表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/90

#63 悲愴の雷公

「ネルト……?」


 声を掛けずにはいられなかった。 


 殺されそうになった前科もあるから、あまり彼のことを好いてはいないが……あまりにも辛そうだったから。



 ……そんなに意外だったのだろうか?


 俺が武器を下げているのをまじまじと眺め、呆気にとられた顔で背を引く。


「な、なんだよ……俺なんかやったか?」



「いや……、お前に酷いことをしたのに、情けをかけられるなんて……思いもしなくてな……」



「だって、一応理由があったわけだし。許したわけじゃないけど」


「……まるで正反対だ」


 ネルトは、ははは……と申し訳なさそうに苦笑い後頭部を掻くと、ゆっくり俯いた。



「あの時、三年前……。凄絶の死闘をただ眺めることしかできなかった……。オレにも、あんな才能があれば……オレも空で舞えれば、もしかしたらサラは……」



 彼は両拳を硬く握り締める。強すぎて、手が震えている。


 噛み締めた歯はギリギリと軋み、あまりの強さに今にも欠けてぶっ飛んでいきそうだ。


 彼の背から、悔恨の念がじわりと気配を放つ。

 潤む琥珀色の目に宿るは慟哭、激昂、呪詛……様々な感情の果て。


 地獄の現実、果てた友と、それを嗤う悪。

 ぶち撒けたい想いは、とっくの昔に言葉に起こされているようだ。

 彼の良識かプライドが、喉を通すのを拒んでいるのだろう。

 吐きたいと、何度も口先を震わせては飲み込んでいるから。



「……この通り、オレは近接だけだ。サラ達三人のように、空を舞うことは出来ない、魔法を操ることも出来ない。だから、無力だった」



 瞼を閉ざし、溜息一つ。

 全身に巻き付いていた雷が薄れ、やがて無くなった。


 向こうで絶えずあがり続ける、情熱同士が激突する轟きが、やけに鮮明に聞こえる。



「目の前で友だちを、…………、殺されてもなお何もできない。ただ、叫ぶだけ……!」



 呼吸が強くなる。

 穴の開いた肺で酸素を得ようとするかのように、不安定で、必死だ。


 彼の周囲を、漏電のように魔法が散る。

 弱々しいその光は一瞬のみ輝くが、すぐに尽きて日の光に敗れ消える。

 次々と生まれてはすぐに死ぬ、その様子はまるで蜉蝣。


「今でも時々夢に出るんだ。血みどろのラフェムが、泣きながら呻くサラを抱きかかえている景色が。空で、化け物が悠々と羽ばたき嘲る姿が。どんなに手を伸ばしても、どちらにも届かないんだよ……」



