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#43 希望を抱く俺とやるせない友


 湯上がりで火照る顔を、麻のような手拭いで拭きながら、一人ぼっちで廊下を歩く。

 俺たち以外の客が居ないから、しんと静まり返って不気味だ。

 お化けでも出そうで怖いから、急ぎ足で部屋へと戻ると、ラフェムは相変わらずダブルベッドの中央で伏していた。


 「戻ったぞ」


 「……おう」


 うつ伏せなのだが、それでもなんの表情も浮かべて無いだろうなと分かってしまうほどに気怠気な声で、彼は返事をした。


 あの騒動の後。料理は勿体無いからと完食出来たのだが、風呂に入るまでの気力は無く、彼は部屋へと戻ってしまってから、この有様だ。

 俺は、流石に臭いのは嫌だから、一階で貸し切り状態の浴場に入ってきた。ちょっと居心地も悪いしラフェムも放っておいて欲しそうだったから、いつもより長めに湯船へ浸かって来たのだが……全く軽快に向かう気配がない。




 部屋中央に置かれた椅子を、硝子の無い窓の前へ置いて、そこに腰掛けた。


 外の景色を、ぼんやりと眺める。

 深い紺に染まった空には、小さな星粒が遍き、煌々と光っている。ビルやマンション等の遮る物もなく、何処までも続く大きな空は、いつもなら見ているだけで探究心がつつかれ、胸の底からワクワクが湧き上がってくるのだが、今夜はどうにも気分が上がらない。


 夏の夜のちょっぴりひんやりして気持ちいい空気が、部屋の中へと飛び込んでふわりと顔を撫でた。茹だった体を冷やしたくて、立ち上がって窓から上半身を乗り出した。



 海のさざなみと陸風の音だけが耳に届く。あまりにも静かで、昼間の雑踏と盛況が嘘のようにさえ思える。


 暫く風に触れていると、なんだか心の翳りも吹き飛ばされてしまったようで、体が軽くなっていた。


 何となく、会話がしたい気分になってきた。

 ずっと伏せたままの彼も、関係ない事を話すことで何か楽になるかもしれない。……逆効果になるのもなくはないと思うけど……。

 俺は背もたれをわき腹に挟むようにして後ろを向いた。そして、死んだように倒れている彼に向かって、恐る恐る声をかけた。



 「そういえばさ。俺、聞きたいことがあるんだけど、いいか……?」


 「昔話はしないぞ」


 「違うよ、過去のことじゃない」


 「じゃあ何だ?」


 「魔法供給者ってどういう意味なの?」


 「…………」



 息を吹き返したかのように、もぞもぞと動き出すと、回転するような寝返りをうって、うつ伏せから仰向けの体勢へと変わった。


 彼は、天井を指差した。

 天井はただの石。特になんてことはないし、ラフェムとの関係性もなさそうだ。


 「え……? どういうことかわからん……」


 「明かりが、あるだろ?」


 言われれば、彼が指差したのは天井ではなく、天井に付けられた硝子の器……照明だ。

 


 「皆が皆、炎魔法を使えるわけじゃない。水魔法も、光魔法も……。魔法は普通一人一つだからな。だから、足りない魔法は賄ってやるんだ」


 「えっと……」


 「ビリジワンの家の明かりと街灯とか、台所の炎にお湯を作る為の熱とか、炎に関しては全部僕とエイポンの魔法から成り立ってるんだ。生活に必要な魔法を分け与える者、それが魔法供給者」



 つまり……日本でいうガスとか電気とかの供給を、個人の魔法の力で……!?



 「ス、スケール大きすぎるだろ……街一個に分け与えられちゃうなんて滅茶苦茶凄いな! どうやってるんだ!?」


 「いや……僕は凄くないよ、凄いのはエイポンさ。彼女は一人でも街全体に魔法を供給できるほど強いからな……こうして僕が街の外へ出られるのも、その強大な力に安心できるからだ、僕は補佐にすぎない。どうやってるかは……正直説明しにくい。雰囲気みたいに無意識に滲み出るようなものに近いからな……」


 「そうだとしても凄いよ。魔法を盾だとか剣だとか、思い通り自在に操れるのがまず想像に難いのに、たとえ援護でもあんな広い街に魔法を届ける役割を担って、遂行してるだなんて、見当がつかないもん。無詠唱で炎を出せるのも当然だな」


 「…………」


 ラフェムは口をつぐんでしまった。だが、先程英雄扱いされた時のように不機嫌になったわけではなく、むしろ安堵したのか穏やかな表情で、真っ白な天井を眺めていた。


 眠いのか、とろんとしてうるんでいる目に、光魔法の暖かな輝きが映っている。

 しばらく何もない天を仰いだ後、彼はダブルベッドの中央から奥のほうへと動いていって、一人分の場所にたどり着くと目を閉じた。寝るみたいだ。

 ……明日はラスリィ目指してまた歩くから、俺もさっさと寝て英気を養ったほうがいいな。

 椅子を片して、ベッドに入る。すると、照明がそれを待ちかねていたかのように消えて、視界が真っ暗になった。


 「おやすみ、ラフェム」


 「……おやすみ」


────────────────


 眩しい朝日が目に刺さる。 

 相変わらず夢を見ず、俺は今日へとやってきた。まるで寝る前と今の間にあるはずの時間を切り落とされたかのような目覚め。不思議な心地のまま、ゆっくりと上半身を起こした。


