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#80 光の願いを継いで

 青空へ舞い上がる。


 人々の目線は俺へ。

 次の手は何かと、逃さず捉えようとするその眼は、獲物を見定める猛禽の瞳と同等だ。

 猛禽なんか、写真でしか見たことないが。



『映射する無数の銀破片』

『光光光』

『炎炎炎』


 銀破片を周囲に、魔法を姉妹に向かって発現させる。


 銀塊が爆発したように散らばる、いびつで鋭利な破片たちは、夏の太陽を乱反射。

 そして橙の赤の魔法は、それぞれが自分色へ染め上げようと、張り合って輝きながら、流星群のように彼女のもとへ降り注ぐ。


 二人は目を細めた。

 夏の太陽、光そのものと激しい炎。

 もはや俺の姿など見えまい。

 俺も流れ星の一員となって、降下する。


 魔法が散る。

 ぶつかって破裂したんじゃあない。

 薙がれた。


 そりゃあ、あの二人が棒立ちで浴びてくれるわけなんかない。


 何も見えぬ中、墜ちる俺はかかとを天へ掲げ、彼女のいるであろう場所を狙って…………振り下ろす。


 槍の柄が阻んだ。

 踵は、両腕で支えられた棒の上に乗っている。


 目を眩ませた隙に、落下のエネルギーをふんだんに込めた踵落としを食らわせようという目論みは読まれていた。


 読まれることを、読んでいた。


 蹴りはただの囮であり、そして方向転換の支え。


 すでに体は前へ傾いている。

 宙を転がり、二人の背後へとすり抜けた。


 すでに剣の柄は握っている。

 魔法と剣の相性の悪さから、今、わざわざ再び剣を使うなど二人は思ってはいなかった。


 着地と同時に抜刀、そして斬撃。


 見事直撃のようだ。

 姉妹の魂の光が、コイルの焼き切れる音を放って弾けた。その姿は見えなかったが、切っ先に魔法でない光がまとわりついていた。


 だが、猛者がこれしきのことで怯むわけがない。


 妹は、何事も無かったかのように、振り向きざまに槍を振るう。


 唸る柄を、大縄跳びの如く飛び越し交わす。


 すると、姉が乱入。

 飛躍の最高点に達する前に、俺の胴に膝を捩じ込んだ!


 うっぐ……げ、痛すぎ……!


 みぞおちはわざと外されていたけど。


 それでも痛い。なんというか、体内に突然鉛の風船を膨らませられたような、呼吸の仕方を一瞬忘れた。

 ……胸を貫かれたときよりはマシだ。


 墜落。

 背負った鞘が石畳で削れて轟音を鳴らす。


 その耳障りな悲鳴を塞ぐための手はない。


 追撃が来る。

 妹の槍が天を衝く。


 咄嗟に剣の柄を胸元に持ち上げた。

 ナックルガードがある。腕の届く範囲なら直撃より威力を抑えられる。


 その鋭い眼光は俺を捉えたまま、矛先は…………俺ではなく、彼女自身の背後へ。


 橙の刃の残像が輪を描く。

 甲高い音が響く。

 その終点は、白いナイフ。

 詩歌の奇襲。


 俺を守るために飛び込んできてくれたのか?


 不意打ちを、見もせず防がれて、詩歌は一瞬戸惑った。

 しかし、すぐに姉が振るったダガーを、炎魔法の激流で押し流して逸らせる。


 短いメロディだった。


 たった数秒の、テレビの広告や効果音レベルの長さの曲だったけど、それでも猛威を奮う刹那の炎が、脳裏に浮かんだ。


 俺が炎という漢字で、エンジャロフラミアという詠唱を短縮出来るように、彼女の詠唱の短縮が、今の短いメロディなんだろう。


 槍が引かれた。

 身構えるが、次の手は俺に向けた攻撃ではなかった。

 くるりと身を翻し、詩歌と向き合って刺突を試み、避けられ何も無い空を裂く。


「先程よりも更に短いお歌。それなのに不思議と熱気が肌を焦がすような音色ですね!」

 

「そんな…………そ、そうですか?」


 二人は武器を交わしながら会話する。


 姉が、俺に向かって手を突き出した。

 咄嗟に屈めば、光が頭頂を掠める。

 再び、再三、俺に魔法とダガーを奮いながら、詩歌に話しかける。


「ええ、知らない音がたくさん聞こえてきましたけど、あれは楽器? あれもあなたが考えてるの?」


「楽器です……考えているというか……無意識で作ってるというか……全部私が想像してるってわけではないとは思うけど……ある程度は……」


「え!? 凄いな!」


「す、凄くなんか…………凄いかな?」


 あのティンパニーもブラスも彼女の想像?

