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#76 惨き真実、憧れの血

「ほらほら! 兄ちゃんたちも食べな!」


 先に席に着いていた町人たちは、なんだかもうふわふわとテンションが高い。まだ酒の香りはしてないのに。


 勝手に厨房に入っては、ルクス姉妹が運ぶはずの料理を持ってくる。


 ……あ。あのおじいさん、髭が生えてる。

 あっちのおじいさんも。

 結構年を召した人に、髭が生えている。


 髭は生えないわけじゃないんだ。でも、なんで俺たちには無いんだろう。

 無意識に自身の顎に手を添え、確かめていた。


「兄ちゃん! まだ髭はずっとずっと早いなぁ!」

 行列の一人が、豪快に笑った。

 見られていた。




 ラフェムは、なんだか落ち着かない様子だ。


 何か言いたげだが、タイミングを掴めないようで、垂涎の皿と、蟻のように行列を作るノンアルコール酔っ払いを交互に見ては、俯いている。


 料理が全て運び終わったか、厨房から何も持たずにおじさんが出てきた。

 厨房へ向かおうとしていた他の人は、それを見るとたちまち進行方向を自分たちの席へぐにゃっと変えた。


 彼は、このタイミングだと睨んだか、立ち上がる。


 勢い余って椅子がぶっ倒れ、その爆音がこの場全員の興味を引いた。


 そんなつもりは無かったようで、慌てて振り返り、仰向けになった椅子を見て、一瞬固まったあと、椅子を直さないまま気まずそうにゆっくり視線を客たちの方へ戻す。


「あの……お久しぶりです。すぐに謝りたいと思っていたのだけど、ちょっと事故があって……。えっと、あの日、怒鳴ってしまいすみませんでした。自分のことしか見えてなくて、せっかくご飯を楽しんでいたのに、邪魔をしてしまって……」


 しんと静まり返る。

 何かあったん? と相席に囁く誰かの声が聴こえるぐらい、静かになってしまった。


 気まずい……。

 お、俺が辛くなってきた……。詩歌も、肩を竦めて縮こまり面積を減らそうとしている。

 一方のラフェムは、真剣な表情のまま周りを見回していた。


「まあまあ、座りなさい、座りなさい! そんな大事に考えなくとも! わしゃらは気にしとらんから!」


 一人、清く笑いながら答えた。

 続いて、周りのおじさんたちも、気にするなと明るく励ます。


「でも、僕は……」


「君たちは、若いのに重荷を背負いすぎ! もう少し降ろしてもいいんだぞ? そもそも、ミルミルちゃんも食い入り過ぎだったしなぁ! 今日の君たちはすんばらしい事を成し遂げたのだからな、はやく食べな!」


