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#73 パラソル下の作戦会議

挿絵(By みてみん)


 はてさて、どう行こうか。


 もしかしたら、ラフェムが進んだ方向にラグンキャンスは一体も居らず、残りの四匹がこちら側に潜んでいるかもしれない。


 もしかしたら、今戦ったラグンキャンスより大きかったり、賢い奴もいるかもしれない。


 長期戦は駄目だ。求めるは短期決戦。


 彼女に何かアイデアは無いか、訊こうと思ったが……彼女の名前を知らないのに、どう尋ねればいいのさ。


「あの、俺はショーセです。こっちはシーカ。ルシエは……もう知り合いかな? あの……お名前伺っても?」


 彼女はニッコリ笑って胸に手を添えると、深くお辞儀をした。


「私はルーフェ・ルクス」

「ルールーはルールーって名前じゃないの?」

「それはあだ名だね」


 不思議そうに首をかしげてルシエは聞く。

 そんな愛らしい幼児の頭を、彼女は愛でるように優しく撫でる。汗に湿った空色の髪は、手に引っ付いて逆立った。

 あらまあ。と、漏らして、指先ではねた髪を払うように直しながら、視線を俺たちに戻す。


「ショーセさん、シーカさん、この子をありがとうございます。そして……他の子もよろしくお願いします」


「ええ、もちろん。それとルクスってことは……やっぱりミルーレさんのお姉さんですか」


「そうです。あの日は妹が非礼を働き、申し訳ありませんでした。せっかくのお食事を気不味くさせてしまって……」


 更に深く礼をする。

 あの日彼女の事は見かけなかったが、厨房かどこかでラフェムの怒号とミルーレの動揺を聞いていたのだろう。


「そんな気にしなくていいですよ……頭を上げてください、気まずくなってしまいます」


「本当にすみません……」


 彼女は申し訳なさげにそろそろと姿勢を戻し、目の前に垂れた髪を耳に掛ける。

 表情はまだ罪の意識にしょぼくれていた。はやく話題を変えないと、また謝り始まる気がする。


 急いで切り替えを促さねば。集中を罪から今必要なことに向けてもらうべく、手をパチンと鳴らす。


「ルーフェさん! ラグンキャンスについて知っていることを教えてください」


「そうね……まずは食性かしら? 彼らは田亀のように、生き物の体液や肉を吸う生き物なの。あの鋭い口を、首とかに刺して……。たまーに大きな穴の空いたトカゲの皮と骨だけが落ちてたりしてるんだけど……未だ慣れないわね……」


「タガメ……?」


 田んぼの亀?

 田んぼの亀は、吸うのか?

 川や陸の亀とは違って?


 訳が分からず戸惑う俺と違って、詩歌は腑に落ちたかのように、うんうんと首を僅かに上下に振っていた。


「タガメねえ。通りでカメムシみたいな顔をしてると思ったわ。腕も似てるわね」

「たがめさん、川で見たことあるよー! お顔そっくり!」


 やばい。タガメがわからないのは俺だけなのか?


 川にいるのに田亀? 全く意味がわからない。カメムシみたいな顔?


 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥……。

 詩歌の側に行って、彼女にだけ聞こえるように耳元で囁く。


「タガメがわかるのか?」


「え? ええ……肉食の虫よ。清瀬は知らないの? ……まあ、野生で見たことないどころか、生存しているのかもわからないし、ペットとして飼うとしたらカブトムシだし……。かなりマイナーな虫だし、知らなくても仕方ないわね」


 彼女は手を口元へやり、俺だけに聞こえるぐらいの声量で囁き返す。


「お恥ずかしながら……。あと、カメムシってどんな顔してたっけ……? そもそも臭ったら嫌だから、そんな間近でみないじゃん? なんか……同じ感じの虫って……俺が知ってそうなカメムシの仲間って、いないのか?」


