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#39 電撃和解


 「お、おはよう、ショーセ……くん! あの、ラフェムに聞いたら、ここに居るって聞いてねー……」






 声の主が、エイポンに連れられ俺の目の前に姿を表した。




 誰かがわかった瞬間、背筋が凍るような恐怖と、言い様もない不快感が湧き上がった。





 ネルトだ。


 来訪者の正体はネルトだったのだ。





 「アタシ、湯呑持ってくるわねん」




 部屋一面が不穏な空気に染まった事にさらさら気付かぬ彼女は、背を向け部屋から離れていってしまった。





 ネルトは、部屋の入り口にとどまったまま、忙しなく体を揺らし始める。




 「えーと、や、やあ……元気かい? …………元気じゃない?」




 俺の事を殺そうとしてラフェムと喧嘩になりかけ、その次の日にスーパーで鉢合わせてまた喧嘩になりかけ、一昨日も一触即発状態だった。これ程までに俺を異様に嫌う彼が、一体何用なのだ。




 どもり、つまり、同じ言葉を繰り返す。


 ……そもそも、用などないのだろうか? 話す事が無い癖に、無理矢理話題を作ろうと必死だ。


 明らかに怪しい。一体なにを企んでいるのだろうか?




 まさか……俺のことを殺しに来たのではないか? 一瞬訝しんだ。


 が、そもそもラフェムが俺の居場所を教えているし、流石にエイポンの家で殺人事件なんて起こしたら、絶交とか亀裂どころでは無い。剣も持って来て無い様だし、違うだろう。




 どういう意図でやってきたのか検討もつかず、俺は緊張と警戒に苛まれたまま、じっとしているしか無かった。






 ……俺の猜疑は思いっ切り顔に出ているのだろう。彼は、俺の顔色を窺いながら、気不味そうに、茶化すようにヘラヘラ笑った。


 そして、恐らくそれを見た俺は、顔に思いっ切り出したのだろう。




 ふざけるのも大概にしろ、俺の人生の邪魔をするな。と。




 ガチな嫌悪に彼はたじろいで、後退ろうとした。




 「きゃ! ちょっと、危ないじゃない!」




 「うギャあっ!」




 雷は退路を塞ぐ叫び声に驚き、水槽を叩かれた蛙のように飛び上がった。


 丁度、エイポンが帰ってきていて、後退ったがために彼女の手にしていた盆に、不意に体が触れてしまったのだ。




 突然の衝撃にバランスを崩した湯呑は、木の板の上でくるくる踊りだす。


 カタカタカタとせわしいステップを奏でて、あっという間に周囲を緊張の渦に引きずり込んだ。


 湯呑はファンサービスのように茶を振り撒き、ステップをさらに細かく刻んで……ようやく止まった。




 ネルトは、小さな水溜まりが出来てしまった盆を見つめながらまだ棒立ちしてるもんだから、邪魔ねぇ、早く座りなさいよなんて怒られる。そして、背を盆でえぐる様に押されて、強制的に俺と彼女の間に座らされた。





 ……エイポンが戻れど、気不味い雰囲気は相も変わらず。


 




 「………………えっと、昨日の夜は暑かったね」




 「はい」




 「一昨日は寒かったねえ」




 「一昨日は違う街にいましたけど」




 「あっ、そうだったね……。な、何はともあれ元凶のドラゴンがいなくなってこれで一安心って感じ……」




 「ドラゴンはいます」




 「あ、いるのね…………その、スクイラー、悪させず帰ってくれてよかったなあ……」




 「そうですか、だから何ですか?」




 馴れ馴れしくどうでもいい話をぎこちなく続ける男に腹が煮えてきて、つい粗暴に返してしまった。




 でもこいつは、仮にも俺の事を殺そうと、いきなり刃物を突きつけてきた人間だ。


 エイポンという命の保証もある今、素っ気なさすぎる対応をしてしまうのも当たり前だ。……俺は、悪くない。




 ネルトは、俺の威圧でようやく無駄話を叩く口を閉じた。





 唯一この場に音を与えていた痴れ言が消え、部屋はしんと静かに冷えた。


 ……ああ、寒い寒い。冷夏は解決したはずなんだけどなぁ?