 知らなかったぞ!


 詩歌、照れている。


 強がっているのか口をへの字に曲げ、わずかに俯き、切り揃えられたおかっぱの前髪で目元を隠している。

 けど、見えてる頬がこんなにも桃色じゃあなあ。



 場違いな剣幕。


 いや、場違いなのは、この会話?


 いやいや、この世界では普通かも。


 ともかく、喋っているときにも聞いているときにも、一切止まることなくせめぎ合っていた詩歌と妹、俺と姉、互いの剣。


 俺は下がり、攻め込み、位置取りを何度も繰り返してちょっとずつ回転し、姉や妹を詩歌への最短進行路からずらしていく。


 完全に抜けたら、すぐに駆け出し詩歌の隣へ。


 飛び込むついでに妹の槍を斬り上げて、詩歌を封じていた激突のリズムを断ち切った。


 詩歌は俺の帰還にちょっとばかり驚きながらも、先と同様の短い炎歌を紡ぐ。


 出た炎は幼竜のように細く長い姿。

 螺旋を描きながら俺を飛び越すと、腰ほどの高さの所でぐるぐる渦巻き鞠となる。


 炎が飛び散る。何かが中で暴れている。

 

 歌の終わりと共に、炎は溶けた。


 姉のダガーが出てきて、地に落ちた。

 交戦を放棄した俺を狙って投げていたらしい。


 これを奪えればとことん有利だろう。


 どっかに蹴り飛ばそうと足をちょこっと引いたら、それより先に妹の槍が突っ込んできた。


 隙間に落ちた物を取るみたいに、槍先を内側に向かって引き寄せる。


 カツンと刃同士が鳴って、滑っていったダガーは、意志があるかのように姉の足元へ。


 一旦詩歌と一緒に後ろへ下がる。

 姉妹も同様に、身を引いた。


「いいですねえ、これが二対二の醍醐味。互いが互いを助け合う。相方への気配りは、どんな戦闘でも勝敗をわける最大要因ですわ」


「ナイフって投擲も出来るんですね……」


 互いに、相手に向けただけの言葉を話し、武器を握り直す。



「さあ、どんどんやりましょう〜?」



「ええ!」



 息を合わせ、二人に飛び掛かった。






 ────ああ。



 ──共闘って、楽しいな。



 詩歌を守ったり、逆に詩歌に守られたり。


 昨日のように詩歌の歌を剣に巻き付けて貰ったり、応用して足に巻きつけて貰おうと思ったら、雑巾みたいにねじられたみたいな痛みが来て転げたり。


 互いを守護する姉妹の虚を衝かんと、二人だから出来ることを探し続ける。


 底は尽きない。


 詩歌が何かにトライすれば、姉妹がベタベタに褒める。俺も。

 俺がしても褒める。詩歌はぷいと目を逸らすだけだけど。


 むず痒いけど、悪くない。




 さっき姉妹は互いの思い遣りが醍醐味と言っていたが、その通りだ。


 二人を相手にし、相方にも気を配らなければいけないというのはかなり難しい。



 でも、彼女が隣にいるから、一人のときよりも安心して戦える。

 守ってくれると信頼しているから。


 そして、一人でいるよりも、気を引き締めて戦える。

 彼女を守らなければと思うから。


 ラフェムと共に戦ったことは数回だがある。


 全て相手は一人だったけど。


 その時は、頼もしくて、頼もしくて……、意図、無意識、問わず頼るばかりだったかも。


 ラフェムならなんとかしてくれるって。


 でも、それじゃあタッグの意味が半減するんだ。



 俺も隣で、本当の意味で共に戦わなきゃいけないんだ。




 交差する剣と魔法。



 馳せる思い。



 音域に幅を持った歓声。



 時が過ぎるのはあっという間だった。

 心ではまだ戦えると思っているのに。



 いつの間にか疲れていた体。


 鈍さを滲ませていたのに気が付かなかった。



 避けられると思っていた槍を躱せず、本を持った手を思い切り引っ叩かれるまで。


「……ッた! あ!」


 骨が軋む鋭さに、手を離してしまった。

 本が閉じ、辺りに散らばった魔法の物物が空に溶ける。


 同時に、硬いもの同士を殴りつけた鈍い音が耳横で響く。

 詩歌の短剣が消えた……と思うと同時に、背後から落下の音が聞こえた。


 ラグンキャンスの外殻は、想像よりも軽く硬いらしい。

 干からびた砂漠の骨を落としたように、カンカラ跳ねる。

