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#79  姉妹の教え

 いつもの魔法と物の召喚、そして新たに覚えた光と蹴り。

 駆使して彼女に一撃を試みる。

 だけど、短剣と舞うような華麗なる身のこなしは、実に強敵で。


 思えば、人とのタイマンで攻撃できたことはそんなに無いかもしれない。


 ラフェムの時は矛先をひねって止めてからだし、ネルトには力負けして、射程差でチクチク攻めてた。

 そういえばトカゲと戦ったときも、トカゲが暑さで弱ったからやっと倒せたぐらいだ。


 もちろん、彼らは俺より経験を積んでいたし、努力もしてきた。


 俺はまだ転生して一ヶ月も経ってないぺーぺー、この世界でずっと生きてきた彼らに敵うわけがないのは当然だけど。


 俺がさっきの猛攻が視えたのと同じで、彼女も、皆も、俺の攻撃を手に取るように、それこそ俺より正確に、未来を観るかのようにわかるのだろう。


 きっとそれは、無数の経験が産んだ賜物。


 今までの人生での記憶を、無意識に総動員させたシミュレーション。

 過去の挫折、成功、苦難、発見、全てを生かし、活かす。


 同等になりたいのなら、俺もこうして動いて知識を増やすしかないんだろうな。

 そして、戦いの知識がない今は……他の知識と思い付き、そして俺だけが出来ることで補うしかない。



 ……蹴りも、魔法も、どちらも彼女にとってはとるにたらない威力しか出ない。

 そして、簡単に避けられてしまう。


 ならば、重ね合わせるしかなかろうに。


 水と雷の詠唱を繰り返し、彼女を挟むように撃ち出した。

 すぐに炎を綴り、現れる魔法陣に回し蹴り。


 俺の足は、発射されるはずだった魔法と融合し、炎を纏う。


 熱い……。

 これが俺の魔法、心……?


