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#88 すれ違い

「ただいま」


「おかえりラフェムくん。どうにも争ってたみたいだけど……」


「あ、……ちょっと意見の食い違いがあって……。でも明日船を出してくれるみたいです、……へへ」


 

 家に戻ると、夫妻は昼飯を丸太の上に並べていたが、俺らを見るなり、心配そうに駆け寄ってきた。

 音、やっぱ聞こえてたんだ。ラフェムはニコッと苦笑いしてはぐらかす。



 詩歌は……部屋の隅で膝を抱えている。

 もう泣き止んでいる。少しは落ち着いただろうか。


 気持ちちょっと多めに間を空けて、隣に座った。


「詩歌……あの、昨日はごめん……」


「……話しかけないで……」


 ラフェムたちには聞こえない小さな声で声をかけたら、腹から籠もった低い声で怒られた。


 そうだった、二度と触るな話しかけるなって……。


 でも、声を掛けなきゃ謝れない。


「でも、聞いてくれ、俺、あの後……考えて……良くないとこ直そうって……。君に嫌われたままは……なんか嫌だし。教えてよ、頑張るから」


「……ない、何も……ない!」


「……な、……何も?」


「あんたに直すとこなんか無い……」


 直せるものじゃない……? 直しようがない?

 顔か、声か? 全てか……、救いようのない……、生まれつきのものが悪いのか?

 ふははっ、そう……。なら、仕方ないか……。彼女は地球の人間、地球の感性で生きている。クラス中に嫌われた顔、そりゃあ、詩歌にとっても……。


 じゃあ、昨日の嫌悪は本心で、雰囲気じゃなくて本気で……、今まで嫌がってたのも全部事実で……はは……。


「ははっ……」


「なに笑ってんの……?」


 彼女が顔をあげた。

 怪訝な目が見えた時、俺は咄嗟に目を逸していた。自分でも何故逸したのかわからなかった。


 見られたくないと思ったか。嫌悪の目を恐れたか。


 でも、どうでもいいや。


「……わかった。もう話さないし触れもしない。だから……君は俺を視界に入れないようにすればいい……。……大丈夫……居ないふりは、得意だから、物凄く……」


「っ…………」


「…………」


 なんでこんなに危篤の病人みたいに声が掠れて震えるんだよ?

 ちゃんと伝えなきゃいけなかったのに。


 おかげで訝しんで様子を窺ってるラフェムに、聞き取られなくて済んだけど。


 ところで彼女は何か答えたか? 俺に告げる言葉なんてないか。

 いつまでも横にいられたら、不愉快だろう。立ち上がってラフェムの傍へ戻った。



 じっと俺の様子を窺っていた彼は、今度はまじまじと俺の顔を観察している。

 あ、昨日は暗かったから、……よく見たら醜いなとか思ってないよね?

 ……違うよね?

 ラフェムにまでそう思われたら、俺……。


 思わず目を伏せたが、視界の淵に映る彼は、未だに俺を見ている。


「エイオータさん、僕らが出掛けてる時、シーカは何か?」


「特に何も……」


「そうか……。ショーセ、ちょっといい?」


 ラフェムが急に俺の手首を掴む。


 動きたくないが、留まる意志もない体は簡単に引っ張られて、反射で飛び出した足が俺を前に進ませる。




 家を出て、砂をしばらく歩いて、波打ち際まで連れて行かれた。




 眠るように穏やかな波だが、流石にここまで海に近いと一方通行の風と波音がぶつかりあって騒がしくなる。



 一面の青をぼんやり眺めていると、ラフェムが肩を小突いた。



「どうした? ほんとに喧嘩か? 違うよな?」


「……その……なんでもないから、ラフェムは気にしなくても……」


「関係あるよ。喧嘩だろうがそうでなかろうが、僕らはこれから一緒に過ごすってのに……」


「いや、もう大丈夫だって、俺がなんとかすることにしたからさ……」


「話してくれよ」


「ほんとになんでもないよ。詩歌、怖い夢で疲れちゃってやさぐれてるだけだよ。そこに話しかけた俺が悪かったんだよ、さっきのは」


「……」


 納得いかないんだろうな、ラフェムは目線を下げ、僅かだが眉間にシワを寄せた。


 でも、本当の事なんて言える訳がない。それに嫌われるのは俺の問題だ。伝えたところで何になる。


 黙っていると、ラフェムはふぅ、と溜め息をついて腰に手を当てた。


「仕方ない、話したくないならいいよ。シーカが不機嫌だったってことにする……」


 斜め下を眺めたまま彼は言い、ゆっくりまばたきをすると、上目遣いで俺を見た。


「けど、凄く辛そうだぞ。話ならいつでも聞くからさ……」


 ……俺なんかを……心配して、くれるのか?


