序章 到着
「そこのお主、ここがリンタナの町であっておるかの?」
ジュウロウは門の前に立っている男に尋ねる。
「あぁそうだ爺さん、ここがグートブリト国の西端に位置するリンタナの町さ!俺はこの町の門番をしているリッケンドゥだ!見所はあんまりない街だが、爺さんは観光でもしにきたのかい?」
男-リッケンドゥの陽気な問いに、老人は首を横に振る。
「否、ワシはこの街で『ぼうけんしゃ』になる為にここまで来たのだ」
「はぁ!?」
リッケンドゥはその答えに目を見開く。
どう見ても自分の今目の前に立っている男は老人だ。
全て白く染まった髪の下から覗かせる顔付きは鋭くしっかりとした面影があるところから、昔はそれなりに自慢できる程の強さを備えていたのかもしれないが、どうみても深く刻み込まれたシワ、筋肉痛が萎み皮だけになっている手足はいとも簡単に折れてしまいそうである。
杖をついているところからみても走ることはおろか動き回ることも困難に思えてしまう。
「……」
「リッケンドゥとやら、どうかしたのかな?まさか街に入るのには何か許可がいったのだったか?」
思わず押し黙ってしまったリッケンドゥにジュウロウは怪訝な表情で質問する。
「あっ、いやなんだ悪りぃ!この街に入るのに特に許可はない。もちろん俺が見て問題がありそうならちょっと調べさせてもらう事になるがな!」
「では問題とやらはあったかの?刀こそ持ってはいるが儂は見ての通りただの老いぼれだ」
(いや、むしろ老いぼれなのが問題ではあるんだが……)
そう思いつつも、リッケンドゥはジュウロウに道を譲る。
「いや、あんたなら特に問題なさそうだ!ようこそリンタナの街へ!冒険者ギルトはこの街の中央にあるからそこへいくと良い!ほら、あの大きな塔が目印だ!」
「そうか!目的地の場所まで教えてもらいかたじけない!これも何かの縁じゃ、もし何かあれば儂に言うと良い。儂の名前はジュウロウだ」
「ジューローだな!俺は大抵ここの門番をやってるから道に迷ったら俺に聞いてくれ」
「ありがたい。では儂はぎるどへ行く故これにて」
そう言って深々と頭を下げるとジュウロウは街の中へ入っていった。
その後ろ姿を見送りつつ、リッケンドゥは今起きた一連の出来事を領主に報告するべきか悩む。
老人が冒険者になりにこの街に来た。
老人といっても、それが魔術師や強力な後援系のスキルでも持っていれば冒険者としてそれなりに役に立つことはできるだろう。
しかし、刀を脇に挿している佇まいからして、明らかにあの老人は魔術師ではないであろう。
たとえ腕に自身があったとして、身体の不自由な老人がなれるほど冒険者は甘いものではない。
モンスターが蔓延るこの世の中。ましてやリンタナの街が冒険者を求めているのは求めているなりの需要があるからである。
老人が外に出るのは厳しい世界なのだ。
むしろ老いぼれるまで生きているだけでも凄いことでもある。
そこまで考えたところでリッケンドゥは
「まぁ報告する程ではないか」
と頭を掻き毟りながら、再び街の外を見る。
確かに珍しいことだが、リンタナの街ではたまにあることだ。特に事件性があるものでもないだろう。
それに最悪老人が一人死ぬだけだ。
この街に損害はない。
ジュウロウはリンタナの街中央に位置する冒険者ギルドに到着し、その扉を開いた。
中は大まかにいうと、正面に受付のようなカウンターがあり、奥にはギルドの職員が受付として並んでいるもの、書類を整理しているものなど忙しく動き回っており、手前では冒険者であろう者たちがバラバラと列になっているのかいないのかよくわからない纏まりを形成している。
右には掲示板というのだろうか、壁一面にひたすら紙が貼ってあり、冒険者がそれをひとつひとつ見ては紙を取ったり空いたスペースがあればすぐに職員が新たな紙を貼ったりしている。
左は雑談や会議等を行えるような場所になっているようで、椅子やテーブルが乱雑に置かれてある。軽く飲食もできるように奥はキッチンがあり、料理人が注文に応じて食事や酒を振舞っている。
「はて、、困ったのぅ、、、どうすればぼうけんしゃとやらになれるのだろうか?」
しばし入り口近くで眺めていたがどうして良いのか分からずに途方にくれる。
まわりはジュウロウをチラッと眺めるものの、助けようととする人間はいない。
老人に優しくない世界のようだ。
そのままでいるのも時間の無駄だと思ったジュウロウは受付であろうカウンターに並ぶことにする。
幸い列ができていない受付があり、そこへ行くと受付で座っている少女に話しかける。
「失礼、ここは『ぼうけんしゃぎるど』であっておるかな?」
その言葉に受付の女性は慌てて顔をあげる。
女性は大人というにはまだあどけない容姿で、どうやら彼女もまだ慣れていない雰囲気を出している。つまりは新入りなのであろう。
「は、はいっ!ここはリンタナの冒険者ギルドになります!私は受付のジーニャです」
「これはどうもワシはシゲミツジュウロウと申す者でござる」
ジュウロウは優しそうな受付、ジーニャに挨拶をする。
ジーニャもこのような場で高齢の人間に接するのは珍しく、びっくりしながらもジュウロウに用件を聞いてみた。
「本日はどういったご用件でしょうか?依頼になりますか?」
よもやジュウロウが冒険者(を希望する者)とは思わず、依頼の申し込みマニュアルを頭に浮かべながら尋ねてみた。
「否、ぼうけんしゃというものになりに参った」
「は?」
ジーニャは一瞬何を言っているのかわからなかった。
「すみません、もう一度伺ってもよろしいでしょうか?」
なのでもう一度聞いてみると。
「なんじゃ、お主も耳が遠くなっておるのか?若いのに難儀じゃの。ワシはぼうけんしゃになりにきた!」
60の爺さんが声大きく冒険者の申し込みをした。
一瞬まわりの時が止まった。
「えぇー?冒険者にですか!?」
ジーニャも老人の言葉に驚き、何度も聞き返す。
どうみてもヨボヨボの老いぼれだ。杖だってついて歩くのがやっとではないか?
