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#77 一人じゃない

 詩歌を連れ、海に面した大通りに出た。

 誰もいない店先に置かれたベンチに腰掛ける。


 紺の空に、俺の知る星座はない。


 アイスドラゴンやクアたちも、同じ空を見上げてるのだろうか。元気にやってるかな。まだ一日も経ってないのに気にしてどうすんだか。



 ……彼の両親。

 負け、食べられ、魔法を盗まれ死んだ結末は知っている。

 そして、今日知った真実は……。


 ああ。なんと捉えるべきか。


 ただ負けただけではなく、皆を救うという立派な事をやり遂げた真実として、喜ぶべきか?


 それとも、皆を救い、世界のために戦ったというのに、邪悪の餌にされてしまった無情な事実として嘆くべきか。


 複雑だ。


 それに、ドラゴンの所業。想像していたより遙かにむごい。

 そんな化け物に、本当に勝てるのか?

 ……俺たちも、生きたまま殺され続けるかもしれない。

 そう思うと……。


 詩歌は、少しばかり前倒し、俺の顔を覗き込む。


「そんなに怖い話でもしてたの?」


「……ああ。昔ドラゴンに捕まった人が、どんな暴力を振るわれ、無惨に殺されていたかを聞いたんだ。そしてラフェムの両親が戦う前に、死を待つのみだった皆を逃してくれたことも」


「そっか……無惨……」


 彼女は察したか、深くまでは聞かなかった。

 自分の決心が揺らいでしまうのを恐れたのだろう。



 しばらく沈黙が過ぎたあと。


 彼女はそばに寄ると、そっと俺の手の甲の上に手を添えた。


 温かくて、柔らかい。

 怯えた心が、少しだけ平穏を取り戻す。


「えっと、三人よれば文殊の知恵っていうか、三本の矢というか……仲間がいるから、可能性は無限大に増える。その中に、望む未来を掴む未来もあるんじゃないかなって。だから私は、諦めないわ。……まあ、逃げる場所がないってのもあるけど。ともかく、あんたも…………一人じゃないってこと、忘れないでよ?」



 彼女は俺を見つめる。


 真っ直ぐな目が、今の言葉は偽りのない真意であると訴えかけている。

 その蒼い瞳は凛々しく、迷いや嘘の翳りも無く澄んでいた。


 しかし、彼女は自ら発した言葉にこそばゆくなったのか、どんどん頬を桃色に。

 そして、ついに目をそらす。


「って、聞こうとしない私が言えるようなことじゃないけど? ……楽観すぎるけど? ……ともかく? そんな悩まなくても、いいんじゃないかなって思って……」


「いや、君の言う通りだ。俺にはラフェムも、詩歌もいる」


 そうだ、俺はもう一人じゃない。友がいる。

 勝手に一人で絶望するなんて、そんなの失礼だよな。


 二人を信じよう。そして、俺自身のことも。

 やりもせずに諦めちゃあ、駄目だよな。強くなるために旅に出たのにさ。

 殺されるかもではない、殺させはしない、だ。


 彼女が、俺に寄りかかった。どこまでいいかを窺うように、おそるおそると。

 砂で汚れるぞ、と言うべきなのだろうが、そんな野暮なことを言う気分じゃなかった。


 別に彼女が重いって言うわけじゃないけど、他の鉄や木の板といった無機物には無い、生物の柔らかな重みがなんだか落ち着く。


 俺は何も言わず、彼女を受け入れる。


 肩に乗せられた頭。

 お風呂に入った後だから、ちょっと湿ってるけど、せっけんのいい匂いがする。


 ああ、温かい……。


 しばらくは、このままで、いいな……。


 ………………。


 眠いな…………。


 このまま、寝てしまおうか……。


「……ショーセくん」

「わわ!?」


 低い声が突然俺を呼ぶから、心臓も体も飛び跳ねた!

 詩歌も驚いて、磁石のようにくっついてた体が、突然片方が反転したように反発した。というか、俺はベンチから落ちた。


 うう、目が覚めちまったよ。


 振り向くと、ネロンが後ろに。


 全然気配を感じなかった。

 足音もしなかったし……いや、俺が聞き漏らしただけか?


