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#86 逆らう風

挿絵(By みてみん)

 少年は、周囲を巡る木片や枝を、手当たり次第に掴んでは撃ち出した。


 ラフェムが前へ出て、宿したままのレイピアで迎え撃つ。


 しかし捌ききれず、再び何本かを受けてしまう。



「何なんだ、もう……!」



 矢の必要最低限だけを動いて交わす、その繊細な回避は、蚊やホコリのように、微かな風圧で押し出されているかのようだ。


 しかし、実際木片や枝は、風圧で揺らぐほど軽くなどない。


 それにラフェムは、見えている弾を迎え討って、空振りしたことは今まで……多分無かった。

 そもそも精密性を担保出来なきゃ、あんな細い刃を主力にして戦う訳ない。


 自信も実力も、当然あるのだ。

 スカるなんて、考えられない。


 だけど、外した。



 風の魔法が、フィペスカが、操っている……。



 ラフェムが作ってくれた僅かな猶予、無駄にはしない。本を出し、木製の平たい円盾を召喚した。

 ラフェムもレイピアでは無理だと判断したか引っ込めて、アイスドラゴンとの戦いで見せた炎の壁を、ミニマムサイズで手の甲の上に展開し、擬似的な片手盾にする。


 少々苛ついているみたいだ、炎の表面が荒波のように揺らいでいる。顔には出ていないけれど。



 準備万端。



 目配せし、連射をやめない少年の方角へ突っ込んだ。


 矢を防いで、一気に距離を詰めるつもりだった。


 だけど。



 急な向かい風に勢いを奪われ……。


「くっ……」


 砂塵のように紛れた矢あられが盾を打つ。

 風吹く梅雨の窓のように、無数の音が立て続けに鳴った。


 針が刺さるのは、力が一点に集中するから。

 魔法を広げた炎の盾に、エネルギーを凝縮させた矢が、いくつか風穴を開けていく。


 そして木片が、彼の利き手をピシパシ引っ叩いては燃え尽きて炭になった。


「げぇ、マジで僕らのこと……」


 炎で減衰してはいるが、痛そうだ。

 顔を顰めていた。


 流石に、俺の盾は物量だから貫通はしなかったが、何本かの破片が、盾の表面を穿ちめり込んだのを感じた。



 ラフェムは怯まない。

 このまま行くぞと囁いた。



 向かい風を、脚力で押し返そうと試みた瞬間。



「なっ……!?」



 意図的な追い風に、盾を引っ張られた。


 想定よりも前へ押し出された体。


 バランスが崩れ、修正しようと足元に意識が向いたが早いか。


 フィペスカ自ら、俺たちの目前へと飛び込んで。



「キミたちの自信は虚勢?」


「ぐうっ!?」


「空っぽなら吹き飛ばす」



 既に、俺の盾を蹴り上げられていた。

 腕が巻き込まれ、足が地から離れる。



 綺麗なふくらはぎの筋が浮き出る、少年あるまじき武骨な足。



 砂地をものともせず走れるほどの筋力とバランスを作るその力で、俺の盾は、瓦割りの如く真っ二つにぶっ壊れた。



 そして、少年はさらに素早く身を捻り、ラフェムの斬撃を躱す。


 更にその勢いを乗せて、抉るような回し蹴りを俺の脇腹にぶち込んできて。



 脇腹が抉られたかのような熱い痛みに、一瞬感覚と意識が途切れたかと錯覚した。




 ラフェムごと薙ぎ倒される。


 彼は受け身を取ってて、受け止めるクッションとなった後、すぐさま俺を起こして、自分も起きる。



 クソ……。


 船で人を運んでるからか、風の力も強い。


 足の力もこの通り。


 本当に年下かよ!? フィジカル、地球の普通の大人より上なんじゃないか……!?



 一方的なんかたまんない。


 カウンターしたいが、少年は波打ち際のように、自分の攻撃が済むやいなや下がり、手出し出来ない間合いを取っていた。


「おとなしく魚の群れが過ぎるまで待ってくれる気になった? …………なに、その反抗的な目」


 ……うう。



「……うぅっ……ぐ、ぐ……」


「大丈夫か?」


「あ、ああ……ぅぅ」


 ……体が痛い。


 響く痛みに、勝手に呻きが漏れてしまう。



 確かに、蹴られたけれど、蹴られてないとこも、全体的に痛い……。


 鎖を壊されたときよりも、紙を裂かれた時よりも、ズキズキして苦しい……。



 炎の熱を奪われたラフェムと同じ、雷に圧倒された詩歌と同じ、魔法を乱されたことによる、俺へのダメージ……。



 何が影響している?

