表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/90

#75 夕焼けに染まって

挿絵(By みてみん)

 崖の終端まで組まなく調べた。

 だけど、子どもはいなかった。


 ちゃんとトカゲを捕まえて夜を待っている個体や、餌にありつけず動力が切れ、虫の息で死を待つ個体とかしかいない。

 子どもの気配がどこにもない。

 引き返してもう一度調べても、やっぱりいない。


 空は鮮やかなオレンジに染まっている。

 紺の影が、俺たちの後ろに伸びている。


 焦燥が胸ではちきれそうになっても、いないものはいない、どうしようもない。

 誰とも会わないまま、ボールが落ちている場所を通過した。


 ここから先は、ラフェムに任せたエリアだ。





 しばらく歩くと、一本の足と首が切断されたラグンキャンスの死体があった。


 その切り口は焼け焦げている。近くには、木材を彫刻刀で抉ったような、浅いへこみがいくつも。


 どうにも、ラフェムはインファイトでごり押したっぽいな。しかし、なんて火力なんだ。俺が剣を振るった時は、傷なんかつけられなかったのに。

 倒してから、だいぶ時間が経っているようだ。体液は干からびている。




 少し歩くと、もう一体、同じく一部の部位を切り落とされた死体が、崩れ落ちている。

 まだ、体の凹凸に引っかかったり、体内に残ってる体液にほんの少しの水っ気が残ってる。


「……ゎああぁあん……」

 ぼやけた泣き声が、更に先から聞こえた。


 不安を煽る、子どもの不協和音。


 既に、足は砂を蹴っていた。

 考えるより先に、体が動いていた。


 それは皆同じ。


 無我夢中で、カーブを描く岩壁に阻まれた視界の先へ……。



 泣き声が鮮明になる。

 声の主であろう小さな子と、その子を宥めようと背の高さを合わせる、見覚えのある二人の人影が見えた。

 そばには、積み重なった鉄くずのように、細い身を折り重ねたラグンキャンスの影もある。


「ラフェム!」

「ショーセ……」


 呼び掛けると、少年がゆっくりと振り向いた。

 夕日に照らされ、もとより紅い髪が、更に燃える鮮やかな赤に染まっている。


 おぶっていた男の子が、俺の背から飛び降りた。

 ルシエも詩歌から離れ、泣きじゃくる子の側に自らの足で駆け寄る。


 そばに着き、ようやく逆光でよく見えていなかったラフェムの表情が見えた。


 干からびたものから雫まで、時間差でへばりついた緑液まみれの顔は、穏やかだった。


 ラフェムの影から小さな女の子が、そして、もう一人の背の高い人……ルーフェの妹、そしてラフェムとひと悶着を起こした、あの女の子ミルーレの影から、泣きべその男の子が姿を現した。

 どうやら二人は、丁度三人目を助けたとこだったようだ。


 俺たちは二人、彼らは三人助けた。合計五人。

 良かった、無事に全員助けられた……。


 ミルーレが、ゆっくりと立ち上がり、泣く少年からこちらに視線を移す。

 俺と詩歌、ルシエと俺が背負っていた子ををじっと眺め、愛おしそうに笑った後、少し視線をずらして今度は姉のルーフェと目配せする。


 ルーフェが、俺たちの横から、妹の横へと移動する。

 そして、姉妹は息ぴったりに、深々と頭を下げた。


「ほんとうに、本当に、ありがとうございました。そして、申し訳ありませんでした」


「全て私たちの不手際です。魔法供給者と言う立場であるのに、見落としてはならない事を見落とし、重大な事故にまで発展させてしまいました。巻き込んでしまって、ごめんなさい」