 さっきの鈍い音が嘘みたいだ。



 ……終わり、だな。


 武器は拾わない。


 もっと褒め言葉も歓声も聞いていたい、もっと戦っていたい。

 けど、だらだら続けるのは褒められるものじゃない。それは粘り強いとは言わず、往生際が悪いと呼ぶのだ。


 それに、次の場所に行かなきゃだし。



「二人ともお疲れさま」



 ラフェムが、観客溜まりからふらりと出てくる。



「どうだった?」


「いい勉強になったよ。光魔法のこともよく知れた」


「わ、私も戦い方理解できた、かも……」



 免疫なき称賛を浴びに浴びた余韻か、未だ頬を桃に染めている。



 姉妹が武器を路肩に置きに行ったのを見て、自分たちの落としたままだった武器を拾い、仕舞った。


 姉妹が戻ってくる。


 観客の壁も、ちょこっと狭まった。


「お疲れさま! 少しは勉強のお役に立てたかしら?」

「これからお二人の血肉のように、少しでも戦いの手助けになれればよいのですが……」


 さすが猛者というべきか、まだ疲れていなさそうだ。呼吸に乱れがない。


 居合わせてない人に、先程まで家でリラックスしていたと紹介しても、なんの疑問も抱かぬだろう。


 一方ヘトヘトの俺だが、失礼にならぬようシャキッと背を正し、感謝の気持ちのままに頭を深く深く下げた。


「とても参考になりました!! 光魔法の理解、勝負への想いを深められた。戦い方も、使い方も、魂で知ることができました」


「これからもっと錬磨して、私たち自身の光を見つける。二人の輝きに敵う強さ、身につける……」


「期待してるわ。ショーセさん、シーカさん、そして……フレイマーさん。あなた達なら、きっと……」



 姉妹は、俺たち三人の手をまとめて、ぎゅっと優しく包み込む。


 顔を上げる。真剣で、そして不安げな表情で、まっすぐ俺を見つめていた。


 本当は、怯えさせるような不穏な顔は見せたくないのだろう。

 何度かまばたきして、真剣だけを抽出しようと顔を動かしているけど、やっぱり不安が滲んでしまう。


 彼女たちは、愛するものを圧倒的な暴力によって侮辱された。


 その胸に抉られた恐怖、死を悲しまれず、愛してくれる者のいなかった俺にはわかるまい。

 だから、無理をする必要はないと思った。


「気にしないでください。気持ちを偽る必要なんかないんですから」

「あら。やっぱり隠しきれないわね? ごめんなさいね……」


 姉は申し訳なさそうに苦笑い、目を閉じた。


 大きく深呼吸した後、祈るようにおでこをまとめた拳にくっつける。




「……どうか、あの龍を討ってください。誰彼もの平和のため、そして屠られた愛する者たちの鎮魂のために。そして……絶対に、生きて、無事に、帰ってきてください」



 子どもから老夫婦まで、アトゥールの皆が真剣に見つめている。


 言うべき言葉は一つだけ。


「必ずや、戻ります」


 心の底からの強い意志を示すように、未来を定める言霊を呼び寄せるように、はっきりと、それだけ答える。装飾の必要はない。


 姉妹の手から、何かを感じる。

 ……姉妹だけじゃない。

 ラフェムからも、詩歌からも、滾る流れが皮膚をすり抜け伝わってくる。


 魂がそれぞれの中で、炎のように燃えているのだろう。


 想いは皆同じ。



 願うは、ドラゴンの終焉、平和の希求、奪われたものの奪還。


 ……しかしながら、やはり不安が混じっていた。

 詩歌も、ラフェムも、姉妹も。


 絶対に戻る。それは俺たちの願いであり意志。

 しかし夢破れるのも、起こり得る現実。決して望んでいなくとも、有り得る非情。


 それは仕方がないのだ。

 だからこそ、絶対を約束する。



 潮風が流れていく。


 海鳥だろうか、聞き慣れぬ澄んだ鳴き声が空を過ぎ去り、白熱によって忘却に追いやられていた遠い海の波が聴こえ始める。


 姉はゆっくりと拳を緩めた。妹も続いて手を離す。

 体側に戻ろうとする姉妹の手を、ラフェムがすかさず手に取り、お返しといわんばかりに固く握り締めた。


「去ってしまった者の記憶も、共に行けぬ人々の想いも、僕らが全て背負って連れていく……」


 澄んだ琥珀の瞳がますます輝くと、二人は揃って瞼を閉じた。


