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#49 再び目覚めて


 …………………。




 うう…………体が……怠い……。


 例えるなら……石の代わりに鉛を腹に詰められた赤ずきんの狼って感じの……。





 俺は目を開けた。


 開けたのに、まるで開けていないかのような、どこまでも真っ暗な闇の中だった。




 俺は何で、こんなところにいるのだろう。


 何時間眠っていたんだ……?


 というか、そもそもここは何処だ?





 目が覚めたからか、怠さが具体的になってくる。


 血液が滞っているのか、体が余すとこなく重たいし、後頭部はぶつけて腫れたようにズキズキ痛む。今首は真っ直ぐなのに、直角に折り曲げてる時のように息がし辛い。


 だが、こんな不気味な世界で二度寝とか、治るまで横になるなんて事はしたくない。


 行動を拒否する体を無理やり起こして、この暗黒を探索することにした。





 ……しっかし寝る前、何してたっけ……?


 寝起きでぼんやりしてるから、なかなか思考が冴えない。





 ……歩いていれば、多少は情報を得られるだろうか? とりあえず無心に、何となくで選んだ方向へまっすぐと、ナメクジのように足を引き摺り歩いてみた。






 三分ぐらいして、遠くから誰かの声が聞こえてきた。




 あまりにも遠すぎて、声の輪郭がぼやけて、ただの音にしか聞こえない。


 東西南北……まあこんな世界でどこが北かはわからないが、どの方を向いても、なぜかその声は同じ大きさで聞こえてくるから、声の主がいる場所を全く推測することが出来なかった。





 「おーい! 俺の場所は、そっちからわかるか?」


 空を仰ぎ、声を掛けた。体調のせいで大声は出なかったが、ギリギリ聞こえるぐらいの声量ぐらいは出せただろう。




 この空間はあまりにも広いらしい。反射して帰ってくる音はないから、全く響かなくてちょっぴり怖い。


 ……この空間、前にも訪れたことがある気が……。





 声の主に、俺の言葉は無事届いたらしい。


 声がこちらへ近づいてきているようで、明確に聞こえるようになってきた。




 「頼太ぁ、頼太ぁ……」




 ……そして、言葉の意味をハッキリ理解した瞬間、俺は後悔した。





 アイツじゃねえか!





 視界の先に、例の不愉快な赤靄が小さく見えた。


 ほら、やっぱりアイツじゃんムカつく!


 夢の中でずっとストーカーみたいに呼びかけてくるヤツ!




 あれ?




 ……って事は、ここは、夢の中なのか?




 「頼太……私はここだ……」




 アイツは、いつもよりも何倍も苦しそうに、辛そうに、俺の名を泣きそうな声で呼んでいた。




 …………なんだか、心寂しくなった。


 いつもならうざったらしくて、早く離れたいとしか思わないアイツの事が、今日はどうにも可哀想に思えて……寄り添いたい気持ちになった。




 「煩いな……俺はここに居るってば」




 今日は特別、お前の側に行ってやる。


 情けで、そう声を掛け、駆け寄ろうとした時であった。





 「頼む、死なないでくれ、逝かないでくれ……」





 赤い野郎は、確かに俺に向かってそう言った。








 死ぬ………………?







 ああ、そうだ…………!







 なんで俺はこんな大事な事を忘れてたんだ!?






 俺は、人食い龍と戦って、ラフェムを庇って気絶して……。





 そうだ、ラフェム!





 ラフェムは無事なのか!? 逃げ切れたか? 倒したか? それとも……。






 寝てる場合じゃあない!






 早く目覚めなければ!






 バキバキと、氷の砕けるような音が鳴る。




 突然、数メートル先の闇が欠けて、人が一人入れる程度の穴が空いたのだ。


 底の見えない、真っ白な穴だ。そこから優しく、ホタルのような柔らかな光が、ふわりふわりと飛び出ては闇を揺蕩い、儚げに死んでいく。





 …………これは、夢の出口なのか?