 いや、見ず知らずの俺に金も貸して家も貸す彼だ、別に驚くことじゃないのに……。

 別に……驚くことじゃないのに……。


 なんで喉の奥が痛くなってくるんだろうか。



「おーおーおー、ショーセ……。大丈夫か?」


「大丈夫っ、大丈夫なはずなんだけどっ……」



 視界が滲んで、熱い涙が頬を伝って落ちた。

 ラフェムは躊躇いもなく、そっと俺を抱き寄せて、背をさする。


 夏の陽射しに焼かれている今、炎の体で触れられたらほんとは嫌になるはずなのに、なぜか冬場に猫を抱いたように温かくて心地が良くて、余計に涙が出る。


「詩歌、詩歌、俺の事嫌だって……よくわかんないけど……どうしたらいいのか……」


「よしよし……。もしや……フラれたのか? 昨日の夜の……」


「お……お前っ…………」


 ラフェムのふざけた勘違いを訂正させる言葉を出す前に、脳に昨日の言葉がよぎった。


 付き合える訳がない。


 深い意図も造詣も無く、ただ咄嗟に飛び出ただけの言葉だった。

 なのに、聞いたときに、なんで何かが崩れ落ちたような虚無感を覚えたんだ? なんで鼓動が速くなって、呼吸の仕方を忘れたんだ?

 なんであの時、その素っ気ない一言で頭が一杯になったんだ。


 俺……詩歌の事……。


 ……。


 ……ち、違う。

 女の子と接する機会がないから、誰にも彼にも反応してるだけだ……。 


「うう……昨日僕がからかったせいか? コレ……? なんか、ごめん……」


 え、いや、告白なんかしてないって……でも、訂正する気力が起きないや。なんかもう、そういう事でいい気がしてきた。


 だって、現状……同じだろ?


「……ラフェムの茶々は関係ない……。元々……はは……」


「うーん、でもなんでシーカまで泣いてたんだ……? ……友だちでいたかったのか? あんな仲良いのに……」


「……う、ちがうってっ、いや……そう、かも……? いや……そんな訳……」


 勘違いしてるラフェムの言葉は、明らかに見当違いのはずなんだけど……。


 もしかしたら、そうなのか……?


 友だちでいたかったのに、馴れ馴れしく手握ったり傍に寄ったりして、それが気持ち悪かったのか?


 いや、じゃあなんで手を拭くんだよ……。

 それに直せるとこなんか無いんだから、外貌の問題に決まってんだ。


 ただ俺が、このままじゃ嫌だって、希望を欲しがって、ありもしない理由を探しているだけなんだ……。


 でも、あの顔は……。


 昨日の、何故助けたかって返答で、友だちと言ったときのあの微笑みは……。


 作りものでは無かったはずだ……。自然と漏れた、彼女の心を示すもの。すぐに冷めた顔にはなったけど。


 そ、それに手を拭いたのは確実じゃないし……可能性があるってだけだし。

 あ、あれ、昨日、詩歌、なんて言ってた? 俺……思い出したくない闇に……感情に押し潰されて、ちゃんと聞いてなかったかも……。


「君は自分を卑下しすぎだよ。ネルトも言ってたろ、もっと自信を持っていいんだって……」


「…………」


「き、今日は無理だけど、しばらくしたら詩歌も落ち着くだろ! そしたらまたいつも通り過ごしなよ。シーカ、君のこと嫌いじゃないって、絶対。嫌いだったら二人っきりになろうとしないさ」


「そう……か?」


 ラフェムは背をぽんぽんと軽く叩くと、ゆっくり腕を解いた。

 彼は太陽みたいに暖かくて、強くて、日陰の俺には眩しすぎて目が眩む。自然と目線は足元へと下がらざるを得ない。


 ああ、俺……。

 嫌いだと叫ぶ詩歌と、嫌いではないと言うラフェムのどっちが正しいか、わからない…。

 いや、考えなくとも、詩歌の事なのだから本人の言葉が正しい。はずなのにな……。

 わかってるのに、わかってるのに、縋って……。



 でもまあ、ともかく、しばらくは、彼女が落ち着くまでは……あまり刺激しないようにしよう。


 俺が話しかけて平気になるまで、居ないふりをしよう。

 心に安定が戻ったら、さり気なく元のように話してみよう。もしも、本当に俺が嫌いだとしたら、その時はその時だ……。

 馴れ馴れしい俺を気味悪がったのだとしたら、それは直せる……直そう。


 人々の平和のために戦いたいと願った友なんだ、トウキョウから来た同郷なんだ、本当は、本当に、仲良くしていたい……。嫌われ者なんて、誰だって嫌だろう?



 急に視界が動いた。

 俺の意志に反する変化に、一瞬何が起こったのかわからなかったが、伸ばされた腕、頬を包む熱に、顔を持ち上げられたのだと察した。


「ラフェム……?」


「さっ、ほらほら、そんな暗い顔してないで。上向いて! な!」


 朗らかな笑顔。

 俺を罵倒する言葉を、心の中で嘲笑う裏を一切持ち合わせていない顔。

 地球のどこにもいなかった、焦がれた夢の存在。

 俺が世界中で嫌われているという不確かな恐怖を反証する者。


「……うん」


 つられて笑っていた。

 ラフェムは嬉しそうに、そっちの方が良いと首を振る。


 ほんの少し、胸の苦しさが収まった気がする。


 よし、頑張ろう……。

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