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#9 剣と魔法はファンタジー

挿絵(By みてみん)



 商店街を黙々と西に進み続け、やがて街の出口の目印であるアーチ看板が見えてきた。


 街の外に出るのかと思いきや、ラフェムは歩く速度を緩やかに下げ、右側の店を指差す。


 「ここ、この店だよ」


 箱のような小さな四角い店。入り口の上に掲げられた大きな剣を模した看板に、ダブリュー、イー……ウエポンと彫られている。武器屋か。


 店の見た目はかなり綺麗に手入れされているのだけれど、それでも長い年月、浦風に晒されて引き起こされたひび割れや色落ち等の風化が目についた。

 ここに来るまでの途中、数件ほど他の武器屋を通り過ぎたのだけど、わざわざこの店を選んだということは、贔屓にしている老舗なのだろうか。




 ドアを開くと、ギギィ……と軋む音が狭い空間に響き渡る。


 灰と鉄の香りが漂うこの店には窓が無いようで、太陽の光が入らず、薄暗くて中の容貌が良く見えない。



 「あらぁー! ラフェムちゃんじゃない! この前包丁買いに来たばっかりなのにぃ、どうしたのぉ? 再開してくれるのぉ?」


 「うおぁ!?」


 突然上がった黄色い声に、俺は目を皿のようにして、見えない室内を見回した。


 この口調から想像される声は、セクシーボイン姉さんなのだが……実際の音は、

全く正反対の野太い男の声帯から発せられたものなのだ。


 そのギャップに戸惑っている俺を置いてきぼりにしたまま、ラフェムは呆れたように、その奇妙な声の問いに答える。


 「おいおい、この前って……包丁を買ったのはもう一ヶ月も前だぞ。あと再開はもうちょっと、ちょっと待ってくれ本当、まだ無理だ。今回は、本当の武器を買いに来たんだ。……彼のね」


