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#6 依頼遂行、いざ帰宅

 挿絵(By みてみん)



 本は、見事にスクイラーの頭部に直撃した。


 それも、丸く処理されてるとはいえ、痛そうな背側のカドのところで。



 「ギギギギュギ!?」


 スクイラーは見下していた俺に殴られたことに驚いて、咄嗟に手を離した。その支えの無くなった重い身は重力に引っ張られ、地べたへと背を思い切り叩きつけられてしまう。

 飛び跳ねるように起き上がると、慌てふためいてへんてこな軌跡で森の奥へと走り去っていった。



 強敵と思われたリスとの戦闘が、こんなにも呆気なく幕を閉じたことに、俺もラフェムも唖然として互いを見合う。


 「あー、その、えっと……僕ら……勝ったってことでいいのかな?」


 「あのリス……じゃなくて、スクイラーが戻ってくる気配も無いですし……そうだと思います」


 あはは……と彼が申し訳なさそうに笑った。


 「……追い払ってくれてありがとう。僕の炎だと、森まで燃やしてしまいそうで思うように戦えなくて……。それでショーセ、腹は大丈夫か? 怪我は無いか……?」


 「大丈夫です。噛まれるより先に手を出したので……心配してくださりありがとうございます」


 「良かった……じゃあ、果物狩りの再開をしようか」



 再び奴が現れないか周囲に注意しつつ、気を取り直して採集に戻ることにした。




 この後は、再び害獣等が現れることもなく、数回の休憩を挟みつつ、無事に籠一杯のプルーアを集めることが出来た。


 この果物をギルドに届けるまでが俺たちに課せられた仕事だ。今にも底が抜けそうなほどに実を積んだ籠を背負い、巨大な樹木に背を向け、来た道を戻ることにした。



 額の汗を拭って空を見上げると、若干暖色の混ざった色になっていて、太陽は俺たちと同じく街の方へ向かっている。


 出発してから、もうかなり時が経ったみたいだ。


 そういえば、昨日の夜は本当に寒かった。夏の昼からは想像もつかない、冬を超す猛烈な極寒。

 出来ればあんな中、歩き回りたくない。気持ち急いで、街を目指した。



 果樹園を出て、芝の海に浮いた淡い黄土色の獣道を並んで歩く。


 満杯の籠は何キロぐらいあるのかわからないけれど、眠る幼子一人をおぶってるほどの重さがあった。しかし、疲れない。あの辞書並みの本をずっと肩から下げていたことも忘れていたぐらいなのだ、異世界転生による体力の向上をまたひしひしと感じる。


 街に着くまでのちょっとした時間、彼と会話をしてみたかったが、自分から始めるのは得意じゃないので、声をかけてくれないかなとひそかに望むだけだった。


 これまでの様子から想像していたように、彼も彼で話すのはあまり得意ではなさそうだ。

 時々こちらを確認するようにちらりと見るだけで、自ら話題を提供しようとはしない。とうとうお互い無言のまま、街のアーチ看板まで辿り着いてしまったのだった。



 レンガの大通りへ足を踏み入れると、丁度帰りを祝福するかのように、街灯の光がここから奥へと次々と灯っていった。ちょっとだけ、幸せな気分に包まれる。


 昼の、大通りを埋め尽くすほどだった人混みはすっかり落ち着いて、これから家に帰るであろう街人がポツポツといる程度になっていた。



 ギルドの前に到着した時であった。辺りの屋根よりも高い所を飛ぶ白い紙飛行機が通り過ぎていったのを見た。

 不思議に思っていると、あの紙飛行機は手紙の一種で、風魔法使いがその魔法を巧妙に操り、目的地まで飛ばして届けているということを教えて貰った。


 夕陽を浴びて輝く立派な戸に触れる。丁寧に磨きあげられた金属の、すべらかで冷たい感触が手のひらに広がった。


 中に入ると受付嬢が、何かを抱えて受付へと向かって歩いていた。彼女は、扉の開閉の音で俺たちの存在に気付き振り向く。持っていた物の正体のは、何冊かの本だった。彼女は俺たちの帰還に、大人びた妖艶な微笑みをたたえる。



 「あら。ラフェムと連れのショーセさん、おかえりなさい。無事依頼を遂行したようね。こっちにいらっしゃい、手続きするわ」



 受付カウンターに戻った彼女に、例の紙を籠の上に乗せて引き渡す。


 彼女は指定された木の実かどうか軽く照らし合わせ、問題がないことを確認すると、台の下に潜り、ゴソゴソと何かを弄り始めた。


 起き上がった彼女は、手を出せとジェスチャーする。素直に出してみると、重みのある小さな皮の袋を乗せられる。


 中身を覗くと、ちょうど手のひらサイズの小判に似た楕円の板が六枚入っていた。これこそが世界の貨幣である銅だ。


 そうだ、そもそも借りた金を返す為に依頼を受けたんだったな。三枚取り出して、これは今日の宿代として鞄の中に放り込み、残りの半分は袋ごと、昨日借りた分としてラフェムに渡した。


