表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/90

#51 ビターリユニオン


 「あああああっ……ぐ、ぐぐぐ……うああっ……」


 「ラフェム! 落ち着けって! 動くと余計に痛くなるぞ!」


 「う、うう……ぐっ……? ……あれ、ショーセ?」


 「そうだ、俺はここにいる!」


 全身の痛みに苦しみ、眼を潰してしまいそうなほどに、皺を寄せ強く閉じていたまぶた。俺の声が届くと、ようやく緩み、微かな隙間から朦朧とした紅の虹彩が見えた。


 視線は、見えていないのかぼんやりと無を彷徨っている。

 もう一度声を掛けてやると、ハッと気づいたように目に生気が戻り、しっかりと俺の姿を捉えた。


 「ショーセ?」


 荒ぶっていた呼吸が平常へと近付き、顔に浮かんでいた辛苦は、消えるとまではいかないが和らいでいく。



 「ああ、ショーセ……生きているのか……? 心臓に……鱗が刺さったのに……」


 「どうも運が良くてな。入れてた銅貨が盾になってくれて、胸には到達しなかったんだ。ダメージは受けたけど」


 「そう……なのか。よかった……本当に、よかった……僕は、てっきり…………」


 彼は最後の不吉な言葉をぐっと飲み込むと、目を潤ませ、腕を広げるようにこちらへ向けた。


 重手を負い、面影も無いほどに弱っているのもあり、まるで抱っこをせがむ、いたいけな子どものように見えて……。


 俺はすぐにラフェムを抱き締めてやった。

 焦げ臭さの混じった血の臭いが鼻をつく。


 「ごめん、ごめんなさい……僕が油断しなければ……」


 「なんでラフェムが謝るんだ……。不可抗力だよ、あんな化物……。君が悪い事なんて何もない。俺こそ……一緒に戦えなかった。弱すぎたんだ……ごめんな……」


 いつもの強さをめっきり失った手が、俺の背を押して、離れていかないよう引き寄せる。

 肌に感じるこの温かさ、とくとくとリズムを刻む脈、胴のゆったりした膨張と縮小。



 ああ、生きてるんだ。



 でも……今にも消えてしまいそう。



 心配や不安が解けた安堵と、喪失の恐怖が一気に襲ってきて、そんなつもりはなかったのに勝手に涙が込み上げてきた。


 ……俺が気絶してた時も、彼は同じような不安に囚われてしまっていたのだろうか?

 そうだったのなら……ちょっと嬉しいかも。

 心配して貰える事なんて、無かったから……。




 なんだか、胸の辺りがじんわりと暖かくなってきた。


 起きてくれて、本当に良かった。

 君がいなくなってしまったら、俺…………。



 …………。

 ……暖かいというか、熱いというか。


 まるで皮膚の下に電気が這ってるような刺激。



 ……あ、これ……暖かいじゃない!



 痛みじゃん!



 「あああああああああああああ!!!!!」


 ほぼ同時に、お互い同極を押し付けた磁石のように反発しあう。

 そして野郎二人の絶叫が、狭い部屋に響き渡った。

 俺たちはとんだ馬鹿だ。怪我をしているのに抱擁なんかしたらこうなるわ。

 もう感動どころじゃねえ。


 「大丈夫!?」

 「どうしましたか!?」


 何事かと、詩歌と連れてこられた医者が、ドタバタ足音たててやってきた。


 詩歌は、俺の側に駆け寄って、少しでも和らげようと背をさする。

 医者は、ベッドから落ちるなんて一体何があったのかと、迫るような声で聞いてくる。

 …………は、恥ずかしい。


 「いや、そんな大したことじゃな……いててて。……怪我のこと忘れて自分で降りました……それだけです、別に激痛で悶えて落ちたとかじゃないです、自業自得……」


 「え、えぇ……。まあ、仕方ないですよね。友人が無事、目を覚ましたのですから」


 医者はすぐに、ラフェムがいるベッドの目の前で這い蹲っている俺を、飼い猫を退かすのと同じように軽々と抱えあげ、そっと元のベッドへと乗せた。

 そしてすぐに俺の視界から外れて、ラフェムの容態を確認しにいった。


 「あの、先生……。ラフェムは大丈夫なんですか? 一応起きたけれど……」


 「僕は平気。そんなことより、森の火事はどうなったんですか?」


 「火事なら、アトゥールの人にも応援に来てもらって消火活動中だ、随分経ったしそろそろ収まっているだろう。あと、君の怪我はそんなことじゃすまされないよ、全然平気じゃないです。この症状は自然回復に任せるしかないから、傷口が閉じるまで起きちゃ駄目ですからね」