 おじさんたちは手本を見せるように、料理を食べ始めた。

 五月雨式にいただきますの声が上がり、ラフェムに向いていた注目は次々と料理へと移っていった。


 もはや、これ以上謝れる雰囲気ではない、というか誰ももう見ていない。

 ラフェムは申し訳なさそうに座る。


 でも、まだ気持ちの整理がついていないようで、手にフォークを掴んだきり、じっと料理を不安げに眺めていた。


 彼は、深く考えてしまう。

 傷付こうとしてしまう。


 だから、とりあえず一番美味そうな、飴色のタレに包まれた煮魚を手に取り、彼の前に置いた。


「今は祝杯を味わおうぜ」

「……ありがとう、そうする」


 彼の表情がすこし和らぐ。

 フォークを手に取り、ゆっくり身をほぐし始めた。


 次は二番目に美味そうな、と言ってもどれも美味そうなんだが、取り敢えず皿を手に取り、タイミングを見失って、こっちをずっと眺めていた詩歌にあげた。


 俺はもう腹が減ったんで、一番近くにあったつくねのような料理を引き寄せる。


 ラフェムがそっと口に白い身を運んだとき。

 おじさんが一人、ふと呟いた。


「でも、ルクス姉妹の思いも聞いてあげて欲しいな」


「……?」


「いやいや気にせんでくれ! さあ食べな食べな!」








「食べすぎちゃったよ……」


 流石、魚に自信のある町。


 煮付け、蒲焼、塩焼き、だんごにオツマミの甘辛小魚、どの料理も旨い。

 刺身は詩歌とラフェムが全部飲むように食った。


 まん丸になった腹をさすりながら、二階の今日泊まる部屋まで頑張って歩いていって、ベッドで横になって休む。

 詩歌は先に風呂に行った。


 ラフェムは、星影覗く窓の桟に寄りかかり、安らかな海の揺蕩う波を聴きながら、親友のクアへ送る手紙を書いている。


 潮の匂いを乗せた風。

 彼の紅い髪を撫でながら部屋におじゃまして、くるくる踊り。気が済んだら、扉の下に空いた僅かな隙間から帰ってく。



 涼しくて、心地がいい。

 穏やかな波の音と、風の音がただひたすらに続いている。


 しばらくして。

 コンコンと、戸を叩く音が静寂を崩した。

 詩歌はもう出たのか? 戸を開ける。


 が……人影は二人。



 ルクス姉妹だった。



「あの、入っても……?」


「俺は良いけど、ラフェム?」


「…………どうぞ」


 怪物から隠れるように、びくびく怯えながら、姉妹は部屋へ。


 ラフェムは、窓の外に体を向けたまま。


「あ、あの……私たち、あなたを盲信してしまっていて……あなたのこと知らなかったの、なんにも……。だから、気にしていることに触れてしまって、申し訳ないと思って……」


「……なぜ、僕をそこまで崇める?」


「……私たちがあなたに憧れるのは、あなたは街を救った勇者である、と思っていたから」


「僕は勇者なんかじゃない、僕は……」

「あの後、ネロンから聞きました……。サラさんが……」


 ラフェムの頭が、重たそうに下がった。

 今、顔は見えないが……どんな顔をしているかは、見たようにわかる。


「でも、でも! あなたが思い詰めることでは!」

「いいや、僕のせいなんだ。僕がもっと慎重に行動していれば、やり直せると驕らなければ良かったんだ。誰がなんて言おうと、この事実は変わらない。……だから、その時間のことを思い起こさせられるのは、……嫌なんだ」


 物悲しげなため息が一つ。

 彼は手元の手紙とペンをまとめ、胸に抱える。もう書く余裕がなくなったのだろう。

 無理に書いても、送られたクアが迷惑してしまうだろうし、彼女に見栄を張りたい気持ちがそれを許さないのだろう。


「もし、僕があの化け物に干渉してなかったとしても、まだ君たちが僕を讃える理由はあるかい? ないだろう……」

「あります。あなたは……フレイマー夫妻の、息子だから」


 ラフェムはゆっくり振り返ると、不思議そうに首を捻った。


「なんだって? 息子……? 僕の父さん母さんと、何か縁でも……?」


「……知らないのですか……?」


「何を?」


「私の母と父は、フレイマー夫妻に救われたことを」


「知らない。……そもそも、君の両親はどこに? 僕は会ったことが無いから、知りようがないんだが……」



「死にました」


「ドラゴンに殺された」



 二人は、まるで一人のように告げた。淡々と。



 その目は鋭く、虹彩は月のように輝き。


 まるで、強敵と対峙したときのような威圧が、肌を押す。



「え?」

「ドラ……」


 ラフェムは絶句した。


 彼女たちが、まさか自分のように、ましてや同じドラゴンの魔の手によって家族を喪った存在であったとは、夢に思っていなかったのだろう。



 俺も、そうだなんて考えなかった。



 ミルーレは、初めて出会ったときは凄く明るくて馴れ馴れしいって感じだし、ルーフェは子どもたちを危険に晒したことを酷く気にしていたけれど……そんな重い過去があるなんて思わせない振る舞いだったから。