 一筋の涙が、彼の頬を伝った。


 それが肌から離れるより前に、目を潰してしまう勢いで顔全体を手の甲で擦り、雫も跡も消す。


 だがすぐに、新たな涙が溢れてくる。


 もう一度拭っても、また雫が漏れ出して…………無意味だと悟ったのか、手を顔から遠ざけ俯いた。


 ポタポタと落ちる涙が、太陽に照らされ宝石のように煌めく。


 鼻をすすり、肩を震わせ、手負いの獣の唸り声を発する。


 一頻り泣き、感情が安定してきた後……おもむろに顔をあげる。


 漂う魔法はなりを潜め、針のように鋭く冷たい眼光が、俺を射竦めた。



 蒼の丘に、夏に似つかわしくない冷たい風が駆ける。


 草木が、不穏にざわめく。



 下に向けていた本を定位置に戻し、いつでも対応出来るよう、体の緊張を思い出し構えた。



「喪うなど、二度と御免だ。今度こそ、オレの力で願いを叶えてみせる」


「願い? ラフェムの覚悟を無下にするのが? 平和への想いを否定するのが?」



 彼はそっぽを向く。



「…………烏滸がましい蛮勇は、益をもたらさない。オマエたちじゃ絶対に龍には勝てない! そうに決まっている。無駄死にを止めさせるのは、友として当然の責務だ」



 剣先を俺に突き付け、雷型の刃を指でなぞる。

 それを追うように、根本から電撃が流れ出し、たちまち剣を覆う。


 バリ、ビリ、と、不規則に哮り猛る黄色い覇気。

 今までの雷のどれより強く、そしてコントロールされていた。

 自分より圧倒的に強い存在が、敵意を銃口のように向けている事実に気圧される。


 だけど、ここで怯えてなんかいられないんだ。


 あの災禍の目を、脳に蘇らせる。


 逃げたくなる異常な雰囲気、ラフェムを守る為に身を挺して穿かれた痛み。


 思い出すだけで、泣きそうになるぐらい怖かったあの経験……。


 俺は、奴を討ちに行くんだ。これから。


 待ち受けているのは、目の前の稲妻よりももっと強くて、こうやって待ってくれない非情などす黒い虹……。



 ……大丈夫、俺は、戦える。


 彼とも、ドラゴンとも。


 振り絞った勇気で、決意を固める。



「無駄なんかじゃない。恐れて目を背き、黙って死を待つよりはね! この世に絶対はない。ほんの塵ほどの可能性があるなら、全力で賭ける」



 ネルトは再び視線を合わせる。

 恨めしそうに、睨んでいる。


 でも。その中に迷いが見えた。



 互いに動かず、出方を窺い様子を見合う。



 ラフェムとクアは、変わらず激闘を繰り広げている。

 爆発と、衝突と、魔法の喚声……、雑多なノイズが、氷のように静まり返った俺とネルトの間を横切り続け、静をますます引き立てた。



「清瀬、……ショーセ」


 詩歌が、こっそりと傍に寄ってきた。

 この刹那休戦の間に、俺たちを刺激しないよう頑張って忍び足でやってきてくれたらしい。


 彼女は口元を耳に持ってきて、ネルトに聞かれぬようそっと囁く。



「ねえ……どうすればいい?」



「今考えてる……」



 近距離は無理、でも遠距離も駄目……。


 勝ち筋を探して、必死に脳を働かせる。


 俺の出来ること、詩歌に出来ること。


 格上の相手に、報いる一矢を作るには……。


 …………。



「詩歌。炎、炎が後で欲しいんだが」


「どんな?」


「流れる川のような……ドブ川じゃないぞ。そういえば、流し素麺やったことあるか? 楽しいよなぁ」


「やったことない。それ、炎じゃなくて、水じゃないの」


「水は透ける。炎じゃなきゃね」


 彼女は、炎水の闘技に視線を移す。


 侮っているのか律儀なのか、詩歌がそばで話してる間は手を出さないつもりらしく、黙って止まっていたままのネルトも、つられてそっちを見た。



「うーん……」


 僅かに首を捻り、口に手を当て唸る。


 胸の中で歌を奏でているのだろうか、指が規則的に震えた。


 ほんの数秒の沈黙と思考の後、ポーズを囁きの体勢に戻す。


「やってみるわ」


 彼女は、凛とした顔ではっきりと告げた。

 大丈夫そうだ、多分。



 ……さあ、再開だ。



「後で頼むからよろしくな。危ないから後ろに下がってて」



 詩歌が耳から離れた瞬間。