 「……憚り」


 「行けません、したいのなら呼んでくださいね。それとも今します?」


 「しません」


 「それじゃあ、安静にしててくださいね。もう少ししたら食事持ってきますから」


 ぱさりと軽い音がした。

 恐らくラフェムに布か何か被せたのだろう。

 まあ、女の子がいるのに全裸は駄目だ。

 さっきは壁に向き合ってたから良かったが、今は恐らく仰向けだからな。戻ってきてから詩歌ずっとラフェムから目を逸らせてたし。

 医者は、もう一度「絶対安静にしていてください」と念押しして、また部屋から去った。





 遠退く足音が消えた直後。

 ラフェムは、弱々しいというのに、語気の強さを錯覚してしまうぐらい、不機嫌そうな声で問い始めた。


 「なんで……女がそこにいるのだ? お前はショーセの手を振り払って一目散に逃げた。お前みたいな奴は初め……いや、二回……どうでもいい。なんの目的でここに来た?」


 まあ……そうだろう。


 最初に見つけたときからラフェムは不信感を抱いていて、しかも俺らを見捨てて逃げた。辛辣な態度も当然だ。


 「ご、ごめんなさい、私……」


 「まあまあ、ラフェム、落ち着いて。彼女は俺たちを助けてくれたんだ」


 見るも無残な程にボロボロの少年から罪を責められ、彼女は動揺し声が震えていた。それを庇うように、そして俺が都合よく彼女の設定を作るため、彼女の声を遮った。


 「彼女は気になって戻ってきてくれたんだ。それで、倒れてた俺たちを見つけて森の中から運んでくれたんだよ」


 「それは……嘘じゃないのか?」


 「ああ。来てくれなきゃマジでくたばってたかもな、俺たち……。信じられないなら、他の人に聞いてみたらいいんじゃないか? 何人かは彼女が俺たちを引き摺って来たのを見てるはずだ、周りの人まで嘘は付かないだろう」


 「そうか……一番傷付く筈のショーセもこの通りだし、本当なんだろうな。……強く当たってすまなかった。ところで、どこから来たんだ?」



 「あ、彼女は記憶喪失なんだってさ。わあ! 俺とそっくりだね!!

名前ぐらいしか自分のことは思い出せないみたいだよ」


 ラフェムは、ふーんとつまらなそうに相槌した。


 「……じゃあ、名前は?」


 「…………詩歌……神原、です」


 「シーカ・カンゲン?」


 「シーカって、呼んでください」


 「そうか……」


 ラフェムは話を終わらせてしまった。


 体が痛いのもあるだろうが、それより、どうにも関心が無いようだった。

 彼女が助けてくれた事には感謝はすれど、彼女を知りたい、打ち解け合いたいという気持ちは今のところ持ってないみたいだ。

 しょうがないか、人間第一印象。一度下された評価を覆すのは難しいな……。


 彼女も、その社会からあぶれた境遇から、話すことは得意ではないらしい。困ったように口をつぐみ、俺に助けてくれと言いたげな目線を送ってくる。

 ……でも俺も、話すの得意じゃないんだよなぁ。


 「まあ、ラフェムはその傷じゃ声出すのものもかなりキツイんじゃないか? 飯くるまで休んでようぜ」


 「ああ」


 「……シーカも、どっか椅子にでも座ってなよ」


 「う、うん、そうさせてもらうわ……」



 ということで、俺も休むか。

 そう思って、目を瞑ろうとした瞬間だった。


 バタバタと、また凄い足音がこちらへと近付いてくる。


 煩いなぁ、何だ? 食事を運んでいるような足音じゃないが。


 「ラフェム! ショーセ!! 無事なのっ!?」


 新たな女性が俺と彼の名を叫びながら部屋に入ってきた。

 廊下より以前から走ってきたらしく、息を切らしている。

 ……この声は知っている。


 「クア……?」

 困惑したラフェムの声が、正解を言い当てた。


 ビリジワンで宿屋を経営しているクアだ。そもそも、クアのお願いで俺たちは浜辺の町ラスリィへやってきた。

 なのに。なぜ彼女が俺たちのピンチを知っていて、ここにいるのだろう?


 ビリジワンからラスリィは、一日じゃ、ましてや俺たちが気絶し目覚めるまでの僅かな間じゃ、やってこれるわけないのに。


 「僕は平気だよ。この通り傷まみれだし、起きちゃ駄目って言われたけど……それよりなんでここに?」


 「手紙……両親から手紙が来て……」


 呼吸が邪魔して上手く喋れないようだ。

 寝返りをうって、クアの方を見た。入り口の壁に手を突き、一秒でも早く息を鎮めようと俯いている。

 確かに、その手には手紙が握られていた。

 無造作に強く握り締めて、ちり紙のようにクシャクシャになっている。その汚さが、彼女の混乱と不安、そして慌てっぷりを示していた。


 「すぐ行かなきゃって……イチかバチかで……ドラゴンに……頼んだのよ……。ラフェムが、ショーセが、森が大変だって……そしたら、乗せてくれたの……。燃えているの、塩黒岩窟の崖からからでも見えたわ。……それでラスリィに来て、さっきまで消火活動手伝ってたの。ワタシ、水使いだから……」


 「じゃあ、森の火は消えたのか?」


 「ええ、完全に鎮火したわ。下が海だから、延焼範囲にしてはすぐに消すことができた」


 「それは……良かった……」


 クアは、ヨロヨロとおぼつかない足取りでラフェムの元へと歩みだした。まるで彼女が病人みたいだ。



 ……しかし、あのドラゴンが助けてくれるとは。

 負傷を知らずに死闘を繰り広げたんだ、てっきり憎まれてるもんだと思ったし、クアに至っては初見の人間、厚かましいと思うはずなのに……。

 人食龍が関わっているからだろうか、炎上が見えていたからだろうか、何にしても案外良い人……じゃなくて良い竜なんだな。余計に罪悪感が沸いてくるなぁ。



 クアが俺の視界から外れてすぐに、とことこと、随分ゆっくりとした足音が聞こえてきた。

 冷たい薬の匂いとは正反対の、温かないい匂いが先回りしてきて、ふわりと漂ってくる。


 ご飯だ! 医者が料理を持ってきたのだろう!


 美味しそうな香りに、お腹が空いている事にようやく気付かされて、涎が勝手に溢れてくる。


 …………うう! 足音に焦らされるなんて!


 早く来てくれと願いながら、動けぬその身を恨みつつじっと我慢し、医者の登場を待ちわびた…………。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