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#54 傷を癒やしに空を舞おう

挿絵(By みてみん)


 貰った見舞いのフルーツが詰まった籠、ラフェムはまだ服を着れないから、畳んで袋に詰めたコートにズボンに、色々着てきた服一式、俺のバッグ。

 俺たちは、竜の隣に持ち帰る荷物を集めていた。


 「ありがとな、よしよし」


 ドラゴンは、俺たちを乗せてビリジワンに戻ることを快諾してくれた。

 今彼は、ニコニコして、顔をうずめるように俺の腕をグリグリしている。どうも甘えているようだ、本当に犬みたい……。俺、てっきり恨まれてるもんだと思ってたんだけどなぁ。


 魂喰龍に抉られた怪我は、綺麗な包帯の下にあるからどうなってるかはわからないが、まだ少し血の匂いがするから、完治はしてないみたいだ。声も戻ってない。



 「あの、その、私……」


 他の家と同じように木の板で囲んで作られた、ついさっきまで俺たちの寝ていた病院から、荷物をせっせと運んでいた彼女が、最後の持ち物である俺の片手剣を持ってきながら、憂わしげな表情で俺に話しかけてきた。


 「私、これからどうすればいいのかしら……わからないの。出来れば、清瀬さんと一緒に行きたいけど」


 「えっ、逆にどこに行くつもりだったんだ? 帰る場所が無いのに」


 彼女は、呆気にとられたように、「えっ?」と、腑抜けた声を漏らし、すぐに恥ずかしそうに、しかしながら苦しそうに眉を顰めると、俺から目を逸らし、足元に広がる白い砂を見つめ始めた。


 「私は、あなた達を我が身可愛さに見捨てたのよ?」


 「……来たくないってことか?」


 「ち、違うわよ! ……いいのなら、付いていきたいわよ……でも、私は……私なんか……」


 彼女は、手を振り払った事を物凄く気にしているようだった。

 しかも、卑屈がスパイスに加わって……こりゃ解決に難儀するやつだ。


 「逃げるのはやめるんだろ? これから償っていけばいいじゃん、な? それに俺はもう気にしてないからさ! ラフェムも、きっと拒みはしないさ」


 無難なことを言ってみる。

 …………ラフェム、俺が言い出さなきゃきっと誘いもしないけど。興味なさそうだったもんなぁ、昨日……。

 でも、これから彼女が懸命に生きてくれれば、次第に赦してくれるさ。彼は、そんな非情じゃない。


 「これは、逃げてるんじゃないわ。ただ、私には、あなたたちと一緒に居て良い価値や許可がないの。私は……」


 彼女は辛さと寂しさを混ぜ合わせた暗い声で言いながら、更に俯いた。

 髪がカーテンのようにふわりと掛かり、表情が見えなくなった。


 ……不安だろなぁ。

 俺は忘れちゃったから、いや忘れたまま追おうとしないから呑気なだけ。

 地球の記憶があるなら、その恐怖はたった一日の些細な行動や言葉で晴れたりしない。


 誰かの精神安定剤に選ばれてしまった哀れな弱者は、自分自身が地獄から普通へと引き上げてもらう事を望むなんてことも、それを叶えてもらえるなんてことも、その欲求がある事を認めるのも、夢のまた夢。


 そもそも救われたいと声さえ発せない。弱さを見せるのも、今が崩れるのも、応酬も怖いから。


 知ってる、知ってる、全て知ってる。


 俺をそう捻じ曲げた暗黒はすっかり忘れたけれど。


 だから俺は熟考した。どうしたら、彼女が素直に一緒に行くと言ってくれるかを。


 さて、今まで、何が俺の辛苦を和らげていただろうか。辛かった記憶自体には触れぬよう過去を辿る。


 ……ああ、どうにも忘れてる。


 俺は、清瀬頼太は、誰だったか……。


 うやむやで、霧よりも実体の無い過去を内心怯えながら巡って……巡って……巡って……。



 ようやく、一つ思い出した。俺が嬉しかった事を。



 俺は、すぐに実行に移す。

 俯いたままの彼女の肩を寄せ……。


 「え? ちょっと……」


 「君は悪くないんだ、悪いのはただの身勝手で君を傷付けた奴だ。だから自分を責める義務なんて無いんだ……もう、疲れただろう……」


 そっと、彼女を包み込むように抱擁した。

 抱擁といっても、空気のように軽いハグだ。

 縛るようなことはせず、あまり肌に触れ合わぬように、すぐにすり抜けられてしまうぐらいのか弱さで、彼女を悪意から庇うようにそう言った。


 ……。


 ……待て。


 今の俺、滅茶苦茶気持ち悪いことしてるな!?



