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#62 稲妻に挑む唄と歌


 屈み、背の柄を掴む。


 詩歌の腕を離し、両足で大地を蹴って、低空を飛んだ。


 目標は、俺を見据える金髪男の腹。抜刀と攻撃を同時に行う……居合い切りだ!



 燦然たる火花が散る。

 鳥肌が立ってしまうような、金属の擦れ合う音が同時に耳を劈く。



 一閃は、大地と垂直に構えられたネルトの剣に阻まれていた。


 押し切ってやる。腕に力を込めるが、壁と争ってるかのように、添えられた剣はビクともしない。



 もう少し力を加えてみようか、そう思ってグリップを握り直そうとした瞬間。

 雷を模した独特な刃に施されている、黄色の宝石が、蛍の尻みたいにぼんやりと内側から光る。


 危険を察し、昔ラフェムがやったのと同じ様に、腕の力を抜き、相手の押し返すパワーを利用して退る。


 淡い光は場を離れた刹那、まばゆい煌きへと豹変し、電気の帯を四方八方に放出した。


 逃げなければ、飲み込まれていただろう。



「ラフェムめ……このオレを、この二人に任すとは……出るまでもないってか? 随分舐められたものだ! オレだって、勇者の一人なんだ……! お前たちなどすぐに打ちのめし、ラフェムも挫く!」



 剣を天に掲げ、狼の如く吼える。


 空に、ネルトの全身から溢れる電気が吸い込まれるように集まっていく。


 電気はそれぞれが融合し、いかずちと変わる。

 そして、雷は剣先へと凝縮し、一つの光る珠へと更に変化。


 陽光を上書きする程強烈で、上半身を覆えるぐらいの巨大な塊へと成長したのを見計らったネルトは、バックステップを踏んだ。


 浮いていた玉が、シャボンのようにふわりと降下する。



 珠に一本、剣筋が刻まれた!

 

 その刹那、一つの珠であったものが、数多の野球ボール程の粒に分裂する。

 そして、それぞれが別の速度、狙いを持って、弾幕となって俺たちに襲いかかる!



「詩歌! 相殺しろ!」


「出来ないよ!」


「やるんだ!」


 彼女は息を呑む。

 しかし、すぐにその分の息を吸い込むと、白いタクトを手にした。

 弱気だった数秒前とは別人のような、凛とした面持ちで、迫りくる光に向き合う。


 腕を大きく振るい、アルトのハミングを奏でる。

 重厚で力強いメロディに、マグマのイメージが脳裏に描かれた。


 地を這い蠢く、熱い胎動。真っ白の蒸気が至るそこらから湧き、視界は溶けるように歪む……。


 その情景に相応しい、粘る炎が彼女の腰周りを囲うように出現する。

 腕を振り上げた、彼女のタクトが天を衝く。

 同時に、炎は双竜のように二手に別れ、空高く登った。


 双竜は高度をあげるにつれ糸のようにどんどん解けて、細くなりながら数を増やし、それぞれが意思を持つ生き物のように、雷を迎え撃つ。


 初めての戦闘だというのに、魔法の操作が上手い。魔法は、心と想像力の強さだ。やっぱり日頃から、魂を込めて歌を歌い、自身の一部分としてどんな時も離れずに過ごしてきたのだろう。


 ……しかし、やはり勝負の経験が足りない。

 何本かは集中力が途切れたのか消滅し、何本かは珠に当たらず明後日の方向へ飛んでいってしまった。


 妨害を逃れた玉がやってくる。


「任せろ!」


 詩歌の前に立ち、剣を仕舞い本を構えた。

 ゴムの片手盾、そう書き殴ると、すぐに思い描いた通りの物が目の前に現れる。

 落下する隙をも与えず、即座に手に取り、迫る攻撃を確認。

 全力の脚力で雷の雨へと飛び込んで、一番にやってくる玉を見極め、盾を突き出した。


 ……あれ?

 思ったよりも、軽くいなせる。


 ぶつかって飛び散る残骸から、ギルドの食堂で突きつけられた覇気も、痺れるような圧も感じられない。


 絶対的で見れば強いのには変わらないが、彼の攻撃として考えると、弱すぎる。




 ドン……。



 巨大な雷鼓が、胴を震わす。



「やはり、お前たちは……」



 悲哀の目が、すぐそこにあった。


 低音の正体は、ネルトが疾風迅雷の勢いで懐に入り込み、大地を踏み付けた音だ。



「うがっ……!」

「清瀬!?」


 守ろうと試みるも、間に合わなかった。

 腹がひずむ。めり込んだ膝が、背骨に達したかと錯覚する。


 今の俺の身は砲弾。まっすぐ、弓なりに吹っ飛んでいく。

 攻撃手段を失ってはならない。

 盾を捨て、本を絶対に離さぬように抱きかかえた。


 クソ、なんて速くて強いんだ……。

 だが、弱点はもう見つけたぜ……。

 どうやら、広範囲に魔法を広げたり、自分から離れた場所で発現させたりは出来ないようだな?


