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#78 転生者は学ぶ

挿絵(By みてみん)

 エルレーゲの宿正面、石畳の道路。

 リンゴを落としたらコロコロ下まで転がってしまうような傾斜だが、今の体なら立っていても疲れないし、走っても平気そう。


 どこから聞いたか、アトゥール市民が老若男女構わずぽつぽつと、子どもたちに混ざっている。

 立ち並ぶ四角い建物の壁に寄りかかったり、店先のベンチに座って、開戦を待っている。


 その中ラフェムを見つけた。

 疑問点が一つある。ラフェムに近付き、他の誰にも聞こえないように口元に手をやり、耳元で喋る。


「魔法を……俺とシーカの魔法を、こんな大勢に見せてしまっていいのか?」


「別にいいさ。もう隠しても意味ないだろうし。それに君たちも……、……自分を偽り続けるとなると疲れるだろ?」


「そうだけど……じゃあ逆に、他の人は俺の魔法を見て怖がったりしないか?」


 ラフェムが声を出して笑う。

 そして俺の肩を軽く小突いた。


「怖がる? 僕の友だちをかぁ?」


 友だち……!

 心地いい響き。


「はは、何心配してたんだろ? 戻るね」


「おう! 頑張れ!」



 …………さて、対峙するは、得意げに槍を構えた同年代の少女ミルーレと、短剣を胸の前に添えて穏やかに微笑む少女の姉ルーフェ。


 先手を譲ってくれるらしく、そのポーズのまま静かに俺たちを見つめている。


 隣の詩歌は、不安そう。


「ナイフ、どう扱えばいいのかわからない……」

「あー、俺も短剣はちょっと専門外……」


 同じ剣という武器でも、リーチが全然違うし、ナックルガードもない、重さも。

 下手に教えて、変な癖とかついたらいけないし。


「……まずは俺一人で行ってみるから、まずは剣の持ち方を見て学んだら入ってきてみるか?」


 彼女がゆっくり頷く。

 じゃあ、始めるとしますか。


 本を開く。


 綴る文字は『白銀の双璧となる漆黒の剣』

 目の前に、黒剣が魔法陣から姿を現せば、若く高い歓声。


 左手で産まれたばかりの柄を掴む。

 本は開いたままショルダーバッグの中へ。


 背の鞘から白銀の剣を抜く。


 魔法でボコスカ攻撃しては、詩歌は目がチカチカする以外の情報を得られない。


 彼女が基本の基本、ナイフの持ち方を理解して参戦するまで、双剣スタイルで行こう。




 胸を張ったまま待っていた姉妹に突撃。


 開幕に二人は昂揚したか、背を引き口角を釣り上げた。


 短剣使いの姉に狙いを定め、剣をまとめて振り下ろす。


 だが、視界は白に染まり。

 そして刃は空を切る。


 閃光か!



 眩んだ目に頼らずともわかる。


 既に、彼女は、俺の後ろに。




 忌避狙い回転切りをぶちかます。


 金属が滑る音がする。

 歯応えはなく、おそらく短剣の腹で受け流されたのだろう。


 徐々に戻る視界。

 姉妹が肩を揃えて、それぞれの武器を振り上げていた。



 剣をクロスさせ、その交点で受け……!

 ……う、ぐっ!



 重てえ……。


 弾く。次の攻撃を反対の剣で迎え撃つ。


 逸らせ、打ち返し。



 剣が交わる音が絶え間なく連続し、まるで一つの警報のように延々と続く。



 短剣と槍、斬撃と刺突の組み合わせはキツイ……。


 互いの攻撃範囲の欠点を補っている。


 短剣は怒涛の連撃を、槍は短剣の攻撃を防ごうとした俺の隙を狙って突いてくる。


 防御一辺倒だ。

 だが、悪くはない。



 初めて剣を握り、奮った日のことを思い出す。



 あの日も、防御一辺倒だった。


 翠の草原、海の風、陽射し。

 あの炎のレイピアの燦然と残像。



 何も見えなかった。



 でも、ここでは見える。


 当たらないように追うので精一杯だったのに、今や彼女たちの次の手まで。



 どこに剣先が来るか、どこで相殺すればいいか。


 心でわかる、体が知っている。


 俺の目が成長していることを実感できる。



 詩歌が来るまでの辛抱だ。





 ……待て、これ、手元見えるのか?