「驚かせてすまない。フレイマーさんに、もう戻ってきてもいいと伝えてくれと言われたから来たのだが……」


「い、いつから……」


「……」


 ニッコリ笑うと、無言になってしまった。


 え、結構見られてたのか?


 わ、え? マジ? うう、最悪なんだが……。


 違う、俺たちはそういう関係じゃない、誤解だ。


 急に黙るのはやめてくれ……。



 なんか言ってくれよ。



 あの……。



 ああ。もう霧になりたい!



「も、戻ろうか、詩歌!」


「え、ええ!」


 よそよそしく彼女が離れていって、そそくさと帰っていく。

 絶対に追いつかないように、のろのろ歩こう……。


 そんな俺の隣に、ネロンがついてくる。


「邪魔しちゃったね、ごめんな」



 追い討ちやめて……。



──────────


「頼太、元気か」


 闇の中で、もはや見慣れたアイツが、上の空に語りかけている。


 そこには何も無いのに、俺がそこにいるものとして、慈しむように、励ますように、ずっと一人で喋り続けている。その姿は、偶像崇拝のようにも見える。


 本物の俺は、真後ろで大胆に四肢を投げ出して寝転がっているってのに。


 どうして俺だけが一方的に向こうの声と姿を感じられるのだろうか。

 アイツには、どんな風にこの世界が見えているのだろうか。


「よく飽きないなぁ、お前……」


 律儀に三日毎、アイツは欠かさずやってきて、俺を呼ぶ。


 俺は起きたら、綺麗さっぱり忘れている。


 でも、この闇に呼ばれると、いつの間にか現実で欠けていた夢の記憶がしれっと埋まっている。

 あたかも、ひとときも忘れずに覚えていたかのように。


 赤色の靄……。


 最初は凄く腹が立って不愉快だったけど、今はどうにも慣れてきた。


 胸の中の、妬ましい、羨ましい、憎い、ウザい、ごちゃごちゃとした、吐き気のように込み上げる負の猛獣は、日に日に穏やかになっている。無くなったわけではないが。


 アイツは、俺のことをぶったりしない、悪口も言わない。後ろ指さして面白がったりしないし、むしろ心配してくれる。



 ……でも、やっぱり嫌いなんだ。



 アイツは俺より優れている。



 皆から愛されている。



 俺が持っていないものを、俺が手に掴めないものを、何でも持っている。



 だから、優しいんだろう?


 死んだ俺に話しかけるのだろう?


 心の内では、どんな淀んだ想いを持っている?



 恵まれない俺を笑っているんだろ。


 可哀想だと同情する真似をして、優越に浸ってるんだろ。



 そのうち、うっかり吐いちゃうんじゃないか?


 見せてみろよ、その秀才に相応しくない下衆な想いを。



 ……いいや。




 本当に醜いのは…………。




 ああ、世界が明るくなってきた。


 混じりけのない黒だけだった空間の地平線が、うっすら分離する。


 空はかすかな灰色へ。大地は相変わらず真っ黒で。


 やっと感じ取れるようになったこの現象は、俺が夢から醒める前兆。


 この世界のあけぼの、しののめ、一日のはじまり、夢のおわり。


 横にしていた体を起こして、それさえ気付けず無に語るアイツに、小さく手を振った。


「じゃあな」


「……また、行ってしまうのか? でも、私はまた来るよ」


「別に来なくていいんだけどな?」


 ひとりごつ赤に、ふざけて返してそっぽを向く。


 だけど、ほんとは三日後も来てほしいと内心思ってしまっている自分がいる。


 だって寂しいじゃないか。

 いつもこうして会っているのに、急にこのルーチンが崩されたら、不安になってしまうだろう?


 矛盾してるよな、嫌いなのに来てほしいってさ。


 まあ、どう願おうとアイツはやってくる。

 そして一人で寂しそうに俺の名を呼び続ける。



 また、明々後日に会おうぜ……。



──────────




 うう……。


 何か夢を見ていたか?