 ラフェムは自身の魔法で、天井にあった空っぽの容器に炎を灯し、部屋に明かりを与えると宿の時と同じように横にずれた。



 目の前に聳える声の主は、可愛らしいフリルのあしらわれたビビットなピンクエプロンを着た、筋肉質の二メートル程はある大男だった。


 ほんの少しだけ見えるエプロンの下のコートのラインは、ラフェムと同じ赤だ。炎魔法使いか。


 店主は俺の姿を見るなり、猫を見かけた女かのような悲鳴をあげ、内股で迫ってきた。



 「あらぁ初めまして! ラフェムのお友達かしらぁ、可愛いわねえ! あたしの名前はエイポンよ、ねえねえあなたはぁ?」


 「う!? あ、お、お、俺はショーセです、ショーセ ライタっていう、あ、その……え、ああ……」



 ……俺はそもそも、誰かと話すのは得意ではないのだ。


 話を繋ぐことができず、妙な空間を作り出してしまう。


 「えーと、俺は、あー……」


 「?」


 うわああ、どうしよう気不味いよ。


 どうすべきか困却して狼狽える俺に気がついたラフェムが、間を繕ってくれた。


 「僕の家で暮らすことになった、記憶喪失の旅人さ。魔法も忘れちゃったみたいで。だから害獣やらと戦ったり身を守る為の武器が必要だと思ってね」


 「あらぁ、そうなの? それは大変ねぇ……可哀想に。でもあたし特製の武器さえあれば不安なんか吹っ飛んじゃうわよ! 早速見せてあげるわ!」


 そういって店主は振り返り、カウンター後ろにある、奥へと続く廊下の暗闇へと急ぎ足で姿を消した。



 今のうちに内装を見回す。


 ベージュの煉瓦に覆われた、正方形の小さな部屋。


 左の壁には、色とりどりの大きさや種類の包丁が値札と共に掛けられている。


 右にはまな板や、ボウル、フライパン、それに朝ラフェムが使っていた三脚台まで、様々な調理道具が棚に陳列していた。

 おそらく、武器を生産する技術を応用して作られているようだ。


 しかし、武器屋と名は付いているが、肝心の武器はこの部屋のどこにも見当たらない。……この世界は魔法があるから、武器はキッチン用具より重要度が低いのかも知れない。



 一つ、気になることが思い浮かんだ。ラフェムに耳打ちするようにこっそり聞く。



 「エイポンさんって……彼と彼女、どっちで呼んだらいいの?」


 「彼女は彼女」



 カンコンキン、トン。


 部屋の奥から金属のぶつかりあう音が、徐々にこちらへ近づいてくる。


 彼女は、かなり大きな四角いブリキ缶のようなものを二つ抱えて、闇から現れた。

 缶の上部から、何かがはみ出ている。

 その鈍い銀の箱を、俺の目の前に、音を立てないほどの優しさで置いた。缶の高さは俺のへそ辺りまである、かなり大きい。


 「初心者におすすめの二大武具よ! さあ、どちらの、どの武器が良いかじっくり選ぶのよ!」


 彼女はそういって、カウンターへと戻ると豪快に腰をおろした。



 左の缶には弓の図が、もう片方には剣の図が描かれている。


 中には各五種類ずつ、弓と剣が納められていた。つまり缶からはみ出ていた物は、弓の一部と、剣の柄だった。


 ためしに適当な弓を一本手に取ってみる。


 大きさの割にはカーボンのように軽く、力強く張られた白銀の弦は、矢をどこまでも速く遠くまで飛ばしてくれそうだ。


 ……。


 草原の中、野獣ハンターとなり弓を構える己を妄想する。


 ……これを使いこなせたら凄くかっこいいだろうなぁ。



 精確なエイムで獲物を仕留める俺、張り詰めた空気の中で静かに矢の行く先を見つめる俺、あと……あれ、弓ってまずどう持つんだ、これ……?



 颯爽と弓を操る自分を思い浮かべる内に、冷やかすようにたくさんの不安が沸き上がった。


 ちゃんと的へと標準を定めて射てるだろうか、矢の残り本数の管理は出来るのだろうか、そもそも果たして俺は弓を正しく使うことが出来るのだろうか……? セットの仕方、知らないし覚えられなさそうだし……。


 ……駄目だ、到底無理だ、弓はやめよう。剣を選ぶことにした。



 ブリキ缶に隠された刃を見るべく、柄を持ち上がる。


 青の宝石を刀にした光透き通る美しい剣、三日月のように反れた長い刃を持つ日本刀のような剣。漆黒の剣。

 どれも心を揺さぶるいかした物なのだが、どうもしっくりこなかった。


 とうとう最後の一本を取り出し、鞘を外す。



 「おお、これは……」



 他の物と比べたらかなり地味なのだが、王道の白銀色をした左右対称の刃。そこの峰には長い溝と太陽のようなギザギザの模様が施されている。


 ちょっと太めの漆黒の鍔には、ダイヤ型に加工された緑の宝石がぐるりと一周取り付けられ、柄には滑り止めの深緑の布が巻かれていた。

 おまけにナックルガード付き。


 目立つような洒落さが無いからだろうか、それとも自分と同じ色だからだろうか?

 宝石の剣よりも、日本刀よりも、この至ってシンプルな剣に強く惹かれた。


 運命なのかもしれない。


 この剣に決めた。



 黒き鞘に白銀を納め、ラフェムにその意思を伝えると、不思議そうにしかめ面で首をひねる。


 「この剣は…………。本当に? 本当にこれでいいのか? まあ、選んでこれにしたんだからいいのか。エイポン、この剣貰うよ」


 即座に自己完結し、肘をついてこちらを愛おしそうに眺めながら座る彼女に向かって歩き出した。


 俺はこの場で二人のやり取りを眺める。


 剣の値段は一金だった。


 ラフェムはポケットからなんの戸惑いもなく金貨を取り出して支払ったが、日本円にするといくらぐらいになるのだろう。


 疑問に思ったけれど、経済には疎いから全く想像がつかなかった。



 「よし、今日からその剣は君の物だ。これ貰ったから、はい」


 専用の肩掛けベルトを貰い、早速取り付けて背負ってみる。背中なら日常の邪魔にならないし、昨日のスクイラーみたいに不意打ちを受けた際に、すぐに取り出して戦闘体制に移れる。こりゃ便利で良いな。