「清瀬!」



 俺を呼ぶ声。


 同時に、俺の剣を叩くはずだった短剣が、描く予定だった軌跡を正反対に折り曲げ、空へと舞う。


 不意の一撃に、姉はつい短剣を手放してしまったようだ。


 妹も気を取られて、槍の動きが鈍る。


 その刹那、すかさず柄を剣の腹でぶん殴ると、重みに引っ張られて彼女はよろめいた。



 想定より早い乱入だが、大丈夫なのか?


「ナイフの持ち方はわかったのか?」


「……正直、全く。見えないもん」


 そりゃそうだ。


「だから、見るよりやって学ぼうと思って……あ、でも、私……いや、…………頑張り……ま、す」



 声とリンクして縮こまってしまったが、飛び込めるぐらいだ、大丈夫だろう。



 さて、仕切り直し。



 落下してきたダガーナイフをジャンプしてキャッチした姉、槍を持ち直した妹。


 二人はまたこちらの動きを待っている。


 そうだな、姉に詩歌を任せよう。


 彼女と刃を交わらせて、吸収しながら彼女にアドバイスも貰えれば、今日から短剣ビギナーだ。



 本を取り出し、閉じ、開き直す。


 黒剣は緑の光となって宙へ溶け、インクを走らせたページはまっさらになった。



 一対一になるために、妹の意識を俺に集中させなくては。

 てんやわんやの詩歌には、剣さばきを覚えるまでタッグバトルはキツイだろうから。


「ミルーレさん! お願いします!」


 炎魔法、水魔法、雷魔法、風魔法、使える魔法の詠唱を、筆先を繋げたまま無造作に書き殴る。

 離せば、数々の魔法弾の残光は鮮やかに混じり合い、まるで虹のよう。


「なんて面白い!」


 ミルーレは、まるでクリスマスのイルミネーションを見ているみたいに声を弾ませる。




 そして。


 ブォンと、歪んだ音。



 細長い柄が、空気ごと弾を切り裂いた音。



 次々斬られる俺の魔法。

 全部彼女を避けるように半分にちぎれて、斜面にぶつかって弾け散った。



 ステッキのように柄をグルグル回し、纏わりついた火の粉や水滴を振り払いながら、興味深そうに本に視線を向ける。



「今の魔法の中に、光魔法はありませんでしたけど、使えないのですか?」


「想像で描けなければ使えないんです。まだ光魔法使いとは交友がなくて」


「じゃあ、見せてあげます! ああ! ああ! あの邪悪を討つ助けになれるなんて! なんて光栄なんでしょう!」


 頬に手を添え、恍惚か憎悪か判別つかぬ表情で口角をあげる。

 閃光がパチバチと、下げた矛先から彼女の腕に向かって流れるように、生まれては消える。


「まあ、あくまでもご参考に……ですが。まずは……気が済むまでご覧くださいね〜」


 矛を突き付けられる。

 反射で身構えてしまったが、それっきり槍は動かない。


 ラグンキャンスと争ったときに、ルーフェが使っていたのと同じように、切っ先から刃の終わりを、クリーム色の光が覆っている。


 目を凝らしてよく見れば、光の表面は流水のように絶えず一方に進み続けている。


 高水圧カッターみたい……触ったらどうなるのかな。


「おわっ」

「あわわっ!!」


 バグったゲーム音とか、むりやり止めたモーターみたいな音がして、俺の指先から緑の光が吹き出た。

 あ、やべ。ちょっと切れちゃった。


「急に手を入れないでください!」


 ぷんぷんという効果音が似合いそうな、ふくれっつらに、腰に手を当てる姿は、まるで子ども扱いだ。同い年か年下なのに……。