 そんな気がするけど、やっぱり思い出せない。

 三日毎に同じ感覚がする……でも、嫌な感じはない。転生した頃はガチで気持ちが悪すぎて泣いたけど……慣れたのかな。


 寝返りをうち、横を見た。


 一緒のベッドで寝ていたはずのラフェムは、もう居ない。ずいぶん前に起きたようで、熱は微塵も残っていない。




 ダブルベッドに三人は狭いけど、一人だけ別の部屋で寝るのも……ということで、他の部屋からマットレスを持ってきて、詩歌にはそこで寝てもらっていた。

 寝相で蹴っ飛ばすかもしれないし、変なとこ触るかもしれないし。女の子だろ? 寝てるときに異性に意図せずとも触られたら嫌だろう。


 本当はベッドで寝かせてやるべきなんだけど、あまりにも昨日のラフェムが可哀想だったから……。


 というわけで、彼女は部屋の中央で寝ているはずなのだが、どうだろう?


 体を起こし、確認してみる。


 ……おや、まだ寝ているみたいだ。

 布団の中に丸まって、ダンゴムシみたい。


 そっとしといてあげよう。


 昨日はずっと歌わせてしまったから、疲れているだろう。


 ラフェムは下か?


 もう飯を食っているのかもしれない。かすかに涎を誘う香りを感じる。


 腹減ってきた、俺も食べに行こう。



 ベッドから降り、扉に手を伸ばす……。


「清瀬……」



 小さな震え声が、俺を呼び止めた。


 たった一秒あるかどうかの一言だったのに、その声質から酷く怯えていて、今にも泣きそうなのが伝わってくる。


「詩歌? どうした?」


「辛くて、寂しい夢を見た……」


 彼女は布団に丸まったまま、声を絞り出している。


「どんな夢さ」


「それが、わからない。思い出そうとしても、出てくるのは真っ暗な闇、なんにも頭に浮かばない……」


「そっか……俺も、思い出せない夢を見たよ」


 俺は、ドアノブにかけたままだった手を何もせず戻す。

 そして、丸まったままの彼女の隣に腰掛けた。


「…………もしかして、三日前にも似た夢を見たりしなかったか?」


 彼女は、カタツムリのようにゆっくりと頭を布団から出した。


「まさか、清瀬も……」


「お察しの通りだ。夢の内容は全く思い出せない、だけど何かがあったのは確実なんだ……。これは、転生の後遺症なのか?」


「え、えええ……後遺症? じゃあ、これから三日ごとに嫌な夢を見るの?」


「いや、ずっと嫌な感じでは無いみたいだ。俺も、最初の頃は凄く不愉快だったり恐怖に駆られたりしたけど、どんどん和らいできてて。今日なんて全く不快じゃなかったし」


「うーん、もう少し耐えれば、影響なくなるのね……。ずっと付き合わなきゃいけないのかと思って一瞬恐ろしくなったわよ……」


 分かち合える相手に気がついたからか、それとも問題なくなることを知ったからか、彼女の表情から苦しみが抜けていった。


 布団から這い出ると、そばに置いていたリボンを手にして、長い髪を結う。


 不揃いの青い毛先を、指先でつまんで撫でると、ワックスをつけたように先がぴしっと揃った。

 いつものサイドテールだ。


「どうなってるんだ、それ?」


「わかんない」


 彼女は、彼女らしくなく健気に笑うと、部屋の戸を開いた。




 階段を降りていくと、ラフェムが得意げに話す声がぼんやり聞こえる。


「……で、空から……。水面に……!」


 誰かと話しているのだろうけど、その相手の声は聞こえてこない。



「塩水は電気を通しやすいんだ。だから、ドラゴンは痺れてしまったんだよ」