 彼女らは、気不味そうに顔を見合わせ、咳払いをした後問い掛ける。


「あなたの街に、ネロンのように傷付けられ、空を恐れ逃げてきた方は沢山居るでしょう。彼らから、フレイマー夫妻の武勇を聴いてはいないのですか?」


「武勇……僕は、聞いていない……。サラにも、エイポンにも、あの人たちからも。僕は、父さんと母さんが、龍を討伐する旅に出たあとのことは、何も知らない…………」


「なら、私たちが話しましょう……」


 俺は、占有していたベッドから降りる。


 声には出さず身振り手振りで、立ちっぱなしの姉妹に、ここに腰掛けてくれと伝える。

 二人はありがとうと小さく囁き、微笑んだ後ゆっくり座った。


 ラフェムは、混乱しているようで、未だ窓の角に背を預けたまま動かない。

 机下の椅子を二脚引き出して、彼のとこに持ってった。


 彼はふらりと座ったので、俺も横に座った。


──────────



 昔々。



 残虐非道の人食龍は、とんでもなく悪いことをした。

 それだけなら俺も知っている。



 内容は……。



 人間を酷く痛ぶり傷付け、侮辱と屈辱の限りを尽くしたという。



 連れ去られた場所は、人の住む場所から離れた離島。


 女子供関係なく。

 本当に、子どもも女も関係なく。


 大人の男もおじいさんも、誰も彼もを連れ浚って……虐待した。


 悲鳴と折れて潰される希望を、まるでお気に入りの音楽のように繰り返し、楽しんで……侮辱の限りを尽くしてから、食った。



 ネロンの傷は、ドラゴンがやったという。


 ネロンは話したがらず、その時間も順番もわからないが……跡が永久に残るほどの腕の創傷、奪われた片目、それだけで既に酷いものと判る。



 ラフェムが目を逸らしたのは……その傷を見たことがあるからだった。

 アイスドラゴンの首を裂き、叫びと呼吸を奪った銀の鱗を見て、青褪めたのも同じ。


 ビリジワンにも、心身に傷を負った人が住んでいるらしい。


 だけど、いつどうやって来たかを、ラフェムは知らなかった。



 実は、ネロンや今懸命に生きている人たちの傷は……まだマシなものらしい。



 ルクス姉妹の親が彼女たちの前へ戻ってきた時、……二人共、悲惨な状態であった……。



 全身は、憎悪と絶望とドラゴンへの抵抗と殺意と、沢山の想いに魔法火傷を負って、あらゆるところがひび割れて、溶岩のような肉がはみ出して。



 逃げられぬよう、そして苦痛が長く続くよう、四肢は喩えるならリンゴの皮のように、くるくると、皮と肉を繋いだまま抉られていて、でもすぐに死なないように、炎魔法で傷口を焼き塞がれていて……。



 その上から……。




 ……。

 ……ちょっともう、あまりにもグロすぎて吐きそうになって、部屋から逃げた。



 だから、それより細かいことはわからない。

 出来れば今後も知りたくない。



 廊下の果ての共用トイレに篭ってじっとした。


 惨劇を頭に描かぬよう、落ち着け落ち着け落ち着けと、言葉を羅列し思考を塗り潰した。


 少しは楽になったかな?

 胃の押し上げが治まってから、ようやく部屋に戻った。


 だが、なんと話はほとんど進んでおらず、しかもミルーレが思い切りゲロをぶちまけ泣いていて、地獄絵図になっていた。



 ラフェムも顔色が悪く、溶けるようにうなだれて。


 ルーフェは、嗚咽とえづきに呼吸を阻まれてもなお、紅の少年と向き合おうとする勇敢で憐憫な妹の背をさすっている。

 ぽろぽろと涙を零しながら。



 もしかしたら、もっと詳しく話したかもしれないし、心の傷が深すぎて何も話せずにいたのかもしれない。


 ただ、どちらかを知る勇気はなかった。




 とりあえず、物凄く、言葉で言い表せないほど酷い状態の人たちが、どうやって故郷まで戻ってこれたのだろうか?