 凍える部屋、その雰囲気を変える意思はなく、早く帰れと切実な願いを密かに胸の中で唱える。




 十回ぐらい唱えたところで、ようやく祈りが通じたのか、おもむろにおかしな青年は立ち上がった。




 そして……。





 「すまない! 本当にすまなかった!!」





 彼は、突如床に伏せ、大声で謝罪しだす。





 「仇憎さに、君を頑なに信用せず失礼な態度を……。サラを殺したのはお前じゃないのに……」




 土下座しているから、床と顔に声が挟まれて籠もってしまっている。


 だか、そんな状況でも、聞き取れるぐらいの声量で、はっきりと喋っている。形だけではない、ちゃんとした誠意を感じた。





 …………ああ、泥棒みたいにしどろもどろだったのは、ただ謝りたかったからなのか。




 ようやくそのことに気付き、酷い振る舞いをしてしまった事に、若干申し訳無い気持ちが湧いてきた。




 「勘違いとはいえ、ドラコンに臆せず立ち向かったんだよな…………ラフェムを、街を、守ろうとしてくれたんだろ? ようやく理解したんだ。君はあの化け物とは違うと……」





 「……化け物……俺は、化け物に似ているか? 化け物に見えるか?」





 「……黒い髪で、普通に魔法を使えないとことか、あと、その……とりあえず本当に似てるけど…………でも、似ているのは姿だけだ。話を聞く限り、化け物にはなり得ない……と思う、ごめん、疑ってごめん……」





 「そうか、それほど……。この世界で黒髪は珍しいもんな。して、どれほど似ている? その、雰囲気とか、色々」





 「……言っていいのかな、……瓜二つ」





 「う、瓜二つ……!? えっ、うぉ……マジか……ご、ごめん、なんか、俺も悪かったよ……だからさ、その、土下座はやめてくれよ」




 「…………許してくれるのか? でも、オレは、君を殺そうと……」




 「ちゃんと生きてるし、別にいいよ……」




 「本当に……すまなかった、オレは……本当に最低な奴だ……」




 


 雷は、申し訳なさそうにゆっくり頭をあげた。


 しかしその目は、気不味そうに床を見たままだ。





 ……しかし、俺と瓜二つか……。


 嫌だなぁ。自分そっくりな奴が縦横無尽に荒らし回ってたとか……。


 ドッペルゲンガーとか、タイムリープした未来の俺とかじゃ……無いよな。無い、無い、有り得ない。


 ほんと、勘弁してほしいよ、黒き化け物……。





 「エイポーン、僕だけど。やることやっと終わったよ」


 あっ、ラフェムが帰ってきた。


 入口の方から、彼の声が聞こえてくる。


 このちゃぶ台、四人も囲めるかな? なんて心配していると、ネルトは、おもむろに立ち上がった。




 「あー、オレ邪魔になるだろうから、帰るよ……」




 「あらん、まだお茶一口も飲んでないじゃない」




 「いいよ、ラフェムに渡してやってくれ。じゃあな、エイポン……ショーセ」




 ネルトは俺に笑いかけ、颯爽と廊下の陰に消えた。そして入れ替わるように、大きな風呂敷を脇に抱えたラフェムが現れた。


 風呂敷の中身は相当の重さがあるようで、袋は垂れ、一部から角ばった形が浮き出ているのだが、一方の彼は、まるで何も持っていないかのように涼しげな顔をしているものだから、違和感が凄い。