 精密性? 質量? 硬さ? 気のせい?



 どうであれ。

 うずくまる訳には行かないんだ……。



 遠くに逃げたフィペスカが、また乱射をおっ始めた。


 落ちた片割れの盾を拾い上げ、なるべく被弾を減らす。



 一方のラフェムは、炎の帯を纏ってぐるぐると踊りだした。

 炎と戯れるように雅で、それでいて力強く漢らしい演舞。

 炎の激流は触れた風を掻き消し、全ての矢を体に到達させる前に焼き尽くした。


 風という魔法の流れを、また己の魔法の流れで打ち消す寸法か。




 ……ああ、苦しい。

 小突く矢の重みでさえ、倒れそうだ。



 だけど、倒れちゃあ駄目だ。



 ふらつく足を引っ叩き、気合十分!



 さあ立て直すぞ!



 ……と、エネルギッシュな俺の隣で、なんだかラフェムは舞いながらもしょんぼりしている。



 水を貰えない植木鉢の花ぐらい元気がない。



「僕、炎と水と雷以外は……てんでわからないんだ……しかも……相性が悪そうだ……」



 フィペスカには聞こえないように、ほそぼそと自白を始めた。


 確かに、ラフェムの友人に風魔法使いはいなかったし、的確な射撃に風の錯乱、すこぶる相性が悪い。


 ……ラフェムは、遠距離のコントロールが得意じゃないんだと思う。


 いつも火球はまっすぐ飛ばしてるし、スクイラーの時に見た追尾弾は、精度が甘かったのか、絡まって潰されてしまっていた。


 ……まず俺は、そもそも真っ直ぐしか魔法を撃てない。


 そして、向こうは砂浜を自在に走り回れる。

 愚直な魔法など、簡単に避けられてしまう。



 慣れない魔法。

 通じぬ攻撃。

 地形相性も最悪。


 しょぼくれるのも当然か。


 こりゃ一筋縄ではいかないぞ……。



「君は、色んな魔法が使える。そして、今まで色んな発想で戦ってきただろう。ドラゴンの時も、僕は見てなかったけどネルトの時も、ラグンキャンスの時も。……頼む、探してくれないか? 勝利への糸口を……」


「わかった」


 俺が明暗を分ける訳か。

 責任重大だな。


 さて!


 ……威勢よく返事しといたけど、まあ一瞬には思いつかないよなぁ。



 まずは……どうするか。


 足場を安定させるべきか?