 ……その答えこそが、フレイマー夫妻だった。



 フレイマー夫妻は、とても強かで優しくて、強固な意志を持つ最強のタッグだった。

 ビリジワンから、龍の居場所へ至るまで、様々な困難があったようだが……断片的で漠然とした情報しかないが、どれも二人で乗り越えてきたらしい。


 二人は、人暮らす島の最果てイエロクで、大きい二隻の舟をそれぞれ動かし、龍の根拠地へ乗り込んだ。


 そして、俺たちでは想像も再現も出来ないほどの巨大な炎嵐を生み、逆らう人間に癇癪を起こすドラゴンを食い止め、逃げ出せず諦めきれず、玩具とされて苦しみ続けていた人々を欺き隠し、連れ出した。


「私が」

「僕が」

「かの龍を止めて、平和を取り戻してみせると誓います。だから、あなた達は逃げなさい」


 希望を見失いかけ、虚空を眺めるだけであった人にも、血塗れの体でドラゴンへの憎悪と殺意に身を焼かれ我を失って怒り狂う人にも、優しく声をかけて宥め、乗ってきた船に誘導する。


 まだ一人で動けるものは、夫婦の勇気に魂を共鳴させ、救助を手伝った。


 見つけた人全てを救った後、夫婦は炎の海の中へと消えた。


 その後の夫婦は、誰も知らない。


 力の残っていた水使いや風使いは、夫婦の言葉を信じ、皆を連れて、死ぬ物狂いで海を進み……。



「ネロンは船頭となり、他の船を動かせる魔法使いと共に、イエロクまで逃げてきたのです。砂浜に座礁した船には、私たちの親も乗っていました。船は生臭く赤黒く、既に力尽きた方もいました」


「だけど、希望のない世界に輝いた炎に照らされたか、その顔に浮かぶのは絶望だけではなかった。かすかな平穏や安心を取り戻していたのです」


「息絶え絶えの両親は、私たちを見て、とても幸せそうに笑ってくれました。無事でよかった、最後に会えて本当に良かった、と……」


「最後の最後に、救われたのです。絶望のまま、人間として扱われず侮辱されたまま死なずに済んだのです、皆、皆……」


 当時の鉄の臭いを思い出したか、声が弱り、そして掠れて消えた。


 姉妹のまつげが再び湿る。

 次第に露になり、粒が集まり零れ落ちかけ、華奢な指先で拭い取った。


 彼女たちは、深呼吸をしてから再び話しだした。


 怪我人があまりにも多くイエロクでは対処しきれないため、手当に猶予がある順に半数が、ラスリィの方へと再び海を渡ってきたこと。


 ビリジワンに住んでいる傷を負った人々は、治療のためにビリジワンへ運ばれた後そのまま定住したり、イエロクで治療した後移住した人たちが多い事を説明した。


 安住の地であるはずの故郷を恐れ、龍の島から一番離れた街で、ほんの少しでも平穏に暮らすために……。


 ルクス姉妹もアトゥール出身では無く、ラスリィの向こうの大陸に住んでいたという。ネロンは元々アトゥール住みで、両親を喪った二人を助けたい、しかし龍のいる地から離れたいと願い、養子として、行き場のないこの二人を連れてきたのだと。


 かくして、フレイマー夫妻が多くの人を救い出した事を、その人々の中に、自身の両親も含まれていることを、当然知っているものだと思っていたらしい。

 だけど実際は、ラフェムはなんにも知らなかった。


 俺たちがドラゴンに殺されかけた後、街に人が全くいなくなった理由がようやくわかった。

 再び攫われることを恐れ、家から出ることを恐れたんだ。

 そして、その定住した人の元に会いに行っていた別の地域の家族も、その姿を知っているから、怯えて遊びに来なくなった……。

 そういう、ことだ。


 ラスリィにまで来た血塗れの舟。

 多分、ラフェムの姉も、エイポンも、この事を知っているどころか、対応していたんだろう。

 でも、まだ幼いラフェムには、その惨劇を見せたがらなかったんだな……。



 まだまだ親の保護がなければ生きられない歳の子に、血深泥の地獄なんて、出来れば目を塞がせたいだろう。

 それが、今日まで塞ぎ続けることとなるとも知らずに。



「ドラゴンの姿を確認できなくなって、数年後。ドラゴンのように凶暴な存在が現れ、世界に危機を及ぼす前に、勇敢なる子どもたちが倒したと聞きました。その方が、多くの魂を救った二人の息子と娘とその友であると知って……私は、強い憧れと尊敬を抱いのです」


「かの夫妻の魂が、生きているのだと」


「だから、私たちはあなたに憧れた。あなたを、私の母と父を救ってくれた恩人と同一視した……」


 ラフェムは頭を抱えたまま、床ばかりを見ていた。


 髪の内側に焔が燻り、柔らかな毛先と共に揺れる。宙に火の粉が不穏の風に舞っている。


 これは、怒り? ドラゴンへの? それとも自分自身への?