 まあ今の俺の迂闊さは……火を触ろうとするとか、コンセントの穴に針や紙を入れようとする無知な赤ん坊の軽率さと、とてもそっくりだったから、なんもいえない。



 ともかく、光魔法ってこんななんだ。


 光というより、魂の輝きがそのまま可視化されてるみたいな……太陽光とかとはまた違う、けどそっくりな、明るさを持った物体……。


 書いてみるか……あれ?


 光魔法って、詠唱なんだっけ?

 ずっと書いてないから忘れちゃった。


「光魔法の詠唱は、ルミ・シャレイトです」


 ど忘れ見透かされたみたい。


 ペンを本に突き立てたまま空を仰いでいたから、バレないほうがおかしいけどな。


 改めて書いてみる。

 太陽の輝きを胸に。昨日の死闘に煌めいた魔法を心に。


 鋭く神々しく美しい無形。


 闇を穿つ、一閃……。



 体を押されるこの感覚は、魔法が発現し一度限りの弾となって飛び出した証。


「きゃあ!」

 黄色の光の束が一直線に、彼女を槍ごとまとめて押し倒す。



 それは、まさにビーム。


「すみません、不意打ちみたいに……」

「触れただけでこんな……!?」


 彼女は突き飛ばされたことよりも、光魔法を使ったことに目を丸くして驚いていた。



 ゲームやアニメで光の攻撃は、炎や雷と同じでよく見かけるものだ。

 だけど触れたことは無かった……。当たり前だが。


 どう構成するのかがわからなかったから、今まで使えなかったんだろう。



「それいいわね、ええと…………ルミ・シャレイト!」

「どわ!」

「わあ〜できた!」


 彼女もビームを会得した! 俺の腹にブロー決めた……。

 そんなポンポン使えるものなのか!?

 ネルトが泣くぞ……。



 ……光魔法も覚えたし、ドンパチ開始。


 俺は剣と本の二刀流で、彼女は槍一筋で。


 剣より長く、魔法より短い槍。

 彼女は有利な距離を保とうとする。

 それじゃあ俺は困る。


 懐に飛び込んでみたり、魔法を撃ちまくって槍の届かない位置に追いやってみたり、色々やって自分の戦える距離に彼女を押し込もうとする。


 だけど彼女も食い込もうとして、エクストリームおしくらまんじゅうだ。



 ペンと剣を同時に持って、魔法と近接を切り替えるのもだいぶ慣れた……んだけど。


 同時には使えないんだよな。


 文字を書きながら剣は触れない。

 剣を振りながら文字は読めない。


 どうにかならないかな。



 ……彼女も、俺が感じる煩わしさを察したのか?



「ショーセさん、足での攻撃方法を覚えてみてはいかが?」


 槍を動かしたまま、俺に提案を投げかける。


「足? 蹴りとか?」


「そうです、剣と本は両立が難しそうですけど、足なら空いていますから」


 確かにそうだな。


 でも、キックってどんな種類があんだろ?


 今まで魔法か剣でのやり取りばかりだったから、体術は全然わかんないや。


「足技を教えてもらうことは出来ますか?」


 彼女が苦笑いを浮かべた。

 出来ませんか? と聞くより先に、乱暴に短剣の鍔と槍の柄を重ねて、体を俺へ近付けると耳元で囁く。


「……ええと、私の……この格好で……?」


 ローブの下は、ワンピース。


 ……。


 い、い……いや!

 いややや!


「いや、そんな訳じゃないんだ……そんな訳じゃないんです!!」

「あ、あはは……びっくりした……」


 そんな邪な目的の為に言ったんじゃないんです……!


 そっか、スカート……。


 忘れてたんだよ……。


 うう……。


 我流でやる!


 ヤケクソキック!