「セミね」


 セミなら、俺にもわかる。

 たしかに、似ている。


 詩歌に情報提供の感謝を伝えつつ、元の場所に戻った。


「えっと、他には……」


「殻は硬いから、状態が良ければ武器に加工出来ます。実際、私の短剣はラグンキャンスから作られているんです」


 彼女は懐にしまっていたナイフを取り出し、砂の上へそっと置いた。

 言われてみれば。これはラグンキャンスの外殻を、型抜きのように切り出して作られたようだ。

 緩やかな山を描いていた背の部分と、剣の反り具合がおんなじだ。



「あとは……食べた後は、吸った重さで鈍くなってしまうから、彼らは夕日が沈む頃に食事を始めるの。それまでは、巣で獲物を閉じ込め、じっと待っています」


「つまり、タイムリミットは日が暮れる前、か……。やっぱり、出来るだけ早く救出すべきですね……」



 彼女は静かに頷く。他に言葉は紡がなかった。

 どうやら、知っていることはこれで最後のようだ。


 明確な時間の提示に、少々の安堵と、はっきりとした不安を覚える。

 早く方法を考えねば。


「……ということで、次は、どう倒すか考えましょう! 何か、良いアイデアとかあります?」


 ……せっかく回復しつつあった彼女の表情が、またしょぼくれる。


 パラソルの向こうの晴天をちらりと見やる。流れる雲の輪郭が一つ、有耶無耶へと崩れていくのを見届けると、彼女の視線と意識がパラソルの中へと戻ってくる。


「うーん、今のところ良さげな発想は……無いですね。実は人以外と戦ったこと、あんまりないんです……。漁はネロンが行くし、畑は他の皆が……。私、滅多に町からでなくて……怖いの」


「そう……ですか……」


 彼女は俯き、垂れた髪の先のカールをつまむ。

 徐々に語気が弱々しくなる。


 俺は少し……いや、だいぶ疲れてて……殴られたところが打たれた鐘のようにビリビリ震えてたままで、元気が出ない。

 詩歌は、これが初の戦いで勝手がわかってない。

 ルシエは言わずもがな。


 沈黙が流れる。


 彼女は、罪悪感を感じたか、恐る恐る顔をあげた。


「……ええと。……ショーセさんのお陰で、先程のラグンキャンスを倒すことができました。言ってもらえなきゃ、呼吸の穴を探そうなんて思わなかったかも」


 彼女は俺の手周辺を見る。


 払うのも忘れた砂と、乾いてパリパリになっているラグンキャンスの緑の体液。掌は砂で削られた皮膚が鰹節のようにクルクルと捲れている。


 血は出ていないが、赤みが透けていて、目を凝らすと薄く微かな光が、香煙のように立ち昇っている。


「その状態で戦うのは、無茶よね……」


 ぐうの音も出ない。

 はっきり言って、剣を握り続けられるかも怪しい。


「実力不足で申し訳ない……」


「謝らないで。ねえ……私にどう戦えばいいか、教えてくださらない? 私はあなたの戦略を元に、ラグンキャンスと向かい合う。ショーセさんは、シーカさんと一緒に手助けしてくださりませんか?」


 俺に迫りよる勢いで、真剣に彼女は言う。

 でも、それって……。


「ルーフェさんが一人だけで戦うことになっちゃうじゃないですか!」


「いいんです。あなたは充分に傷付いた。次は私が体を張る番」


 彼女は俺の手を、傷に触れないように気を遣いながら、強く、けれど優しく握る。


 魔法の波動?

 まるで胸に手を押し付けられたかのように、彼女の鼓動が俺の血潮に乗って伝わっている。

 乱れなく、重く据わった拍。

 人の鼓動だなんて、むしろ女の子のなんて、そんな……聞いたことないから……。

 ……。



「……俺、もしかしたら間違えた指示を出して、あなたを殺してしまうかもしれないんですよ! 初対面のあなたから、命を預かる資格なんて……!」


「ラフェムさんがあなたを信じているのなら、私だって信じますよ。……私にとって彼はなんと言おうと英雄。慕う彼が、あなたに身を寄せている。なら、信じるに値します」


 俺を見つめる。

 私も信じてほしいと、無言の言葉で訴える。

 透き通ったグラスに継いだレモンティーを、窓辺に置いて眺めるような。そんな澄んだ黄色の虹彩は美しくて仕方がない。


 大人と少女の境の歳。薄れゆくが消えてはいない子どもの庇護すべき儚さと、大人の一人立ちする強かさが、その麗しいイエローに共存している。

 胸が輝き、少し熱くなるのを感じる。


 彼女も、俺の心臓の音を聞いているのだろうか。

 さらに燃える山吹。強まる鼓動。


 彼女は上手く行くと信じている。

 見ず知らずの俺に、生死を委ねる覚悟を既に終えている。



 ……俺はただ、失敗を恐れているだけ。



 もしも手違いで、赤い血が砂の上へ撒き散らされてしまったら?


 それに怯えるは、ただの保身。


 そんな弱小で卑劣な理由で、勝ち筋を、彼女の期待を潰して良いのだろうか?