 ……やはり、炎の男の横で寝るのは暑苦しかったようで、薄手の布団は無意識のうちに蹴り潰されて、ベッドの端に追いやられていた。

 一方ラフェムは、追いやるどころかミノムシのように布団にくるまり、すーすーと寝息を立てて眠っている。……暑くないのかなぁ……? 見てるだけで汗が……。




 まだ寝起きの頭が冴えていない。外を眺めながら新鮮な風でも浴びよう。


 隣の彼を起こさぬように立ち上がり、足音を立てないようこっそり歩いて窓の側へと行く。そして昨日の夜と同じように枠から身を乗り出した。




 まだ薄明の面影を残した蒼。

 その下の港で、これから漁に行くらしい米粒のような人影がせわしなく蠢いている。


 既に出発しているチームもあり、カヌーボードや笹舟のように平べったい舟が、沖合目指して進んでいる。船員は誰一人、パドルだとかそういった道具を使っていない。

 まるで舟自身が生きていて、ひとりでに泳いでいるかのようだ。……魔法の力だろうか。


 ぼんやり見耽っていると、やにわに夏の風がやってきて、顔に触れた。

 昨日と変わらぬ優しさに、安心感を覚える。


 心地良い大気を胸いっぱい詰め込むべく、大きく深い深呼吸をした。

 近くの草原の青臭さ、広大な海の磯臭さが絶妙に混じり合った、この街だけに特別に吹くであろう風、住む人々には至ってなんの変哲も無い風。




 ああ、この世界に来て……本当に良かった。



 もちろん楽しい事だけじゃない。テレビやスマホ、ゲームは無いし、身分上、ネルトの時みたいに猜疑を持たれるのはこれから先もあるかもしれない。勝ったからいいものの、あの氷の竜みたいな強大な力に命を奪われる可能性だってある。


 良くも悪くも、先の読めない世界なのだ。


 だから不安や辛いことはあるけど、でもやっぱり楽しい気持ちが勝ってる。


 俺には到底持つ事のできないものだと思っていた友達は、今や隣にいる。

 熱を失い燻っていたはずの勇気と希望は胸の中で再び燃えている。

 アスファルトしかなかったつまらぬ地は、今やその画一性が懐かしくなるほどに多様な風景。そこを冒険したって楽しんだって、誰さえもこの俺を指差すような事はしない。


 俺を留める楔は消えた、俺を縛る鎖は解けた。

 自由なのだ。自由が楽しくて仕方がない。


 薄暗いトウキョウ……しけた世界から、色鮮やかな人と自然が生きる夢の桃源郷へと呼ばれて、本当に、本当に良かった……。


 これからの俺は、絶対に後悔しないように生きる。


 もう、トウキョウの頃のように逃げたりしない。言いなりになるしかない人形に戻りもしない。

 必要ない者としてつまはじきされる心配も、裏切られる恐怖も、トラックに轢かれ全てを断ち切った俺には無縁なのだから。


 俺はショーセこと清瀬頼太、ラフェムの友達、この星を愛する転生者。


 異世界転生し、新たな人生を謳歌する。


 それこそが、死んだトウキョウの頼太への鎮魂歌。生けるビリジワンのショーセの存在証明…………。




────────



 「あの、昨日はすまなかったね……ミルーレが失礼な真似を……」


 「僕も子供っぽく怒鳴っちゃって……お客さんもいたのに、すみませんでした……。良かったら、また今日……もしかしたら、彼らに泊まってくれと言われるかもしれないので明日、泊まらせていただけますか……」


 「こんな宿でよければ……いつでも来ていいわ。本当に、ごめんなさいね……」


 朝食を済ませ、まだ太陽が登りきっていない時間だが、ラスリィを目指して出発することにした俺たちは、宿のすぐ外でエルレーゲと話していた。


 今日ラスリィに荷物を届けたら、すぐ引き返してアトゥールで休んで、翌日ビリジワンに帰るという予定らしい。


 というのも、ネロンは漁に出掛けてしまって、いつも夜でないと宿にいないらしいし、ミルーレは昨日のがよほどショックらしくまだ寝込んでいるらしい。客だって、夕食を食べに来るんだから夜に来る。

 ラフェムは、我を忘れ感情を爆発させて、周りを巻き込み傷付けた事を後悔していた。だから用事を済ませた後、ここに戻って、面向かって謝りたいのだという。



 エルレーゲもラフェムも、互いに笑ってはいるのだが、どうにも辛そうだった。

 ……しかし、ミルーレは大丈夫なのだろうか。粗野な態度で気分を害されたとはいえ、彼女自身は悪気が無かったどころか良いことだと思っていただろうから、不憫だ……。



 「それでは、また今日か、明日の夜に……」


 「うん、待ってるからな。お仕事頑張れよ」


 ラフェムは、ぺこりと頭を下げる。そして、気不味そうに目線を下に向けたまま、カートを押しはじめた。


 カラカラカラ……。灰色タイルの凹凸に、木の車輪がぶつかって、うら悲しい乾いた音が通りに響く。


 不完全で複雑なまま、俺たちはアトゥールを去ったのであった……。




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