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#84 夜の浦風、不穏の闇

挿絵(By みてみん)


 立ち上がった瞬間、炎針が俺を貫かんと突っ込んだ。


 ラフェムの剣演習から始まり、アイスドラゴン、ネルト、魂喰いの龍、ラグンキャンス、光姉妹……戦いにもだいぶ慣れた。

 自分の体をどのぐらい動かせば躱せるか、反射レベルでわかる。


 だから、針の先は、俺の腕と腰の隙間を抜け、無を刺した。


 止まっている剣なんて怖くない。

 斬られても切れない世界だ、棍棒と剣の違いなど見た目しかない。


 動かれる前に、掴んでしまえば。



 そう企んだ時にはもう遅い。



 既に引っ込んでて、それどころか次の突きが迫っている。


 今度は鞘で迎えうち、表面を滑らせて虚空を穿かせる。


 横向きの五月雨は止まない。


 闇に茜の残像が重なり、まるで何本も炎針があるかのよう。


 突きのみならず薙ぐ動きも混ぜられていて、間際らしいったらありゃしない。


 惑わされず、最低限の動きで避ける。


 空気の揺らぐ音、得意げな赤い瞳。

 俺と同い年の存在とは思えないほどの重く熱い威圧感。


 初めて剣を振るったあの日を思い出す。


 瑞々しい薫風、青空の下、陽光に照らされて。

 硬い黄土色のグラウンドで、不慣れな白銀の剣を振り回した。



 防ぐのが精一杯で、やけっぱちに剣を振り回したり、タイミングを探すのに時間を掛け過ぎていた。



 だけど、俺は成長できた。


 考える余裕はある、どう避けたらいいかもわかる。



 ……彼も成長していて、あの日よりも動きに磨きがかかって、攻撃の隙に差し込むことは不可能に近いが。



 まあ、無いなら、作ればいい。



 柄に指を突っ込み、手から抜けないようにしっかり掴む。


 そして、突きを柄で逸らせると見せかけ、手首を捻って逆転させ、そのまま叩き伏せようと試みる。


「それはもう引っかからないぞ!」


 ラフェムが不敵に笑む。



 あの苦境で編み出し勝利を掴んだとどめも、一度見せている以上はただの技。



 俺も、全く同じ手を使って勝とうだなんて、思ってないさ。



 レイピアに込められた力は、僅かに斜めにずらされており、すり抜けるように俺の柄の下から逃げる。


 そして、跳ね上がった勢いのまま、俺を斬ろうとした。


 合わせて、噛み合う歯車のように、レイピアの描く円を鏡写しにするように、後ろへバク転。


 遠心力に腕を引っ張られるほどに大きく振るったラフェム、咄嗟に剣を止められない。


 着地してすぐ、全力ダッシュで彼から逃げる。


 砂で足を取られて、うまく走れない。

 それは彼も同じか。


 でも、後ろを確認するたび、じわじわと距離が狭まっている。


 彼のほうがやっぱ速いか。


 というか、靴の中に砂が……。


 迎え撃つか?