「……フレイマーさん。よろしくお願いします」


 ラフェムは黙って頷き、手を解放した。


「さあ、二人とも。支度して荷物持って、ラスリィに行こうか!」


 ラフェムは重たい空気を吹き飛ばすように笑って、歩き出す。


 ふわりと茜のはねた髪がなびいている。

 この風の方角が逆転する前には、新たな大陸に上陸しておきたいものだ。



 よし、旅に戻ろうか…………。



「良い試合だったぞ!」

「魔法かっこよかった!」


 顔見知りから完全に知らない人まで、観客の皆が歓声と拍手で、宿に帰る俺らを労った。



 負けちゃったけど、胸はすっきり爽やかだ。


 また、この場で二人と戦いたい。



 強くなった姿を示したい、リベンジを果たしたい。



 いつか、帰ってこれたら、また……町の人皆と、共に試合を楽しめたらいいな……。





 荷物を持って、宿を出る。



 ルーフェミルーレ姉妹だけでなく、ネロンとエルレーゲさん、ルシエたちとカスィーさん夫妻が見送りに着いてきてくれた。


 町の出口、砂と石畳の境。


 ラグンキャンスが落ち着くまで基本立入禁止とちょっぴり汚い字で書かれた看板……といっても寸胴な板切れが、浜辺に刺さっている。昨日は無かったものだ。

 急いでこさえたんだな、黒の絵の具はところどころダマになってて、まだ完全に乾ききっていない部分もある。


 看板を境に、俺たち三人と、アトゥールの人々が分かれる。

 野球の開会式のような列になり、互いを見合った。


「ヨーセ、魔法すごいね! お姉ちゃんも、お歌すごかったよ! これからもっとすごくなってね」


「ルシエも、お父さんみたいな立派な風を使えるように、凄くなるんだぞ! 応援してるからな」


「うん! すごくなるよー!」


 ルシエの頭を撫でた。汗ばんでいて髪がとんがった。


 ルシエを撫で終わると、昨日助けた男の子が、パンみたいにふっくらした腕をこちらに伸ばす。


 さっきの魚ジャーキーを持っていた。

 ありがたく貰って、かじりながら同じように頭を撫でる。


 やはり汗ばんでいて、髪がワックスつけたみたいにツンツン立った。



「大変だろうけど、頑張れ」


「ルシエと仲良くしてくださって、本当にありがとう。無事に夢を叶えられるよう、祈っています」


「アトゥールは私たちに任せてください。もう誰一人、危険な目には合わせない。ビリジワンの方とも、協力していこうと思います」


「まあ、まだ子供なんだからさ、あんま無理しないようにな! 辛いときは正直に周りに伝えなよ? 無理は禁物だよ!」



 それぞれの声に、過ぎた日の情景が鮮明に蘇る。


 過ぎた日……は大袈裟か。

 まだ指折り数えられる程度しか月日は登っていない。


 まだ龍の存命も、存在も知らなかった頃。

 この星は平和そのものだった。

 いつまでもこのままゆったりと時を経るものだと勝手に思っていた。


 でも、その平和はもう終わった。


 まだ大して町の外貌は変わっていない。

 だけど、いつかは全てが変わる。


 ドラゴン復活への恐怖に心を支配された時、ドラゴンが現れて誰かの命を奪った時。


 いつそうなったか判らぬぐらい、じっくりと蝕まれていくかもしれないし、まるで昨日と今日でまた異世界転生してしまったんじゃないかと思うぐらい、はっきりと崩れ落ちるかもしれない。


 どうであれ、俺はそんなの嫌だ。


 せっかく得た幸せを、好きな皆が暮らす世界を、なんの罪もない人々を、友だちを奪われてなるものか。


 ……正直、俺はまだ平和が終わったことをちゃんと理解できていない。このまま永久にドラゴンなんか見つからずこの日々が続くのだとさえ思えてしまう。



 だからこそ、行かなくては。



 荷物を抱え直す。

 感謝と無事を祈り、ラフェムと共に、深く頭を下げた。


 彼女たちもおじぎを返し、慈悲深く、そして力強い笑みを浮かべる。


 そしてそれぞれが、それぞれの口調で「行ってらっしゃい、頑張って」を告げた。



 それじゃあ……。



「行ってきます!」

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