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#87 風を切り風を潰せ

「砂上を滑るとかありかよ!?」


 余裕をかましていた表情から一転、彼の眉間には皺が寄り、口角は下がる。


 自分のほうが速く、そして自由に動けるという前提の下に成り立っていた勝ちのビジョン。それを根っから覆されれば、ましてや負け側の立場に突如投げ入れられれば、焦燥を覚えるのも当然か。


 ラフェムはサーフボードを得て、完全に勝ち気を蘇らせた。

 まさに獅子にヒレ、と言ったところか。砂上という海に適応した彼に、もう不安はない。


 心の炎も熱を取り戻し、彼の周りに炎渦が水しぶきのように湧き上がる。


 フィペスカはたまらず駆け出した。

 だが今の彼は虎の目に捉えられた鼠と同じ。

 地に鋭爪を立てたような轟音が響き、フィペスカの進路にラフェムが滑り込む。


 ボン、と音が鳴った。それは砂を蹴る音、そして魔法が爆発した音。

 フィペスカが咄嗟に跳んで方向転換し、ラフェムはその方向へ火焔を打ち込んだのだ。


 跳んでしまえば、即座には曲がれない。

 着地するまで、或いは魔法で方向を変えない限り。


 豪速の火球が、腹にタックルをかます。

 潰れたカエルのような音を肺から絞り出すと、吹っ飛んだ。


 ああ、やっぱり彼も子どもなんだ。

 その身は軽く、砂浜に叩きつけられては何度も跳ねる。


 だが、だからと言って何もしないわけにはいかない。

 援護の魔法弾を撃ちながら、二人の元へと急ぐ。


 俺の魔法がぶつかるより先に、少年を護るように砂が突き上げられた。

 嵐に巻き上げられたのだ、そのままろくろ回しのように砂の壁を作る。


 砂塵に、砂壁。

 普通だったら躊躇う空間に、ラフェムは平然とそのままサーフボードと共に突っ込む。

 砂飛沫が裂かれる音がして、すぐに鈍い音が響いた。姿は見えなかったが、多分轢いたんだろう。


 炎の残滓と共に、フィペスカが突き飛ばされ壁から飛び出した。今度は受け身を取っていて、跳ねずに止まる。


「だああっ! ちくしょおっ……! なんで諦めてくれないんだよぉっ……! 言うこと聞いてくれよ……なんでだよぉ……」


 再び轢きに来たラフェムを、間一髪で転がるように避ける。

 その隙に、ペンを動かし雷をぶっ放す。

 彼は腕をクロスさせ、攻撃を受け止めた。


 だが魔法の守りもなく、体勢も整っていない状態。

 勢いに負け、背中から倒れた。


「ゲホッ……フゥーッ……ゥー……」


 吹っ飛ばされ叩き伏せられ、反転攻勢に参ったのか、フィペスカは中々起き上がらない。

 鋭い呼吸の音と唸り声だけだ。絶えず吹いていた気性の荒い風は、方向のつかめないそよ風に変わっている。


 ラフェムはジャンプして方向転換すると、俺の横へ戻ってくる。


 起き上がろうと手を地面に押しつけ、体を震わせるだけのフィペスカを、じっと見つめていた。


「人々を、僕の両親を侮辱した、あの憎き龍を殺しに行くんだ……ここで折れるわけないだろう。そういう君こそ、なんでそこまで邪魔をするんだ」


「オイラは……誰も……海で死んでほしくないんだ。……ラフェム……ショーセ……。頼むよぉ……行かないでくれよぉ……」


 押し殺した声は本心であることを証明する。

 俺たちの為に……戦っているのか? ここまでするのか?