 暖簾を腕で押してくぐる。


 ラフェムは席に着き、語っていた。


 テーブルの上には空っぽの陶器。すでに朝食を食べ終わったようだ。


 その周りを小さな子どもたちに囲まれている。

 昨日の騒動に巻き込まれた六人全員と、その子たちから話を聞いたであろう子どもたち。

 エルレーゲの宿に案内してもらった時の子もいるし、初めて会う子もいる。


 ああ、アイスドラゴンとの戦闘を話してあげるって約束してたな。


 でももう、終盤じゃないか。


「おっと、ねぼすけ勇者の登場だ」


 ラフェムが俺を見て微笑む。

 すると、子どもたちの注目が、一斉に俺の方に移った。


 そしてキラキラ目を光らせて、みんなが集まってくる。

 あっという間に子どもの群れで包囲され、身動きが取れなくなった。


「勇者さんはおねぼうさんだ〜」

「ヨーセはねるの好きだね!」


 貶してるのか、讃えてるのか、判別の難しい言葉を口々に上げて、俺から御利益でも貰おうとしてるのかベタベタと足にへばりつく。


 尊敬のまなざしが嬉しいのか、呑気に寝ていたのを知らされて恥ずかしいのか……どっちもなのかな、ちょっと胸が熱い……。


「起こしてくれればよかったのに」


「昨日は大変だったし、二人とも、鐘が鳴っても僕が動き回っても無反応でぐっすり寝てたから、寝かしてたほうがいいかなって」


 詩歌はちょっと不服そうだ。

 嫌な夢を見たのだから、そう思われるのは心外なのだろうし、なんなら起こしてほしかったんだろう。


 というか鐘、ここでも鳴ってたの?


 鐘で起きたことより、気付かなかった方が多くないか? ほんとに鳴ってんの……?



 子どもたちが、俺の手を掴もうとする。

 当然、俺の手は全く足りない。二個しかないのだから。


 あぶれて場所を得られなかった子たちは、他の子の手の上から握ったり、ズボンや服の裾を掴んだ。


 そして、彼らは俺を案内するように、ラフェムの隣に引っ張る。


 椅子に座らせると、また子どもたちは出入り口のとこまで駆け足で戻っていって、置いてけぼりの詩歌を同じように掴み、連れてきて座らせた。


 この机の椅子は満席だ。

 でも、まだ他の席に椅子はある。

 なんせ、他に客がいないから。


「君たちは座らなくていいのか?」

「いいの!」


 子どもたちは声を揃えて元気よく返すと、机や俺たちの椅子に寄りかかり、俺を見つめた。

 ……これ、誰を見ればいい……?


「さあショーセ、聞かせてあげな」


「えっ、何を!? もう終わりだっただろ!?」


「ふへへっ、心情だよ心情! どんな気持ちで闘ってたのかは君にしか話せないだろ? みんな気になるってさぁ」


「心情かあ……」


 子どもたちが食い入るように前のめる。まだ何も言ってないのに。


 詩歌の目も輝いている気がする……。

 興味ないふりをして、机に真っすぐ向かず頬杖ついてるのに、目だけ俺の方に……。


「えっと、俺は……ラフェムみたいに自在に魔法を操れないから、後ろで援護しつつ自分に出来ることを考えていた。炎と氷が煌く本当に綺麗で、ちょっと羨ましかったよ。だけど、ラフェムが魂を削っていたのに気付かなくて……」


「僕も調子に乗り過ぎてた。その油断をつかれて、ズドンと腹に氷柱を食らって墜ちちゃったわけだ」


「綺麗だなって眺めてた自分に恥じたよ。水はもう十分溜まっていたから、パラシュート……大きな布の袋を出して、そこに風魔法を当てたんだ。ルシエが見せてくれたあの風魔法を思い浮かべながらな」