 迷いがよぎったその瞬間。


 ラフェムは横をちらりと見るなり、急に進路を折り曲げた。



 ……詩歌が俺たちのおいかけっこをぼんやり見てたから。


 動かぬ獲物は格好の餌食。

 ラフェムは炎を宿した左手を、高く掲げた。


「ううっ!」


 彼女の呻く声を、耳が鮮明に捉えた。


 ザク、と音がしたもんで、冷や汗が出た。


 その前に剣が擦れる鳴ってたのにさ。


 怯えながらも、彼女は短剣で刃を逸らしていた。

 軌跡のズレた尖端は、砂へ突っ込み、刺さっている。


 俺も方向転換し、ラフェムの背へ飛び掛かった。

 すぐ彼は勘付き身を翻す。


 目線より先行して、炎のレイピアが空を斬っていた。


 片手と鞘で受け止めながら、もう片手を伸ばし、ラフェムの肩を掴む。


 斬撃を受けた衝撃を利用して、ぐるりと半円を描くようにして、もう一度ラフェムの背側へ回り込む。


 唖然とする詩歌の手を取り、攻撃範囲から引っ張り出した。



 これってお互い近くにいた方が有利なのかなぁ。


 片方が捕まりそうになったら助けに行けるし。


 両方封じ込められたらそれまでだけど。



「追っかけっこなんだから、ぼんやり突っ立って見てちゃダメだろ」



「うん……その、えっと、ごめん……」



 彼女は俺に掴まれた手に目線を向けている。



 もう暗くて表情はよく見えないけど、声は戸惑っている。



 ……。



 握り返してくれてない。



 俺が手を離せば、彼女の手はするりとなんの引っ掛かりもなく抜けていってしまうだろう。



 忘れていた感触を思い出してしまった。



 嫌われ者の記憶。


 授業で、手繋ぎを強制させられた同級生の、あの嫌がる目……。


 ……。



 ああ、そうだろうな。



 ……嫌だよな。彼氏でも無いのにさ。

 俺なんかに触られたくないよな。


 さっき言われたばかりなのに。



 彼女は同級生みたいに俺を避けたりしないけど、それはあの日の償いなだけ?



 本当は、本当は、彼女が付き合えるわけないと言ったように……。



 俺のこと、嫌い……なのか?



 ああ、腕とか手首を掴めば良かったなぁ。



 そうすれば、こんな悲しくなんか、ならなかった。



 離すぞ。



 そう言おうと思ったのに。



「ひっ!」



 横で赤目が、不思議そうに俺を見てて。



 暗闇に残像を浮かべる鋭い眼光。



 一瞬時が止まったかと思った。



 刹那心臓が麻痺したかと思った。



 足速えよ。怖えよ。



 鞘で引っ叩こうとしたが、振り上げに合わせてレイピアの先端を押し付けられ止められた。



 振り上げと振り下ろしの切り替わりで邪魔されて、引いてしまった肩は押し返せないし動かせない。



 咄嗟に彼の腹を蹴り飛ばそうとしたけど、それも見透かされてた。



 腿を上げ、蹴りにする前に、上げてない方の足を掬われて。



 掴まれてないから、スルリと彼女の手が抜けて、俺だけ転んだ。



 頭上に白い残像。脚が過ぎる。

 詩歌の繰り出した回し蹴りだった。


 俺を展足するつもりだったレイピアを弾き飛ばしたようだ。


 おかげで標本にならなくて済んだ。


 短い水の歌が、俺を立ち上がれるよう護衛する。


 当然ラフェムが止まるわけは無いのだけど……攻撃の軌道を、ヨロヨロの体で回避出来るほどに歪ませてはくれる。


 二本足に戻るのも一苦労だ。

 

 やっとの思いで立ち上がる。



 鞘を両手で握り、出口を作り出そうと集中する……。



 ラフェムも易易と思い通りにはさせてくれない。

 当然弾き返せるような攻撃を出すわけはなく、歌を引き千切って、神速の突撃を繰り返す。


 ゲームじゃないんだ。

 攻撃の隙は、俺が見つけなければ。



「ラフェムくんたち〜、晩御飯にしましょう〜」



 日和な声が、争いの張り詰めた空気をぶつんと切った。


 ラフェムはハッとすると同時に、レイピアが霧散する。


「む、む……、むむ……、飯か……」


 ラフェムは遊び足りない子どものように、不満そうな顔をするが、口にはしない。


 しばらくして。

 前のめり足を開けた戦闘体勢を、普段通りの姿勢に戻す。



 そして、腕を組んで俯いた。



「……これは、僕の負けか?」



「俺の散々な姿、勝ちには捉えられないが」



「なら引き分けでいいか」



「それがいい」



 ラフェムは俺たちより経験があるから、勝つ自信に溢れていたというか、勝たなければならなかった。


 そして俺たちは、逃げているというより押さえられて惨めに暴れている状況で、それを逃げ切ったと宣言するのはあまりにも烏滸がましい。



 思ったより、飯時間の来訪が早かった。

 早すぎた。

 はっきりとした優劣が現れていない頓着状態で終わり、めちゃくちゃに微妙な空気になってしまった。



 ラフェムはぐぐっと背を伸ばし、緊張を追い出すように息を吐くと、俺の肩をコツンと叩いた。



「だいぶサボったツケが来てるなぁ。次は勝つからなぁ」


「俺らもなんとか渡り合えるぐらいになっとくわ」



 ラフェムは楽しみだと笑うと、トコトコ家へ向かって歩き出した。多分自作のトカゲ飯ソングを歌いながら。


 俺も追って着いていくつもりだったが……詩歌が歩く素振りを見せない。



 じっと手を見ていた。



 さっき俺が掴んでいた手。



 …………そんなに嫌だった?