 ネルトは、待ってましたと言わんばかりに、雷鳴轟かせ、俺の懐目掛けて踏み込んできた。



 俺はただ真上へと跳躍し、刃を躱す。



 頂点に辿り着き、上昇と落下の切り替わる束の間。



 すっかり色付いた青空の中、本に『鉄パイプ』と五回記す。


 鈍く光る、鉄の棒が無から生まれる。



 手にするのは一本だけ。

 後は、けたたましく俺と共に落下。



 降り注ぐ、鉄の雨。


 ストンストン、次々と棒は垂直に土へと突き刺さる。貫かれては堪らないと、彼はネズミのように隙間を疾駆した。

 あっという間に、歪な円の出来上がり。


 最後、その中央に落ちるのは俺自身。


 ネルトはこの時を狙って、着地地点に向かうと剣を構えた。


 綴る。『エンジャロフラミア』と。

 飛び出した炎の反動で、俺の着地位置は彼の見当からずれた。


 彼はすぐさま踵を返し、銛を撃つ直前のように剣を後ろに引く。


 俺も、鉄棒を槍として、迎える。



 しゃりん、と金属音。


 鉄の先と鋼の先が擦れ、そして交差した。



 俺は無傷。


 ネルトは、肩から山吹の光を噴き出す。



 すぐに一歩下がって体勢を立て直した彼の、細い眉がぴくりと痙攣した。


 痛かったからか、苛立ったからかはわからない。





 不規則に聳える斜線は、一方的な有利をもたらしていた。


 ネルトは剣で斬りかかることが出来ず突きを強いられ、一方の俺は長いリーチで刺突を繰り出せる。


 いくら近距離が強いといえど、そもそも攻撃できなければ意味などないのだ。


 一度、二度、何度攻撃を繰り返そうが、剣先は俺に到達しない。



 彼は苦肉の策か、腕をぴんと伸ばした。

 が、当然その程度の足しじゃあ鉄パイプに敵わない、虚しいぐらいにだ。


 剣先が戻っていく。その刹那に差し込むように、鉄パイプを前へ。


 すると、今度は剣ではなく、掌が突き出た。



 俺の放った攻撃を間一髪で避けると、突いて戻るという動作の切り替わりを見逃さず、ガッチリと先っぽを鷲掴み。


 おっと。

 直であれ程の電気を流されてしまったら、この世界ではどのぐらい自由があるのか知らないが……地球の場合だったら完全に動けなくなってしまう。


 指の筋肉が動かせなくなって、手放せなくなるから。感電した人間が逃げられないように。


 だから譲り渡すように、さっさと棒を捨てた。


 突然支えを失った棒は、ぐらりと先端が地面に引き寄せられる。


 その瞬間、彼の掌を原点に電気が走り、あっという間に棒全体が黄金色にギラギラ輝いた。


 ネオンサインと化した棒。至るとこから飛び出す、バリバリ唸るスパークは、周りの細い塔に吸われているものの、いつどれが俺に標的を変えるかわからない。


 一、ニのステップで後ろに大きく跳んで、危険地帯と化した歪な円から抜け出した。


 ネルトはすぐに魔法を止めた。



 俺が近付けないのを悟ったのだろう、戦闘中だというのに、まじまじと奪った道具を眺めだす。


 この世界には鉄パイプがない、あったとしても極一部にしか伝わっていないのだろう。

 物珍しそうに、空洞の中や光加減、匂いまで確認している。



 あらかた見終わった後、不敵に口角を吊り上げると、鉄棒の外、俺と対称の方へ飛び出した。


 そして、ぐるぐると大振りに回し始める。


 体長と同じ程度の鉄の棒を、さも平然と。

 だが、その動作は若干おぼつかない。

 紳士のステッキダンスより、子供の傘遊びに近い。


 何故、リーチを補う槍や刀を使わないのだろうかと思っていたが、苦手だからか……。



 踊り終えると、肩に担ぎ、わざとらしく胸を張る。


「やあやあ、素晴らしい武器をわざわざどうも」


 仰々しい感謝。

 余裕が垣間どころか溢れて見えた。



 そう、たとえ上手く使えなかろうと、あの長さの鉄の棒は驚異だ。


 俺の剣は届かない。


 雷撃の範囲を広めるし、突っつかれるだけでも重い一撃になる。


 攻撃範囲が広がるってことは、防御範囲も広がるってことだ。




 …………。




 ……だから、後々……油断、するだろう?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