 しかも、雷を弾として飛ばせるものの、ある程度離れるとガクッと減退している。


 だが、その分近接の破壊力は計り知れない。


 攻撃の一つ一つが、喰らえば戦いに支障を来すこと必須の、重い一撃となっている。


 インファイトが得意で、遠距離は壊滅的なタイプだろう。


 純粋な腕っぷしの強さと技能で、正々堂々真っ向から挑む……まさに武士だ。



 背から落ち、草の上を転がっていく。


 どっちが天でどっちが下かわからない、平衡感覚が狂う。あちこちぶつけて体が熱い。


 朝露で湿った地面の匂いに、擦れた草の青臭さが混じる…………。


 スピードが落ちてきて、自分の状況を把握できるようになったタイミングで、折り曲げていた片腕と両足を伸ばした。体はノミのように宙へと跳び上がる。

 浮いている間に、体勢を整え着地した。


 即座に前を向く。


 どうしようと硬直する詩歌、そしてそれを無視し、一直線に俺へ向かうネルトが見えた。


 身体を大きく捻り、剣を振り上げている。


 剣を取り出す時間も、長い詠唱を綴る時間も無い。


 ……やけっぱちだ!


 本を開き、ペンを動かす。


『炎』


 大きさも美しさも何もかも無視し、ただ一文字。

 接近する危険を斥ける、一発の火球だけを希求して。



 ボンと音がし、風が俺を押すように駆け抜ける。


 紅が、ネルト目掛けて飛び出したのだ!


 威力はいつもより低かったけれど、驚かせるのには充分であった。


「な、なんだと!?」


「よしッ!」


 対処できず、まんまと焔を浴びて仰け反るネルトを見て、いつの間にか握り拳を作っていた。


 なるほど、なるほどな、『炎』と書けば、『エンジャロフラミア』と正式な名称を綴るよりも攻撃力は劣るものの、素早く魔法を練り出すことが出来るようだな……! 所謂、短縮詠唱!


 ならば、今の俺には他にも、『水』『風』『雷』が使えるはずだ!


 近接戦は無謀だ。

 この新たに発見した俺の力を最大まで有効活用し、間合いを管理しながらじわじわ削るのが最善だろう!



 シャウトが、怯み立ち止まったネルトの背後から響く。

 痺れるワブルベースと、テクノチックなピコピコが聴こえてくる。

 ヤマタノオロチのような勇ましい電撃が、指揮する詩歌の背からゆらりと現れて……一斉に飛びかかる!


「クウサキチワリ ヤマブキノイ マワレドロケ シバレマヒセ……」


 ラップのような、ダブステップのような、声を繋げずに切る、独特かつ速いリズムの歌。


 雷の歌だ!


 今ここで、身を持って知った激しい稲妻を、速攻で曲に変えたのだ!