「ラフェムさんにずっと謝りたいと思っていたんです、軽率な考えで、あなたを侮辱してしまった。なのに、余計に罪を重ねてしまうなんて、私は、私は……」


 交互に、突っかかりなく入れ替わって話す姿は、まるで一人が喋っているよう。

 姉妹は、頭を下げたまま動かない。


 仕方がないだろう。今こそ円満な解決が出来たが、少しでも間違えば、子どもが亡くなっていたのだから。

 魔法供給者、ラフェム曰く街に魔法のインフラを与える役目を担う猛者。

 強き者の義務として、街の安全を守る責任を感じていて、果たせなかった罪に潰されそうなのだろうか。


 だけど、ラフェムは困っていて。

 顔を見合わせて、互いに同じことを考えていることを察知した。


 だって、これはドラゴンの騒動に起因する事故。

 こんな深刻に謝られるほどだとは思ってなんかいないし。


 それに、俺たちは子どもたちを助けたかったから、助けただけ。


 巻き込まれただなんて微塵も思っていない。


 ただ、己の正義に従ったまでのこと。ただ当然のことをしたまでだ。


「そんな重く捉えないでくださいよ、今回は未曾有の事態じゃないですか、誰しもミスはするものですよ」


「気に病む必要は無いと思うけどな、僕も。それに、この危機が君たちのせいだと言うのなら……謝るべき相手は子どもたちじゃないか?」


 姉妹は揃って顔をあげる。


 ようやく見えたその表情は、驚いていた。

 俺たちが気にしていないのも、子どもたちに謝るべきというのも、想像につかなかったようで。


 五人の子どもたちが年上の輪の中で固まって、不思議そうに彼女たちを眺めている。


 また姉妹は頭を下げた。今度は、子どもたちに向かって。



「ごめんなさい、みんな……。怖い目に合わせてしまって……」


「私がもっと気を付けていれば、気を配っていれば、この危険は防げたのに、考えが及んでいなかった、考えてなかったの」


 子どもたちは、顔を地面に向ける二人の足元にぞろぞろ集い、強引に二人の視界に入り込んだ。


「別にいいよ。ルールーも、ミルミルも、悪くないもん。みんな大丈夫だから、平気。次から気をつけよ?」


「うんうん、お姉ちゃんたちがいつも頑張ってくれてるの、あたしたちも知ってるし」


「たすけてくれて、ありがと!」


 子どもたちは、純粋無垢に笑いながら、口々に彼女らを励ます。


 その純真は、彼女たちを重荷から解放させた。

 一筋の涙が、姉妹の頬を伝って落ちた。それを契機に、つぎつぎはらはらと、透明の雫がこぼれていく。


「ごめんなさい……ありがとう……」


 腰を下ろし、五人の子を抱きしめる。

 引き揚げられた漁網のようにぎゅうぎゅうに寄せ固められた五人、とても嬉しそうだ。

 彼女らの腕や胴をぎゅっと抱き返す。姉妹は静かに震え、彼らの肩に頭を預けた。


 ラフェムはその様子を見て微笑んだ後。膝に手を当て立ち上がり、虫の死体へと近付いた。

 すると、彼はまたしゃがんで、トカゲの時と同じように、手を合わせ、目を瞑る。


 ラグンキャンスへの追悼だ。

 彼らだって、生きたかったに違いない。生きたいからこそ、子どもたちの命を食べようとした。


 俺も、歩んだ、そして屠った道へ振り返る。


 向こうの空は、冥府のように紫と青の混じり合った色になっていた。


 手を合わせ、まぶたを閉じる。


 天へと昇った魂と命が、鎮まることを願って。



 目を開けると、詩歌が隣で同じように祈りを捧げていた。

 彼女の事を見ていると、その圧に気が付いたようで、ふと俺のほうを振り向いた。目が合った。気まずそうに逸らされた。


 ラフェムの方に視線を戻す。

 彼ももう祈り終わっていて、じっと太陽を眺めていた。


 広大な橙色の空。穏やかな海。黄金の太陽が揺らいでいる。

 今はまだ二つ。もうすぐ重なって、やがて消えるだろう。



「さ、アトゥールに帰ろうか。最初に会ったあの子も、友だちが無事か気になっているだろうし、それにもうすぐ夜だ」


 ラフェムはおもむろに立ち上がると、勝負の邪魔にならないよう、少し離れたところにほっぽかされていた風呂敷を掴み、砂を払う。


 俺も、脇に抱えていた自分の荷物に目を向ける。


 持ってくることは意識していたけど、それ以外は全く気にかけてなかった。

 形はグッチャグチャ。ラグンキャンスと会っては投げ捨てたせいで、砂が内側まで入り込んでいて、迂闊に開けられない爆弾と化していた。焼け石に水だが、表面の砂をなるべく落としてから、町の方を向くラフェムの隣へ。