 見たことはないし、どこに続いているのかわからない穴だが、どうも恐怖という感情は浮かばなかった。


 その穴は、安全なもの、むしろ入るべきものだという謎の安心感を感じているほどだ。





 一歩、その白へと近付くと、アイツの声が少し明るいものとなって、俺へ問いかけてきた。





 「頼太……!? もしかして、生きたい意志が……君には、あるのか?」




 生きる意志……。




 「勿論。言われるまでもないね。俺は、こんな呆気なく死にはしない」




 ……一回呆気なくトラックに轢かれて死んでるけど。




 「良かった……良かった……。頑張れ、頼太……」





 初めて、会話が通じた気がした。




 ただの偶然かもしれないけれど、それでもちょっぴり、胸が温かくなった。




 ……きっと夢から覚めたら、いつも通り忘れてしまうのだろうけど…………今日は、少しは長く覚えていられるように、心臓に手を当て、手のひらにその熱を覚えさせながら、その穴へと俺は勇猛果敢に飛び降りたのだった……………………。








────────





 「ぐ、う……う…………」




 ……胸が締め付けられている気がする……それよりなんか、上半身がスースーする。俺、そんな薄い服着てたかな? 夏場だから悪くはないのだが…………。




 ……いや、これ、裸……?




 閉じっぱなしの目を開けて、自分の体を確認した。




 どうやら、ここは病院みたいな場所らしい。


 薬屋や病院と同じ、冷たい香りがする。


 俺はベッドの上で寝かされていた。薄い布団が一枚、ヘソから下に掛けられている。




 下半身は見えないが、恐らく……ズボンが無くなってる。直に布団が肌に触れている感覚がする。


 隠れていない胸には、ナチュラルホワイトの包帯がサラシのようにぐるぐると巻かれていた。少々、キツめ。





 ……ラフェムは無事だろうか、起き上がろう。





 「っだだだあああ!! いたい!!」




 ……首を浮かせ枕から離した瞬間、胸に激痛が走ってベッドへ強制送還された。


 あまりの痛さに息が上がる。




 「あの……その、ショーセさん……。目……覚めた……?」




 突然、女の子の声が聞こえてきた。


 この声は、人喰龍と対峙する直前に会った、あの倒れていた女の声だ。俺たちを捨てて逃げた奴だ。




 「……首を曲げるの怖えから、横向けねえ」




 「…………私、合わせる顔が無いわ……。せっかく生き返って早々死ぬのが嫌だからって、あなたの手を払って逃げたのだもの……。そのせいで、二人とも……」




 「え……生き返ったって、どういう意味だ」




 「信じてもらえないでしょうけど……私、異世界から転生してきたの……。」




 「異世界……転生……だって!?」




 思わず横を見てしまった。彼女の顔を見る前に、案の定激痛に襲われて、首を戻してしまった。




 彼女は、悶える俺を心配して、こっちに来て顔を覗いてきた。……合わせる顔が無いって言ったのに。


 彼女の頬に、黒い煤の汚れがうっすらと残っている。拭き切れなかったのだろう。


 


 




 「逃げたくせに、危機意識の……無い奴だ……。異世界転生の話を……そんな軽々しくしちゃあ、駄目だろ……。この世界の人が……どう思ってるのか、まだ解らないんだから……。記憶喪失でも……演じたほうが良い……」




 「その物言い……まさか、あなた……」




 「俺の名は……ショーセは名字、フルネームは清瀬頼太。ただの……しがない転生者さ…………」




 「あなたも日本人……なの? 私……私は、神原詩歌(かんげんしいか)……」




 凄い偶然もあるものだ。


 同じ星から、同じ国から、近い時間にやってきて、こうして出会うとは……。奇跡以外に相応しい言葉はあるだろうか。


 詩歌と名乗った彼女は、少し表情が和らいでいた。


 転生してきて、知らぬ世界で心細い中、俺という同じ境遇の存在を知ったことで安堵したのだろう。




 「神原……さん。ところで、ラフェムはどこにいる? 俺の記憶は龍に刺されたとこで終わってる、全然状況がわかってないんだ」




 「ラフェム……って、一緒に居た赤い髪の人? ……その、人は……」




 彼女は、言葉を詰まらせる。


 そして、俺の足の向こうを見た。ベッドが縦に並んでいて、奥側にラフェムがいるということか。


 ……痛いけど、仕方がない。


 体を無理矢理起こし、歯を食いしばって耐えながら、友のいるベッドを見た。






 なんだよ……これ……。




 起き上がって見えたのは……酷い怪我を負って、力無く横になっている友の変わり果てた姿だった。




 服は全て脱がされているが、それもその筈、全身がキリンの網目のような裂傷で覆われているからだ。


 傷口には、溶岩のように、ぼんやりとした彼の炎色の光が宿っている。


 血も出ていたようだ。彼と接するベッドの布部分は、錆色に染まっていた。


 なんの傷だよ!? 俺が寝てる間に……何があったんだよ!?