 これって、セクハラだよな!?

 警察呼ばれるレベルだよ!

 すぐに離れるが、もう遅い。


 抱き締めたという現実はもう消せない、取り返しがつかない。


 あ……あ、あ、あ!!


 やっちゃったよ!


 違う、俺はキモくないんだ!


 こんなキモいこと平然としてきた、アイツとか親とかがキモいんだよ!


 俺は、俺はキモくないんだよ!! 汚染されただけで!

 いや、キモいか! あはははは!




 …………でも自分が実際された時、嬉しかったんだ。


 全部、強がって気色悪いと藻掻いて逃げたけれど……全て受け止めて、俺を苦しめる世界を否定してくれたのは、とっても。



 でも、それが、通じるのは、身内のみ。



 もう駄目だ。俺は嫌われた。



 ビンタでもグーパンでも蹴りでも何でも来い。

 ぶん殴られる覚悟を決めて、目を瞑って歯を食いしばった。



 「う、うあああああああ……あああああ……」



 だが、覚悟の次に感じた感覚は、殴られた痛みではなく耳を震わせる泣き声だった。


 彼女は、泣き崩れてしまった!


 顔を手で覆い、しゃがみ込む。

 そ、そんなにキモかったか? いやキモいよな……イケメンならまだしも、俺はイジメられっ子だぞ……そんないい見た目じゃないのだ……。

 最悪だ、最低だ、俺!