 俺も決意すべきだ。


 俺は友の為、世界の為に旅に出たのではないか。


 俺がすべき事は、一つ。


 彼女の為、子どもたちの為。

 そして……ラフェムの為に。


「わかりました。俺が導きます……勝利へと!」


「頼もしいわ……! お願いしますね!」


 彼女は更に強く手を握る。

 肉付きのいい指の骨を感じさせない柔らかさと、俺よりも熱い体温。形容し難いむず痒さが胸をくすぐる。

 うっとりと恍惚に浸るようで、それでいてひたむきさも感じる妖艶な笑み。じんわりと強まる、内に秘めた気高い魂の気配。


 どうにか、彼女の期待に応えねば。なんとか、子どもたちを護らねば。

 彼女の魂の願いと、俺の心の決意が共鳴するように、ルーフェと、俺の鼓動が重なり合う。


 なんだか彼女の周りがきらきら煌めいて見える。


 眠れないまま夜が明けて、真っ白な朝日が入ってきたかのような、目が眩んで、瞼を閉じてもまだ眩しくて、思考を奪われていくような……そんな煌めき。

 その眩しさは、成功への想いと、プレッシャーを増幅させる。

 ずっと触れていたい。じっと見つめていたい。だけど、そんな時間はない……。

 でも、離れがたい。このまま、話を続けても……。



 ふと、ルーフェの表情が普通に戻った。

 何かを思い出したかのように。


「……そういえば、あなた達ってチイト使いなの?」


 彼女は手をゆっくり離す。そして、パラソルと本を不思議そうに交互に眺めた。


 ちょっと残念がってる自分がいて、俺の事なのに若干引いた。

 それはそれとして。


 異世界語が翻訳される前から、日本語と同じようにチートと発音している。


 まるっきり訳のわからないペラペラ英語を話されている時に、日本語の単語が突然出てくるような違和感と、身に沁みるような安心感。


 チートと言われるのは久々だ。


 初めて自分の魔法を知って慌てた次の朝。何が出来るかを試していた際にラフェムが独りごちた言葉。


 都合が悪いみたいでぎこちなく否定されて、それっきりだった単語。


「ラフェムも呟いていたから、チートだと思います、多分。俺はわからないけど……」


「あら、やっぱり……ラフェムさん、嫌いそうなのに……」


 嫌いそう?

 嫌いそうということは……化け物か魂喰龍の二択。

 彼らのどちらか、もしくは両方の能力はチートの名を冠していたのだろうか。


 ということは、刃の翼を持ち、飛ばす力……もしくはどの魔法さえも意のままに操る力……俺の書いた文字を具現化する力……。


 すなわち、本来人間が持ち得ない特殊な魔法をチートと呼ぶのか……?


 だが、誰がその発音を持ち込んだ?

 チェス、将棋、じゃんけん。

 ラフェムは虹色の流れ星が教えたと。


 じゃあ、虹色の流れ星がチートという言葉も教えたのか?


 虹色の流れ星って何なんだ?

 流れ星……。


 …………忘れろ。今はそれを考える時じゃない。


 脱線しすぎた。ラグンキャンスを倒すことに集中すべきだ。俺はなんて駄目なやつなんだ。子どもの危機だというのに。


「ともかく、俺の魔法は、書いた文字を現実にすること、そして詩歌の魔法は、歌で魔法を紡ぐことです」


「興味深いわね。ラグンキャンスの動きを止めるような事は出来るのかしら?」


「以前、鎖を出したことがあります。ただ、ラフェムの友だちの本気の一撃でちぎれてしまったから、いきなり縛るのは無理だと思います」


「じゃ、じゃあ弱らせなきゃ……! あの、私、ショーセにやったように、ルーフェさんの武器に魔法を付与します。そ、そうすれば……はやく弱らせられる……」


 黙っていた詩歌が、意を決したか声を震わせながら意見する。


 輪に入れない疎外感を感じて、何か役に立ちたいと思ったのだろう。


 かつて地球でありのままを、自分の意思を晒して爪弾かれた彼女にとって、酷く恐ろしくて勇気のいる行動だった。

 言い終わる前に、自信なさげに縮こまる。多分、いらないと言われた時にその言葉のショックに耐えるため。

 保身に、「ルーフェさんが嫌ならやめるけど」と付け足した。


 提案を受けたルーフェは、否定することなく優しく微笑んだ。


 そして、ナイフを拾い上げると胸の前に構える。


「私の魔法と、シーカさんの魔法を合わせる事で一つ一つの攻撃の火力を底上げしようということですね! 素敵です。ただ、出会ったばかりの私たちの魔法……調和出来るかしら?」