 たしか以前来たときは、板が敷かれてた。


 あれがなければ、砂を平然と駆けるフィペスカに弄ばれるだけ。


 欲しいな、床……。


 止まぬ雨の矢を受け流しながら見回す。


 ……駄目だ、ここから少し離れた民家の周りにしかない。


 今いるフィペスカの家近くの空き地には、何も無い。

 砂と枝と木片と海しかない。


 ドラゴンや獣と戦うときとは場合が違う。

 個人間の問題だ、住民に迷惑をかけるわけにはいかない。


 民家の周りでは戦えない。

 フィペスカも、許しはしないだろう。



 ……じゃあ、足場を出すしかないじゃあないか。


 割られないよう、木よりも丈夫なものを。


 鉄の板、鉄板だ。



 ペン先を滑らせ、『厚めの鉄板、座布団サイズ』を産み、地面へと落下させる。


 これを出しながら踏んでいって、間合いを詰めながら出し続け、一帯の足場を整備すれば、勝てるかも。


 流石のフィペスカの力でも、このぐらい重ければ、突風の日のレジ袋みたいに全てを宙へ持っていってしまうことは無理なはずだ。


 さあ、圃場整備の始まりだ。

 目の前の板に飛び乗る。



 そしたら、フィペスカが、笑った。



「砂上が無理なら、海上なんてなおさらだね」


 その嘲る声を聞いたとき。


 既に視界は想定外の訳のわからない何かにすげ変わっていた。



「ショーセ!」


 おでこにガツンと痛みが走って、熱くなる。


 それで、自分が滑って転んだとやっと理解する。



 自分の出した、安定の為に用意した足場。


 一切用心などしていない。

 だから反応がことごとく遅れて、頭を叩きつけてしまった。


 間抜けじゃないか。

 でも、俺は、自分で言うのもなんだけど……こんなアホみたいな転び方はしないはず……。


「あはっ、ドジだね。こんなんじゃ船の揺れでも転んじゃないかあ? 海の上で怪我されたら困るんだよ、誰も助けに来れないんだからさ」

「……く、う、う……」


 フィペスカの笑い声が、エコーのように重なってぼやける。

 ああ、もう……痛え……。

 後頭部だったら死んでたかもしれねえぞ。まあこの体じゃ死なないかもしれないがな。



 起きるために板につけた、手の平の違和感。


 砂粒がくすぶっている。

 ただの砂じゃない……風が、砂を均等に敷き、更に浮かせている?


 なるほど、これが硬い鉄板と組み合わさって、ローラーの役目を……。


 手首に、熱い感触が触れる。

 ラフェムの手だ。俺は鉄板から引き揚げられた。


 クソ……、足場を作っても、これじゃあ余計に足を取られるだけじゃないか。


 発散しようもない痛みと、どうすりゃいいか思い付かない苛つき。


 心が落ち着かない。一旦本を閉じる。

 ボン、と篭もった音がなった。


 音と共に、鉄板も、割れた盾も、俺の出した何もかもが消える。



 フィペスカは、勝ち誇ったように、弓を砂に刺し、腕を組んでこちらをじっと見ていた。


 まだ勝負は決まってない、俺が諦めるまで負けてない……! あの余裕な顔を一転させてやりたい……!

 どうすりゃいい。

 足場が駄目なら、考えろ……。




 ラフェムが、構えた。



 次の瞬間、火花が散る。



 フィペスカが突っ込んできたのだ。

 縦横無尽に吹き荒れる暴風を従えて。



 ラフェムは拳に炎を纏わせて、脳天めがけ振り下ろされた踵を受け止めていた。


 足を腕力、しかも片腕で……。

 それも、フルパワーではない。当然本気のパンチではあるが、次の手を出せる余力を残している。

 近距離なら、ラフェムの方が強い……!



 負けじと暴風のような連撃蹴りが繰り出されるが、友は同期する歯車のように的確に一撃一撃を受け止め、いなす。

 ああ、割り込む隙がない……。ここで俺がフィペスカを一発ぶん殴れたら、どんだけラフェムは助かるんだろう。でも、二人の武闘があまりにも速すぎる。ラフェムの邪魔にならないように魔法弾を撃ってみるが、そんな弱気の弾は簡単に嵐の渦に消えてしまう。



 萌黄の少年は顔を顰めると、腕を踏み付け跳び上がり、カウンターを避けると同時に踵落としを繰り出した。


 だがラフェムは完全に見切っている。

 足を広げ重心を下げると同時に、反対の腕を出して少年の足首を掴むと、そのまま下へと引っ張った。

 瞬く間に一回り小柄な体は大地へと叩きつけられ、粗い砂が水しぶきのように宙を舞う。

 


 纏っていた炎が、勢いを増した。

 渾身の一発を食らわせようとした、その瞬間の、直前。



 シャリンと、俺の背中から擦れるようで軋むような甲高い音が鳴った。


 共に感じるのは、まるで暗殺者に剣を振るわれたような、脈絡のない、鋭くて鮮明な痛み。



 ラフェムも同じ攻撃を受けたのか、腕の軌道が大きくずれ、拳はフィペスカの脇腹を掠った。


 そして、俺が自身の痛みに振り返ろうとするよりも先に、ラフェムの体が揺らいだ。


 ゴツ、と鈍い音。

 風を纏った足で、ラフェムは蹴り飛ばされていた。


 易々と板を割る踵。更に背を地面に付けた状態での渾身の蹴り。さすがのラフェムもこれは効いたようで、くぐもった唸りを漏らして倒れた。

 フィペスカはぴょこと跳ねて起き上がり、仇討ちにぶん回した俺の足を避けて逃げる。


 今度は俺がラフェムを引っ張って起こした。

 ……痛そうだ。


「ぐうっ……」

 