 剣の重さなんか、この世界の体にとっては空気と何ら変わりないから、肩凝りの心配もなし。



 「それじゃあ、図書館に行こう。エイポン、またな」


 ラフェムが扉を開ける。彼女は立ち上がり、すり足で出入り口の近くまで

やってきて、満面の笑みで俺たちを見送った。


 「うふーん! ラフェムちゃんもショーセちゃんも、困ったらいつでも来るのよぉー!」


 彼女の色々な意味で重い大声を背に、次の目的地へと出発した。

 もう大通りには人の波が出来ており、数人、店から響く大音量に驚いて振り向いていた。ちょっと恥ずかしい、しばらく足元を見て歩いた。



 さて、次の目的地は図書館だ、ラフェムは来た道を戻っていく。



 「しかし、どうして図書館へ行こうと思ったんだ?」


 「あ、それは……もしかしたら記憶のどこかに引っ掛かって思い出せるかもしれない、と思い……思ったんだ」


 しどろもどろに俺は答えた。今、即席で考えた真っ赤な嘘である。



 嘘は苦手だが、馬鹿正直に別の世界から来てここの常識を一切知らないから勉強したい、なんて言えるわけがないから仕方がないのだ。


 もしも真実を言った暁には、記憶喪失でも旅人でも無いことがバレて、失望され見放された挙げ句、危険人物や外来生命体としてヤバい研究機関にでも連れてかれるかドラゴンの餌にでもされて即死だ。

 地球だって、突然宇宙人がやって来たら絶対捕らえて研究か射殺だからな、実際そういう都市伝説あったもん。


 ……にしても、いまのはうさん臭かったかな……?


 バレたらどうしようなんて不安をよそに、ラフェムは俺の言葉を疑うことなく受け取り、慈父のような頼もしくも優しい眼差しを向け、微笑んだ。


 「何か、少しでも昔のこと思い出せたら良いな」


 「あ、う、うん」


 こうもすんなり受け入れられて、無垢に応援されてしまうと、騙してしまった実感が沸いて、少し胸が痛くなる。




 いつかは、本当のことを言わなきゃいけないのだろう。その時はいつになるのだろうか。

 そのときに、この関係は壊れてしまうのだろうか。




 蠢く不安を奥深くに飲み込んで、普通を演じて進み続けた。



 彼はこっちの心中など露知らず、猜疑心を持つこともなく、普通にギルドに入っていった。

 予想通り、図書館はギルド内にあるようだ。


 俺たちは建物内へと入り、左の壁にくっつく扇形の受付の隣を通り過ぎてすぐの階段を登った。


 この階段の左、つまりちょうど受付の真後ろに位置する場所に、地下へと続くと思われる下り階段がある。


 しかし鎖を掛けられていて通行することが出来ない。地下には何があるのだろう? 普通に受付嬢やこのギルドで働いている人の更衣室とか休憩室だろうか。




 辿り着いた二階には、カフェのような洒落た机と椅子、長時間座っても疲れなさそうな黒の大きいふわふわなソファー、子供が並んで座れる低く大きい白のクッションが不規則に置かれていた。


 空間を取り囲むようにびっしりと本を詰めた棚が、壁を見せる隙間一つなく四方を覆い尽くしている。


 とはいっても、天井は普通の家と同じぐらい、俺の今の身体能力ならジャンプして届くだろう。ファンタジーに良くある自分の身丈の数倍ある棚が迷路のようにところ狭しと置かれている大図書館とはほど遠い、至って普通の図書館だ。