 白い剣に、橙色の光が宿る。


 調和。

 さっきは何もない刃に乗せるだけで良かった。だけど今度はルーフェの魔法がある。


 魔法とは魂。


 魔法同士がぶつかり合うと疲れることは、詩歌も知っている。

 ネルトとの争いの時に、否が応でも理解せざるを得なかった。


 ルーフェはおそらく、単なる疑問を呈しただけ。


 だけど、詩歌にとっては試されるような、そんな風に感じ取れるものだったのだろう。


 サファイアのように深い蒼色の虹彩が、怯え狭まるまぶたの中で、逆らうようにギラリと輝いた。


「出来ます! 私が何とか同調します! だから、ルーフェさんは普段通りにしていてください……」


 震えながらも必死な声で言い終えると、一握りの息を吸った。


 低く、それでいて濁りのないハミングを奏で、腰のリボンに刺したタクトを取り出し、空に四拍子を描く。

 太陽照りつける砂浜とはまた違う、重い熱さを思わせるメロディ。


 切りそろえられた黒と青の髪が、突風に煽られたようになびく。


 ローブの青い紋章がほのかに煌めき、火の粉が舞い、従順な炎の蛇が姿を現すと、タクトを振るう腕に巻き付いた。


 紅は、様子見する獣のように慎重に腕から離れると、そっと橙に光るナイフにとぐろを巻く。


 二人は微かに顔をしかめる。

 炎がもっと近付こうとするが、光が押し出されるか、炎が弾かれるのみ。


 喩えるなら水と油。

 混ざり合わず、炎は戸惑う。


 互いの魔法が干渉……不和を起こしている。



 魔法は炎のまま、聞こえぬベースやドラムの雰囲気が変わった。リズムはより速く、炎はまぶしく。


 まだ魔法は溶け合わないが、諦めはしない。波長を探して、次々に雰囲気と魔法の性質を変えて再挑戦を繰り返す。それはまるで即行メドレー。


 ルーフェは、真剣な表情で歌い続ける詩歌に感心するように目を細めると、刃から視線を外した。

 さすが無詠唱で魔法を操れるだけある。宿った光に、なんら乱れは見られない。


「もし彼女の協力があっても、ひたすら叩くだけではかなり時間が掛かりそう……。堅すぎて、私の力では全く歯がたたなくて……」


「関節……付け根の可動部は、他の部位に比べて柔らかったです。まあ、殻が鋼だとしたら、関節は踏み固められた土、ぐらいの違いですけど……」


「なるほど。そこを狙えばいいのですね」


「ええ。そうすればダメージをより与えられるし、動きも鈍くできるはずです」


 何か見られてるような感覚がした。

 その方向を見れば、ルシエが膝を抱えて、俺たちを羨ましそうにじっと見ている。

 注目を待っていたのだろう。

 俺が向いた瞬間、ターコイズの大きな瞳が更に輝いた。


「ぼくに出来ることない?」


 上目遣いで可愛らしく尋ねて、期待と恥ずかしさか、肩をきゅっとすぼめる。


 そういえば、彼の夢は郵便屋さんだったっけ。

 手紙を紙飛行機にして、街に届ける……。


 さっきの嵐は彼の死ぬ気の全力。大地から砂粒を視界が塞がれるまで舞い上がらせられるのなら……。


 本に『羽根のように白く軽い紙飛行機』と綴る。何度も、何回も。

 ペン先が紙から離れる度に、緑の魔法陣から砂へ、白き翼は垂直にストントスンと墜ちる。


「浮かせられるか?」


 幼子は問いに答えるように、風魔法を詠唱した。


 腕を突き出し、口角と眉にぐっと力を入れる。

 エメラルドの風が地を這い、へばった紙々の下に潜り込む。


 ふわりと機体が持ち上がった。


 次々飛び立ち、パラソルの外周を優雅に舞う。

 その姿は新たな湖を目指す白鳥のよう。


「凄いぞルシエ!」


 彼の表情が緩んだ。

 途端、風が止み、生き物のように飛んでいた紙飛行機の群れは無機物に戻って、バラバラに滑空し一帯感を失いかけた。

 慌てて詠唱を唱え直して再び命を吹き込む。全機を俺の周りに着陸させて、ふぅと息を漏らしながら額の汗を腕で拭った。


 集中力はまだまだのようだが、この小さな体に秘められた才能、侮れない。

 充分に役目を果たしてくれそうだ、いや、むしろ役不足かもしれないな。