何を血迷った考えをしているのか。
「あ、もしかして高名な魔術師の方ですか?」
「いや、魔法なぞは全く使えない。ワシの武器はこれとこれじゃ」
といって、刀と杖を示す。
もはや冗談にしか思えない。
(かといって断ることもできないのよねぇ、、、)
ギルドでは犯罪者等でない限り冒険者志望者を断ることはない。
これがその辺のベテラン職員ならば、やんわりと難しい話をし、向こうから辞退させることもできるのだろうが、ジーニャは職員になって日が浅くそんな芸当はできない。
ある意味この受付についたことはジュウロウにとってもラッキーであったのだ。
「わかりました。ではこちらの用紙に記入してください。また、登録料は5シルバーになります。」
「承知した」
そうしてジュウロウはお金を払うと用紙に名前等を記入していく。
ちなみに登録料の5シルバーはおよそ成人男性が1日肉体労働をこなせばもらえるくらいの金額であり、意外と安くはない。
そのことからこの老人はお金に困っているわけではないことがうかがえる。
(金持ち老人の道楽か、身分取得が目的かだな)
周りにいた人間はそのような推測をして納得した。
「これで良いかの?」
「はい、ありがとうございます(うわっ達筆)!では冒険者カードを作成いたします。できるのに時間がかかりますので、その間冒険者ギルドの説明をしましょうか?」
「それはありがたい!是非頼む」
「では説明させて頂きます。冒険者ギルドでは様々な依頼が届きます。我々ギルドではそれを管理して冒険者の方々に斡旋します。冒険者の皆様は依頼をこなして達成すると謝礼がもらえるシステムとなります。」
「ふむふむ」
「そしてその依頼にかんしてですが、大まかに『討伐』『調査』『採取』『雑務』『特殊』の5つに分かれており、それぞれ難易度に応じてS、A、B、C、D、Eの6つのランクに分類されます。」
「ふむふむ」
「冒険者のランクもS、A、B、C、D、Eの6つに分かれています。冒険者になったばかりのジューローさんはEからスタートです。」
「新参は見習いから始まるということだな、あいわかった」
「Eの依頼は基本的には採取や調査、雑務が中心です。ジューローさんはまだ実績がないので外に出る採取や調査はできません」
「む、そうなのか?ワシは前に住んでいたクレアカリノクニにて剣術指南役を仰せつかっていたのじゃが、それは実績に入らぬか?」
「(聞いたことがないわ……きっとかなり遠くの小さな国なのでしょうか……)すみません、それは実績にはなりません」
「そうか、それならしょうがないの。郷に入っては郷に従えじゃな」
ジュウロウは深く頷く。
「依頼に関しては壁に貼ってある依頼票から探して頂く事も可能です。また、今後私がジューローさんの担当になりますので、私から紹介させて頂く事もできます。」
「そうか、それは有り難い!この頃小さな文字が見えなくなっているから、依頼票を見るのは難儀じゃとおもったところじゃ」
「説明は以上になります。……どうしましょう?早速依頼を受けますか?」
ジーニャは恐る恐る聞いてみる。
ジュウロウは少し考え、首を横に振った。
「いや、今日は街にきたばかりじゃ、準備をしてから依頼を受けるとしよう」
「そうですか。ではまたお越しください。」
ジュウロウの言葉にジーニャも周りもホッとした。
そしておそらくこのお爺さんはただ冒険者になりたかっただけだ、もうギルドに来ることはないだろうと安心した。
ジュウロウはこの日宿を見つけると長期の宿泊を契約して、眠りについた。
そして翌朝、朝市にて生活に必要な物を幾つか買うとそのまま冒険者ギルドに向かった。
「お待たせしま、、、ジューローさん?!」
「うむジーニャ殿、早速依頼を受けに参上した!」
早朝にきた老人に受付はおろか、あたりは騒然とするのであった。