 ……まあ、掲示板ぐらい高くても、届かなくて不便だしな……。



 「ショーセ、気になる本集めて読み進めてみなよ。僕はこれでも読んで待ってるから」


 ラフェムは階段すぐ横の、文学と思われる本が集められた棚から一冊取り出して、黒のソファーにどっかり座った。


 題名は……トカゲ肉ソムリエ探偵と毒殺死体。なんだそれは。



 とりあえず言われた通り、部屋をゆっくり一周し野生生物図鑑と、魔法についての文献、あと「これでわかる! 星のすべて」とかいうタイトルの、この地域に関する簡単な地理と文化の教科書の三冊を選び、ラフェムのソファーから一番近い椅子に腰掛けた。


 そうだなあ。

 魔法の文献読もう。


 大きさは雑誌サイズ。紐で綴じられていて、かなり古い本なのか、ページは古ぼけてくすんだセピア色になっていた。


 えっと、なになに……?


 〝魔法とは、魂である。魂とは、命と相対する己である。魂がなければ命は尽きる、命がなければ魂は霧散する。二つは一つ、一つで二つ〟


 ???????


 ????



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 一文目から、早速哲学的だった。


 俺は哲学とかいう遠くに遠くに回しまくった訳のわからない説明はあまり好きじゃない。

 だからといって飛ばすのも勿体無い気がしたので、しっかり前書きを読んだのだが、この世界で生まれ育って形成された精神を持っていないのもあるのか、殆どは全く理解出来なかった。


 まあ一応パラパラと読んでみてわかったことは、まずラフェム等が使う炎魔法は、炎に限りなく似た性質を持つ魂の塊で、本当の炎ではないこと。

 なので燃えるための酸素も燃料も無くて良いらしい。


 なるほど。本当の炎だったら、照明が魔法の炎である、窓も扉も開けないほぼ密封された部屋で暮らしてる内に、一酸化炭素中毒を起こして御陀仏しているはずだからな。

 水魔法や、雷魔法等も同じく魂の塊だという。

 化学は良くわからないからどういう仕組みかは一ミリもわからないが、異世界の魔法のなんか凄い力ということでいいや。この本だってどういう理屈かは書いてないし、別に知らなくても困らないだろう。



 わかったこと二つ目は、魔法使いの精神状態によって火力は左右されやすいということ。


 激昂、殺意、悪意。

 相手を傷付けようとする気持ちが強いほど、魔力も共鳴して強くなる。だが、あまりの強さと心境の状態によって制御することができず、身を滅ぼすことが多いらしい。


 苦悶、懊悩、沈鬱。

 逆に自我を失うほどに心が掻き乱されるほど、魔力は風前の灯火ほどに衰弱して、最悪発現さえ出来なくなるという。そして自身もまた傷つけられやすくなる。


 ……魔法の使えない俺には関係ない話かな。



 最後は詠唱だ。


 〝詠唱をすることで、魂に打ち込まれた制御の楔を外す、同時に言葉を発することで全ての集中を魔法へと向けることで、魂を体外へ放出出来る〟


 本文にはそう書いてあるが、この部分はあまり良くわからない。が、ともかく、詠唱が無いと魔法を使うことは出来ないらしい。


 例外で、とても強い魔法を持つ人間は、詠唱無しで魔法を発現することが出来るらしい。しかし、詠唱魔法より劣るので、生活に利用する程度だとか。


 ……いつかは強い人に会えるのかな、一度話を聞いてみたいな。



 グゴルルルルッ……。


 「わ」


 読み耽っていた俺の腹から、地鳴りのような低い爆音が鳴り響いた。

 物音一つない静かな空間を突如破った腹の虫に、まばらに居た利用者の数人がこちらに目を向ける。


 めっちゃ見られてるんだけど……。

 恥ずかしい……さっきのエイポンさんの時よりも……かなり……。



 「……あー、もうそんな時間か。本は決まってるんだろ? 借りて家で見よう。というわけで昼飯食いに行こうか」


 ラフェムは立ち上がり、俺の背を軽くぽんぽん叩きながらそう言った。


 慰めてくれるのは嬉しいけど、ラフェムの顔、堪えきれずにニヤけてるよ……。

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