 見事空振り。


 もう恥ずかしくて、体がやみくもに剣を振るいたがっている。それに身を委ねる。


 ……なんでルーフェさんはこっちを見てニヤニヤしてるの!?

 妹にセクハラしたから、怒るとかならまだしも……。


 怪しい様子の姉に、妹は気付いていないようだ。

 詩歌も。

 おや、だいぶナイフに慣れてきたようだ。ちょっとぎこちないけど、武器の身軽さを活かして格闘技のように動き回ったり、小ささを活かして隙に潜り込もうとしている。



「お姉ちゃんー、蹴りも出来たよね? って今日も同じ服かぁ」


「代わろっか? 実際出来なくても、教えられる事はあると思うし」


「お願いしまーす」


 姉妹らしい砕けた会話の後、妹は槍を両手で持ち、柄で俺を突き飛ばす。


 よろめき、片足が地から離れたと同時に、姉妹は入れ替わる。


「よろしくお願いしますね」

「はい! こちらこそお願いします!」


 彼女は優しく微笑んだ。

 さすが姉妹、顔もそっくりだし、声もそっくりで、しかも息もぴったりだ。


 とりあえず、頑張ってキック見せてみるぞ。



 ……。


「もっと全身を使って」


 …………。


「上半身をひねって反動を力にするの」


「足を剣と思って」


「もっと力を込めて」



 彼女にアドバイスを貰うたび、俺の無知キックは矯正されていく。


 目に見えて上達していく俺は、実は天才なのでは?


 いや自惚れるな自惚れるな、彼女のアドバイスが的確だからだろ。

 いや説明をきっちり飲み込めて実践できるのは秀才では?


 いやいやいや……。

 自己愛と卑屈のスパイラル……。

 どっちが正しいの……。


 だけど、上手くなってるのは事実だ。


 今は全部避けられたり受け止められてるけど……よし、一発、ぶち込むか!



 そして認めてもらうんだ。

 凄いって、言ってもらうんだ……!




「……あらあら、力の込め方は注意したほうがいいですよ? 強くしようとすれば、隙も大きくなりますからねえ」


 靴底が、服だけに掠った。


 彼女が体を足に合わせて捻って、避けたから。


 直前までターゲットは、彼女のみぞおちに定まっていたのに。



 恐れては出来ぬ芸当に、彼女もまた魔法の供給者、支給者……猛者の一人であることを思い出す。


 当たると思って伸ばしきった足を、両腕で抱え込まれた。


 ……抜けない。足が動かない。

 まるで太ももから向こうが石化して、自己の意志を断絶させられたみたいに。


 あ、痛てて!

 引っ張らないで!


 もう開かないって! いくら柔らかくなったとはいっても、可動域には、限界が……。


 ……え、なに?


 ルーフェさん、目線低くない?

 どこを見て……。


「基本的に試合で心臓やソコを傷付けるようなことはしませんけど、ドラゴンの倫理はわかりませんから……フフッ」


 …………。


『水』


 ……足が空いていないなら、手が空いている。


 なんの辱めを受けているのだ、俺は!


 子どもが見てるんだぞ!


 不意の水球を浴びた彼女は、咄嗟に手を放した。

 ああ、もう!

 ようやく自由だ!



 詩歌とタイマン張っていた妹が振り向いて、槍の猛攻は緩めぬまま、気不味そうに苦笑する。


「ごめんなさい……お姉ちゃん、なんか年下の男子というか、私ぐらいの年の子をからかう時があって……」


 昨日の頼もしかったあの背中は、幻影だったのだろうか……。

 年上の姉さんになじられるのは、まあ……嫌いじゃないけどさ……。


 それはともかく、言う通りだ。


 キックのプロならまだしも、今日始めたばっかりの隙の大きい蹴りをメインみたいに連発するのは危ないか。


 あくまでも補佐、心得ないとな。


 さて、光魔法に続き、蹴り技も覚えた。

 どんどん使って、慣れなきゃね。

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