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#8 二度目の朝、三日目の世界


 ……眩しいなぁ、それになんだか暖かい。


 閉ざされた瞼を持ち上げる。

 真上に吊り下げられた空のガラスの容器が、部屋に射し込む弱い白の光に照らされて輝いている。


 ああ、朝かぁ。朝……。


 ?


 朝!?


 「えっ、あっ、あれ……?」


 しまった、待っているうちに寝落ちしたっぽい。



 俺の上には、ふんわり軽い羽毛布団が乗せられていた。気にかけてくれたらしい。


 ゆっくりと起き上がって、後ろのベッドを確認するが、既にもぬけの殻だった。


 下にいるのかな。

 自然に落ちていくまなこを擦りながら廊下に出ると、何かを焼いている時の油の弾ける音が聞こえてくる。


 ……調理しているのかな。ふぁ……。


 寝ぼけて足を踏み外し転がり落ちないように、壁に手を添え、ゆっくりと一段、また一段とのろのろ下ってゆく。


 一階に近付く程、ジュウジュワジュウと弾け暴れる音は大きくなる。

 途中から、芳ばしい肉の香りも鼻をくすぐり始めた。一段降りる度、眠気は食気へと変質していく。


 そういえば、昨日は木の実一個食べたのが最後で、昼飯も夜飯も食べてなかったな。



 全ての段を降り終えた時、完全に眠気は消え去っていた。


 こっそり広間を覗く。


 挿絵(By みてみん)


 台所でラフェムが、コンロ──とはいっても、キッチンに三脚台を置いて、そのまた上にフライパンを乗っけ、魔法の炎を使って炒め物をしている。


 なるほど、彼は炎魔法使いだから、ガスコンロやかまどを必要としないのか。


 彼の格好はパジャマでもコート姿でもなく、赤いTシャツと黄土色の短いズボンという、ラフな格好であった。


 いつもあの服を着るのも堅苦しそうだし、普段はこんな感じなのだろうか。


 黙って見ていると、彼は俺の気配に気付いたようで、上半身をひねるようにしてこっちを向く。


 「ラフェムさん、おはようございます」


 「おはよう、ショーセ。よく寝れたか? あと少しで飯が出来るから、この合間に顔洗ったり歯磨いたりしとけよ」


 「わかりました」


 素っ気なくそう言って、彼は再びフライパンへと向き合った。


 俺も言われた通り、脱衣室へと向かう……前に、トイレ。

 ……いやあ、ちょっと尿意がね。



 この世界に来て初めてのトイレ。ちゃんとした水洗で、蓋は無いが洋式に近い形態だ。トイレットペーパーもある。ボットンや和式で無かったことに、かなり安心した。


 しかし、排泄の頻度は全く違うな。


 きっと、この世界の人間は、魔法が使えたりモンスターとやり合ったりと、地球と比べてかなりスペックが良いから、体内の消化吸収や老廃物処理もかなり最適化されているのだろう。


 用も済ませ、脱衣室の洗面台で顔を洗い、昨日は無かった俺の名札がつけられた歯ブラシセットで歯も磨く。スッキリさっぱりして、朝に相応しい気分になった。



 広間に戻ると、彼は既に調理を終えていた。並べられた皿の向こうで、椅子に座ってじっと待っている。急いで向かいの席についた。



 料理は、牛肉に似たサイコロステーキに、昨日の朝と同じ目玉焼きとほうれん草が平皿に盛られ、赤に黄色に一粒一粒様々な色を持つカラフルな豆が米の代わりとして茶碗によそわれている。

 そして、半透明の焦げ茶色をした飲み物と、木のスプーンとフォーク。


 ……朝食にしては、ボリュームがありすぎではないだろうか。

 食べ切れるかな、胃もたれしないかな。心配だ。


 そんな俺をよそに、彼は自分の作った料理の香りを胸いっぱいに吸い込んで、満足げににやけた。


 「それじゃ食べるか。いただきます」


 ラフェムが手を合わせ、目を瞑ると軽く一礼する。こちらの世界にも、食べる前に食物に感謝する文化があるようだ。俺も続いて、手を合わせて挨拶を述べた。


 「……いただきます」


 ラフェムに倣い……とはいっても、利き手の関係上鏡写しの形で、左にフォークを、右にスプーンを持つ。


 どれにしようかなっと……よし!