 それとも悲しみ? 凄絶な過去へか、背けていた真実を知った動揺か。


 わからない……。ただ、酷く心を乱されていることだけは、はっきりとわかる。



「そっか……そうだったんだ。伝えてくれて、ありがとう……」


 抑揚の無い、辛そうな声。

 うるんだ眼を、まぶたで隠す。


「過去を踏みにじったのは、僕だった……。自分の事ばかりで、家族のことを知ろうともしなかった……」


 今にも泣きそうな声で、彼は顔を下に向けたまま立ち上がり……床へしゃがむ。

 紅の頭が地面に接する前、二人が飛びつくように駆け寄ると、地面に張り付けたばかりの手のひらをはがして、握り締めた。


「やめて……! 私たちは、あなたに土下座させるために話したわけじゃない!」


 驚くラフェムは、どうしたらいいかわからず固まる。


「私たちが望むのは……あなたの家族へ向けられた感謝を否定しないこと。それだけ……」


「あなたは、私たちの過去を知らなかった。同じように、私たちはあなたの過去を知らなかった。だから、私たちに謝らないで」


「私たちは、誰も悪くない。誰も、責められる道理はないの……。あの龍がやったの、あの化け物がやったの、何もかも、あの災禍のせい……」



 二人の手から力が抜ける。すり抜けて落ちた両手は震えていた。


 ラフェムが、ダンゴムシのように体を丸めて震える。

 姉妹はその背に顔をうずめた。


 一つの大きな塊となった三人のすすり泣く声が、まだ人々の生活の雑音が聞こえる夜の中で、はっきりと聞こえた。




 ……ドラゴン。


 どうして、こんなにも優しい世界に、それほどまでの邪悪を抱いて生まれてきたんだ。

 胸が疼く。

 銀の刃を投げられた痕のない傷が、あの闇に触れられた記憶を呼び覚ます。


 ドラゴンさえいなければ、ラフェムは両親とともに平穏に暮らしていただろう。

 そして、姉を奪った化け物だって、それほど強い両親が共にいれば、殺されるどころか傷を負うことなく止められたかもしれない。


 ルクス姉妹だって、そうだ。

 この世界の傷つけられた人間も、殺された人間も、みんな幸せに今も生きていたはずだ。

 この世界に生きる皆が、怯えずに暮らせたはずだ。


 数多の魂を、幾多の命を、無数の希望と未来を平然と喰らった龍。

 到底理解できない、許すこともない。


 なぜ、奴が生きていて、皆が死ななきゃならなかったんだ。



 正しき因果応報を、正しき者が苦しまぬ世界を。



 そのためには、強くならなきゃ。



 でも、怖い。



 俺に、俺なんかに、なにが出来る……?





 勢いよく扉が開く。

 その音は、俺の思考も、すすり泣く声も掻き消した。


「お風呂出たわよ!」


 場違いの元気な声が、部屋に響き渡る。




「……え、ちょっと……何これ」


 吐瀉物、固まって泣いたまま動かない三人組、異様な光景。

 どれを先に見たか知らないが、彼女は困惑の表情を浮かべた。


 そりゃあそうだ。彼女はただお風呂に入ってきただけなのに。


 俺は慌てて席を立つ。


「詩歌! 俺らは散歩にでも行こう!」


 詩歌は素直に応じた。まあ、このまま部屋に入るのも気まずいだろうし。


 しばらく、そっとしといてあげよう。

 静かに廊下に出て、そっと扉を閉めた。

3/12 描写にミスがあった為修正しました。その際に全体の文章を調整しました。内容に変化はありません。

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