 しがみつくような泣き声に、ラフェムも罰が悪そうだ。彼をじっと見つめて頬を掻く。


「……悪いな、君の想いを踏みにじるようなことをして……。でも、行かなきゃならないんだ」


「オイラは船乗り……。海を渡る人の安全を守るのが役目……」


 ラフェムの言葉を遮って、呟く。

 そよ風に嫌な気配を感じる。ラフェムもそれを感じたか、辺りを見回し……。


「だから……海に出すわけにはいかないんだあああ!」


 絶叫。

 声に怯んだ刹那の隙。既に俺の頬に空気の刃が掠っていた。


「っ……」


 風の刃は酷く鋭く、柔肌を開かせた。

 そよ風は再び嵐に変わった。今までの鎌鼬と違って完全に視認できる。萌黄のオーラが紙テープのように薄く鋭く縦横無尽に宙を巡る。


 傷口を指でなぞるとぴりっと染みる。紙で指先を切った程度の傷だが、簡単には怪我を負わなくなった体をごく僅かでも傷付けた。


 その決意は、重い。


 でも……その強い心を生み出したのは……恐怖や、恐れ。

 触れた風の魔法に、勇気やとは正反対の方向にいる歪んだ瘴気を感じた……。ドラゴンを恨むラフェムに似ていて……でも、なんだか迷っている気がする……。


 更に萌葱色の刃が、彼から四方八方に飛び出した。

 無差別に襲い掛かる凶器を潜り抜けるが、地面に落ちた刃は砂を巻き上げ、風がそれを攫っては落とす。クソ、目に入ったらヤバそうだが、見ていないと避けられない……。


「勝敗なんか知るもんか……! 船出を邪魔してやる……!」

「ラフェム! フィペが逃げる!」

「追いかける!」


 フィペスカが走り出した。

 片っ端から船を壊されるかもしれない、沖に出れないよう逆風を知らぬ場所から作り続けられるかもしれない、帆を破られ続けるかもしれない。ラフェムはサーフボードに乗り、砂飛沫を巻き上げ方向転換した。


 置いてかれた俺は咄嗟に盾を召喚し、やけっぱちの攻撃を凌ぎながら二人を追いかける。


 制御する余裕がないのか、策があるのか、明らかに俺らに当たらない方向……真上や地面にまで、緑の鎌鼬が食らいつき、砂埃が舞う。


 豪雨の日のように、靴の中に跳ねた砂が入るわ、鎌鼬が足元に落ちたりするわで、足の裏の感覚はずらされるし、真っ直ぐ走れない。どんどん置いてかれる。


「君は船乗りの責任を果たそうとしているのか……、でも、僕らはなんとしてでもいかなきゃいけないんだ……」


「うるさい……うるさい! 諦めて帰れよ!」


 ラフェムは炎弾を発射して、器用に鎌鼬を相殺した。その僅かな隙間を潜り抜ける。


 砂しぶきをあげて刻一刻と逃げる少年を追い詰める波乗りの姿は、獲物を求めて海を回遊するサメやシャチのよう。


 背を向けて走っていたフィペスカに、とうとう炎のジェットボートが差し迫った。


「こうなったら……!」


 あっという間に彼の全身を竜巻が包む。


 構成する風は刃。手回し鉛筆削りの中身のように、らせんを描いて刃は回る。



 一体何をする気か? そう訝しんだ瞬間……フィペスカがパッと踵を返した。



 嘘だろ、道連れか!? 玉砕覚悟でラフェムに突っ込む気だ!



 あんなのが正面衝突したら、いくらなんでも……。




 考えが終わらぬうちに、バン、と大きな音が響いた。



 カンナに削られたように、サーフボードの薄っぺらい削り屑が舞った。



 なんて反射能力と身体能力か。


 ラフェムはジャンプして、板の底面で跳び蹴りを喰らわせていた。


 突っ込んだフィペスカは、そのまま板に踏み潰され地べたにサンドされた。


 ぐえ、と唸り声が一瞬だけ聞こえたが、力尽きたか、それとも肺が潰れて呼吸できないか、あれほど暴れていた少年は、ピクリとも動かなくなってしまった。


 ……。

 俺の魔法の板、削れちゃった……。


「うっあ……ゲホッ」


 ちょっと痛かった……。

 やっぱり出した物と俺の体、繋がってんのか……。

 生身で人間カッタータックルを食らうより、ダメージは全く以てマシだけどさあ。


 これ迂闊に火口とかに出した物を捨てたりしたら、マジでやばいのか?