 早速、旨そうなサイコロステーキを頬張った。


 舌の上に触れるだけでもう旨い。

 なかなか巧妙に味付けされ、よく焼かれた肉は柔らかすぎないかつ硬すぎない絶妙な加減で噛みごたえがあり、食べているということを実感させてくれる。

 噛むたびに肉汁は溢れ出し、肉そのもののうま味が口一杯に広がっていく。最高だ、これは何の肉なのだろう?


 米代わりの豆も食べてみよう。

 見た目と大きさは大豆やグリンピースに似ている。

 スプーンで掬い、口へと運んだ。

 軽く力を加えるだけで、枝豆のように二つに割れる。


 ピーナッツや大豆といった乾燥した豆という程ではないが、結構硬いし、単体だと味が薄く素朴だ。けれど、肉や他のおかずと一緒に食べると、豆の質素な味が相手を引き立ててくれて、旨味が増す。米のニッチに位置するものだろう。


 ほぼ一日何も食べておらず空腹の俺の前に、こんなに美味しい物を出されたら、我慢なんか出来るわけがない。


 肉と豆を交互に運ぶ手が止まらない、その様子はまるで川底の藻を食うカニとかザリガニである。




 あっという間に二つの皿は空になってしまった。食前の完食出来るかどうかの不安、杞憂だったな。欲を言うなら、サイコロステーキおかわりしたい。けど、もうないっぽい。


 半透明の液体が注がれたグラスを手に取り、口寄せる。


 ほんのわずか、煎られた葉のような良い香りを感じた。これは……お茶。

 ほぼ無味に近い苦味というかなり地味な風味だが、喉を滑り落ちるように引っ掛かることなく飲める。息継ぎもせず、あっという間に一滴残さず飲み干して、一つ小さな息を吐き、空っぽのグラスを机へと置いた。


 はあ、満足満足。

 目線を少し上げると、ラフェムが呆気に取られた顔で、こちらの皿をまじまじと見ているのに気付いた。彼の食べ物は、まだ四分の一ほど残っている。


 空腹と美味とはいえ、がっつきすぎた。

 行儀が悪いとか、はしたないとか思われてるのかな。少し罪悪感と羞恥に苛まれていると、目の前の唖然顔は不敵な笑みに変わる。


 「へへへ、旨かったか?」


 彼はわざわざ手を止めて、嬉しそうに聞いてきた。


 てっきり怒られたり嫌味を言われるものだと思っていたので、驚きながらも彼の笑顔に応えるように答える。


 「はい、美味しかったです。ごちそうさまでした」


 「ふふ、それは良かった。あとさ……別に敬語なんか使わなくていいよ、歳も同じぐらいだろ? 僕もさ、そんな凄い人間じゃないのに、硬い付き合いをされちゃあ気が重いんだ。お互い気楽に行こうよ、いいだろ?」


 「え?」


 いきなりそう提案した彼は、俺の返答も待たずに残っている料理を食べ始めた。


 どうやら敬語は無し以外の選択肢は無く、これで決まりらしい。


 しかし俺にとって彼は、命の恩人以上の存在である偉大な人だ、彼はそう言ったけれど、凄い人間ではないわけでは全くないのだ。だから急にそう決まっても、タメ口や軽い口調で話すのはどうも腰が引ける。これからどう話せばいいのだろう。


 悶々としながら、ゆっくり嵩の減っていく皿をじっと眺めて、彼の完食を待った。


 「ごちそうさまでした」


 ようやく食べ終わった彼は軽く一礼し、立ち上がるとコップと二枚の皿を一つに重ねていく。


 俺の分も一緒にしようと手をかけたので、慌てて制止して自分で重ねて持ち上げた。俺は客ではなく居候なのだ、なんでもかんでも彼にやらせるのは宜しくない。皿ぐらい片付けるべきだ。



 シンクに皿を置くと、ラフェムは大きな伸びをして改めてこちらを振り返った。


 「これは後で洗う。さて、ショーセ。一緒に出掛けるぞ、準備しよう」


 ええ!?