 初めて触れた自分自身の魔法。


 何か靄の晴れたような、それでいてまどろみに溺れるような、妙な心地になった。

 自分の魔法が痛いなんて……。

 いや、昂ぶりによって全身裂かれる火傷を負うぐらいだ、激昂して放った雷で感電するぐらいだ。

 刃で自身を刺せば傷付くように、心が体を蝕むように……人を傷付けるならば、傷付く責任を背負っているのか。


 足、炎、二つの推進力が重なり合い、強烈迅速の一撃へ。


 退路を塞がれた上で紡がれた新しい技に、彼女は一旦腰を落とし、短剣の平に空いていた片手を添え、防御一辺の体制を取る。


 ダガーの側面に、足の甲が衝突する。

 足が軋む、炎は炸裂。

 衝撃波が髪を靡かせた。

 だが彼女は吹っ飛ばない。


 重い、硬い。

 二つを合わせても、まだ……。


 しかし、体勢を崩すことには成功した。


 坂というのもあるが、重心がゆらぐ。

 彼女は無意識に、ダガーを支えるために添えた左手を離し、地に突こうとした。


 チャンスだ、喰らいつけ。


 また足を掴まれては堪らなかったから、弱すぎず強すぎずのそこそこの力で、すぐに引っ込められるよう意識はしていた。


 足を引き、本を見ず、書き慣れた炎を、紅を思い描いて書き殴る。

 よし、今なら、隙の大きい蹴りも沢山使える。


 交互に、もしくは差すように、または同時に、そして一緒に、魔法陣とワルツを躍るように蹴りを繰り出す。

 彼女は床についた手を戻せず、剣を持っている片手だけで凌いでいたが、次第に追いつかなくなってきた。


 彼女の視線が一瞬下がる。

 今だ。

 大きく回り込むように、横へと駆ける。


 剣を持っていた手が、交代で大地に接すると同時に、無沙汰だった方の手が俺……の居た空間向かって突き出された。


 刹那、閃光が無を貫く。


 彼女は魔法で俺を突き飛ばすつもりだった。


 だけど、俺だって彼女がこのまま攻撃を受け続けるつもりなど微塵もないことをわかっていた。

 だから、彼女が魔法を撃つ気配を、ずっと窺っていた。



 光の矢は当たらないことを理解した瞬間霧散する。

 だが、前へ腕を大きく突き出した体勢は、もうどうにもならない。



『風』『炎』


 石畳を蹴って、重なった魔法陣に飛び込み、風を身に、炎を膝に纏い。



 完全に無防備となった彼女に、全力の飛び膝蹴りを食らわせた。


「ぐ、うっ!」


 彼女は咄嗟に腕を折り曲げ、受けようとしていた。

 だが、油断にねじ込んだ三つの力を混ぜた全力の一発は、実力差を考慮しても素手、それも片手だけでは抑えられない。


 蹴りの勢いを継いで、彼女の体は吹っ飛んだ。

 坂を横切り、建物の方へと転がっていく。


 ただ、さすがは猛者。


 壁に到達する前に、彼女は手で魔法を噴射させ、同時に足で大地を蹴り飛ばし、体を真上に浮かせると、体勢を整え着地する。


 でも。


 やっと!


 やっと一発当てられた!


 彼女はその場に留まって、服や肌に付いた砂利をはたきながら、感心したように口角を上げる。


「ほう、魔法に飛び込むとは……」


「ラフェムやルーフェさんみたいに直接は出せないから……俺なりに考えてみたんです」


「いい発想ですね、面白い。二つの魔法を組み合わせ、そこに飛び込むとは……」


「へへ……」


 彼女は大きく頷きながら、ダガーを持ち直し、歩み……だそうとしたのだが、なにかに気を取られて、俺から目を逸らした。


「丘照らし、笑む陽光の儚きを……」

 短い詩が、音色に乗って紡がれる。


 振り返る。


 ミルーレの槍を受け流しながら、詩歌が真剣な眼差しで、己を鼓舞するように歌っていた。


 やがて歌詞は消えメロディだけとなり、詩歌の短剣に纏わる光はますます勢いを増す。


 昨日浜辺で聴いた歌とは、また毛色が違う。


 あの攻撃的な面を秘めた賛美歌がルーフェさんを表した歌ならば、この今にも絶えそうな儚さを抱えながらも明るく健気な歌は、詩歌を……いや、詩歌が望む光?


 攻めてくる槍を擦らせるだけだった剣筋は、突如迎撃した。


 長い矛先が進むはずだった予定は歪む。


 隙が生まれた?


 期待がよぎった瞬間、すでに槍から離れた片手が、詩歌の振りかざした短剣に向かっていき。



 光が飛び散る。

 これは攻撃を受けたときに弾ける、命の光と……もう一つ。魔法の光。


 詩歌が突き飛ばされたようによろめき、爆発の中から出てくる。


 短剣と肩には、詩歌のものではない光の粒子が燻っていた。

 おそらく、ミルーレは先程覚えたビームを放ち、詩歌は咄嗟に手首を捻って刃の平を向けて防御したのだろう。

 けれど、防ぎきれず当たってしまったようだ。


「歌が魔法になるという姉ちゃんの説明は、こういうことだったのね。……あなたが私の手に怯んで口を噤んだ瞬間、宿ってた魔法が弱まったわ」


 詩歌は肩を押さえながら、悔しそうに眉を下げ、今は何もまとっていない真っ白の短剣を見つめた。


 いつの間にか隣で、一緒に二人の様子を眺めていたルーフェさんが、俺の肩を叩く。


 まだ向こうにいるもんだと思ってて、ちょっとびっくりした。

 やばいやばい、試合中だってのに……。


「シーカさん、短剣の使い方はもう大丈夫みたいね。じゃあ、二対ニに移りましょうか」


「そうしましょうか、おーい詩歌!」


 すぐに詩歌の方に駆け寄った。


 彼女は自分の戦いに夢中だったから、俺とルーフェさんが休止していたことにも気付いていなかったみたいだ。


 急に名前を呼ばれたから、ちょっぴりあっけらかんとして、俺とゆっくり妹の方へ歩いてくるルーフェを交互に見る。


「えっと……今の見てたの?」

「見てたけど……肩は大丈夫か?」


 何故か詩歌は恥ずかしそうに視線を逸らすと、口を少しばかり窄ませ短剣を陰に隠す。


「どうした?」


「失敗ばかりなの、見られてただなんて……」


「恥じることじゃないさ。そもそも世界には失敗と成功の二択しかないんだ、失敗なんて誰でもするし、最初から全て上手く行くわけない。君が全身全霊で挑む限り、誰も咎めやしないよ」