「え、あれ!? ショーセどうした!?」


「お、俺のことはいいよ……それより……フィペスカぶっ潰しちゃって平気なのかよ……? わりぃけど……お前……思ってるより重たいぞ? 肺潰してたらマジに死んじまうぞ……はやくどいてやれ……」


「おっ、あ、ああ……」


 ラフェムは板から降り、倒れ込んだままのフィペスカの体を起こしてやった。

 すると、彼は突然拳を振るう。


 ラフェムは見切り、易々と避けて二発目を出さぬよう手首を掴む。

 ぐいぐいと少年は振りほどこうとするものの、手負いの年下が暴れたところで児戯に等しいか、ラフェムの手は離れなかった。


「もうやめろフィペスカ、終わりだ」


「……うう……どうして……聞いてくんないんだよぉ……離せよぉ……」


 もう状況は好転しないと認めたか、あれほど血気盛んだったのにめっきり大人しくなって、すんすん泣き始めてしまった。


 筋肉凄いし威圧感も凄いからすぐに意識から抜けちゃうけど、まだ小学生ぐらいだもんな……。

 ぐずる姿がなんだか誰かに被ってて……懐かしいような……もやもやする。……なんだか可哀想に思えてきた。未だにフィペスカは腕を放せと肩から揺り動かしているが、びくともしない。もう、戦う力は残ってない。


「離してやってもいいんじゃないか? ラフェム。


「駄目だ、また殴ってくるかもしれないだろ?」


 ラフェムの拳に力が籠もった。

 ビクリとフィペの指先が震え、目と眉間周りに皺が寄った。


「……あの、それ……ちょっと……もう虐待みたいなんで……」


「う……」


 自分の姿を客観視したか、ラフェムは気不味そうに手を離した。


「ごめんな。君の心配を無下にするようなことをして。でも、君が気を病むことじゃないんだ。俺たちが勝手に行くだけだからさ……」


「関係あるっ……オイラは船乗りだ……」


「ごめんな……」


「船乗りなの……だから……」


 フィペスカは体を起こすと、ラフェムにしがみついた。


「オイラは船乗りだから、父さんの跡を継いだから、誰も海で死なせない責任があるんだよぉ……。怖いんだ、また父さんみたいに、誰かが血塗れで、腕が無くなって、流れ着いたら……」


「……ごめん、その、なるべく頑張るから……」


「そんなに行きたいなら……。オイラが操縦する……。やだもん、遭難して二人が死んじゃうなんて、ヤダよぉ……。船乗りじゃないと、迷うかもしれない。だから、送る、送るから……、それが責任だから……でも、……」


「……いいのか?」


 ラフェムは悲しげに微笑んで、フィペを抱き寄せる。

 一回り小さな少年はその腕を一旦拒むように掴んだが、ふるふる震えた後、結局離して胸に顔をうずめてわんわんと泣きじゃくってしまった。


「わかった、僕らは僕らで身を守ろう。君のことも護ろう。だから、案内してくれないか? 迷子になって無駄死にしないようにさ。……ごめんな、わがまま言って……」


「うぇぇええっ……ラフェムゥ……オイラ、怖くて、また誰かが魚に殺されるんじゃって、怖くて、父さんぐらい強くなる前にいなくなっちゃって、不安で……、ぐすっ……わああぁ……」


「よしよし……」


 ラフェムもきっと、その気持ちは痛いほどわかるんだろう。実際、彼の父は……。

 強く抱き締め、背をポンポンと叩いて慰める。

 俺は……どうしたらいいのかわからないので傍で座って眺めていた。


 断崖絶壁に吹き付けるような金切りの風は、次第に歪み、そして静寂へと変わる。


「……オイラの船の場所は……」


 フィペスカは胸に顔をうずめたまま話し始めた。



 朝、船に集合してすぐに出発だそうだ。


 魚の群れを突っ切って、フォレンジを目指す。魚に見つからないように行き、もしバレたら……戦わずに逃げる。

 妨害をしてくるだろうから、それを防いでくれ、と。

2年ぶりの更新です、すみません!

創作活動ゆっくり再開しますのでよろしくおねがいします

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