 あまりの惨状に、一瞬激痛を忘れた。


 しかしすぐに何倍にも増して帰ってきて、止むなく元の体勢に戻った。


 




 「な、なんだ……!? どうなってるんだよ!? おい! ラフェムは生きてるよな!? 生きてるんだよな!?」




 「い、息はしてるわ! 脈もある! でも、いつ起きるかは……わからない、って医者が……」




 俺の騒ぎ声に気付いたらしい。


 神原が、気配を察知したのか後ろを振り向き、俺から離れた。


 すぐに、ラベンダー色の髪をした青年が俺の顔を覗き込む。


 多分、医者だ……。カフェの子が、超魔法は医者みたいな感じの事を言ってたし……彼もきっとそういうことなんだろう。




 「良かった、起きたのですね」




 「ラフェムは、ラフェムのあの怪我はどうしたんですか……助かるんですか……」




 「……あれは、魔法火傷です。彼に生きる意志があれば……ちゃんと治るはずです。魔法火傷自体珍しいというのに、あれ程の怪我なんて、初めて見ました。どれほどの怒り、殺意……そういった感情を燃やしたのでしょうか……。今は祈るしかない……」




 「珍しい……? ……魔法……火傷……って」




 「制御の効かなくなった魂……魔法が、自分自身を傷付けてしまう現象です」




 ラフェムが「罪」と述べていた、あの怪我だ。


 アトゥールで、ルシエと風呂に入る前、胸の傷跡を彼はそう呼んでいた。




 思い出すのも苦しそうで、結局何も教えてくれなかったし、知れなかった、魔法火傷……。





 相手を傷付けようとする気持ちが強いほど、魔力も共鳴して強くなる。


 そして、あまりにも強いと、身を滅ぼすこととなる……かつて読んだ本に書かれていた。





 怒りに殺意……その思いは、強い殺傷の決意そのものだ。


 身を滅ぼすとは……こういう……ことだったのか……。





 「しばらく休んでいてください。あなたも、怪我をしているんですから」




 「そうだ……俺、心臓に刺さって、てっきり死んだと思ったんですが……どうして助かったんですか……?」




 「これのお陰だね」




 歪んだ何かを、何処かから取り出して俺に見せてきた。




 これのお陰?


 最初は理解できなかった。こんな変な形の物なんかそもそも持ってなかったし、そもそもどういう理屈で助かるのか想像つかなかったのだ。


 手に持たされ、近くでよく見てようやく気がついた。


 ひしゃげた厚い銅、原型は楕円。




 「銅貨……」




 ポケットに、お守りとして入れていたあの銅貨だ……。




 「あの刃物が丁度銅に当たったみたいでね、刺さらずに済んだみたいなんだ。きっと、この偶然がなかったら助からなかっただろうね……。でも、それでも酷い怪我だよ。刺さらなかったとはいえ、骨折してないのが不思議なくらいの衝撃だったみたいだよ……」




 「……そう、ですか……」




 銅の折れ曲がりの中心には、確かに深い創傷があった。仮にも金属である銅が、あたかも柔らかな粘土のように、スッパリと削られてしまったかのような跡が刻まれている。


 俺は、守ってくれた硬貨だった物に感謝をして、医者に返した。


 ラフェムのこと、俺の助かったことを知れたから、今一番知りたいのは……。




 なぜか今ここにいる、異世界転生をしたとか言ってる、彼女の事だ。





 「じゃあ……ラフェムが起きるまで、大人しくここで横になってます……。その間、俺……彼女と二人で少し話したい。」




 




 「お……っと、まあそうだよねっ! お二人の感動の再開を邪魔するわけにはいかないか! じゃっ、ラフェムくんが起きたら教えてねっ!」





 え!?




 医師は、何か勘違いしたらしい。


 ちょっと待て、不服だ。俺は彼女がどんな人間か知らないんだぞ、ましてや見捨てて逃げたような奴をそういう関係と思われるのは……。




 「違う、俺そんな関係じゃない、誤解……行っちゃった……」




 早とちりの医師は、足も速かった。


 すでに声の聞こえぬとこまで行ってしまったらしい…………。



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