 ……というわけで、俺は急いで二階へ鞄を取りに行き、ラフェムが用意してくれていた普段着へと着替えた。


 曇り一つない真っ白のカットソーに、シルクみたいな気持ち良い肌触りの赤いハーフパンツ、ふとももを囲うような黄色い炎の模様付き。至って普通の服だ。


 昨日まで着ていたコートみたいなのは洗濯に出すらしく、玄関へと移動された風呂場のあの籠に、丸まったまま入っていた。


 荷物を……といっても鞄しかないがちゃんと持ち、身だしなみも整え準備は万端。


 爽やかな白い日射しの降り注ぐ外へと跳び出した。


 夏らしい輝く熱い陽光と、朝の涼しい風が肌に触れて、心が青空のように澄み渡る。


 ラフェムは家の鍵を閉めると、左肩に洗濯物を神輿のように担いで、大通りの方角へと歩き出した。




 人気のまだ少ないレンガ道。ラフェムの左側に並び、歩幅を合わせて進む。


 お互いに話題もなく閉口したままだったが、数軒の家を過ぎて、ラフェムがふと切り出した。


 「なあ、どこか行きたいところってあるか? 用事が終わったら連れていこうと思うんだけど」


 行きたいところか。そうだ、昨日寝る前に思っていたことがあった。


 「それなら……図書館に行きたいんですけど、この街に図書館はありますか?」



 「……敬語じゃなくていいって」


 少々間を開けてから、不機嫌そうに一言言われる。素で忘れてた。


 温厚な彼をついに怒らせてしまったのではないかと恐ろしくなって次に来るであろう怒号に怯えていたが、彼が次に紡いだ声は優しいものであった。


 「ま、急には慣れないよな。まあもっと気軽に話しかけてくれていいんだよ……そう、何というか、友達みたいなさ」


 「友達……かあ」


 「そうそう、そんな感じでさ」


 篭に邪魔され彼の横顔は見えなかったが、照れ臭そうに笑っているように感じた。


 友達という単語を聞いて、ちょっぴり嬉しくなった。


 前世の俺には、友達どころか話す同年代の相手もいなかった感覚がするんだ。いつの日からか、ひとりぼっちだった。


 だから、こうして好意的に話してもらえるのが本当に嬉しかった。なれるならば、彼と真の友達になりたい。砕けた言葉は親交の足掛かりになるだろうか。



 その後は再び互いに無口のまま、静かな朝の街の中を進んでいった。


 体感五分ほど歩き、クアの宿の前に着くと、何故かラフェムは建物内へと入って行く。


 カウンターに座っていたクアはラフェムの姿を見るなり、蒼い目をより一層輝かせて、ロケットのように立ち上がった。


 「あら、ラフェムー! おはよう今日もかっこいいわね素敵よ! あ、えっと……ショーセ! いらっしゃい、その篭持ってきたってことは洗濯ね!」


 彼女は満面の笑みと浮かれた足取りでこちらへ向かうと、ラフェムから篭をさっさと受け取った。そして踵を返すと受付の横、階段じゃない側の謎の渡り廊下の奥へ奥へと進んで、やがて薄暗に消えた。


 へえ、寝泊まりだけじゃなく、洗濯も受け持っているのか。


 ふと気になって、あの廊下の奥には何があるのかとラフェムに聞いた。


 彼曰く、熱い湯が間断無く沸き出る温泉があるらしい。


 そこに置いてある大きな石を削って作った専用の容器に、そのお湯と専用のせっけんと服を入れて、彼女の水魔法で渦や滝壺のような強い水流を作って汚れを落とすだとか。そりゃまるで魔法の洗濯機だな。


 戻ってきた手ぶらのクアは、ラフェムの正面へ向かうように立った。


 「今日は天気がいいから、陽が沈む前には乾くと思うわ、だから夕方か夜に取りに来て頂戴。それと、ショーセは昨夜見かけなかったけど、どうしたの?」


 「まあ、色々と複雑な訳があってね。今日はショーセもいるし、これから用事もあるし。だから暇が出来たら話しにいくよ」


 「本当!? 嬉しい! 絶対よ!」


 クアはほんのり朱色に染まり、顔を左右に振って、長い髪をふわりと揺らした。



 「じゃあ、僕たちはこれで」


 彼女の笑顔に見送られながら、俺たちは宿を後にする。



 商店街へ出ると、密接する色とりどりの店のオーナーと思われる人々が、窓を拭いたり物を運び入れたりと、開店の準備に勤しんでいた。



 「そうそう、図書館の前に一軒、君と行きたい店があるんだ」



 ラフェムはそう言い、ギルドのある方とは逆の方向、西口の方へと曲がる。



 行きたい店とは一体なんだろう。


 料理? 服? それとも……?


 わずかに頬笑む彼の横につきながら、拙い想像を膨らませた。

次回から毎週木曜日投稿になります、よろしくお願いいたします。

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