 「やー、疲れた! なんか飲み物ある?」




 「それ飲んでいいわよ」




 ラフェムは、相当喉がカラカラだったようで、やったーと喜びを顔一面に示しながら、すぐにコップ目掛けて手を伸ばし、鷲掴みにした。


 ……そして、顔をしかめた。




 「……なんか湯呑びちょびちょなんだけど」





────────────────




 他の街のギルドに注意喚起の手紙を送り、また人喰いの龍が他の地域で目撃されていないか、そして悪さをしていないかをずっと調べていたのだが、つい先ほどようやく済ませたようだ。


 彼は、受付嬢に描いて貰ったらしい、お世辞でも上手いとは言えない、まだ絵の具の乾ききっていないイラストをポケットから取り出すと、宙でピラピラとはためかせ俺に確認させた。




 めちゃくちゃに絵の具を混ぜるからよどんでしまって、何色かはわからないが……長い頭髪があり、胸には、同じく混ぜすぎてよどんだハートの何かが埋め込まれていて、しっぽは白く手のようになっている、前足が翼の黒いドラゴン……ワイバーン。




 俺がその姿を覚えたのを確認すると、ラフェムは紙をぐしゃりと握りしめ、手が炎になってしまったかと錯覚するほどの勢いで龍を焼却した。




 「いろんなギルドに聞いたんだが…龍の姿は誰も見かけてないってさ。怯えながら暮らさなきゃならなくて辛いって取るか、それとも誰も殺されてなくて良かったと取るべきか……当分は、警戒しないとな」




 「そうか……それで、その荷物はどうした? クアからのお返しとか?」




 行きには見かけなかった、ラフェムの持ってきた重たそうな荷物がつい気になってしまって。


 ラウェムは、突然恥ずかしそうにおたつき、俺からも風呂敷からも目を逸らした。




 「いやー……あのさ、実は、クアから依頼引き受けちゃった、荷物運び……」




 「え?」




 なんということか……。


 なんでも、彼女は怪我を負ってしまった彼に頼むのは悪いと思って、ネルトに頼もうとしていたのだが……それを聞いた彼が「これしきの怪我なんて怪我のうちに入らない、僕が行く」なんて意地を張って、反ば強引に引き受けて帰ってきたらしい。


 届け先は、彼女の両親が住む、ラピスラスリィ。


 風呂敷の中身は、足りなくなってしまったとある部品と、手紙と、資金。




 「……というわけで、今からラスリィ行くぜ。ショーセは来るか? 疲れてんなら別に留守番でもいいけど」




 「行くよ。でも本当に怪我は、体調は平気なのか? 氷がぶっ刺さってたってのに」




 「多分」




 「ラフェムちゃん、あんまり無茶しちゃ駄目よん。もし辛いなら、アタシが代わりに行くわよ?」




 「心配ありがとう、でも大丈夫。僕のわがままで通したことなんだから、僕がちゃんとやり遂げないと。ただ町に行くだけなんだから、そんな大変じゃないしさ。じゃ、早速出発することにするよ」




 ラフェムは、わずかに残っていた茶をぐいっと飲み干し、立ち上がった。


 目元に垂れた髪をかき上げると、荷物を、巨大なたまごのように大切そうに抱えて部屋の外に向かって歩き出した。




 「エイポンさん、今日はどうもありがとうございました」




 「いえいえん、それじゃあ頑張ってねん! あっ、夏本番に近付いてきてるから、こまめに休んで、水分ちゃんと取るのよ! それから、ラフェムちゃんの具合が悪くなっちゃったら迷わず医者の所へ連れてくのよん、それと……………………………………」




 熱い激励というかお節介を背に、暑い青空の下へ出る。


 相変わらず、大通りには色とりどりの人で溢れている。ラフェムは、武器屋に寄せていた、乳母車のような猫車のような道具に、荷物を優しく置いた。




 「ラスリィは、アトゥールの隣町で、この島の果て。さすがに今の時間からぶっ通しで歩いて行くのはきついから、アトゥールで一泊するぞ」




 そう言って、彼は歩き出す。散歩のような、ゆったりとした足取りだ。


 地平線に隠れたまだ見ぬ町を目指して、俺たちはまっすぐ、レンガの道を歩いて行くのだった。

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