 た、確かに、汗もかいてたし、俺は、その……なんだ、見た目も惨めだし、中身も悲惨な、日陰者だが……。



 服で拭き始めるんじゃないか、菌がうつるとか言い出すんじゃないかと、嫌な想像が膨らんできた。


 現実になる前に、消してしまいたかった。



「詩歌……あの、飯……」



 詩歌はびくっと体を震わせる。


 急に俺が現れたみたいな反応だった。


 ずっとここに居るのに。



 俺から逃げるように、慌てて歩き出す。

 そしてすぐに忘れたように牛歩になると、また、手を見始めた。



「……そんなに嫌だったか?」



 詩歌は、止まって振り返る。


 近付く勇気がなかった。


 俺も止まると、わざわざ戻ってきた。



「何が?」



「手を握ったのが」



「ぜっ、全然?」



 詩歌は、さっと手を後ろに隠した。


 ゾワッと全身が震えた。


 血の気が引く。


 ラグンキャンスのちぎれた死体を見たときよりも、ゾッとした。



 手を拭いたのかは見えなかった。



 けど、それは手を拭いていないこともわからないわけで……。



「ふっ、っ、拭いたっ! 今拭いた!」


「えっ!? な、なに急に!? なんなのいちいち!? なんでそんなに私のこと見てるのよっ!? 気色悪っ!」


 彼女は声を荒げた。


 まるで胸を殴られたような衝撃が来て。


 押し込めた不安が悲痛に変わり、我慢をこじ開け迫り上がる。


 一気に目の奥と喉の裏が痛くなって、手が震えた。


「そうだよ、俺は……キモいし……」


「え、な、なに!? なんで泣くの……?」



「もっと早く気づくべきだった! 俺のこと嫌いだったんだ!? 嫌いだから、汚いから、触りたくなかったんだな!!」



 今まで、皆優しくしてくれるから、気付かなかった、忘れてた。


 俺は、死んだときから、なんにも変わってないのに。


 顔も、声も、姿も、性格も。


 そこに、誰からも愛されない相応の理由があった。

 忘れても、誰からも嫌われる相応の意味は消えない。


 自分が嫌われ者だと自覚するのは、当然辛いけど。


 それだけじゃない。



 昨日の夜、彼女が体を預けてきたのも。


 戦いのあと、体を支えてくれたのも。


 全部、全部、償いのために、彼女の意思に反して、行われてきたことだって。


 嫌な気持ちを隠しながらやっていたなんて。


 知ってしまったのが、彼女に無理をさせてしまったのが、とても、途方もなく、苦しくて、辛くて、虚しくて。


 彼女に無理させてたかもしれないってことが、耐えられなくて。


 もしかして、今日ラグンキャンスから逃げた時も、彼女は手を拭いた?


 今まで俺に触れたあとも、見えないところで拭いたり洗ったりしてたのかな。


 これまで、我慢して俺に触れてたのかな。


 そうだったのかな。


 嫌がられてたのかなぁ……。


 なんで気付かなかった。


 なにを勘違いしていた。


 ドラゴンとの戦いで負った怪我を治癒するために居たあの病院で、食事を食わせてくれた彼女は、嫌な表情だった。


 クアとの戦いで疲れ果てた俺を支えてくれたときも、嫌な顔だった。


 なんでだろうって思ってた。


 単純明快。


 優しくしてくれるのは表面上で。

 結局、中身は。


 掴まれなかった手が物語る通り。



「あ、あんた馬鹿なの!? 手を握るよりよっぽどやばいことしておいて、そこ気にしてるの!? 今更すぎる!」



「そうだ、もっと早く気付くべきだった! ずっと、君は嫌そうな顔をしてた! 償うためってずっと言ってた! それに、付き合えるわけないんだもんなぁ! 答えまで言ってくれてたのに、なんで、こんなに、物分りが悪いんだ俺は……」