 お金が貰えるっていうのは最初から嬉しいけれど、こうして動いた対価で貰うお金はまた違った嬉しさがあるなぁ。


 「これで依頼は終わりよ、どうもありがとうね」


 彼女は微笑み、そう言う。

 暖かい言葉に、少し誇らしい気分になった。


 やることは全て終わったし、日が完全に落ちて辺りが冷える前に帰ることにしよう。


 あんな寒い中歩いて帰ったら俺はともかく、防寒着の無いラフェムは下手したら凍死してしまうからな。

 受付嬢と俺たちで、お互い軽く会釈をしてから、出口へと向かって歩き出した。


 扉の取っ手を握り、力を込めたその時。後ろに並んでいたラフェムが突然腑抜けた声をあげた。

 一体何なのだ? 振り向くと、彼は微妙にはにかみ、誤魔化すように頭を軽く掻いている。


 「果物の森で、本来いないはずのスクイラーに襲われたこと伝えるのを忘れてた……すまない、ここで待っててくれないか、すぐ終わるから」


 そう言って、彼は再び受付へと駆け足で戻っていった。



 そういえば、果樹園に〝イタズラスクイラー〟は普通いないのに、って言ってたな。

 あの場所に、まだ他の個体や、俺に殴られて鬱憤を貯めたあいつ自体がいる可能性は十分にある。もしも子供や戦うほどの魔法を持っていない人が、なにも知らないままオレンジ色の実やプルーアを取りに森に入って、あの悪戯好きと出会ってしまったら……被害が出てしまうことは想像に難くない。

 その事を、この街を管轄するギルドに伝えれば、注意喚起や規制など何らかの対策をしてくれるだろう。いやあ、帰る前に思い出してくれて良かった……。



 あっ、用件を終えたようだ。こっちに軽く手を振りながら戻ってきた。


 「すまないすまない。さて、行くか」


 今度こそ帰路に出るため扉を引いた。

 厚い金属と金属の合間に、街灯の炎で照らされたレンガの道が見えた。同時に、入り込んだ冷気が地を這って俺の足下を覆い尽くす。


 嘘だろ、さっきまであんな初夏の暑さだったのに。まるでギルドにいる合間に半年ひっくり返されて、真冬になってしまったかのようだ。

 嫌々外に出るが、ギルドと外への境目を越えた瞬間、俺の身を取り囲んでいた屋内の暖かい空気が一斉に入れ替わって、氷の気体になってしまった。あまりの寒さに鳥肌がいきり立つ。

 レンガの床は、夏の気体が一気に冷やされたせいで霜が張っていて、街灯の炎を跳ね返しキラキラと輝いている。


 「うわぁ、寒い、凍え死ぬ。早く帰ろう」


 ラフェムは外に出るなり、死んだ目になって、猫背をますます丸くし、袖に手を引っ込め腕を組みブルブル震え出した。

 マジで凍死してしまんじゃないだろうか。とにかく急いで目的地まで走ることにした。


 前を行くラフェムは、腕を組んだまま走っているので、凍結した地面で足を滑らせて転んだ時大丈夫だろうかとハラハラした。


 が、そんなことは杞憂であった。

 驚異のバランス感覚を発揮し、俺も彼も足を一度も止めることなく、すぐにクアの宿の前に辿り着いた。


 俺とラフェムは、ここで別れることになる。


 見るからに怪しい俺を、ここまで親切にしてくれて本当に助かったし、心の底から嬉しかった。

 なにかいい感じに別れと感謝の言葉を告げたいのだが、どうにも思い付かなかった。彼は俺が宿に入るまで見送るつもりか、丸くなって揺れながらもわずかに微笑みながら佇み続ける。


 寒がりの彼を、しょうもない恰好つけの美辞麗句を考える為に留めるのは悪い気がした。質素だけれども気持ちを込めて、ここまでありがとう、と伝えるべく意気込むと、ラフェムが一歩先に口を開いた。


 「なあ、迷惑じゃなかったらさ……」


 「えっ、…………はい?」


 迷惑? 急にこんなかしこまって、どうしたのだろう。


 彼は恥ずかしそうに口元をもごつかせ、斜め下を見ながら続ける。


 「僕の家、結構部屋が空いてるんだ。良かったら僕のところにこないか? 毎日三銅払うのも大変だろうしさ。それに、それに……いや、あのさ、ともかく一緒に住んでくれよ」


 ……なんの冗談なのだろうか、それだと迷惑をかけるのは俺の方じゃないか。


 あれほどまでに親切にしてもらったのに、上乗せで更なる迷惑をかけるわけにはいかない。

 そう断ると彼は、僕の心配なら全く問題、それだけが理由なら気にせずに是非来てくれ、是非暮らしてくれと、頭を下げてしまった。


 なにをしているんだ俺は! 恩人に頭下げさせるなんてとんでもねえ!