 「ご、ごめん、ごめん、本当にごめん! マジにキモかったよな……! こんなの他人に、しかも異性にやることじゃねえよな……」


 ドラゴンが、ムッとした顔でこっちを見据えている。

 無言だからこそ、非難する言葉をぶつけられるよりも圧が強い。罪悪感と後悔で心臓が潰れそう。


 どうしよう……。

 どうしよう…………。

 俺も泣きたいよ…………。


 「ちょっとショーセ、何事……?」

 ラフェムを連れて建物から出てきたクアが、困惑の表情を浮かべて寄ってきた。


 ラフェムも、詩歌には無関心だが、泣いたとなれば流石に心配する。「なにがあったんだ」と、不安そうに聞く。



 「ち、違うの……ただ嬉しくて、嬉しいからこそ悲しくなって……」


 彼女は、抑揚のおかしい震え声で、俺への疑いを晴らすようにそう言った。


 「い、嫌だったから泣いたんじゃないのか……? 俺、てっきり……」


 「……勘違いさせてごめんなさい……。でも、そういうの、迂闊にやることじゃないわよ」


 「ご、ごめん……」



 すすり泣く声は、次第に落ち着きを取り戻していった。

 彼女は、ゆっくりと立ち上がると、涙を人差し指で払うように拭うと、照れ隠しに笑った。

 ……ずっと不満げな顔だったけど、こんな可愛い顔するんだな。



 「ふふふ。変な人。……私も、ショーセって呼んでいいかしら」


 「勿論、そっちの方がしっくりくるよ。神原さん」


 「いやね、あなたもシーカって呼べばいいのに」



 ……少しは、彼女の心にかかった暗雲を吹き飛ばすことは出来ただろうか。

 ラフェムとクアは、事の始まりを見ていなかったから何がどうなったのかわからず不思議そうだったものの、泣き止んで良かったと微笑んだ。



 「…………それじゃあ、皆でビリジワンに帰ろうか」



────────


 ラフェムにシーカが来ることをこっそり伝え、荷物を持ってドラゴンの上へと騎乗し、今すぐにでも出発可能な状態になった。


 「どうかお大事に、ラフェムくん」


 「元気になったら、また会いに行きますよ」


 すっかり忘れてた台車を持ってきてくれたエイオータ夫妻が、寂しさを隠し切れていない笑顔で、俺たちに手を振っている。


 その隣で、お土産だと、ココナッツのようなきのみをいくつかと、魚の干物を持ってきてくれたオイラくんが、元気でなと、エイオータさんよりも大きく手を振っていた。


 そういえば、オイラくんの名前を知らない。

 この町を去る前に、聞いておこう。


 「なあ、君の名前ってなんて言うんだ?」


 俺が名前を知らないことを知らなかったようで、一瞬戸惑っていたが、すぐに得意げに胸に手を当て、己の名を名乗った。


 「オイラはフィペスカ・シェオラージュ。長いからフィペとかぺすぺすって呼ばれてるよ。良い名前だろ?」


 自分の名に、誇りを持っているようだった。

 こんなに大切にされるのならば、彼の両親を見たことはないが、きっと良い人なのだろう。


 「その通りだな、かっこいいぜ! ……それじゃあ、本当に短い間だったけどありがとうございました、フィペ、エイオータさん、お医者さん……」


 「ええ、皆さん……元気でね」

 「これから……忙しくなるだろうけど、頑張れよ!」


 「それじゃあ、また会いましょう」


 ドラゴンは、獲物を屠る虎のように砂浜を疾走すると、辺りに転がるヨットの帆よりも大きな翼を大地に叩きつけるように振り下げる。


 一瞬重力が消えたかのような錯覚を引き起こす。

 そして、今度は逆に重力が強まって、体が竜の背へと押し付けられる実感がした。


 バサリ、バサリと翼が空気を押し退ける音が、ラピスラスリィと俺たちを引き離す。


 あの巨体は、あっという間に上へ上へと登っていった。


 もう既に、ラスリィの全貌が見えるぐらい遠ざかってしまった。見送りしてくれた彼らはもう砂粒のようで、声なんてもう届かない。


 マングローブ林も見える。

 紙の中心にライターを当てて焼いたかのように、俺達が交戦した辺りを中心に、真っ黒の穴が空いたように木々が無くなっている。


 数本、ビームの痕跡であろう黒い直線がその円から延びていた。痛々しい傷跡を、ラフェムはじっと怨めしそうに睨んでいた。


 何人ぐらい集まってこれを消火したのだろうか……。



 「ね、ねえ……」


 詩歌がたじろいだ声でそう言って、俺の服を引っぱった。


 「なんだ?」


 振り向くと、彼女は顔を真っ赤にして、竜の背……真下を見ていた。


 これは……まさか……。


 「トイレか?」


 「っ!? 下品ね、違うわよ! 馬鹿じゃ、ないの……?」


 彼女は、俺がふざけてると思ったみたいで、咄嗟に俺の顔を見上げて怒鳴るが、言い終わらないうちに語気が弱々しくなってまた俯いてしまった。


 「……怖い、のよ……」


 なるほどな。

 飛行機のガワが無いようなものだし、怖がるのも当然だろう。

 今の状態は、俺が先頭で、詩歌がその後ろで竜の首に跨っている。

 その後ろ、人間で言うなら肩の辺りの広い部分で、クアが楽な体勢をしているラフェムと仲良く寄り添っている。荷物は、ラフェム以外の三人で分担して持っている。


 怖いというのなら、安定する場所に連れて行ってあげたいが……後ろは下がれない。

 ラフェムを動かすわけにはいかないし、彼らは俺らと比べてバランス感覚がいいから平然としてるけど、詩歌にとっては取っ手になるような部位がなく、しかも翼を動かす筋肉の弛緩と収縮で揺れるので、余計に怖がるかもしれないからだ。

 そうなると。必然的に彼女に行かせる場所はここだ。角があるし、頭に近いからあまり揺れないし。


 「場所交換して角に掴まるか?」


 「う、動けるわけないじゃないのよ……!」


 「えぇ……じゃあどうすればいいんだ……」


 動いてくれないのなら、その怖さを打破することは不可能だ。


 どうしようかと困り果てた時。


 彼女が、俺の背にぎゅっと抱きついてきた。


 「う、え、え!? な、何……? ななな、何だよ!?」


 「……別に、いいじゃない……。さっきショーセもやった癖に……」

 

 思わずアクセントがメチャクチャでヘンテコな声を出してしまうが、彼女はお構いなしだった。


 それどころか、回した腕の力をきゅっと強め、しっかりと俺に密着してしがみつく。

 彼女の命の温もりが、吹き付ける空の風で冷えていた俺の肌にじんわり沁みる。


 「………………」


 彼女は何も言わなくなった。だから、俺も口を閉ざした。

 声が無くとも、呼吸のリズムと、ほのかな熱が、彼女の恐怖が薄れていった事を呈していた…………。

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