「ぼくをみほんにしてくれたの? うれしい〜」


「ルシエの夢への想いは素晴らしいものだったからな。立派で、強くて。風魔法を使うのは初めてだったけど、ちゃんと飛べたぞ」


 想いを言葉に。


 あの薄闇の死闘は、未だ鮮明に思い出せる。色だけでない。あの吹き荒れる風の音も、肺を刺す粉砕した氷も、抉られたドラゴンの皮膚の隆起と血の臭いも。


 雷を落とすことを閃いたのは水の流れを見たからとか、最初は角を壊そうとしていたとか。

 吹雪の障壁を見せつけられて絶望したこと、ラフェムが命運を委ねてくれて嬉しかったこと。


 時系列が行っては戻ってこんがらがりつつも、記憶を伝えきった。


 拍手喝采。

 まだ手のひらが小さくて大した音が出ず、ペチペチと響かないが、これはこれでいい。


「ヨーセすごい! ヨーセの魔法もっと見たい!」

「おれも!」

「オレまだ見たことない!」


 子どもたちは、俺の魔法を見たいとせがむが、今は本を持ってきていないし、魔法はどれも弾となってすっ飛んでいくので、見せたくてもじっくり見せられない。


 こんなにもはしゃぐ彼らの期待を裏切るのは、ちょっと気が引ける。


 中々言い出せずにいると、食堂からルクス姉妹が現れた。


 妹は俺たちの朝食の皿を、姉は魚のジャーキーで満杯になったバスケットと、何故か白い短剣を持ってきた。


 皿が、次々俺たちの前に並べられる。

 甘辛煮付けのいい香りだ。


 姉のルーフェがバスケットを机上に置いた瞬間、小さな手が至る方向から伸びてきて、数など気にせず鷲掴みしていった。


 彼女は、そんな子どもたちのわんぱく活力に優しい微笑を浮かべながら、詩歌の隣にやってくると、その短剣を朝食の一品かのように机へ置く。


「昨日は、どうもありがとうございました。あなたの素晴らしい歌声で、子どもたちを助けることができました。これは、そのお礼です」


 目を細め、詩歌の手をじっと観察している。

 だけど詩歌は固まってしまって動かない。


「……くれるの?」


「ええ。昨日倒したラグンキャンスの殻から新しく作った武器です。夜中に職人さんと集まって大急ぎでこしらえたものなので、あまり洒落たものではありませんが……」


 彼女が使っていたものとはまた違う、両刃ナイフのシンプルなデザインだ。

 手作りだからか、若干歪んでいるが気にはならない。

 対称線になる部分には、いくつか孔が空けられていて、そこに青い宝石を埋め込んである。


 そういえば、詩歌には近距離での攻防の方法がなかった。


 それを、昨日の刹那の共闘の間に気づいてくれたのか?

 あの涙を流した後に、寝る時間を削ってまで作ってくれたのか……?


「えっと、嬉しいけど……使い方がわからない……これじゃあ宝の持ち腐れになっちゃう。勿体無いから、やっぱり……」


 詩歌は頬を染め、食事にも剣にも手を付けようとせず、膝の上で拳を握りしめ、申し訳なさそうに縮こまった。


 すると、今度は妹のミルーレが、詩歌のそばへとやってくる。


「わからないのであれば、実践で覚えればいいのです! わたしたちと戦いましょう」

「ショーセさん、フレイマーさん、よければ軽く試合でもどうでしょう?」


 社交的なルクス姉妹は、真剣な眼差しで返事を待っている。


 光の二人に挟まれた詩歌は、ますます縮こまってしまった。

 グイグイ提案されると困るのだろう、なんせ陰にいたのだから。それは俺もだが。


「……そうだな。シーカ、ショーセと組んで彼女たちと戦ったらどうだ。いい経験になるんじゃないか?」


 見兼ねたか、ラフェムはそう言うと、フィッシュジャーキーを一本取って、齧りはじめた。今回は観戦にまわるようだ。


 詩歌は、指先同士をつんつんと合わせながら、上目遣いで俺に聞く。


「ショーセは、私と一緒に……戦って……くれたりする?」

「ああ、もちろん」


 拒否する理由がない。

 今より強くなれることなら、大歓迎さ。


「わあ! 見たい! しあい見たーい! 魔法見たい!」


 途端、湧き立つ子どもたち。

 俺の魔法を間近で見れるチャンスに、いてもたってもいられなくなったか。


 ふふ、これで問題もなくなったし、たっぷり堪能してもらおうじゃないか!


「ぜひともお手合わせ、お願いします!」


 わあっと、歓声。

 子どもたちは、手を上げ、足も上げ、声も上げ、年相応のオーバーリアクションで喜ぶ。


 なんかものすごく素晴らしい発表でもしたかのような錯覚がするぞ。


 姉妹は、抱き合って破顔一笑。

 瓜二つの笑顔はとても可愛らしくて、胸にグッと圧が押し上がってきた。


「楽しみですわ。まずは、朝食をお楽しみくださいね」

「わたしたちは準備してきます。また後で」

 