 ネルトはその場で、河川の如く流れ続ける攻撃の間隙を縫うように躍る。

 勇者と名乗った、その言葉に偽りはない。

 無駄のない動きで、華麗に魅せてくる。どの帯もギリギリで回避、絶対に当たらない。


 彼女は、歌を止めずネルトを縛り続けながら、俺の様子をちらちらと確かめながら、慎重に歩き始めた。合流したいんだな。


 俺から行ってやらなきゃ。

 詩歌の元へ戻ろうと駆けた瞬間。

 ネルトは不敵に嗤うと、剣を群雷に振り翳す。


 空気を唸らす回転斬り。

 絶えなかった帯の流れが、刻まれ断たれる。



 詩歌は驚いた。それにより、歌は止まり魔法は霧散してしまう。

 解放された男は、走る俺にロックオン。

 彼自身が雷だ、空を裂く勢いで飛んでくる。


 もう、真正面から魔法を放っても効果は無いだろう。

 急いで剣を抜き、そのまま斬撃を受ける。


 当然押し負け、突き飛ばされる。


 咄嗟に姿勢を戻し、刃の腹に、本を持っている方の手首を添え、防御だけを考えた構えで、二発目を受け止める。


 鍔迫り合い。

 目前より先に進ませぬよう止めるので精一杯だ。

 密着する鋼が擦れ、不快な悲鳴をあげる。


 ベクトルは若干下を向いている。だから、さっきのように吹き飛ばされて逃げようとしても、大地に叩きつけられて終わりだ。


 だが、これを跳ね除ける腕力はない。


 横にすり抜けようとしても、あまりにも強すぎて固定した足を動かせない。


 ネルトは力を強める為に前のめりになる。余裕そうな済まし顔がぐんと近付く。

 雁字搦めの俺に、憎いほど爽やかに話し始めた。



「センスはあるが、実践をこなしてはないと見た。武器も経験もない女性をいたぶるのは、オレの趣味ではないんでね。でも君を挫けば、あの子も諦めるだろう?」


「勇者様ともなると、経験なんかお見通しか。だが間違ってるぜ……」


「…………何がだ?」


「詩歌は、俺が倒れても屈したりしない……そして」


「そして?」


「俺は負けない!」


 本と一緒に持っていたペンを噛む。

 ページに指を挿し込み、開くと同時に、顔を動かし『水』を書く。

 誰が見ても穢いと判断するミミズの字。しかし、吹き込んだ想いは壮大だ。


 間もなく飛び出た水塊が、ネルトにボディブローを決める。


 腕力でねじ伏せる事のみに集中していた彼は、まんまと俺の反撃を喰らった。

 よろめき、二歩後ろへ。


 チャンスだ!

 この場から飛び退き、剣を脇に抱え、筆をもう一度手に。


 炎水、風炎雷、風、風、水、炎、雷炎、水、水風……。


 紙の上でひたすらペンを滑らせる。


 美しい四色の珠が入り乱れ、あるものは男を傷付け、あるものは男の動作を縛る、そんな映像を脳裏で構築しながら。


 手を浮かす毎に、それまで書き溜めた弾が一気に放出される。

 それを利用し、不定のリズムで連射する。


 無数の弾が、男に突撃する。

 数発だけぶつかったが、すぐに剣戟を振り回され防がれる。


 また間合いを詰めようと、彼が足に力を込めたのを俺は見逃さなかった。

 後ろへ下がりながら、螺旋状と不規則な動きを混ぜた魔法を発射してジャンプを阻害する。



「こざかしいッ! こんなものでオレを倒せると思うな!」



 彼も、近距離でしか戦えないという弱点がバレたのに気付いたようだ。


 明らかに苛ついていた。


 剣に、先程よりも一回り大きく電撃が纏わり始める。バリバリと、大気を裂くように鳴いている。

 彼は大きく武器を奮い、俺の攻撃を大地ごと叩き斬る。


 割れた地から稲妻が噴き出す。


 そばにあった魔法は、あっという間に雷に焼かれて消滅。


 そしてネルトの全身に、電撃が絡みつく。


 その鎧は、貧弱な俺の魔法から身を守護するには、あまりにも役不足だった。


 全く効かなくなっちまったよ……!


 弾は確かに当たっているのに、微動だにしなくなるとか、こんなのありかよ!?

 ネルトは炎水雷風の雨霰を受けつつ、時々うざったらしそうに珠を切り飛ばしながら、ゆっくりと歩を進める。



 桁外れの差を見せつけられ、身の毛がよだった。


 近距離で勝てるわけない、でも遠距離は封じられた、こんなの……どうしろって言うん……!




 轟音が、体と地を揺さぶる。



 思わず、首をそちらに向けてしまう。



 爆発音は、巨大な炎と水の衝突音。

 砕けた炎が、散った水を照らして、花火のような幻想的光景を創出する。



 ラフェムとクアの決闘は、壮絶なものであった。



 互いの攻撃、そして自身の魔法の反動を利用して、空中まで戦いの場として使っている。



 クアの闘う姿を見るのは初めてだ。


 今まで、彼女は戦いとは無縁であるかと思っていた。

 しかし、彼女はラフェムと互角にやり合っている。


 そういえば、彼女もラフェムと旅をしていた一人だ。ラフェムと共に、三年前の化け物と戦ったのだ。

 そりゃあ、強いに決まっている。


 遠近どちらも劣っておらず、巧みに使い分け攻撃する。しかし、その水は相手の体に届く前に弾け飛ぶ。正確な軌道で、炎をぶつけられるから。

 そして、彼女に向かって炎が飛んでくる。それを同じように相殺する。


 交じるが混じらわぬ、二人の魔法。

 大小様々な花火が無数に咲き誇り、水と炎の嵐が煌めく幻想を生み出す。


 炎のレイピアと、同じように腕に魔法を纏って作られたサーベルが、隙を見つけては発現し、振り翳されるが回避される。


 魔法の力だけでなく、蹴りや拳も飛び交う。


 己の持つ全ての攻撃法と防御法を、惜しみなく出し合っている。



 ハイレベルな戦いに、自分も戦っているのを忘れて魅入ってしまった。


 ハッとして、目線を元に戻したが……ネルトは、まだ向こうの二人を見つめていた。


 酷く虚しそうであった。


 絶対に届くことのない高みを羨む、現実を知ってしまった子供みたいな悲哀に暮れた顔をしているものだから、胸を鷲掴みされたように痛んだ。



 試合中に、物思いに耽るなんて……どうしたんだ?



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