右側には鬱蒼とした木々が濃い闇を落としている。


「さあ、この辺りじゃないか?靖国神社に着いたぞ」


「ああ、ここですか。母上の言っていた場所は」


「ここで暮らすのですね。母上の言っていた場所で」


左手に掴まっていた子供の声の何かはするすると腕を伝って肩に乗った。


「木々がありますね」


右肩で声がする。


「大きな木もありますね」


左肩で声がする。


「申し訳ございませんが、木のそばまで行ってもらえませんでしょうか」


左肩の声が言った。

鳥居を入り、右側の大きな樹の下まで歩く。


「もう少しお願いします」


「もう少し木のそばまでお願いします」


左右からお願いされ、木の真下にきた。


「ありがとうございます。ここまで来れば、もう大丈夫でございます」


「大丈夫でございます」


両の肩から、小さいものが踏ん張ってジャンプをした。

それは、手足の間に膜を着けた生き物だった。


「かたじけのうございます」


「ありがとうございます」


木に取りつき、螺旋を描くように上にくるくると回り消えた。

木の上から声がした。

樹上の暗闇に向かって手を振って帰る。


「かたじけのうございます」


「ありがとうございます」


小さな声が見送ってくれている。



それらもなくなり、神社の鳥居を出るとき、なんとなく一礼をした。

その時。


「シャン!」


頭上で鈴が鳴った。


それを聞いて、神社にあの兄弟は受け入れられたのかな。

それとも、俺へのねぎらいかな?

と思いながら、来た道を戻り、家路についた。

一時間ほどの寄り道ではあったが、あの兄弟が、

この都会の真ん中でちゃんと生きていけるようにと

何かに願った夜だった。



飯田橋で深夜に車にぶつかって目玉が飛び出したコノハズクを拾いましたが、猛禽類のどう猛さで顔を引っかかれながら、とりあえず車の来ない場所と東京大神宮の森に放しました。

帰り際に閉まっているお社に一礼し「不浄と思わずに助けていただけるとありがたい」と願ったら頭上で「シャン」と鈴の音がなりました。


別の夜に有楽町で皇居を回って歩いて帰ろうとしたら、柳の木の下にモゾモゾとした闇がありました。


そんな出来事を頭の中でシャッフルさせて創作いたしました。

お目汚しを失礼いたしました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 命を助ける、ほっこりするお話でした。 終盤の「もう少し」のあたり、主人公がパクッと食べられたりするかなと、ちょっとドキドキしました。 懺悔します。 私、感想欄を見るまで森のカエルかカガミ…
[良い点] 実話が元になっているせいか、リアルで本当に良かったと思います。 鈴が鳴ったなら、大丈夫。受け入れられたと思います。 何げに古風な言葉使い、想像すると可愛いです。 優しい心遣いに満ちたほっこ…
[良い点] 動物は、助けてもらった恩を感じるようなので、この影たちも、きっと主人公への恩を、忘れないでしょうね。 それにしても、都会に森が少なくなっているのは、自然が遠ざかるようで寂しいですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