 遅れて詩歌、そして子どもたちと姉妹が揃った。


「しゅっぱ〜つ!」


 ルシエが元気よく拳を掲げる。

 真似して幼子が次々腕をあげ、ぞろぞろと歩き出した。


 俺たちは、彼らのガードマン。小さな歩幅に合わせ、白き四角の町へ、無事に送り届ける任務を遂行しよう。






 町の入り口に、人だかりができている。

 大人から、子どもまで。デコボコの身長が集う様子は、まるで森のよう。


「みんなぁ!」


 泣きかけの声と共に一人、人混みの中から飛び出した。ラグンキャンスから逃れ、俺たちに助けを求めたあの男の子だ。

 彼は、五人の輪の中に飛び込むと、怪我をしていないか、死んでいないかを確かめるようにベタベタと他の子に触れた後、大声で泣き出した。


 続いて、何人かの大人が走ってきた。

 面影から、ひと目で子どもたちの親御さんだと感覚で理解した。

 ルシエの両親であるロキシア夫妻もいる。


 母、父、はたまた両親が、それぞれの息子娘を抱きかかえる。そして、良かった、良かったと、涙を流して抱きしめた。

 五人の子どもたちは、またつられて泣き出した。


「子どもを助けて下さり、ありがとうございました」


「ショーセさん、ラフェムさん、なんとお礼をしたらいいか……本当に、本当に、ありがとう」


「皆さん、ありがとう」「感謝しきれません」


「当然のことをしたまでですから……へへ」


 雨あられのような感謝。

 前世で、これほどまでに褒められることはあっただろうか!

 ちょっぴり胸の奥がこそばゆくなって、気分が良くなった。


 詩歌も、慣れていない賞賛に戸惑いつつも、嬉しそうに肩をすくめて笑ってる。


 一番外側で腕を組んでいた、背の高い屈強な男がこちらに向かって歩いてきた。

 あの男の人は……。


 隻眼の半袖シャツ男。

 右顔と、両腕に鉤爪で抉られたような傷を持つ男。

 彼は、宿で会った、エルレーゲの夫、ネロン。


 ラフェムは、やっぱりその傷を見たくないようで、でも露骨に目を背けるわけにも行かず、目線をわずかに下げた。


「すまない、オレも出来れば援護しに行きたかったが、目を奪われる前で、ようやくラグンキャンスをギリギリ追い払える実力だったから……足を引っ張ってしまうと思って、みんなが砂浜に出ていかないように見張るしか出来なかった。ありがとう、フレイマーさんと、お友達さん」


 あ!