「わ、私は、別に、嫌だなんて……」



 口ごもり、言葉を失う姿が答えだった。



 嫌われるのは辛い。



 でも慣れてる。



 なのに、どうして。



 こんなにも……。



 自分の為に、演じていた優しさを、本心だと思って負担を強いて、惨めすぎる。


 それに騙されてる自分の頭の悪さが悲しくて、虚しくなる。



「頼む、もう気を遣うな、そっちのほうが辛くなるから!!  ちゃんと言ってくれよ、頼むから、嫌いなら嫌いだと言ってくれ! 俺は嫌われ者だ、慣れてるから、わかってるから、憐れむのも、償うのも、やめてくれ……」



「なんなのっ!? なんなのよ……!」



 何故か彼女が泣き出して。



 俺の頬を平手で叩く。


 バチンと、音が暗闇に響く。


「あっそう! わかったわ! わかったわよ! 嫌われたいのね!? それが所望!? いいわよ嫌ってやるわ! 二度と私に触るな、話しかけるな! バーカ!」



 負けじと捲し立てると、走って行ってしまった。



 酷く痛かった。


 叩かれたのは頬なのに、胸が。



 痛くて立つ気力が無くなって、その場にしゃがんだ。



 生温かい風が、海の向こうから運ばれてくる。


 涙が止まらないので、クア父母の家に戻れない。



 こんな姿で戻ったら心配されてしまう。

 いや、罵声を……罵声は無いが、問い詰められるかもしれない。逆に詩歌が責められるかもしれない。


 それに、ダサいし。


 もうこんなデカイのに、ガキみたいに泣きじゃくって。


 なんでこんな泣いてんだよ?


 ただ勘違いしてただけじゃん。


 それなのにこんな傷付いてて、恥ずかしすぎるでしょ。


 嫌なら嫌と、はっきり言ってくれていいのに。


 女の子だからさ、男の俺に、付き合えるわけない存在の俺なんかに、ベタベタ触られたら嫌だよな。


 ずっと一人だったから。

 距離を忘れてて、どんぐらい大丈夫なのか、どこから駄目か、わからないんだ。


 友だちいなかったし、女の子となんて尚更だし。


 だから、だから……。



 何、言い訳してんだ?


 あはは。


 弁えろよ、嫌われ者。



「ショーセ、どうした?」


 ラフェムの声が聴こえた。

 でも、膝の間にうずめた頭を動かす力も、答えるもない。

 

 気配がすぐ横まで迫って、隣に座る。


「シーカがボロボロ泣きながら怒って帰ってきて、首を振るだけで何も言ってくれないんだが……」


「…………喧嘩した」


「なるほどなぁ」


 首をもたげた状態から上げられない。

 だから、膝に乗せたまま首を回して横を見た。

 ラフェムは海の向こうを、きっと星を見てた。


「まあ、気分転換に飯食おうよ。エイオータさんも待ってるから」


 ラフェムはそう言って、立ち上がる。

 あいにく、俺の足は体重を持ち上げるほどの元気がないから、座った体勢を変えられない。


 俺が一向に立たないので、ラフェムは再びしゃがんだ。


 俺の背をぽんぽんと優しく叩いて、さする。


 布越しに感じる掌が温かくて、余計に哀しくなった。


「なにを言い合ったのか知らないけど、まあ、すぐに元通りになるさ、そんなもんだよ」


「……二度と話しかけるなって言われた……」


「どうせお互い、明日には忘れて話しかけるよ。ほら行くぞ」


 脇に腕を差し込まれ、持ち上げられた。


 強制的に立たされた訳だが、体が重くて歩けない。

 そもそも、足の裏を地面に平行にする方法も忘れた。


 彼はやれやれと苦笑うと、肩を貸してくれた。


 不安は、未だ纏わりつく。


 ラフェムは、俺のことどう思ってるんだろう。


 皆、俺をどう思ってるんだろう。



「なあ……俺の性格……どう思う?」



「性格ぅ? そうだな……君は凄い良い人だよ。真面目で、純粋か? 時々ふざけるし、負けず嫌いだけど、なんか自信なさげで……」



 確かにふざけてるかもしれないし、負けず嫌いだけど、真面目? 純粋? 良い人……?