「……そうね。それで、試合中なのにどうしたの? もう決着付いちゃった?」


「いやまだだ、タッグでやろう」


 詩歌は腑抜けた声を漏らし、そしてすぐに首を横に強く振る。


「二人を相手に!? 無理無理無理! 私何も出来ない……だってまだ、剣も魔法もまともに使えないし、二人を相手にするなんて初めてだし! 今回はやめましょう!」


「大丈夫だよ、人は皆初心者から始まるんだ、出来ないと引っ込むんじゃなくて、とりあえずやってみればいいさ。あと俺も二対二でやるのは初めてだ」


「ええ、彼の言うとおり。それにあなた、十分魔法も短剣も操れてるじゃあないですか! とっても素晴らしい、歌には輝かしい才能を感じます。もっと自信を持ってみてもいいんじゃない?」


「すばら、え? あ……えええ?」


 妹ミルーレが肯定する。そして詩歌の肩に優しく手を置き、じっと目を見つめて、優しい笑顔を見せる。

 詩歌の頬がじんわり染まり、笑みと眼差しから逃れようとしたのか瞼を閉ざす。


「お世辞はやめて……」

「あらあらあら! 本心なのに……」


 ミルーレが悲しそうに眉を下げ、手を離す。

 慌てて詩歌は目を見開き、言葉で取り繕うと口ごもる。

 が、いい言葉が思いつかなかったみたいで、縮こまってしまった。


「……すみません、褒められるのには慣れてない……」


 仕方がないとは思うんだがな。


 後ろ指さされて笑われてきた人間には、簡単に受け取れはしない。


 でも、この世界にはそんな人間はいない。

 だから、逆に彼女らを否定することになってしまう。


 ようやく妹の横に到着した姉が、しょんぼりした二人を眺めて、何故か妖しく笑う。


「あらあら、じゃあ良いところはたくさん褒めちゃいましょ〜っと! 早速始めましょ?」


「え!?」


 詩歌は驚いて固まった。

 だけど、姉妹は勝手に火蓋を切り落としてしまう。

 二人は息ぴったりに後ろに下がると、武器を構え直し、刃に鋭い光を宿す。


 その表情は真剣で凛々しい。

 スイッチはすでに切り替えられていた。


「まあいつまでもグダグダ話してちゃあ、観客に失礼だしね。さあラストスパートタッグ練、頑張ろ詩歌」


「ええ? ええっ!?」


 姉の重心が大地へ近寄る。


 その僅かな前兆を契機に『バックラー』を綴り、現れた緑塗料の鉄の手持ち盾の、持ち手の部分に本を持ってる左腕を突っ込んだ。


 喉笛食らう狼のように飛び込んだ彼女の、振り上げた短剣が下されるより先に、腕を突き出し押し返す。

 その勢いのまま前へ出て、棒立ちの詩歌を狙った槍を受けた。


 二人はすぐにつま先と矛先を俺に向ける。

 襲われる前に、『煙』と書く。

 展開された魔法陣の中央から、またたく間、緑煙幕が縦横無尽に広がり、詩歌と俺を隠した。


 依然固まったままの詩歌を腕で引き寄せて、煙を補充しながら三歩引く。

 欺く空気に籠城するわけにはいかない。


 俺からも向こうが見えないし、手を出せないのをいいことに魔法で滅多打ちにされるかもしれない。


 この煙は、ほんの僅かの時間稼ぎ。


 ……ほら、ビームが煙を貫いた。


 次々光を撃ち込まれる。

 輝きを拡散し、ぼんやりオレンジに発光する煙は、まるで雷雲のよう。

 盾はあっても、強い魔法が降り注げば、台風の中でビニール傘をさしてるぐらい心ともない。


 それに、いつ刃物が混ざってくるか、場所を特定されるか……。


「そんなにも不安なら、俺のそばにいなよ。そうだ、盾を貸そうか?」

「…………盾は……借りておきましょうかね」

「よし! 頑張ろうか」


 前方に脅しの炎魔法を三発放って、刹那の雨上がりのうちに詩歌に盾を渡す。


 そして、本を天に掲げ、風を書く。

 魔法陣という輪をくぐり、翡翠の追い風を纏って空へ翔んだ。


 煙は晴れ、人々の注目は俺へと集う。

 無論姉妹の目も。



 さて!

 最後まで張り切っていこう!

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