 初めて俺に話しかけてくれた。

 ちょっと嬉しいかも。


「さて、君たちも、もう疲れているだろう。旅をしているのだろう? 話はカスィーさんから聞いたよ。近場の宿に案内してあげるよ」


 ラフェムの頭がぴくりと動く。

 頭をあげ、その緑青の左目を見上げた。疑似餌に喰い付く魚のような勢いで。


「僕、またエルレーゲさんの宿に泊まりたいです」


 ネロンも、ルクス姉妹も、その要望に目を見開き、背を僅かに引いた。


「ほ、本当?」


 一番驚いているのは、ミルーレだ。

 なんせ、自分のでしゃばりでラフェムを激昂させてしまったのだから、もう来てはくれないと思っていたのだろう。


 ラフェムは、彼女の方を向く。

 姉と瓜二つの黄色い瞳が、魔法のように輝いていた。

 こんなに喜ばれるとは思っていなかったのだろう。照れ隠しか腰に手をあて、口をへの字に曲げながらも頬を染める。


「ま、まあ、あの日は僕も大人げなかったというか……言い過ぎたから、謝りたいとは思ってたし……? ただ、許したわけじゃないからね」


 彼女はラフェムに近寄り、強引に腕をほどくと、その手を両手のひらで挟み、包み込むように握った。

 燦然の瞳は、愛おしそうに、そして憧れるように赤の虹彩をじっと捉えている。


「嬉しいです……! 宿代タダにします! ご馳走もたくさん振る舞います!」


「え、えぇえ? エルレーゲさんが運営してるんだから、勝手にタダにしちゃ不味いんじゃ……」


「ミルーレが何も言わなくたって、妻が勝手に無料にするよ。子どもたちを助けてくれたんだ、このぐらいはやらなきゃなあ」


 ネロンが初めて笑った。

 今まで石のように動かなかった強面が、へにゃと崩れて。エルレーゲさんが、彼にどう惹かれたのかがちょっぴり理解できて、悔しい。




 さて、そろそろ感動の再会も切り上げて、町に戻ろうか。


 子どもたち、親御さん、俺たち、全員で砂浜から、町のタイルの上へ。

 その境で壁になっていた人だかりは、まるで打ち合わせていたかのように真っ二つに割れて、俺たちを迎え入れた。

 神話に、海を割った神様がいたけど、その光景はこんな感じだったのかな。


 二つに割れた人々は、垣根のように俺たちに進むべき道を明示する。


 子どもたちとその親は、俺たちに二度目の感謝を告げ、熱い握手を交わす。

 そして、彼らも垣根の一員となる。

 子どもたちは、それぞれの親から飛び降りる。

 自らの足で立つと、燦然の笑顔を揃え、元気よく手を降った。


「ドラゴンの話……良かったら後で皆で聞きに来てくれよ。明日の朝までは宿にいるからさ」


「うん! 遊びに行くね!」


 俺たちは、宿の方向を見る。すなわち彼らに背を向けた。


 ラフェム、ルクス姉妹、そして俺たちへ。偏りなく名前を呼ぶ声。

 まあ、アトゥールの人は俺と詩歌の名前なんか知らないから、黒い髪の人とか、少年たちと呼んでいるが。


 ありがとう。素敵。ゆっくり休んでくれ。

 一歩進むたび次々に掛けられる、耳に慣れぬ言葉たち。


 ラフェムとルクスは胸を張り、まっすぐ前を見てその言葉を受け止めている。先導するネロンも、俺たちへ向けられた言葉を自分のことのように喜んでいるのか、聳える巨大な背はふらりふらりと右に左に揺れている。

 でも、俺はそんな簡単なこともできない。詩歌もそう。恥ずかしくて、変な顔をしているんじゃないかって考えてしまって、ついつい俯いてしまう。


 感謝と称賛を浴び、路次に従う。


 やがて人の密度は薄れる。そして道は終わり、声もどんどん遠ざかる。


 だけど、讃える声は止まない。


 人々の声は、やがて音となり、海のさざなみと聞き分けできなくなり、そして溶けてなくなった。


 空は赤から紫へ。

 風は陸から海へ。

 静かな夜がやってくる。


 ビリジワンから一番近い宿、裏を返せばさっきの砂浜から一番遠い宿。

 海沿いの大通りに敷き詰められた大きな白いタイル。桟橋に停められた帆もオールもない、シンプルな木の舟。

 何枚踏んでも、何隻過ぎても、まだ道は続いている。



 ふと、ラフェムが振り返る。俺の顔をまじまじと見つめた。

 まだ戦闘の緊張が解けていないのか、ぼんやりと紅い瞳が光っている。


 薄暗くなってはきたが、まだ顔の汚れと表情は確認できた。

 こびりついたラグンキャンスの体液は、あの鮮やかさを失っている。砂や土で擦った汚れと、パッと見の見分けが付かない。

 きっと俺も、同じように汚れているんだろうな。


「これは……宿に着いたらすぐ風呂だな」

「ああ」


 苦笑い、再び彼は前を向いた。


 大通りに面した建物は、どれもみな店。

 夕日が沈む前にはもう店じまいなのだろう。

 明かりはない。


 奥の住宅街は、姉妹色の光が四角い窓から漏れていて。

 その対比が余計に、こちら側を暗く感じさせた。


 夏の薄暗を、何人かで集まって歩くのはちょっぴりドキドキする。楽しい予感が、少しだけするから。

 だって。花火大会や、お祭りに出掛ける時みたいだろ。

 まあ、目的地はちょっと人気のない、かっこいいお姉さんがいる酒場のような宿だけど。


 大通りに直角で交わった、これまた大きな道へ曲がる。

 この曲がり角、見覚えがある。


 緩やかな坂。やっぱり真っ暗な巨大四角の中に、一つ、ひときわ大きくて、そして光を宿しているものがあった。覚えている。あそこがエルレーゲさんの宿だ。


 心なしか、皆の歩幅が大きくなって、足を交差させるスピードも速くなった。あの光に惹かれているみたいに。


 いい香りが漂ってくる。

 あの中で、エルレーゲさんが料理をしているのだろうか。


 さて、今日はたくさん頑張った。


 ゆっくり休もう……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