 ……こんなに頼っては悪い気がするけど、ここまでされて拒否する方が、更に確実に悪いかも。彼の善意に甘えることにしよう。


 「そこまで言うなら……行きます、行きますから顔を上げてください」


 ラフェムは俺が行くと意思を伝えると、バッと顔を上げて、子供じみた満面の笑みを開花させる。


 「本当か? じゃあ早速僕の家に帰ろう! 少し先に行ったところなんだ」


 今までに一切聞いたことの無い、心底嬉しそうな明るい声でラフェムはそう言うと、寒さも吹き飛んだのか固く組んでいた腕をほどいて走り出した。


 ちょ、待ってくれよ俺はお前の家知らないんだぞ! 待ってくれよ……。



 しかし、魔法もチートも無いけれど、初めて会えたのが彼であったことだけでもう充分だった。

 俺はなんて幸運なのだろう、彼はどうしてこんなに優しいのだろう。



 大通りから宿と同じぐらいの距離を走ったところ。

 レンガの道路はいつの間にか芝へと変わり、道は先程まで几帳面に一列に並んで密集していた建物は、てんでバラバラになる。ラフェムは、その中の一つの家を指差した。


 「あれが僕の家」


 左側に大きなタンクが付いた、例に漏れずレンガ造りの二階建ての家だ。


 玄関の横に、真っ赤な炎を秘めたランタンが一つ吊るされていて、扉に若干傾いて貼られた表札と思われる〝FLAMER〟と彫られた板を、同じ紅に染め上げている。


 ラフェムは、コートの胸あたりの隙間に手を入れ、鍵を取り出した。

 これ内ポケット付いてるのか。襟を引っ張って覗いてみると、丁度心臓のある高さに左右両方一つずつあった。


 意識を服から戻したとき、タイミング良く鍵が開け終わったらしく、彼は、片手を胸に突っ込みながら戸を開いていた。


 家の中は、窓から入り込む火と月明かり以外何も光源がなく、一寸先も見えないほど暗かったが、ラフェムが足を踏み入れた瞬間、センサーでもあるかのように一斉に光が点いて、目が眩む。視界が落ち着いてくると、結構綺麗で広い屋内が見えた。


 「ただいま」

 「お邪魔します」


 恐縮しながらも、後に続いて中に入る。彼が屈んで靴を脱ぎ始めたので、俺も靴を脱いであがった。


 外見は洋風だけれども、家の中は艶のある木の壁にフローリング、見慣れた光景だ。

 扉が外側に向かって開いたり、玄関で靴を脱ぐのも、日本と何ら変わらない。



 玄関の両脇には靴箱と思われる棚があり、その上に様々な色と形のビンが並べて飾ってある。

 よく見ると風化し色あせたラベルには、酒の銘柄がかすかに書かれているのが見えた。彼の父親の趣味だろうか。


 入ってすぐには、リビング兼食堂と思われる広間があり、木製の洒落たデザインの四角い大きなテーブルと、それを挟むように手前と奥で二脚ずつ椅子が置かれている。恐らく四人家族のようだ。


 「あの、やっぱり急に俺なんか連れてきちゃったら、家族の迷惑にならないですかね……?」


 「家族……」


 彼は家族という単語を聞いた途端、顔をしかめた。

 やばい、聞いてはいけなかった事に触ってしまったようだ。

 前言撤回して謝ろうとするが、また彼に先手を取られてしまう。


 「いないんだ、父さんも、母さんも……僕の家族は三人とも殺された」



 意味ありげに、怒りに近いような、それでいて悲しみに近いような、煮え切らない暗い声でそう呟いた。



 その一言で、残酷で無慈悲な彼の過去を垣間見て、胸を張り手でど突かれたような衝撃に襲われた。

 知らないとはいえ、いくら何でも軽率過ぎた。

 時を数十秒だけでも戻せる力があるならば、戻したい。まさに後悔先に立たずだ。


 気不味さに縮こまっていると、彼は突然思い出したかのように笑いだした。


 「ハハハッ、せっかく心配でそう言ってくれたのに、辛気臭い雰囲気にしてすまないな、忘れてくれ。僕は少し部屋を片付けたいし、先に風呂に入って疲れも汚れも落としててくれよ。着替えは持ってくるから、それまで湯船でゆっくりしてて。ああ、荷物持ってくよ」


 彼は押し流すようにそう言いながら、玄関から見て左の奥にある扉の前まで背を押して強引に誘導する。


 この向こうは脱衣室のようだ。ちなみにこのすぐ右隣にある扉はトイレらしい。


 「ちゃんと体洗ってから湯船に入れよ、僕も後で入るんだから」


 俺をおちゃらかすようにそう言って、俺のショルダーバックを預かると玄関から右──つまり風呂場の反対側にある、二階への階段へと向かっていった。



 ……階段に消える刹那に見えた横顔は、ちっとも笑ってなんかなかった。


 圧し殺しきれなかった怨恨と悲懐の滲み出たむっと顔だ。こうなるとは予想外だったとはいえ、悪いことしたな……。



 忘れてくれとは言われても、強烈過ぎて忘れられない。

 いきなりラフェムの心を抉ってしまった。先が不安になり、俺はやるせないまま、脱衣室に入った。


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