「ルシエには目隠しを頼もうかな」

「うん! がんばるね!」


 子ども特有の体に対して大きい頭が首からすっぽ抜けてしまうかと焦る勢いで、大きくうなずくと、とびっきりの笑顔を見せた。


 明るく素直で優しい、小さな友だち。

 癒やされるなあ。


 俺もあの頃は良かったなぁ……。

 世界がなんでも明るく見えた。

 もっとも、ルシエは俺の頑張り次第では、これからもずっと明るいままなのだろうけど。


 俺のあの頃はもう終わってしまった。

 あの希望に満ちた明るさは、薄汚く錆びついて、心のどっかに消えてしまった。

 なんで、あんな酷い人生になってしまったんだろう?


 理由も、過去も、今となっては、概念としてしか思い出せなくて……。


「あら?」

 ルーフェが呟く。

 その声で頭がハッとした。ぼんやりしていた事にやっと気がついた。


 怒られたわけではないけど、どうにも諌められたような気がして、慌てて彼女の方を向く。

 サーベルナイフの光がより強くなって、一回り大きい新たな刃を造形していた。

 目を凝らすと、橙色だが微妙に色が違う光がマーブルに混じり合って流動している。



 歌はいつの間にか、最初とは別物に変わっていた。

 賛美歌に似付かわしい、神々しく透き通る声。

 パイプオルガンとピアノの荘厳な演奏。天使が彼女の傍で寄り添いながら、コーラスを奏でているみたいで。


 しかしながら、メロディに不穏を暗示するかのような半音と、痺れる暴力的なワブルベースやエレクトーンが混ざる。賛美歌であれば、絶対にあり得ない音。だが違和感はない。


 相反する二つが、何故か奇妙に絡み合って、一つの曲としての姿を確立している。


「この歌良いわね」


 ルーフェは、体を拍子に合わせてゆらゆら揺らす。肩に触れ合うほどの髪が、ふわりと遅れて追従する。


 もう二人は魔法が触れ合うことに抵抗を感じていないようだ。むしろ心地よさそうで、二人共穏やかな顔を見合わせている。


 剣に宿る光が半分、泡沫のように千切れながら消えた。解除したのはルーフェ。もう心配ないと判断したのだろう。

 続いて詩歌の歌も、デクレッシェンドで緩やかに終わった。

 残りの光は急速に輝きを失い、霞のように世界の色に溶け込み消え去った。

 リサイタルの終わった砂浜は、やけに静かだった。


「よし! ルーフェさんは足の付け根を狙い、詩歌はその援護、ルシエはラグンキャンスの目の前で紙飛行機を飛ばして邪魔をしよう! 細かいことは、適宜俺が指示を出します!」


 三人は声を揃えて元気よく返事をし、立ち上がった。


 俺は本を閉じる。

 パラソルも紙飛行機も、最初から存在しなかったかのように跡形なく消える。

 遮るものが無くなって、待ってましたと網膜に突撃したカンカン照りの陽射しに、ちょっとばかし目が眩んだ。



 さあ、出発しよう!



「ルーフェさん、探索をお願いしてもいいですか?」


「任せてください」


 彼女は快諾し、おにぎりを作る時のように、中に空洞を設けながら手を合わせる。

 一息置いた後、ゆっくりと指を開くと、柔らかな光の玉たちが隙間から溢れ出た。


 幻想のホタルは集い、天の川となり、子どもを引きずり込める程度の岩壁の隙間へ飛び込んだ。

 目標の存在を確認できなかったか、すぐに出てくると、また別の隙間へ潜り込むのを繰り返す。


 集中しているのだろう。


 彼女は眉間にシワを寄せ、口を固く噤んだまま、ゆっくりとラスリィ方面へ歩き出す。


 穴の中で休んでいる無関係のラグンキャンスを刺激してはいけない。

 子どもの気配を一瞬で感知しなければならない。

 失敗は許されない。


 俺たちも、集中させてあげなければ。


 足音を最小限に抑え、黙々と割れ目を探る彼女から少し離れつつ、雛鳥のようについて行く。


 あと四人。どうか、待っていてくれ。

 絶対に、助けるからな!

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