 悪い単語が出てこない。しかも、俺に相応しくない単語ばっかり。


 そんなはずがない。

 友だちだから、配慮してるんだろうけど……でも、俺の話とは思えない。まさか、彼も俺に気を遣って……。


「それは、ラフェムの自己紹介じゃないか?」


「いや……僕は、全然純粋じゃないから……」


 ラフェムの目線が下へ向く。

 横顔は、ずいぶんしゅんと落ち込んでいた。


 なんでそんな顔を。


 はっ!

 まさか、純粋すぎて、不純な思いを罪の意識に捉えてるんじゃないだろうか……?


「…………お、俺も純粋ではないぞ……見せてないだけだ、皆そうだ」


「なにがさ」


「俺も、その、なんだ、モテたいなって思ってるし、えっちな妄想とかもするし……でも、こんぐらいの年頃は大抵そうだから、気にすんなよ、な!」


「えっ、おっ? お……、おう……?」


 リズム感のない相槌の後、彼は黙ってしまう。

 何言ってんだって顔だ。


 え? じゃあ純粋って何……!?

 そんな顔するから、元気出してもらおうと思ったのに……。


 ラフェムは、大きく咳払いをして誤魔化した。


「やっぱり、君と僕は似てるのかな……」


「俺の性格がラフェムの言った通りなら、似てるかもな……」


 言われたことに実感は湧かないけど……。



「じゃあさ……顔は?」 



「顔? 君は自信に溢れて胸を張ってる時が、一番良い顔をしてる……」



 ラフェムは、空いている方の手を俺の頬に近付け、火を灯して照らす。


 そして、まじまじと、鑑定士のように見回しはじめる。


「うーん……? 女の子っぽい感じもあるけど……」


 やっぱり自己紹介してないか?


「虹彩が透き通ってて綺麗だ、泣いたからか? よく見ると結構まつ毛長いな……でも凛々しい目をしてる」


 じっと見られて、むず痒い。


 同時に、やっぱり無難な部分を探してるんじゃないか、まさか適当に傷付かないよう心地よい言葉を並べてるんじゃないかと、猜疑が心の暗部から滲み出る。


 痒みも不安もどんどん強くなって。

 いても立ってもいられなくなる。


「や、やめろよ……本当のこと言ってくれよ、醜くて、……不細工だろ?」


「……?」

 

 また彼は黙った。


 今度は、困ったように苦笑を浮かべ。


 これは……聞き取れなかった顔だ。

 聞いた音を思い出し、前後関係とすり合わせ、言われた言葉が何だったのかを探っている顔。


 俺はハッキリ言った。

 聞こえないはずがない。

 でも、理解できてない。



 ……ないのか?



 言葉が。



 人の顔を悪く言う文化が。



「そうか……」



 ちょっぴり、心が軽くなった。


 あまりにも悲しくて、もう皆からも同じように嫌われてるんじゃないかとまで卑屈になってた。


 でも、この世界はそもそも、顔で嫌うって事象がないのかもしれない。


 好みはあるけど、嫌うとか、ましてやそれでハブいたりいじめたりってことは、無いのかも。


 だから、俺の姿を見ただけなら、この世界なら、前と違って嫌われないんだ。


 それが知れて、よかった。


「すまん、やっぱ聞き取れなかった。もう一回……」


「いや、いいんだ」


「いいのか?」


 俺が僅かでも元気を取り戻したのを察したか、ラフェムの表情が和らいだ。


「なら、帰るか。腹減ったし」


「ああ」


 支えてもらっていた体重を引き取り、ちゃんと自分の足で立った。



 詩歌が持つのは、地球の常識。

 この星の常識とは違う。


 なぜ嫌われたか、理由を見つけなきゃいけない。


 いつもの態度かもしれない、ラフェムが口にしなかった悪い性格かもしれない。この世界の人は気にしない、顔のことかもしれない。


 別に、愛されたい訳じゃない。

 それは彼女が自由に決めることだから。


 嫌われているのが、嫌なんだ。

 嫌われ者でいるのは、誰だって嫌だろう。


 彼女が落ち着いたら、捲し立てたのを謝ろう。


 そしたら、なにが嫌かを聞いて、治せるところは治そう。

 教えてくれるかわからないけど。


 もう手遅れかもしれないけど、それでも、可能な限りは……。

4/18 キャラの呼び方が間違っていたので修正しました(ラフェムちゃん→ラフェムくん)

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