「ラフェ、っく!」



 見えぬ斬撃は、一度だけでは済まなかった。

 腰へ、足へ、腹へ、腕へ、不規則に切りつけられる。声を発する暇もない。

 俺も、ラフェムも、体から魂の光が散る。


「はー、こわ……、もう近付くのはやめよ」


 フィペスカは呑気な反省をして、弓まで打ち始めた。

 訳のわからない攻撃に、豪速の矢。

 矢を避けても、わからない攻撃にやられる!


 なんなんだ、なんなんだ!


 わからないじゃない、わからなきゃ。


 よく見ろ、気配を感じろ、俺たちはドラゴンを殺しに行くんだ。

 わからないまま考えないのはただの諦めだ、諦めは負けだ、こんなところで負けちゃ駄目なんだ。


 頭を回転させてる間にも、どんどんフィペスカはどんどん離れていく。

 元々魔法で強化する弓を武器にしているのだ、彼は遠距離攻撃も容易いだろう。

 手を出せない位置に居座られたら、もう……。


 違和感を探せ。

 聞け、聞け、これは聞き慣れた炎魂の音じゃない。

 海や浦風の囁きでもない。

 甲高くて鋭くて、ずっと聞いていたら耳が痛くなる音。


 いや……どこかで……。



 そうか、これ……鎌鼬か!


 そういや、彼は果物を魔法で切っていた。

 無からカッターを生み出し、あらぬ方向から飛ばすのなんて、お手のものって訳か。


 存在を理解した瞬間、まるで今現れたように、視界の僅かな歪みを認知する。


 腕の平たい面を突き出して、俺の柔な脇腹を抉ろうとしていた刃を潰す。痛いけど、硬い骨がある分マシだ。

 心を研ぎ澄ませ、目だけでなく、聴覚と全身の感覚神経を総動員し被弾を抑える。


 ラフェムも見切った。まっすぐ突っ込んでくる刃なら、レイピアで対処できる。


 だけど、どうすればいい……!

 考える時間は、全く貰えない。


 クソ、船を出さなきゃいけないのに……!

 海を進んで……フォレンジに……。


 海を……。




「ラフェム! 乗れ!」


 サーフボードを召喚し、出てきた素朴な木板を彼の目の前に投げつけた。


「お! ……お?」

 反射で彼は飛び乗る。

 勢いで滑ってちょっとばかし焦った後、怪訝な顔で俺を見る。


「板は……」

「フィ・ヴァ……」


 困惑と詠唱が被る。

 伸ばした指が指し示すのは、ラフェムの足下。

 ああ、詠唱付きの強力な風で、彼をひっくり返すつもりか。


「……ンエント」

「手から炎を噴射しろ! 前に進め! 海を渡る船みたいに!」


 間に合う訳がない。

 翡翠の嵐塔が突き出し、大量の砂を巻き上げた。

 塔の一部となっていた砂はやがて重力に引かれ、豪雨のように降り注ぐ。咄嗟に『風』を書き、視界を守る。


 吹き飛ばされたラフェムは……、吹き飛ばされてない……?



 板を片手で支え、得意げに口角を釣り上げていた。



 焔の帯が風に混ざっている。


きっと、飛ばされる直前に自らの魔法を加えて威力を底上げすると共に、方向を調整したんだ。



 紅に包まれたその姿は、まるで夕暮れの中、海を理解し一つとなったサーファーのようで……。


「よくやった!」


 歓喜の声をあげ、技を決めるように空中で華麗に身を捻って着地する。

 地に触れた瞬間、後ろに引いたら走るミニカーのように、猛スピードでフィペスカの方へと直往。


 速い、速いぞ! フィペスカが走るよりも、ずっと!

 足が沈んで歩けなくなるほどの柔らかい砂上、足場を使わせてくれないなら、上を進めばいい! これで手を出せない位置からじわじわ削られるのを待たなくて済む。手を出せる!

 近距離に持ち込んで、弓の意味をなくして、叩き伏せるぞ!

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