 彼女たちはうわついた足取りで暖簾を押し、食堂から去った。


 ……よし、食うか。

 俺がフォークに手を伸ばしたのと同時に、ルシエも手を伸ばし、ジャーキーの篭を抱える。


 さっきは溢れるぐらいの山盛りだったのに、もう器の中でポンポン跳ねさせて遊べるぐらいしかない。


「ぼくたち、お外で待ってるね。おさかな棒、持ってってもいい?」


「いいぞ、仲良く食べるんだぞ」


「わーい!」


 子どもたちははしゃぎながら、手を上に伸ばして歩き、暖簾の先端を触って、部屋から出ていった。



 食堂に、他の客はいない。まだ誰かが、おそらくはエルレーゲさんが、一人だけ厨房にいるようで、洗い物をしている音だけが反響する。


 さっきまで賑やかだった反動か、ひどく静かに感じられて、逆に落ち着かない。

 ……詩歌は、それだけが落ち着かない理由ではなさそうだ。


「どうした?」


「ど、どうしよう? 私、あんな大勢に見られながら戦うの!?」


「大丈夫だよ。そんなに心配しないで、いつも通りに挑もうよ。見られるのはあくまでオマケだからさ」


「そんなこと言われても……いつも通りって、私まだ片手で数えられる数しか戦ったことないし、失敗したらどうしよう……! 呆れられるかも……どうしよう……絶対無理!」


「……うう、俺も不安になってきた……」


 詩歌のパニックに感化されちゃった……。

 たしかになにかミスったら、ルシエたちに失望されるかもしれない。


 俺は、あの期待に応えられるのか?


 彼らが思っているほど、俺の魔法は凄いものではないかもしれない。


 ぞわぞわする。体の内で嘲笑とプレッシャーが這いずり回ってるような、それに睨まれてるような……形容し難い不安に心を犯される。


 なんか勇気の出る一言、くれないかな……。


 ラフェムの方を見る。詩歌も俺が黙って何も言わなくなってしまったから、同じように彼を見ている。


 ラフェムはいつの間にか自分の分のジャーキーを確保していた。

 握り締めた束から一本一本、抜いては食べを繰り返していたが、突然の注目に、つまんでいたジャーキーを口と束のどっちに運ぶか迷った後、束の中に戻した。


「……失敗を心配して、どうなるんだ。見栄えのために虚栄を張るのか? そっちのほうが恥ずかしいんじゃないか? それに、まずは食べたらどうだ。せっかくの料理が冷めてしまうぞ。旨いのにもったいない」


 どうにも彼には、試合の失敗や不出来の露出を恐れるような精神は無いみたいだった。

 不思議そうな、呆れたような、そんな顔にハッとした。


 心配したって、強くならない。

 欠点を上塗りして隠しても、無くなったことにはならない。


 これは、死闘ではない。試合。強くなるための修行、そして遊び。

 失敗するのは当たり前だ。試合だから、勝敗があるのも当たり前だ。


 その当たり前を、誰が咎めるか?

 完璧でありたいと、おこがましい願いを求める俺自身だけだ。

 試合は、失敗も成功も勝敗も、全部皆で楽しむもんだ。


 俺の心に光が差し込み、またたく間に闇を追い払った。

 手に持ったままだったフォークを、ようやく魚に刺す。


「そうだな。いただきます」

「い、いただきます……」


 詩歌は、まだ納得行っていないよう。

 しぶしぶフォークを手に持つが、中々魚をつつかない。


 ……まあ、地球には、些細なミスで自分のことを棚に上げて野次を飛ばす奴もいるからな、遊びでさえ。覚えていない俺と、覚えている彼女じゃあ捉え方が違う。


「詩歌、彼女たちは純粋に戦いたい、遊びたいだけさ。君に吠え面かかせようとか思ってるわけじゃないんだから、気にせず行こうぜ」


「それでも、勇気がちょっと……」


「君は一人じゃない、俺がいる。……そうだろ? 俺が支えるからさ、肩の力を抜いて、全力で実力出していこうよ」


 彼女は目をぱちくり丸くしたのち、頬を染めた。


「何よ、そのキザなセリフ……まるで彼氏みたいに……」


「昨日君が言ったんじゃないか」


「うるさいわね! 覚えてるわよ!」


 彼女は真っ赤な顔で怒ってそっぽを向くと、口を噤む代わりか、むしゃむしゃ食べ始めた。ヤケになってすぐに飲み込んでないか心配になったが、しっかり噛んで味わっている。


 何はともあれ、良かった。

 彼女からも不安は消し飛んだかな。


 まあ、俺に羞恥が襲いかかる新たな問題は発生したがな……。

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